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【RotA】静寂禁不の砂歴史
登場人物一覧
- 日向 葵の関係者
→ イラスト
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所々に見える目印のような跡。
保存状態は良。少なくとも崩壊を気にして進む気遣いは要らない。
ただ、時折砂粒が肩に落ちて来るのは南部砂漠コンシレラである事を考えれば致し方なし、といったところか。
外に比べれば冷たく感じる空気が二人の身を包んでいる。
人工洞窟のように丁重に掘られ、整備された滑らかな壁。それでも時代の経過には逆らえなかったらしく、欠けた部分からはここが一世代か二世代以上の頃から存在しているような風格を見せつけている。
中には意図的に作られた崩れた痕跡を流し見ながら、暗い道のりを進むのは二人。
時は遡る事、数刻前。その日は、いつにも変わらず燦々とした太陽が傭兵国を照らした日の事であった。
照りつける太陽の下、砂漠の街で一人の男が酒場に歩む。
人混みはそれ程でもない。街がやけに賑わっているのは、ここがバザールに近い場所であるからだろう。行き交う人物が手に珍しそうな珍品を持っている事からもそれが伺える。
途中に何を入れる物か判別が付かない細い壺を持った男とすれ違い、黒髪に緑のメッシュが入ったその男は壺を越して姿を見せた。
呼ばれた酒場は目の前だ。ただ、年季の入った木製の扉に手を掛けた時に、少し嫌な直感が頭を過ぎって少し躊躇った。
左右のオッドアイが扉に落とされた自分の影を見つめる。
時間にして瞬きを一つするか、しないか。
……会う前から変に考え過ぎか?
恋人に別れ話を切り出される訳じゃあるまいし、ましてや恋愛相談なんて柄でもないだろう。
店外からでも薄く聞こえる中の喧騒。自分のそんな直感を払拭するように。
盛況な店内の入り口で、自分をここに呼びつけた人物を探しに視線を左右に動かす。
突如呼ばれれば何事かと思うのも止む無し。
丸いお盆にグラスを乗せた店員がバックヤードへ入って行く。
目的の人物は、その店員の身体が通った席の後ろに見えた。
互いに視線が合うと葵の方から席へ向かう。挨拶も簡単に済ませ、注文を取りに来た店員へ取りあえずの小麦色の炭酸でもなくミルクでもなくオレンジジュースを一つ注文し。
「遺跡を探索するために、同行してほしい」
葵を待っていたのは、この混沌世界においては何でもないような依頼と相も変わらず何かの本を片手に座席で待つ
平面地図で示されたその遺跡の場所は現在地より程遠くない位置。
この辺りの遺跡と言えば既に誰かが先んじていてもおかしくはない。と葵は率直に思っただろう。
何せイレギュラーズの他にも冒険者や商人、傭兵の集団も多く存在する。むしろ未だに目も向けられていない遺跡を探す方が難しいかもしれない。
問うてみればその通りで、これから行かんとする遺跡は既に誰かが踏破した後らしい。
そんな遺跡に再度の用とは何なのだろうか。
とはいえ賢い良平の事だ。勿論何も無しにこんな頼みをしてくるとも思えない。
だからこそ、葵も飲み物が届く前に二つ返事でこう返したのだった。
「あぁ、良いッスよ」
今になって思えば。
恋愛相談の方が余程マシだったかもしれない、と冗談交じりに肌身で感じてはいるのだが。
時を今に移し、遺跡内部。
事前に拝借した遺跡地図へ明かりを落とし、良平はその場で立ち止まっている。
歩いてみた感じ、確かに地図が必要になる位には迷路状になっているようだ。ただ踏破されているだけあって、間に罠は在れど殆どが発動した後、もしくは解除された形跡も見られる。
「ここを右、ですね。ちゃんと安全なルートも書き込まれてあります。この分だと日が落ちる前に出られそうですし、何事もなく終わらせられそうですよ」
そう言って張り切って先陣を切る良平は葵の横を通りながら手元の明かりを先の道に掲げた。
だというのに、葵の目は横切る良平を不安そうに、伏せ気味に追う。
その地図、本当に本物か? だとか。
妙な依頼を掴まされたんじゃないだろうな? とか。
不安の要素は、そんなところではない。
「ちなみに、その依頼ってのはどんな内容だったか聞いてんのか?」
