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重ね交わし合う想い
登場人物一覧
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空に人工太陽が輝いている。降りる陽射しは季節外れに穏やかだった。
時折に二人を撫でる風は優しく、季節外れに穏やかで夏よりも春を思わせた。
トール=アシェンプテル(p3p010816)とココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は街路を歩いていた。
車道側、ココロをエスコートするように半歩だけ先を歩くトールとは手を繋いでいる。
ガラスケースにはマネキンに飾られた衣装、アイドルか何かの広告があちこちに広がっている。
何度か同じようなデートで来たことはあったが、見慣れてはいてもまだ馴染みのない場所だった。
「どこに向かってるのでしょう」
ぎゅっと貝のように絡めあった手は優しくもどこか力強く、普段よりも少しだけ硬い印象だった。
今日のデートコースはトールから町でショッピングして、その後は聞いていなかった。
「もうすぐ着くはずだよ」
小さく微笑むトールの空気感は普段と変わらない。
そのまま歩き続ければ、トールの言う通り直ぐに足が止まる。
「……ほら、着いた。このお店だよ」
ある店の前に立ってトールが顔を上げる。
ショーケースには防犯の為か、人工宝石の嵌められたネックレスやアクセサリーが飾られていた。
「……ここって、もしかして」
とくんと心臓の音が鳴る気がした。ぎゅっと握られた手は硬く。
それが隣にいる少年の緊張を示している。聡い娘はここにきた少年の緊張が何を意味するか分からないはずなかった。
(これって、やっぱりそういう……)
それならそうと言ってくれても良かったのにと思う自分と、サプライズに嬉しく思う二つの自分がいる。
「行こう?」
そう言って手を引いたトールに連れられて自動ドアをくぐる。
「いらっしゃいませ――どうぞこちらへ」
スーツを着込んだ店員がこちらを見て完璧な所作で頭を下げる。
店員に案内されてカウンターに着いて少し経つと、店員が合皮製のトレイを持ってきた。
ホタテ貝のようなケースが1つ。オーロラ色のそれには何が入っているのだろうか。
ネックレスでも、おかしくはないサイズ感だ――なんて考える自分のこれは一種の緊張なのかもしれない。
「……ぁ、」
ココロの声から小さな声にもならぬ息が漏れた。
オーロラはトールの色。ホタテのような形はほかならぬココロの形。
殻を開いたそこには2つのリングに小さな宝石が2つ。
「……ココロちゃん、付けてもいいかな?」
銀色に輝くダイヤモンドの指輪をとって、トールは言う。優しくも震えているのは緊張しているからだろう。
「や、やっぱりそういうことですか……?」
動揺に震える声のココロが手を伸ばすと、トールがその右手を取った。
「左手に着けるのは、その日まで待っていてほしい」
震える声で小さく返事をする。変に手に力が入ってやしないだろうか。
右手の薬指に通される指輪に指が掛かって、実感がついてきた。
「とても綺麗だよ、ココロちゃん。
いつも可愛くて美しいけど、素敵な指輪をつけたお姫様はいっそう輝いて見えます」
トールは真っすぐにココロを見つめて微笑むまま告げた。
「……あ、ありがとう」
思考が追いつかないなりに絞り出した答え、ココロは咄嗟に視線を逸らした。
目に映ったのはホタテ型のケースにはもう1つ指輪が輝いている。シトリンか何かにも見える金色の宝石が輝く指輪は反対にトールのためのものか。
「トール君、手を出してください。私もつけてあげますから」
照れくささにそう続ければ、トールが微笑をしながら「ありがとうございます」と答えて右手を向ける。入店するまでずっと繋いでいた手だというのに、改めて触れると大きく感じた。
「次に付けるときは……その時は、いつか贈ったガラスの靴と一緒に。
世界で一番輝けるオーロラの花道を
右手の指を見ていたトールがそう微笑する。
「……うん」
一つ二つ、深く呼吸を繰り返して、ココロは小さく言葉を作る。
視線を降ろして、そこにある指輪に嬉しさがこみあげてくる。トールの手が指輪を包むようにココロの指を絡めて再び繋がった。
●
店を出た2人はトールの部屋に入っていた。
小さな部屋は整理整頓と掃除が行き届き、部屋の中にある小物の幾つかはココロの私物だった。
「買った物、冷蔵庫に入れておきますね」
ココロはトールへとそう声をかけて、帰りについでに買ってきたドリンク類を冷蔵庫に入れ、リビングに戻ってみる。
着替えでもしているのだろうか。トールの姿はそこにはない。
