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【RotA】キングと呼ばれた闘士の物語

登場人物一覧

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
日向 葵の関係者
→ イラスト

「貴様、この私に甘味処を紹介しろと言うのか?」
「いいだろ別に、どうせアンタも暇なんだから」
 未だ冬の厳しい寒気が渇いた青空に留まるゼシュテル鉄帝国の首都スチールグラード、その国を象徴するともいえる大闘技場ラド・バウ。山のようにそびえ立つ建築物の麓で軽口を叩きながら横並びに歩く男たちの姿があった。
「オレは基本的にローレットの近くにもいるからこの辺の店は分かんねえの」
 緑のメッシュが特徴的な黒髪の青年、日向 葵が砕けた口調で話す相手はともすると女性にも見える臙脂色の髪の男。彼は葵の言葉を他愛もないと言わんばかりに前髪を払うと、傲然とした態度で軽く笑い飛ばした。
「仕方あるまい、ならばこの私が案内してやろう。感謝するが良い」
 皇 帝人、名を聞けば彼はこう答えるだろう。元の世界では葵と同じサッカー部のチームメイトのDFであり今ではD級ながらラド・バウの闘士としても活躍しているウォーカーの一人。その高慢な態度もあり特にソリが合う様な二人ではなかったが、同郷ともいうこともあり今は時々思い出しては依頼がない日には戦いを忘れオフを過ごす程度の友人関係となっていた。
 その頃の鉄帝といえば冠位憤怒のクーデター騒ぎも明けて久しく、良くも悪くも実力主義の国は目覚ましい復興を遂げつつあり、特にラド・バウの周りは挑戦者や観戦客をもてなすための産業も盛んである。二人の目当てはそのエリアのスイーツ巡りというわけだ。
「少し表通りを外れた所になるが、中々優秀な菓子職人が営む店がある。この私に案内させるのだ、当然行くだろう?」
「ああ」
 メインストリートを外れた場所に店を構えるという理由は幾つもあるだろうが概ねは一線級に売り上げるほどの力が無いか、売り出すには少々頑固な所があるかのどちらかだろう。帝人が案内した店はどうやら後者の様であった。
「見るが良い、この一面に広がる宝石の織りなす光景を――!」
 そこはガス灯に照らされ色鮮やかに光り輝く――
「おお――って、全部マカロンじゃないっスか!」
「それはそうだろう、甘味処を巡るのだから」
 マカロン専門店であった。
「元の世界でこの様な職人を見つけられなかったのが悔やまれる。居れば我が財閥の一流シェフとして取り立ててやっても良いのだが」
 そう、奥でこちらを見るパティシエらしき体格の良さそうな無骨な雰囲気の男を讃える帝人。なお、ジョークを飛ばす帝人が『甘味といえばマカロンである』と当然の様に振る舞っている事に対してのツッコミが葵から飛ぶことはない。何故といえばこの帝人という男にとって甘味といえばマカロン、マカロンといえば甘味と言うほどのマカロン至上主義だという事は彼にも良くわかっていたからだ。そして眼前に広がる様々なフレーバーのマカロンからは恐らくこの店を営むパティシエにとっても共通であるという事がひどく伝わってきた。
「代金は私が出そう。喜ぶがいい店主よ、本日は我が同郷の葵を連れてきた。この店にとって今日は偉大なる一日となるであろう」
(なるかよ、それくらいで)
