PandoraPartyProject

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Chi la fa l'aspetti.

登場人物一覧

コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
コルネリア=フライフォーゲルの関係者
→ イラスト

「シスター聞いて! ショーンがあたしの服に泥を飛ばして!」
「違うよシスター! 間違えて躓いちゃったんだ。大体、そんな大事なら森の中に入る時に着てくるなよ!」
「なんですって!」
「シスター!」
 絶え間無く湧き立つ声。視線を降ろせば、全身泥だらけにした子供達が思い思いに喋っている。
 シスターと呼ばれた女性は誰が見ても分かるような大きい溜め息をつき、ショーンと呼ばれた男子の頭部を軽くはたき、屈んで視線を合わせる。
「ショーン、アンタは泥かけたことは謝ったの?」
 少年は何処か気まずそうな表情を浮かべながら顔を逸らす。
「ミーシャ、ショーンの言葉はちゃんと聞いてあげた? アンタが他の子達を見てくれるからアタシは大助かりなんだけど……喋りだしたら止まらない所は直した方が良い」
 服に泥が付いてしまった少女、ミーシャは何処かバツが悪そうに視線を明後日の方へ向けてしまう。
「はいはい、どっちが正しいか決めるより先にあるでしょ? 先ずはどちらも素直になりなさいな。話はそこからよ」
 勿論汚れた服は着替えてからね。そう言いながら不貞腐れる二人の頭を撫でる。
「さ、着替えたら昼食にするから。さっさと中へ入りなさい」
 背後に見える建物、十字の装飾が施された扉を開けて子供達を中へ迎え入れる。
「はーい、シスター!」
「はぁ……アンタ達、前から言ってるでしょ。シスターなんて柄じゃないんだから」
 修道服を身につけておいてなんだが自分でそれを名乗る事は無い。自身にその資格なんて無いのだから。
「アエミリアって呼びなさい」


 かつての戦い。復讐を果たそうとして失敗したあの後、アエミリアと彼女の愛する男は当てもなく旅をした。
 何者も手にかけずただ歩き続け、大きな街に着けばどんな仕事があるのか眺めてみたり、流通している果物がどのようにして商品になっているのかを調べてみたり、人口の少ない村に滞在した時は、毎日農作業に勤しみ作物を育てていく様を数ヶ月かけて眺めてみたりもした。
 住まわせてもらう代わりに買ってでたボディーガードは名ばかりのもので、たまに出てくる山賊や熊等を追い払う以外は専ら雑事をこなす何でも屋みたいなものだ。
 大体一年。植えた作物の実りと共に旅が再開される。突然やってきた不審者二人との別れを惜しんでくれる村人達。家を貸してくれた老婆の手を握りながら心からの礼を述べる。小さく皺が寄りながらもゴツゴツとマメの出来た手は暖かく優しいものであった。
 勿論、二人の来訪を歓迎しない所だってあった。夜を明かしたら出ていって欲しいなんてのは優しい方だろう。
 アエミリア達は気にせず旅を続ける。理解を示し、交流には交流を以て接しながら人々を観察し続けてきた。
 今住まわせて貰っている修道院もその旅路の中の一つ。家を貸してもらう代わりに身寄りのない子供達の世話を頼まれたというわけだ。
 恋人の方は街で結成された傭兵団の方に力を貸しているらしく、今は遠方に向かう馬車の護衛で住処を離れている。
 子供達の寝顔を眺めてから部屋を出る。本日の業務はこれで終わり。朝担当者への引き継ぎとしてメモを残して部屋に戻る。何も無ければ朝の交代で帰れるだろう。
 仮眠用のベッドに腰掛け窓に視線を向ける。もう少しで夜明け、星空が白ずみ太陽が顔を覗かせる。
 そして今日も平和な一日が始まるのだ。

 始まって良いのか?

