SS詳細
狼に親愛を、星に誓いを
登場人物一覧
混沌の、ひいては混沌へ連なる全世界の命運を懸けた――『決戦』の時が近づいている。
それは生きとし生けるものならば誰しもが感じ取っている感覚だった。
頻発するバグ・ホールが世界を虚無の闇で食らい尽くし。
散りゆく数多の命には、人や魔種の区別などない。
ありとあらゆる場所で『終わり』が跋扈する。
そんな世界の、今この時において。
【リュコス・L08・ウェルロフ】はとある山の頂上を訪れていた。
そこには広場があり、リュコスを呼び出した【橋場(はしば)・ステラ】が黙々とキャンプの準備を進めている。
「……ステラ?」
「……」
もう何度目かも分からないやり取り。
ステラに呼び出されてリュコスはやってきたというのに、どういう訳か彼女はリュコスの呼びかけを敢えて無視し続けているのだ。
「Ummm……」
作業するステラの背中越しで、リュコスが悩ましげな声を出しながら尻尾を垂らす。
(こんなステラ、初めてだ……)
リュコスの脳裏にこれまでステラと過ごした時間が過ぎる。
いつも隣にある優しげな微笑み。
沢山プレゼントしてもらったバウムクーヘンはどれも忘れられない味で。
去年の夏に行ったキャンプでは小川で遊んだり、肉や川魚やお菓子を堪能しながら素敵な一日を過ごしたものだ。
溢れ出しそうなくらい思い出はあれど、今のステラの様子はどれにも当てはまらない。
それがあまりに不安を掻き立てるものだから。
「ステラ、無視しないでよ! お願い!」
リュコスはたまらず懇願する。
「……リュコスさん」
その必死な声に根負けしたのだろうか。
遂に口を開いたステラは、用意の済んだテントの中へとリュコスを招き入れた。
「正直、拙にはあまりこういった経験がありませんので。何か無作法があれば申し訳なく思うのですが」
「大丈夫。ステラが何をやりたいのかまだわからないけど、ぼくは何でも受け止められるから!」
「そうですか、ありがとうございます。ではお言葉に甘えまして……リュコスさん」
「うん」
「正座」
「……Un?」
「正座、です。聞こえませんでしたか?」
思いがけない指示に目を丸くするリュコスであったが、何でもと言った手前だ。
ステラの指示に従い、指で示された柔らかいクッションの上に大人しく座り込む。
「えっと……こう?」
「そうです。さて、当然今正座をさせられた理由は分かっておりますね?」
「Unnn……」
暫し考え込むも皆目見当がつかないといった様子のリュコス。
それを見たステラは小さく息を吐くと、覚悟を決めたと言わんばかりの真剣な眼差しを向けた。
「いいですか! 拙はおこなのですよ、おこ!!」
腰に手を当て、胸を張るようにして自身の姿を大きく見せながら続ける。
「拙らはイレギュラーズですから、危険な事をするなとは言えません。ですが先日のあれはいくら何でも見過ごせませんので!」
先日のあれ。
それはステラが、とあるイレギュラーズを苦しく悲しい願いから解き放つため力を振るった戦いのことで。
「どうしてギフトを捨てるなんて行動をしたのですか!!」
彼女を気遣い同行したリュコスが、ある邪神の力によって
「だ、だって……」
「だってじゃありません!」
普段比較的落ち着いた口調であることが多いステラには珍しい、語気の強い口調。
それだけ本気ということなのだろうが、優しい彼女が見せる初めてのお説教だ。
リュコスは知らない土地に迷い込んだ犬のように狼の耳を丸め、シュンと縮こまるしかできなくて。
「相手はゲームを操る敵だと言うのに、そのゲームルールに干渉するだなんて! 何を仕掛けられてもおかしくない状況だったというのに、危険が過ぎるとは考えなかったのですか!!」
「Uuu……」
「種を持つあの方を庇って輪を受け止めたこともそうです! 致し方ないとはいえ、仲間の復活の奇跡が無かったら今頃死んでいるのですよ!!」
「……それはステラも人のこと言えないじゃん」
「ん? なんです?」
「ムチャはステラも同じじゃん!」
怒りの端々から深い思いやりが伝わるからこそ。