良平の後を追いながら、葵は疑問を投げ掛けた。
正直、不審な点が無い訳ではない。一度踏破した遺跡の再調査? 踏破した者の落とし物でも探せとでもいうのか。
「はい。たしかゴーレムが残っているかの確認、いた場合の破壊だそうで」
ゴーレム、ね。と葵は壁に刻まれた文字の跡を手でなぞる。
『この先に道無し』
恐らく地図が描き上げられる前に掘られた文章だろう。
「前回の時は全部破壊して終わったとは聞いています」
「……ならいいんスけどね」
つまり不安要素はほぼほぼ取り除かれた状態での探索という事だ。
まぁ、不安要素、という中には現時点で発生しているものも含まれるのだが。
視線を移せば通路は二股に分かれている。
先に道無し。この内のどちらかが……という意味であれば良いのだが。
「もうちょっと解り易く残してくれないもんッスかねぇ……」
「……はい?」
振り向いた良平にいつもの仏頂面を見せながら葵は歩み寄り、そのまま彼の横を過ぎて行く。
「何でもねぇ……で、次はどっちッスかね?」
「そうですね、地図によると……右」
右。
顔を向けた先に広がる、暗闇と淀んだ空気。
何かが潜んでいそうな気配は無いが、それが逆に不気味な雰囲気も醸し出している。
石造りの構造は相変わらずだが、松明の跡すら見当たらない。
良平の持つ地図をチラリと覗き込んでみると、広さとしては半分以上は進んでいるくらいだろうか。
途中途中に置かれた開封済みの宝箱がここに人が来た事は意味している。
もし開けられていない箱が在るとすれば、それは。
「……先輩。これは、恐らく」
「あぁ」
壁際に妙に目立つように置かれた宝箱を照らし上げ、二人は手を伸ばそうともせずに更に道を進む。
「罠、ッスね」
良く見れば箱の周囲に多数の足跡も見受けられる。
これだけ人が来て気付かない? 有り得ない。
誰も開けずにこの場を後にした? もっと有り得ない。
多分、開封したタイミングで作動するタイプの罠だ。
遺体などは見当たらないが、足跡の周りに残された固まって黒く変色した血の跡もそれを物語っている。
それも砂埃に埋もれて目を凝らさなければ発見する事さえ難しい。
消さなかったのは後に来た者に対しての警告か何かだろうか。
当然ながら『飲みたい』などと思う事もなく、葵はその痕跡を遺跡の歴史に残すように避けて足を進めた。
踏破された今となって役に立つのも不思議なものだが、これで一つ判った事もある。
踏破はされているが、全ての仕掛けが解除されている訳ではないという事。
探索が長引けば長引く程、後半の疲労は凄まじい。準備した道具の分量によってはすぐにでも引き返したくなる調査も有った筈だ。
後もう少し。
そんな期待と希望は探索者達の足を急がせる。勿論、そこには無謀と無茶という言葉も含んではいる。
きっと、路の構造を描き上げた段階で詳細を省略した部分も存在するのだ。
単に気付かなかったという可能性も有るが、それは地図上の、恐らく宝箱の位置に付けられた丸印から否定されてはいた。
遺跡の地図が未完成という事ではない。それを描き込むより重要な部分がピックアップされているのだろう。
魔物も生息している形跡がないというのは妙でもあったが、これだけ歩けば何となく理解出来る。
ここは生息するに適した環境では無いのだろう。
踏破された遺跡であれば入ってくる者もごく僅か。葵達のように再調査に来る人間などもっと少なく、誰かを襲って食い物とするなら砂漠に出た方がまだマシだ。あるとすれば、偶然迷い込んだ不運な生き物と称しても良いだろう。魔物達からしても、人間達にしても。
そしてそれは。
「すいません、先輩……」
まさに、今の自分達にも当て嵌まろうとしていた。
「道に、迷いました……どうしましょう」
恐る恐ると振り返った良平に、葵は自身の頭に手を置いて呆れた顔を見せた。
「どうしましょうじゃねーんだよオメー、マップあっても迷子とか相変わらずだな」
薄々、まぁ、そんな予感はしていたのだ。
何故なら先程から良平はグルグルと地図を回しながら確認している。現在位置から次の道を探そうとするより、次の道に現在位置を当て嵌めようとするように。
やはり、不安は的中していた。
何処で間違えた? と問われれば多分最初からだったのだろう。