 過ぎるのは己の過去。
 傭兵として、復讐者として生きた自分の姿をした何かが問うてくる。
 まさかそんなハートフルストーリーのような物で虐げてきた者達の無念が消えるとでも?
 わかっている。わかっているのだ。
 これは今が幸せと思ってしまったが故に蓋が取れて覗かせた罪悪感。
 依頼だからと手に掛け、利用し、時には尊厳さえ無視をした。決して消えない苦しみを抱えながら生きていかないといけないというのは旅を始めた頃からわかっていた。
 独りでは潰れていただろう、楽な方へ逃げていただろう。
 共に汚れた依存し合った関係と言えども、彼が居てくれたから今此処に立っていられる。感謝と仄かな想いで安らいだアエミリアは、堂々巡りする罪悪感を抱きながらも壊れないで居られた。


 日の出から少し、子供達もまだ寝ている頃。院の脇にある木々から落ちてきた葉を掃除している。
 落ち葉も増えてきた事だし、今日は子供達と焚き火をして芋でも焼こうか。育ち盛りの子が殆どなのだ。食べている間は夢中で管理も楽だろうと思いながら午後の事を考えていたその時。
「もし、もし、ちょっと聞きたいことがあるのですが」
 こんな明朝から誰かの声。それに気配も感じずに此処まで接近を許してしまうなんて、確認する為に声の方へ視線を向ければ。
「この声に覚えはありますか」
 遂にやってきてしまった。恐れながらも目を逸らしてきた現実が。
 嫌でも向き合わないといけない罪を、殺めた者が遺したアエミリアを殺す可能性を。
 次はお前の番だと言わんばかりの怨嗟の念。
「この顔、忘れたとは言わせないぞ。緋色の弾丸。兄弟の仇、やらかした悪業は巡って刺されるもんだ。次は、貴様が果たされる番なんだ」
「あぁ……丁度今、アタシも同じことを思っていたよ」
 業は巡って己に返ってくる。何処かで聞いた言葉だ。そんなの迷信だと笑い飛ばせていたあの頃が、ひどく懐かしく思えた。


 突きつけられる銃は安物で、手入れもろくにされていないと見た。
 持ち手の青年はとてもじゃないが訓練を受けた様には見えず、仇討ちという念だけで気力を振り絞り銃を握っているのだろう。
 依頼自体は変哲もない強盗討伐。富裕層を狙った義賊擬きが、金持ちが用意した傭兵によって返り討ちに遭ったというだけのものだ。
 抵抗した兄は殺し、それを見て放心した弟は捕縛。
 羽振りの良い依頼主から金をふんだくって高額な報酬を得た依頼。
 アエミリアにとって数多くの依頼の一つでしか無かった。
「何も殺すまではしなくてよかった筈だ。兄貴はアンタに撃ち合いで負けた時点で降参の意だって出していた筈なのに」
 それでも、この男にとっては家族を奪った仇敵なのだ。
 かつての戦いで言われた、これまでに殺してきた者達にも同じ理不尽をぶつけられる覚悟はあるのか。
 思い出す言葉に、覚悟なんてしなかったからあんな事しでかしたのよと独りごちる。
 所詮は素人の握る銃、引き金を引く気配と同時に動いて奪って返り討ちにすれば事は終わる。動揺と同時にアエミリアの冷静な部分は既に戦闘の流れを組み立てていた。
 ただ一つの誤算は、日も上がった朝ということ。つまりは子供達が起きてくる時間も近い事で。
「しすたぁ……どうしたの?」
 何時もなら起こしくれる時間に現れなかった彼女を探しに、ショーンとミーシャは手を繋ぎながら声のする方へとやってきたのだ。
「アンタ達っ!」
 極限状態の男は咄嗟に声のした方へ銃口を向け、引き金に掛けた指を引こうとして。
 アエミリアは即座に銃を奪うチャートを捨てて子供達の元へ走り抱きかかえる。
 間もなく聴こえてきた火薬の臭い混じりの発砲音は確かに響いたが、誰かを穿つ事も無く消えてしまった。


「仇にゃ死を以て報いてもらう……アンタのやってる事を否定なんてしないけれど、それを止めるのも自由ってワケ。寝てなさい」
 腹を殴打され、くの字に曲がり悶絶しながら気絶する男。崩れ落ちていく身体を突如現れ男を無力化した女性が支えて横にする。
 灰髪紺眼、司祭の服を身に纏う姿は嫌でも記憶に残っていた。
 もう会うはずも無かったのに。
「コルネリア……」
 アエミリアの母を見殺しにし、父を手に掛けた女。子供達は何があったのか理解しておらず、自分達を抱くアエミリアの腕が震えている事を心配している。
 そうして知るのだ。
 自分はもう復讐者には成れないことを。
 それより大事な物が出来てしまったことを。