最初黙って受け止めていたリュコスも、徐々に高まる心の熱に背を押され立ち上がる。
「ステラが強いのは知ってるよ? でも自分の身体を盾にしてばっかりだし、ステラも復活してもらってなかったらどうなってたか!」
「拙は良いのです、ソレしか出来ませんので?」
「ステラが良くてもぼくがダメなの!! 身体が勝手に動きたくなるくらい、ムチャする君をささえたいと思ってるこっちの身にもなってよ!!!」
こうなれば売り言葉に買い言葉。
誰も止める者がいない山奥に、二人の本音が木霊する。
「肉を斬らせてでも骨を断つのは拙の変わらぬスタイルですし? それに味方を信じてますので。あの戦いで無茶などしたつもりはありません!」
「ならぼくだってそうだよ!! みんなを信じてたし、全てを助けるためには必要なことだったと思ってる!!!」
結果論となるが、この点は確かにリュコスの言う通りだ。
あそこでリュコスが己の罪を隠す術を捨てる――自身の悪を今後受け止め続ける覚悟を示したからこそ。
敵は当初のルールを覆す程に大きな秘密の露呈を与えてくれたのであり。
その行動が消えかけた善性を引き戻す、欠かすことのできない一手となった。
「そうかもしれません! ですがそのために今後リュコスさんが己の罪に傷つき、悩むような日々を過ごすというのなら!! ……それだって拙が絶対に食い止めたかった未来に他ならないのです!!!」
ステラにとって、リュコスもまた大事な友達であり戦友だ。
並び立って戦えたことはある意味嬉しくなるくらい光栄な事だし、勝利を導いたという部分で考えればリュコスの勇気ある行動を褒めるべきなのかもしれない。
だがそれ以上に。
大切なリュコスの、隠したいと願い続けていたものを守れなかったことが。
自分の身を呈してでも助けてあげたいと願う相手に、何かを捨てさせてしまったことが。
ステラは悔しく、辛かったのだ。
「沢山の悲しみを乗り越えてきたリュコスさんが。拙の大切な友人である貴方が! 不安に怯えて傷つく姿なんて……見たくないに決まってるじゃありませんか……」
ステラの言葉が燃える流星のように煌めき、森の静寂へ消えていく。
そこには赤の他人に向けるような度合いをゆうに超えたもの。
年下の家族へ抱く愛情めいた感情が滲んでいた。
もっとも彼女自身、そんな自覚はないのだろうが。
「ステラ……」
友の本音に、思わずリュコスも言葉を詰まらせるも。
「ありがとステラ。……でもね、ぼくは本当に後悔なんてしてないよ?」
日頃与えてもらった分よりも大きなものを返せるように。
優しく、紡ぐ。
「いつも一等星のように誇り高く輝いているステラが、本当にカッコよくて。
ぼくに沢山の楽しいとキラキラをくれるステラが、本当にだいじで。
そんなステラが船で戦った話を聞いて、隣に居られなかったことが本当にもどかしくて」
大切だからこそ、眩しいからこそ。
この輝きが燃え尽きてしまうのが怖かった。
消せない過去の傷にまた追われることよりも。
これから先も隣を、未来を照らしてくれるであろう光が燃え尽きてしまう方が。
ずっとずっと怖かったから。
「この耳と尻尾はもう隠せない。この先出会う人達にどんなふうに思われるのか、考えたらちょっと怖くなる。……だけど」
混沌へと至り。
数多の苦しみと悲しみを。
数え切れない出会いと別れを経て。
過去を背負いながらも未来への希望を信じ戦い抜くことが出来る、
なれば今回のこれもまた。
リュコスが初めてその『黒衣』に袖を通した時と同じ。
これからの始まりを迎えるために必要な、決意の一歩となっていくのであろう。
「ぼくはだいじょうぶ。何があっても、きっと乗り越えてみせるから」
「……」
ステラは目を閉じ、先程のリュコス同様、友とのこれまでを思い浮かべる。
気弱でおどおどとした雰囲気を持つ、おおかみの子供。
自身の作ったバウムで心からの笑顔を浮かべてくれるあどけなさ。
目に付きやすいそういった面は、この世界へ訪れる前から侵略者と戦う定めを負っていたステラからすれば庇護すべき存在にも思えていた。
だが今はどうだ?