地図を持たせる者を間違えたのだ。迷路のような遺跡の探索の主導を良平が握っていた時点で、こうなる予想は持っておくべきだった。
いや、持ってはいたのだ。ただ、まさか地図をもってしても止める事が出来なかったとは思わなかった。
良平の、方向音痴を。
「兎に角、一旦引き返しだな。逆の道を行くッスよ」
「え? この道を曲がったら先に繋がってるそうですけど……」
「たった今『迷った』っつー台詞が出たヤツの言葉とは思えねぇな……地図より足元だ、ここ、殆ど足跡付いてねぇだろ」
葵の言葉に、良平は落とした視線を地図から地面に移し替える。
確かに、照らした先に見えるのはこれまでより非常に少ない足跡。
それはこの奥に進む必要が無かった事を意味しており、良平は地図上の通路を一、二段ほどズレて見ていたという事も意味していた。
遺跡の陰はより一層深まっている気がする。
外に出る頃にはまだ日が見えていれば良いなと、葵は一つ小さく息を吐いた。
さて、そうとなれば探索の主導権は自ずと葵が担う事になるだろう。
引き返しながら受け取った地図と現在地を照らし合わせ、方向を定めていく。
入口まで戻る事にならなかったのは幸いだった。途中に存在する三又の道。それが実質的な目印となっていたのだ。
奥に進むには左右どちらかを選ぶ必要が有る。真ん中は行き止まり。
地図上では左のルートが早そうだ。右の道は大きく弧を描いている……差異は有るのだろうか。
「有る、でしょうね」
と、良平はそんな考えを読み取ったかのように地図に落とした視線をそのままに、顎に手を添えて呟いた。
「例えば『強引に行けば一人でも進めるが被害も大きい短い道』と『時間と人数を掛ければ極論無被害で通れる長い道』。前者は見える位置に宝を置いたりして誘導する事も考えられますが、自分達は勿論後者を選ぶべきです。途中に宝が置かれていたとしても、既に持って行かれた後でしょうし」
「……頭は回るんだよな」
右へと進む良平に、葵はそう呟いて続く。
道先を照らしながら、良平は横目で口を開いた。
「確率は高いですよ。左の道、地図にバツと丸印が何回か描き込まれた跡が有りましたし……罠が一回で終わらないように、自動的に宝箱が閉まる仕掛けが有るのかもしれません」
「なるほど……?」
言い掛けて、葵は同時に少しの疑問を抱いた。
疑問と言うには大袈裟だったかもしれない。
これは、そう、少しの違和感。
「……ん? 待てよ、だとしても」
「先輩」
言葉は前方を見つめる良平の言葉に遮られた。
「……何か、聞こえませんか?」
続いた言葉に葵も息を潜める。
天井から落ちる砂の音。呼吸音の代わりに冷たく遺跡を通る空気の音。足を僅かに動かしただけで滑る砂利。
音がするなら他の冒険者、でない事は明白だ。生物の息遣いは今この二人を置いて感じられない。
「……いや」
と答えて見せた葵だが、警戒した様子は良平の方向音痴を心配した時と同じく滲み出ていた。
最深部まではもう少しの筈だが。
手前で訪れた小部屋。地図上では特に変わった個所も無く、現物を見ても積もった瓦礫が部屋の片隅に存在しているだけだ。
しかし、地図は飽くまでも地図。
そこに葵達の現状など描かれてはいないのだ。
「何か……」
良平が近くから響く振動に周囲を見渡す。
「……駆動する音……?」
葵も、それにすぐに身構えた。
音が鳴ったのは現在地点。
二人が佇む、すぐ傍の瓦礫の中からであった。
積もったそれを押し退けながら中から何かが立ち上がる。
それは百と七十を越した葵の身長を優に追い抜き。
葵と良平、二人分の横幅を足しても余りある程の恰幅を誇った人工生命体。
「確か……」
暗闇の遺跡の中、胸に光る蒼く丸い光が呼吸をするように点灯する様を見て、葵の構えは臨戦態勢へと移行する。
「全部破壊した、って話だったッスよね」
「確かにその筈ですが……!」
良平は距離を取りながら銃を抜く。
特徴を聞いただけの者でもこれが『それ』である事はすぐに判別出来ただろう。
土と岩の固い皮膚。蒼の光は恐らく奴の心臓部。
鈍重な動きに合わせて、鳴き声を発するかのようにその人工生命体から駆動音が鳴り響いた。
間違いない。
これは遺跡に居たであろうゴーレム。倒し切れていなかったのか。それとも二人が来た事で再起動したのか。
