PandoraPartyProject

SS詳細

君は君で良いんだよ、って

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
ランドウェラ=ロード=ロウスの関係者
→ イラスト
ランドウェラ=ロード=ロウスの関係者
→ イラスト
タイム(p3p007854)
女の子は強いから


 汐の香りがする。
 ランドウェラは灼那欺とタイムを置いて走り去ってしまった後、何をすべきかも判らず呆然と立ち尽くしていた。

 ――これから僕は、何処へ行って、何をして、何を目指せばいいんだろう。

 其れだけ己の“本体”である灼那欺との出会いがショックだったのだ。自分は結局偽物なのだという事実を突き付けられた気がして、行き場を失った迷子のような、……いや。帰る場所さえ失った者のような寂寥感だけがランドウェラの心を満たしていた。

「ヤナギ?」

 ああ、ほら。
 また呼ばれてる。――呼ばれてる?

「ヤナギ、どうした。そろそろ戻るぞ」

 ランドウェラが振り返ると、其処には男がいた。
 金髪に赤い瞳をした男。ランドウェラの知らない男。したり顔でランドウェラを覗き込んでいる。

「ははあ? さては知らないふりをして俺を驚かそうとしているのか? いじらしいな」
「……違う」
「うん?」

 男からは“原罪の気配”がしている。
 ランドウェラの本能が警告していた。この男は危険だと。そして其れ以上に、怒りが心を支配していた。

「――僕をアイツと一緒にするな!!」

 ランドウェラは其の怒りのままに、精製した気の絲を男へと繰り出していた。



「まったくもー……! ウェラさんったら何処にいっちゃったのかしら」

 一方でタイムと灼那欺は、走り去ってしまったランドウェラを捜していた。
 捜してどうするのか、と灼那欺は訊いたが、其れは見付けてから考えれば良い、とはタイムの言だ。
 兎に角、へそをまげて去って行ってしまった友達を連れ戻さなければいけない。タイムの脳裏を占めていたのは其れだけだった。

「すみません、レディ」
「灼那欺さんは謝る事ないのよ。ウェラさんが何か勘違いして、考え込んで何処かへ行ってしまったのが原因なんだし。でもウェラさんを見付けたら、二人には話し合ってもらう必要がありそうね……って、!?」

 ふうとタイムが溜息交じりに話していると、地鳴りと共に大地が割れるような音がした。
 其れは地震ではない。何らかの事故とも考えにくい。海鳥たちが驚いて、海の方へと飛び立っていく。
 タイムと灼那欺は音がした方を見ると顔を見合わせ、同時に頷いて駆け出していた。



「はは! なんだ、今日こそ“サプライズ”のつもりだったか!?」
「何だよ“サプライズ”って! 訳分かんない事ばっかり言って……!!」

 男はランドウェラの地を割る一撃を交わし、身軽に宙を翻った後着地した。其のうつくしいかんばせに載っているのは、魔種特有の邪悪な笑みである。
 そうだ。こいつは魔種だ、とランドウェラは頭の隅で妙に冷静に考えていた。
 どうして大手を振って歩いているのかは判らないが、こいつは放っておいたら危険だ。最悪自分一人ででも戦って、斃すか撤退させなければならない――!

「……ウェラさん!?」

 其処に割って入る、高く澄んだ声。
 ランドウェラは思わずそちらを振り返り――男の蹴りを真正面から受けて吹き飛んだ。

「ウェラさん!!」
「く、そ……!! タイムちゃん、逃げて!! 魔種だ!」
「あなたを放って逃げるなんて出来る訳ないでしょ! 灼那欺さん、」
「……」

 灼那欺は真っ直ぐに、ランドウェラに攻撃した偉丈夫を見ていた。
 魔種の方は其の視線に気付いて灼那欺を見て、……ランドウェラを見て、……けらけらと、爽やかな笑いを戦場に響かせ始める。

「なんだ! これがサプライズか!? まさかお前が二人いるなんてな、ヤナギ!」
「……スマルト。……どうやら、時は来たようですね」

 灼那欺は腰に佩いていた刀をすらりと抜いて、魔種へ向ける。

「彼はスマルト・ピニー。魔種です」
「……知り合いなの?」
「私は彼と行動を共にしていました。ですがそろそろ、悪事の対価を支払って貰おうと思っていたところです」

 本当かよ、とランドウェラは朦朧とする頭の中で言葉を吐き捨てた。
 吹き飛ばされて叩き付けられた鉄柵から身体を離し、魔種――スマルトへと視線を向ける。

「そうか、そうか。お前はずっと機を見ていたんだな、ヤナギ。俺の傍で歩き、俺の気配を隠しながら、俺の頸を取る機会を待っていたんだな?」
「其の通りです。良いサプライズだったでしょう? 冥途の土産には十分な筈だ」
「まったく、今日は本当にめまぐるしい日ね! ウェラさん、大丈夫?」

