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いつかの、夏に
いつかの、夏に
登場人物一覧
「晴さま、晴さま」
軽やかな声音でそう呼んだ彼女に晴明は小さく笑みを浮かべた。
随分と楽しそうに神ヶ浜を走って行くからだ。幼い少女だと認識していた彼女も随分と大人になった。
それでも斯うした仕草は何も変わらないのだろう。
「こちらです」
「ああ。転ばぬように」
「ふふ、大丈夫、です。転んでしまっても、晴さまが、起こしてくださいます、でしょう?」
ひらりと舞う天女の如き羽衣は良く似合う。晴明はそうだなと頷いた。
和の装いに身を包むようになったのは、己の影響か、それともカムイグラというこの地を思っての事かは定かでは無い。
だが、己の影響だと彼女が言ってくれるならば喜ばしくもあった。
――此方も、随分と影響を受けている。豊穣郷に居るときには和装を好ましく思うが、外つ国では彼女の故郷の衣服に身を包むことも少なくは無かった。
「あの、晴さま」
「ん?」
「……水着、は、似合います、か……?」
何処か気恥ずかしそうに問うた彼女に晴明はぱちりと瞬いた。それから「似合わないという言葉は、持ち合わせて居なかったのだが」と何気なく零す。
「え、えと、あの」
「貴女が桔梗の色を身に纏ってくれることが喜ばしい。
……その色彩は一等貴女に良く似合う色だと思っている。ほら、手を」
「は、はい」
「転ばぬように。良ければ此の儘浜を歩こう」
小さく笑ってから「良く似合っているから、他の殿方には余り見せたくない、というのも添えておいた方が良いかな」と揶揄うように彼は言った。
――それはいつかの夏の日に。