 とはいえ帝人ほどの舌の肥えた、それもマカロンに眼が無い男がここまで言うのだ。買わねば無礼という話だろう。
「別に金はオレが出すっス。このピンク色のヤツの箱を一つ」
「ほう。ラズベリーか、葵も良さがわかってきたと見える」
 特にどれが好みというものではなかったが目線の高さにあるものが一押しだろうと判断しただけだがそれを指摘するのは野暮だろう。葵は適当に選び金貨を帝人に払うようにと弾き飛ばした。
「私が許可しよう。葵、ここで食すと良い」
(店主じゃなくてキングが許可するのかよ……)
 どうもこの男、マカロンの話になると調子がおかしくなるのだろうか。そんな事を考えながら頬張ると、鮮やかなピンクの皮はサクッと歯ごたえを感じさせ、甘さと酸っぱさが絶妙に絡み合ったフレッシュな味わいとアーモンドの心地よい香りが口に広がっていく。確かに悪くはない。
「いいな、これ」
 フッ……とどこか自慢気に帝人は笑みを浮かべると、何やら大きな箱を受け取っていた。箱の外観を見るにこの店の全てのフレーバーが一つにまとまったアソートといった所か。
「キング、アンタは食べないのか?」
「そうしたいのは山々だが、生憎次の店の菓子が焼き上がる時間だ。この私に売り切れの棚を見せる気かね?」
 無口な店主に代金を支払うと、外へ行くように帝人は促した。時間限定の、恐らくはマカロン。そんな物に弱くなるとは、帝人も混沌の俗にすっかり染まったというべきか。
「そこを回ってから、近くの喫茶店か酒場で楽しむとしようではないか」
「ああ、そうだな……ありがとっス、それじゃ」
 扉に備え付けられた小さな鐘の音が響く。寒気と所々から蒸気機関の煙が吹き出る音、いつもの鉄帝国の風景。
 だが、何故だろう。少し喧騒というか、叫び声の様なものが聞こえた様な――
「なんなんっスかね、今日はやけに騒がしいっスけど」
「さぁな、大方闘技場で自信過剰になった闘士か、酒の勢いで賭けた先が外れた観客か」
 どちらでもどうでも良いと言わんばかりに帝人は吐き捨てる。少なくとも程度に自分が動く事など論外だろう。
「止めに行くか? A
「嫌だね。折角のオフを台無しにしたくない」
 そしてそれは葵にとっても同感であった。この国にとって喧嘩や勝負事など日常茶飯事だ。その全てに一々反応していたら日が暮れてしまう。
「街喧嘩で上位の闘士が出張ってきたらそっちの方が大人気ねえよ」
「ふっ、そうだな……そういえばだ、先程の店主……あの男の息子も闘士でな、体格が良いので護りは優れているもののどうも決め手に欠けてな……」
 帝人の揶揄い半分の質問に呆れながら葵は答え、偉そうながらも世間話に花を咲かせながら表通りへの近道である裏路地を歩いていく。治安の問題ならば治安を維持する組織に任せていればいい。
「ふぅん。それで次も満足が行く店なんだよな?」
「見くびったものだな……ふん、まあいい。それでは次の優秀なマカロンがある店に行こうではないか」
「またマカロンかよ、ホント好きだなキングは」
「ほう、至高の菓子を否定するか。確かに次に行く店は表通りの菓子店。大衆向けであり味は先程の店よりは劣るやもしれんがその分飾りつけや形の美しさは比べ物にならず――」
「あー、否定してるわけじゃねえよ。マカロンの良さについてはわかってるから売り切れる前に早く行こうって話っス」
「ふん、初めからそうしておけば良いのだ」