子供は親の知らぬ間に成長するとは良く言ったもので。
認めていなかったわけではないが。
共に命がけで戦ったからこそ、こうして思いをぶつけ合ったからこそ。
ステラはリュコスの成長を強く実感した。
「……分かりました。なればこれ以上、拙が何かを言い添えるのは無粋でしょう」
ステラは頷くとテント内の鞄に手をかけ、保管容器へ詰めて入れておいたバウムクーヘンを取り出した。
蓋を開ければ、まるで焼きたてのような甘い香りが二人を包む。
「これよりは互いを咎めるのではなく。掴み取った希望を一緒に喜ぶと致しましょう!」
「……うん!」
時刻は既に夕暮れ時。
テントに差し込んだ紅い光を浴びながら、二人は改めて先日の勝利を祝った。
「……ステラ」
「なんです?」
「またこのバウムが食べられて、良かった」
「ふふっ、ありがとうございます。拙もまたその笑顔を見られて嬉しく思いますよ」
運命に立ち向かうならば、これから始まる決戦において危険は避けられない。
心から相手を思いやるならば、危険の中で相手が傷つくことも無茶をすることも黙ってなんていられない。
時にそれは、不安や心配となって表出することもあるけれど。
やっぱり最後には相手の心を、覚悟を認めて互いに支え合える。
そういった関係性を、人は『親友』と呼び。
交わし合う笑顔こそ、確かな信頼の証と言えるのであろう。
おまけSS『とりかえっこで宿し合う』
お菓子を堪能し、暫しの談笑を終えた頃には、辺りはすっかり闇夜に包まれていた。
だがそれでも暗いと感じないのは、眩く空で煌めく星々のおかげであろう。
「夜が明ければ、また戦いが始まりますね」
横たわり、テントの天上の一部を開け放ち星を見つめていたステラが呟けば。
「うん……」
隣で同じようにして空を見つめるリュコスが答えた。
今回の戦いも確かに大きなものではあったが、イレギュラーズとして進み続ける二人には、まだ一際大きな戦いが残っている。
本当なら、ずっと側にいたい。
今のような時間を、永遠に過ごしていたい。
そんな願いは互いにあれど。
明日の戦いでは、ステラは混沌にて残党勢力の掃討。
リュコスはワームホールを通じて終焉に赴き、魔種勢力の本隊と戦う事になっている。
これは各地の戦局や、他の仲間達の状況を鑑みた上での最良の選択であり。
この事が――共に居られないことが決まっていた故に、ステラもリュコスに物申したくなったと言えよう。
「ステラ、ムチャしたらダメだからね?」
「リュコスさんこそ」
込められているのは、先程までの『無茶』と同じ意味ではない。
気持ちを吐露し合った上でのこれは、『全力で戦った上で生きて帰って来い』という激励だ。
「なんなら、指切りでもします?」
「する!」
二人が指を絡めた時、ふとリュコスの中にステラの記憶の一端が。
ステラの中にリュコスの考えの一部が流れ込んできた。
「……え?」
「これは……! もしや、リュコスさんの新しい力(ギフト)なのでは?」
「そう、なのかな?」
「そうですよ、きっと。他者から己を包み隠す事なく、寧ろ他者に向かって気持ちをぶつけながら前へ進むことを選んだ貴方に相応しい贈り物だと……拙は思います」
「ステラがそう言ってくれるなら……そうかも。ううん、そう思う!」
ステラの言葉にリュコスは少しだけ目を見開いたが、やがて普段通りの笑顔を浮かべ。
指を離した二人は改めて笑顔を交わし合うと、再び空を見上げた。
(ステラ見てて。ぼくが君の分も戦ってみせるから)
リュコスの握る拳に力がこもる。
その脳裏には流れ込んできたステラの記憶――いつも先頭に立ち『水先案内人をつかまつりましょう!』と仲間達を鼓舞する雄姿――が映っており。
(そちらは任せましたよリュコスさん。その代わり、貴方の帰るべき場所は拙がしっかり守り抜いてみせましょう)
ステラもまた、先程流れ込んできたリュコスの思考に心で返答する。
こうして隣よりもずっと近い心の内で互いを感じ合った二人は、幾ばくの星空観賞を楽しむと眠り着いた。
そして翌朝、内に宿った絆を胸に己の進むべき道を歩んでいくのであった。