どちらでも一つの事実は変わらない。
今、このゴーレムは。明らかに二人を敵として見ている。
場には一体。不意は突かれる形になったがゴーレムの動きが鈍重なのは不幸中の幸いだった。
葵が身体と脳内処理を高める魔術を自身に施す。その後ろからは足元を狙った良平の銃弾。
肉薄せんと詰め寄ったゴーレムがその銃弾に足止めを喰らい、その隙に地面へ落とされたサッカーボールへ葵の脚力が込められる。
放たれたのは砲弾。
と呼ぶに相応しい弾道と風を纏い、ボールがゴーレム一直線に駆け抜けて直撃する。
跳ね返ったボールへと葵は更に駆けながら、良平もそれを援護するように共に後ろから距離を詰め銃口を向けた。
狙うなら何処だ。攻撃に移るなら腕か足。知能が有るなら頭部。だが、確実に、そしてすぐに判別出来る狙撃の的は。
「怯ませます!」
あの胸の光だ。
銃弾の二発がゴーレムの胸へ着弾し、追い打ちを掛けるように時間差で葵のボールが放たれる。
二段の波状攻撃を受けたゴーレムの腕は、虚しく宙を空回ると攻撃対象であった葵から大きく外れ壁を削り脇腹を見せる隙だらけの体勢に。
目の前には自分の身体で弾かれたサッカーボール。
次にあの速射砲のような砲撃を受ければ再び瓦礫の下に埋もれる事になるだろう。
それを防ぐ為に、ゴーレムは身体を反転させた。隙となった脇腹を隠さなければ。
反転はさせた。が、続きの攻撃がいつになっても来ない。
ボールは宙を自由落下している。
そう。ただ単純に落ちて、跳ねたのだ。そこに蹴るべき者の姿を見せずに。
「知能持ちってのも考えもんッスね」
聞こえた声は警戒していたのと逆方向。
暗がりに見えたメッシュの緑とオッドアイ。
そして彼の前に現出している、氷の杭。
葵はそれを足元まで落とすと、まるでボールと変わらぬような速度で蹴り放った。
放たれた氷の杭が心臓部に突き刺さる。突き刺されば氷が一気に身体へと広がり、核の光が薄れていく。
「気を取られてくれて助かったッスよ」
そうして機能を停止させたゴーレムは、ゆっくりと、両膝を地面に突けて静けさを取り戻した。
「さて……じゃあ、奥に……」
明かりを向けた葵は、途中に見えた何かに気付き明かりを戻す。
何か、が見えたのは今のゴーレムが出て来た箇所。瓦礫の山の中。
丁度出て来た位置、ポッカリと空いた部分の奥に、更に奥へ続く下り階段が見える。
「地図には……載ってませんね」
手元の物と見比べながら良平は告げた。それなら、この奥は未探索地帯。
二人で顔を見合わせ、葵を先頭に階段を下る。
「どうやらここは見落としてたっぽいな、迷ってうろついた際に上手い具合にここへの入り方を見破った形っスね」
未探索故に前方から視界を逸らさずに葵はそう言ったが、振り向けば複雑そうな表情を受かべる良平の顔が目に入った事だろう。
「それって褒めてます?」
「半分な」
辿り着いた先は先程よりも更に狭い小部屋だった。
松明の光で充分に隅まで照らし出せる。そして、二人の目の前にそれは寂しそうに置かれていた。
「……先輩」
「そうッスね、これは……」
ここに置いておこう。
そう、結論付けられた代物。
相当な貴重品、そして大金になるのには違いないのだが……。
葵は先程の違和感を思い出し、地図を再び見る。
各所に点在していた宝箱。まるで『これで満足して引き返せ』というような。
そして三又の地形。あれは一度探索を終え、こういった地図でも描き上げなければ意味を成さない罠。
この遺跡を造った人物は『踏破したその後も考えて造り上げた』のかもしれない。
それがこれを守る為のものだったのか。
それとも違う目的だったのか。
意味を訊くには、時間は遠過ぎるものになった。
『この遺跡が、ゴーレムが本当に守りたかった物』
果たしてこの二人以外にそれを拝める日は来るのだろうか。
いや、来たとしても拝まずに帰った方が賢明なのかもしれない。
だって、あれは……。
「遺跡には、何も無かった」
帰還した二人は、報告の際にそう結論を付けた。
これは葵と良平の、とある日の混沌世界の探索記録。ただのそれに過ぎない。
賢明だったのだ、持ち帰らなかったのは。
その宝は、今も何処かの遺跡でひっそりと番をしている。もしこれをここから引き離そうとしたのなら。
『持っていったらあいつら呪う所だった』