 帝人の見立て通り、表通りにあるそのパティスリーは扉を開ければ香ばしい焼き立ての洋菓子の香りが広がり、値段も飾りも極めて豪華なケーキや洋菓子が透明なガラス棚に入れられ並べられている。どうやら冷房の代わりに、どこからか持ってきた雪や氷等で低温を保っているようであった。
「鉄帝にあるとは思えないくらい豪華だな……」
「まさに私のためにあると言っても良い店だろう?」
 そう自慢げに語る帝人の視線の先は、やはりマカロン。確かに先程の無骨な男のそれよりも金箔やパールパウダーなどがちりばめられ、どちらかといえば見て楽しむという趣が強いものであった。
「葵も好きな物を選ぶと良い」
「ああ、そうさせてもらう」
 さて、どれにしよう。葵は少し思考に耽る。甘味が得られれば特にこれといった好みはないのだ。バニラ味のものがあればそれに越したことはないが、あのThe・マカロンほど特に強い拘りがあるわけではない。
 暫く吟味し、バニラビーンズらしき顆粒が入ったシュークリームに気づくと店員に伝えるために小さく手を挙げたその瞬間だった。
 低く、鉄が唸るような音が聞こえたのは。

「なんだ?」
「伏せろ、葵!」

 帝人の言葉と同時に葵が伏せると――窓ガラスが粉砕され、壁が勢い良く打ち破られる。激しい轟音、そして砂埃。とっさにその方向へと視線を動かした葵が見たものは、土埃の中でうめき声を上げながらチェーンソーのようなものを勢いよく振り上げる暴漢の姿であった。既に戦っていたのであろう。闘士らしき男たちの姿が何人か見えるが、そのどれもが傷つき倒れつつある事はシルエットだけでも十分に見て取れる。
「こ、こいつは……もしかしてさっきの騒ぎもこいつの仕業っスか!?」
 両腕と同化し赤黒い液体に濡れているそれは、どれだけの凶行に及んだのか悪い想像がついてしまうのであった。
「この地に相応しくない闘士も……違うな、私の記憶にこの様な男は存在しない、それにこの下劣な瞳は」
「ああ、疑問に思うまでもない」
 世界の宿敵、どこかに潜んでいたのか、或いはその残党が放つ呼び声に当てられ反転してしまったのか。
「魔種……か。相も変わらず暴れる事が好きな連中だ」
 チラと後ろを見ればスタッフ達は悲鳴をあげながら退散してしまったようだ。新たな被害が出ない事に対する安堵はあったが、これでは商品も含めて買い物どころではない。
「葵、退くぞ。援軍を呼ばねば勝ち目はない」
 だが、葵が足を後ろに引くことはなかった。確実に勝てる心づもりがあったわけではない。帝人が睨みつけるように、魔種の血塗られた両腕へと視線を向けている事に気が付いたからだ。
 あの魔種が手にかけたのはどんな人物か何人か、何れにせよ無辜の民を傷つけた者を、許さぬ瞳。そして倒れた者達を見捨てるのは不本意だという思い。
 ガントレットを嵌め、葵は息を整える。鉄帝では当然の備えと言え、まさか魔種を相手するとは思わなかったが。
「いや――ここで倒す。キング、アンタがこの場を指揮しろ」
「葵、正気か? 貴様とて一人であの相手は勤まるまい」
「勝手に一人にするんじゃねえよ、こっちには頼れる指揮官がいるだろうよ……それに、だ……」
 魔種が倒れた闘士にトドメを刺そうとしたその直前、敢えて無防備に横を通り過ぎる様に葵が飛び出しその攻撃を誘う。呻るチェーンソーの腕を辛うじて躱し、一発叩き込む。
「折角の休日を奪っておいて生きて帰れると思わない方がいい……だろ!」
「ほう――」
 オッドアイの男達が通じ合うには、臨戦態勢を取るための時間稼ぎは、それだけで十分だ。
「そういう話ならば、文句などあるわけが無かろうよ!」
 帝人はその言葉と共に懐から魔術書を取り出し、膝を付いていた闘士達へと回復術を放つ。
「怯むな、これは帝たるこの私の命令だ!」
「キング!」
 細身の男が帝人を呼ぶ声は、確かに彼が頼れる存在である事を証明するものであった。帝人は改めて素早く戦力を確認する。今呼びかけた男の他に癒やし手の女の闘士、そして攻撃を受けたのか膝を付いている大柄な男は……面影を見るに話に聞いた先程のマカロン店主の息子か。帝人に対する対応を見るに全員がE級か、精々は帝人と同じD級だ。とてもではないが、勝ち目はないはずの面子。
「さて、追加の戦力は2人……いや、3人だ。立てるな? これは私の命令だ」
 葵は彼らの事を知らない、だが帝人の回復を受けながら頷く彼らを見るに闘士達と帝人が親しい仲である事と、彼の指揮能力を信頼している事はすぐに見て取れた。
「葵、貴様は狙うのが得意だろう。私が注意を引いている間に死角から急所に一撃を加えてやれ!」
「了解っス!」
 ならば何の不安もない。彼の指揮官としての人を見る能力は、サッカー部のDFを努めていた頃から何も陰っていないのだから。
「さて――」
 葵が一度離脱した事を見ずとも確信した帝人は魔種を冷静に見つめる。自分達が不利である事を理解していたが、同時に負けるなどという思考は微塵もなかった。
「狂気に呑まれ、まともな会話すらままならぬか。もはや獣と変わりない」
 あの膂力を前に耐え、少しでも集中力を削ぎ、エースの一撃を確実に叩き込ませるのだ。
 魔導書の頁を捲り、帝人は詠唱を開始する。光の膜の様なものが4人を覆い、それは彼らを癒やし護る壁となる。
「だが心せよ、獣とはいえ奴はヒグマ。少しでも気を緩めれば命はあるまいよ!」