 一部始終を見ていたコルネリアも、アエミリアが最早過去の彼女とは違う事を理解した。
 昔ならば子供達に向けられた銃口を隙と見て笑っていた事だろう。少なくともあんな必死な顔で子供達の元へ走る彼女では無かった筈だ。
「じゃあ、コイツは貰っていくから。依頼を受けて調べてたけど、単独犯だったし他に仲間は居ないわ、安心しなさい」
 手を後ろ手にして縛り、暴れないように猿轡をする。
「ねぇ」
 男を抱えてその場を後にしようとすると、背後からアエミリアの声が投げかけられる。
 振り返ってみれば、逡巡しながらも振り絞るような声で。
「なんで、父さんを殺したの」
 此処で聞いておかなければ、もう機会は訪れないと感じたから。
「死にたくなかったから」
「殺さずに済ませる事は、できなかったの」
「できなかった。あの時のアタシの実力と、父さんの殺気じゃあ、ああする以外どうしようも無かった」
 返ってくる言葉は端的で、言い訳にもなっておらず、互いに無言が続く。最早和解など考えてもいない。
「コルネリア……アンタはアタシを殺さないの」
「どうして、今更死にたいとか言うつもり?」
 皮肉にも、この場面は以前相対した首摘みジャスミンの時と似た構図なのだ。
 かつて人を殺めた女が子供達の面倒を見ているジャスミン、過去を暴いて討伐しに来たコルネリア。それを仕向けたのアエミリアが、今はジャスミンの立ち位置に居る。
「違う。アンタが言ってた、罪は消えないってやつ。幾ら善行を重ねても、アタシのやってきた事は消えないんでしょ」
「そうね。アンタは……いや、アタシだってそう。何かを排除する事でしか自分や誰かを守れなかった。幾ら善い者であろうとしても、自身の意思で自ら引き金を引いた時点で善人とは呼べない」
 その度に止まって、悩み、自らを悪人と定義する事で開き直りに近く心を保っていた。
「アエミリア。今、幸せ?」
 突然の質問に戸惑いを隠せない。
 どうだろうか、わからない。幸せなんて感じる前に歪んで復讐を燃料にして生きてきたのだから。
「わからない。でも、もうアタシは銃を握れないのかもしれない。護る為には撃たないといけないのに、その技術だってまだ持ってるのに」
「アンタはこの修道院の中で、一度たりとも得物を身の回りに置いてこなかった」
 アエミリアの吐き出す嗚咽にコルネリアが言葉を引き継ぐ。
「理解していても、人を害する事が怖くなったのね。業は巡り、今日みたいに刺される事もあると分かってた筈なのに」
 コルネリアは修道院から背を向けて気絶している男を抱え直す。
「やった悪業は残り続ける、アンタはもしかしたら何処かで償わないといけない時が来るかもしれない。でもそれは今日じゃない。アタシとアンタはもう他人でしかないし、今のアエミリアをどうにかしたいというのなら、過去の被害者が罰する他無い」
 今回はアタシが止めちゃったけどね、怪しい奴が居るって依頼が来てたし。と笑いながらコルネリア=フライフォーゲルは原点に立ち返る。
「アタシが銃を握るのは、想うだけでは救われぬ誰か手を掴み取る為。誰も裁けない悪党を穿ち罰する銀の弾丸になるの」
 司祭服を羽織る彼女は自らを悪人とする。
 どこまで行っても自分は利己的で、自分の為に誰かを害する事を止められないから。
 そこから後悔で振り返ることは幾度もあったしこれからもあるかもしれない。
 しかし、もう迷うことは無いだろう。
「こんなくそったれな世界……良い奴から先に死んでいくもんだ。もうそんな光景は見たくない。誰かに手を差し伸べられる者が泣く事の無い世界にする為に」
 世界の危機が去ったとしても、誰かを害する者達は消えない。
「だからアエミリア、罪は消えないけれど、誰かの手を握ってあげられるアンタをアタシは撃たないよ」
 そう言って今度こそコルネリアはその場から去る。
 アエミリアはどこか心配そうに此方を見る子供達の頭を撫でながら、もうコルネリアとは会うことが無いのだろうと感じていた。
 とりあえず今は、子供達の無事を喜ぼう。
 そして自分のこれからは、頼るべき彼に相談してみようと空を仰いだのだった。


 こんな生命が安い世界だからこそ、生きたいと思う力は強い。
 最初は養母への憧れでしかなかったこの想いも、今は己の決意と呼べる物となった。
 明日か、幾年か生命尽きるその時まで。
 コルネリア=フライフォーゲルは戦場を駆けたという。
 救いを求める誰かの為に。

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