座って待っていようとソファーに向かって歩き出した時だった。
ぎゅっと背中から抱きしめられた。
背中越しに伝わる熱と前に回った腕はトールのものだ。
「そんなに甘えたいのですか? 仕方ないですねぇ」
沈黙するトールの顔が首筋に降りてきてくすぐったかった。
そっと、彼の手に触れれば、ココロの髪の色と同じ宝石が嵌められた指輪の感触がそこにある。
「トール君、ありがとうございます」
ココロはそっと声に出した。そういえば、それを言えていただろうか。
空調の効いた宝石店を出てからようやく頭がまとまってきたが、その頃にはタイミングを逃していた気がして、気付けば言えてなかったような気もした。
「婚約指輪、ですよね」
ぽつりと続ければ、ぎゅっと自分を抱く少年の身体に力が入った。
「さっきは言えていたか分かりませんけど、嬉しいです……結婚式も楽しみにしていますから」
「……うん」
ココロは腕を何とか動かすと、トールの頭をそっと撫でた。トールの身体から力が少しだけ抜けていく。
その様子はサプライズをしてくれた男性と違って年頃の男の子のようで。それも一種の不安だったのだろうか。
「座りましょうか」
そうココロが続けると拘束は解け、隣り合ってソファに腰を掛けた。
改めてソファに身体を預けて手元をみやる。ダイヤモンドの輝くエンゲージリングがそこにあった。
「ふふ、指輪を貰っちゃいました……あとは、ジョゼお父さんに会ってもらわないとですね」
ココロは表情を緩めながら、隣に座ったトールの肩に頭を置いて言う。
あの、堅物な父との関係性は、まだ少しばかりぎこちなさがあると思っていた。2人で会った時などはココロばかりが一方的に話してしまって、父は真面目くさった顔で頷いたり、綻びるように微笑するばかりだ。
仕事人としては100点満点、父親としては0点――生真面目すぎるなりに関係を改善しようとしてくれているのを多めに加味したって褒められた点数をあげられないが。
一年前のグラオクローネでは『お父さん』なんて呼んだだけで泣いてしまっていた。
そんなあの人に『これが私の婚約者です』なんて言ったらどうなるのやら。いや、それ以前に『結婚したい人がいるの』と言った時点でどうなるのか。
泣くのだろうか、あの生真面目すぎる顔で難しい顔をして構えるのだろうか。
まぁ、どちらにせよ割と面倒くさそうだ。
(それでも、乗り越えてほしいですね)
ぎゅっと手を握ったり開いたりしながら何となくそんなことを思った。
ココロの言葉にトールはどくんと心臓が跳ねる音を聞いた。
そうだ。結婚するというのだから、家族への挨拶は必要だ。
さっきまで感じていた緊張がようやく解れたばかりだったけれど、再び緊張感が襲ってくる。
「……ココロちゃんのお父さんって、どんな人なの?」
念のために聞いておこうと、そう思った。さすがにトールも「二人の愛の前には!」なんてことを言えるロマンチズムには溢れていない。
合ったことも無い婚約者の父親に会うというのは緊張しないはずもない。
「すごく真面目な人、だと思います。仕事にもまっすぐですし、でも少しだけ無口かもしれませんね」
そんなことをココロが続けた。
ココロが言うにはアルティオ=エルムにあるリオラウテなる村の衛兵だという。
そういうことに偏見があるわけではないが、聞くだけで厳格な人物像ができあがる。
「でも、悪い人ではありませんよ。トール君とも仲良くなってもらえたら嬉しいです」
そう微笑むココロの表情は穏やかで、父親を悪く思っていないことだけは確かだろう。
「それを言えば、トール君の方こそ、お母さんってどんな方ですか?」
返すようにココロが言う。それを言われて思い出す。
ココロへのプロポーズをしたとき、ルーナに会ってほしいと言ったが、よく考えればまだ2人はあったことが無かった。
「ええっと……説明が難しいけど、僕のいた世界で一国の女王をやってた人だよ」
「えっじゃあトールくんって王子様なの?」
驚いたようにココロがこちらを見た。トールはそれに思わず苦笑して「そうなるのかな?」と首を傾ぐものだ。
「自分が王子だなんて自覚はないし、そんな生活とは無縁だったけど……そう言われるとそんな気もするね」
あの世界では女装を始め色々とあった。本当に――いろいろとあった。
でも、こうして振り返り思えば、幻想とほぼ同程度の文明レベルの世界で、トールは少なくとも衣食住には困らなかったのだから恵まれていたのだろう。
「あの人はなんというか……女王らしくはないし、混沌に来てからは女王でもないからすごく自由な人だと思う」
当の本人が『私はもう女王ではない』と言い切るような人だ。
「……でも、一人で抱え込む不器用で過保護な人だと思う」
「あの3人も、そうなの?」