 タイムが素早くランドウェラに回復を行う。だいぶ体力を削られていたようで、一度の回復では傷を全て癒し切る事が出来ない。
 大丈夫、と絞り出すように言って、ランドウェラは立ち上がる。

「僕は大丈夫……タイムちゃんは? あいつに何かされなかった?」
「もう、疑い過ぎよ。灼那欺さんは敵じゃないわ。――話し合う……には邪魔な人がいるわね。灼那欺さん、ウェラさん、わたしが彼を引き付けるわ。其の隙に攻撃をしてちょうだい!」
「承知しました、レディ。どうぞ無理はなさらず」



 スマルト・ピニーは魔種である。
 彼が追い求めたのはただひたすらに“驚き”であった。世界は驚きに満ちている。足りないというのなら、己が驚きを齎そう。そんな“ふざけた理由”で魔種へと身を墜とした男である。
 スマルト・ピニーは歓喜していた。灼那欺が己の頸を狙っている事など重々承知していた。いつ“サプライズ”を仕掛けてくれるのかとそわそわしていたものだが――同じ顔の男がいるなんて聴いていなかった!
 同じ顔が、違う怒りの相を見せて、自分へと刃を向けて来る。これだから世界はやめられない!

「はははッ!! だが、連携は取れていないようだな!!」

 最前線で二人を庇うタイムへと拳の連撃を見舞うスマルト。
 其処へ灼那欺の刀が滑り込んでくる。素早く跳びさがったスマルトに、――追撃はなく。スマルトはまた距離を詰め、タイムへと一撃を叩き込む。

「――ウェラさん!?」
「……ッ」

 今の間合いなら、ランドウェラの間合いだった筈だ。タイムが振り返ると、ランドウェラは迷いと怒りをないまぜにした表情をしていた。
 タイムには判らない。判らないけれど、判る。彼は素直に灼那欺と共闘する事が出来ないのだ。顔を見て僅かに言葉を交わしただけで走り去ってしまう彼だ、灼那欺と共に戦うなんていう急展開についていけないのだろう。

 ――でも、そんな事を言っている場合じゃないでしょう!

「ウェラさん!! あなたは金平糖が大好きよね!」
「え……?」

 ランドウェラは突然のタイムの言葉に瞳をぱちくりと瞬かせた。そうして、……頷く。金平糖は好きだ。甘くて、愛らしい。

「そして、わたしに沢山のものをくれた! 灼那欺さんでも、他の誰でもない、あなたはランドウェラさんなの! しっかりして、相手は魔種よ!」
「……ぅ、でも」
「でももだってもないの! あなたがランドウェラさんである事は、誰が否定したってわたしが証明するわ! アイツの攻撃なんてわたしが全部防いでみせる、だから3人で協力しましょう!」

 灼那欺さんも、とタイムは矛先を変える。

「仮にも親なら、ウェラさんにしてあげられる事があるでしょう!?」
「……其れは、……そうかもしれませんが」
「“かもしれない”じゃないわ、“そう”なのよ! さあ、今度こそ反撃しましょう!」

 灼那欺とランドウェラ。触れようとして、拒まれて、恐れて、伸ばせない。そんな二人の手をタイムがそっと繋がせるように、二人の間の緩衝材となる。
 スマルトはそんな彼らの姿を見て、成る程、と両手を叩き合わせた。

「親子の感動の再会……という訳じゃなかったようだな? ヤナギ。随分と嫌われているじゃないか」
「構わない。――嫌われても、彼が生きてくれるなら、私は其れで」

 再び灼那欺がスマルトに肉薄する。刀での連撃をスマルトは拳一つで捌き――かわしきれなかった剣戟が、皮を、肉を切り裂いていく。
 嗚呼、矢張り良い腕をしている。スマルトは歓喜に笑い、しかし僅かな隙をついて灼那欺の腹部にしかと蹴りを叩き込んだ。

「灼那欺さん!」
「――大丈夫、です」

 其処には確信があった。
 灼那欺が吹き飛ばされて、お次は、と相手を見たスマルトの瞳に映ったのはいなびかりの閃光。

 ――ランドウェラが雷の槍を片手に構えていた。

「……僕は失敗作だった」

 ぽつり、とランドウェラが呟く。
 『失敗か』
 生まれて最初に聞いた言葉。
 そうして10年もせぬうちに、時空の歪みに巻き込まれてこの混沌へとやって来た。
 其処で『灼那欺のコピー』ではなく『ランドウェラ』として生きて来て……そうだ。僕には此処で積み重ねてきた数年間がある。僕は灼那欺じゃない、ランドウェラ=ロード=ロウス!