 戦いは極めて熾烈を極める者であった。
 チェーンソーと一体化したその男の刃は空をも切り裂き、怪しげな力が大地を割り、炎を吹き上がらせる。
 神秘の術を帝人の防御壁が防ぎ続ける中、不器用ながらも愚直に立ち続ける事に特化した大男がその刃を受け止め、彼を補佐するように小柄な男が魔種の手足に小さな攻撃を素早く加え攻撃を芯から反らし、癒やし手の女が全霊を振り絞り癒やしの水で大男の傷を癒やし続ける。
「眼の前を切り刻むだけの化け物を御すなど稚児の手を捻る様なものよ!」
 そう言い捨てながらも敵の能力や術に合わせ再び障壁を貼り直す最中、帝人は現在の状況を客観的に判断し続けていた。
 狂気が彼の思考を消し去ったのか、或いはその全てを腕力に変えたのか、誘導が容易とはいえまるで台風を相手にしているかのような脅威。対してこの場に居るものは能力は優れていても一人では勝負を決定させる手段に欠き、下のランクで燻っていた闘士達。
「キング、もう――」
「回復が持つか不安か? だが倒れる事はこの私が許さん、貴様らには褒美を用意してあるからな。この私が一流と認める焼き菓子だ! ああ、そこの大きいのも勿論喜んで喰らうが良い、たとえ父親の作った菓子であってもな!」
 葵の援護攻撃もあり自分の技量であればその真価を引き出せる確信こそあれど、いつまで持つかという問題は次第に形を帯びて現実のものとなりつつあった。
「そろそろ、頃合いか……細いの、あの柱を狙うがいい」
 だが、それはキングの盤上でなければの話。そう言わんばかりに細身の男に指示を飛ばし、自身も同時に火球を放ち建物の柱を攻撃する。柱は根本から焼け折れ激しい音を建て魔種の上へと倒れ込むも、直後に激しい唸り音をあげるチェーンソーが振り上がれば瞬きの瞬間に幾重にも切り刻まれて崩れ落ちていく。
「左腕に気をつけたまえ」
「……!」
 そしてその勢いのまま魔種はチェーンソー化した左腕を振り下ろし、盾役の男が躱した跡の空間を大地ごと真っ二つに切り裂いた。だが、大男が躱せたのはそこまで。
「もう良い。良くやった」
 躱された怒り任せに横薙ぎに払われるその腕に帝人達は反応すること無く――

「グ……!」
 乾いた銃声と共に、魔種の腕は払いのけられたのである。
「ま、まさかキング、これを狙って……」
「当然だ。この私の目が節穴とでも思ったのか?」
 魔種がいるとなれば普通の者ならば逃げ惑い、その殆どが凶刃に倒れる事となるに違いない。
 だがこの国で――それも皇帝のお膝元で大暴れしようものなら――我先に手柄を立てようと闘士達や腕に自信のあるものが大挙するのだ!
「大きな戦闘音は、さしずめ位置を知らせる狼煙といった所か……命知らずども、この電気仕掛けの化け物を喰らうが良い!」
 帝人のその高らかな声と防護術に合わせる様に男達は吠え、突貫し、その腕と足の自由を奪っていく。魔種が吠え、斬り伏せようともその勢いにいつかは大きく蹌踉めく事となり、遂には。
「今だ、好きに決めるが良い!」
「了解、っス!」
 大きく緑色の弧を描く鈍色の蹴球が物陰から剛速球で飛び出し、その男の頭を目掛けて――

「一丁上がり! どうよ、キング!」
「葵らしい実に見事なシュートだ。こんな相手には勿体ないほどにな」

 頭から胸元にかけて大きく開いた穴を、魔種は理解できないように残った腕で探り……エンジンの様な何かの電源が落ちるような音がして間もなく、男は崩れ落ちた。硬質化した表皮が崩れ、機械の部品の様な何かが大量に散らばっていく。
「狂気の匣の中身は、どうやら完全に機械と化していた様だな」
「大丈夫か!? キング」
「私を誰だと思っている――この程度の傷、すぐに治療して見せよう」
 言葉が途切れるや否や、帝人の膝が崩れ、その瞬間、葵は反射的に支えていた。ある意味では全力で試合を終えたような、そんな疲労感が闘士達を包みこんでいたのである。

 それから数十分後、すっかり現場は救助隊の手によって静まり返り、そこに残っていたのは二人の男。
 つい先刻は気を失いそうになるほどに魔力を使い切っていたと言うのに帝人はその素振りを見せず、からかい半分の言葉を葵に投げかける。
「さて、店は崩れ身体は傷つき、辛うじて残っていた菓子は褒美にすると勝手に取り決めてしまったが……今日は諦めるか? 葵」
「そんな事、決まってる」
 葵は帝人の肩をぽんと叩き、彼の期待する言葉でそれに応えてやるのであった。
でオレ達のスイーツめぐりは邪魔されない、だろ? キング」
「愚問であったな」
「それじゃ、次のオススメを教えて貰おうか。今度はマカロン以外でな」
「ふん、言うではないか……」
 そして、二人の男は握りしめた拳同士をぶつけ合う。
「ならば、特別に遠い豊穣という国の使者が建てたという和菓子店を紹介するとしよう。光栄に思うがいい」
「ああ、期待してるぞ、キング」
 元は仲がいいわけではなかった二人が、同じ混沌の空の下に集うことで生まれた友情が、確かにそこにあったのだ。

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