「兄さん達とは異母兄弟だけど……そこは複雑な話があるみたいだね。僕もお父さんのことはよく知らないから説明は難しいけど」
脳裏に浮かんだのはココロが攫われ(というか自ら望んで誘われ)焚き付け、対峙した3人のこと。彼らはトールの兄だと言っていた。
「そう……そういえば、あの人達にも、わたし達が結婚したら挨拶したほうがいいですね」
ココロがそう続けた。トールはこくりと頷いて3人の兄を思い起こす。
母にしろ、兄達にしろ、トールが結婚するのだと言えば祝福してくれるだろう。
母の方はその前に何かしらあるかもしれないが、最終的には
「……あっ」
不意にココロが一つ声をあげる。
不思議に思いながら視線をあげれば、時計がみえた。
「もうそろそろ夕食の時間ですね」
「そうだね……今日は何にしようか」
頷きあいながら、ぼんやりとメニューを考える。
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夕食を終えたトールはリビングで寛いでいた。つけっぱなしのテレビからはドラマが流れている。見ているのでもなく、ただ何となく、物寂しさがあった。
「何を見てるんですか?」
ふわりとシャンプーの香りがして、ソファが微かに沈んだ。
「特にはなにも……ただ、ココロちゃんが戻ってくるまで少し寂しかったので」
お風呂上がりで上気した乙女の顔にぞくりと何かを感じながら、トールは小さく笑っていった。
「そうですか……あっ、お次どうぞ」
「ありがとうございます」
そっと立ち上がって、トールはお風呂場に向かって歩き出した。
シャワーの音が鳴る。まだほんのりと冷水の飛沫を浴びながら、トールは今日の事を思い起こす。
緊張してなかったはずがなかった。
プロポーズは終わらせているはずなのに、婚約指輪を渡すだけのことでこんなにも緊張するとも、思わなかった。
指輪を渡して、指に通した時のココロの表情と反応は薄くて、喜んでくれたのかと不安にもなった。でも、この家に戻ってくるまでのデートは、帰ってきてからはそんな不安は掻き消されていた。
(……喜んでもらえて良かった)
シャワーの温度は適温まであがってきていた。
汗と髪と身体の汚れ洗いながして、湯船に入る。夏に合わせたぬるま湯に身体を浸して――緊張さえも湯船に溶かしていく。
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「…………すぅ……すぅ」
ソファの上には規則的に息を零すお姫様。
手を頭の下に置いて寝ころぶ姿は自然と倒れたものではない。
「……ココロちゃん?」
そっと触れる。柔らかな頬を通り過ぎて耳に触れ、髪を梳いた。
擽ったそうに微かに身をよじって、少しだけ眉が潜められた。
「寝ちゃいましたか?」
返事は無くて、トールはそっとその身体を抱き上げた。
たった一人のシンデレラを連れて、向かう先は決まっている。天蓋なんてものはまだなくて、ただ大きいだけの二人用。
そっと横たえた後、トールは体を起こす。その袖が力なく何かに引っ張られた。
それが誰の手なのか言わずもがなだろう。
「ココロちゃん……」
お姫様の瞼は閉ざされる。そんなお伽噺は世界中のどこにだってあるけれど。
「ココロちゃんが望むなら、貴女だけの王子様に」
袖を摘まんだ綺麗で小さな手にキスを落とす。
まだ薬指に何もない小さな掌は沢山の命を掬い上げた手だ。
解けた手を絡めて顔を見た。綺麗な青色の瞳が潤み、トールを見て、また閉じた。
そっとキスを落とす。互いの寂しさを呑みこんで融かしあうように。
「今夜は一緒に幸せな夢を見たい。ずっとずっと大事にします」
答えは無く、小さな吐息だけが聞こえていた。
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朝日がベッドに降りている。
「おはようございます、トール君」
目を開けたトールの目に入ってきたのは口元を袖で隠しながら微笑むココロの姿だった。
向き合った顔は寝た時そうだっただろうか。柔らかな笑顔の下にはトールの腕が伸びていた。
そういえば、袖だけでなく、サイズの合っていないぶかぶかなシャツには見覚えがある。
「男性というのはこういうのが好きだと雑誌で見たのですが……間違ってますか?」
ゆっくりと起き上がったココロがトールを見ろして言う。視線を下げようとして、窘められた。
「幸せな時間を、ありがとうございました」
かとおもえば、視界が暗くなって唇が触れあった。
「もう起きますか? それとも……起きる時間にはまだ少し早いですし、二度寝しますか?」
また隣に寝ころんだココロが言う。
「……じゃあ、もう少しだけ」
トールはココロの身体を抱き寄せて目を閉じる。
「おやすみなさい」
最後に優しい声を聞きながら目を伏せた。