「いっ……けぇぇぇええええ!!」

 『ロード』の権能に指先で触れた。
 其れはいかづちの形をしていた。
 ランドウェラは其れを槍投げのように構え、一気にスマルトへと投げ放った。



「……何とか凌ぎ切ったわね」

 タイムが疲れた顔で言う。

 ランドウェラの放った権能の槍は、結果だけ言えばスマルトを貫いた。
 だが魔種を狩るにはまだ出力が足りなかったのだろう。形勢を肌で読み取ったスマルトは、其のまま卓越した身体能力で其の場を去ってしまったのだった。

「……」

 ランドウェラは黙り込んでいる。
 灼那欺もまた、静かに其処に佇んでいる。
 これでは先程と同じではないか、とタイムは溜息を吐き、頑なな駄々っ子を宥めにかかった。

「ウェラさん」

 そっと彼の重たそうな手を取る。
 ぴくり、とランドウェラの手が動いて……タイムを見た顔は、すまなそうな顔で。

「……ごめんね、タイムちゃん。敵かも知れないやつと一緒に置いて行っちゃって」
「灼那欺さんは敵じゃないわ。一緒にあの魔種に立ち向かったじゃない。――ね、ウェラさん。ウェラさんは灼那欺さんに会って、どうしたらいいか判らなくなっているのよね? さっきは少しびっくりしたのよね」
「其れは、……違う。判んない訳じゃなくて、……僕はこいつが嫌いで」

 ……嫌いだから、どうしたいのだろう。
 ランドウェラは思考の袋小路に迷い込み、口を噤んだ。

「大丈夫よ、ウェラさん。ウェラさんはウェラさんなの。もう灼那欺さんのコピーなんかじゃないのよ。だから、自分と灼那欺さんの気持ちを知ることを怖がらなくても良いのよ」
「――違う! 怖くなんて、怖くなんか……!!」

 タイムが余りにも、己の心のやわい処をつついてくるから。
 だからランドウェラは半分泣きそうになっていた。……ぎろり、と灼那欺を睨むと。

「お前なんて、怖くないんだからな!」
「ええ。判っていますよ。――ランドウェラ。君はもう私ではない。だから、貴方は貴方自身として、好きにすれば良いんです。私の真似をする必要はない。無理矢理に反抗する必要もない。この場所では、私と貴方は『顔が同じだけの別人』だ。――タイム嬢に会って、確信出来ました」

 ありがとう。
 其の言葉は、灼那欺からタイムに向けて。

「貴方がいたお陰で、私はこうして自分の気持ちを彼に伝える事が出来た。そして、ずっと気にかかっていた男との決別も出来た。――貴方が『彼を捜しに行こう』と言ってくれなければ出来なかった事だ」
「いえ、良いんです。わたしはただ、大事な友人のウェラさんが心配だっただけですから」
「――貴方の夫になる人は、きっと幸運だろうな」
「へあっ!? ――そ、そうかしら!? そ、そうなら、良いのだけど」
「おい!! 何口説いてんだよ!!」

 タイムちゃんに変な事言ったら許さないからな。
 威嚇する犬のような表情で、ランドウェラはタイムと繋いでいた手を引いて己の後ろに隠す。
 其の顔は、きっと決して、灼那欺がしない顔。
 其れを見て、灼那欺は安心したように笑った。



「――ああ、そんな事もありましたね」

 灼那欺の剣戟が光のように奔る。
 ランドウェラは後方に下がる事で避け――素早く気の絲を展開すると灼那欺へ放つ。

「僕、あのとき本当にムカついてたんだから……ねッ!」
「ほぼ初対面の女性を口説くほど、私も器用ではないよ」

 灼那欺は其の絲を刀の一閃にて断ち切る。

 あの一件以来、灼那欺とランドウェラは時折顔を合わせては、こうして“じゃれる”ようになっていた。
 反抗期だった頃から、前進したのか、後退したのか、はてさて。
 世の中には「仲良く喧嘩しな」という言葉もある。二人の心は確実に、距離を縮めたと言って良いだろう。

PAGETOPPAGEBOTTOM