PandoraPartyProject

SS詳細

ただひとつ、僕の花

登場人物一覧

ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
ちいさな恋
ジョシュア・セス・セルウィンの関係者
→ イラスト

 頭が割れる様に痛む。心臓の鼓動に合わせて痛むそれは、少しずつ少しずつ身体の深いところに根を伸ばしているようで、時が経つのにつれて痛みがひどくなっていく。
 ここまでどうやって来たのか、よく覚えていない。かろうじてカトレアに声をかけた記憶はあるが、どうやって境界図書館に辿り着いたのかも、どうやってリコリスの家まで歩いたのかも覚えていなかった。
 目の前が霞む。ジョシュアの血を糧にした植物は月光を浴びてさらに成長を遂げているのか、月明りの元に出ると余計に痛みが激しくなる。家に籠っていればここまで悪化しなかったのかもしれないが、もうこの命は長くはない。朝になっても身体が動く保証がどこにもなかったから、無理をしてでも動いた方がいいかと思ったのだ。

 幸いリコリスの家は明かりがついていた。異変に気が付いたカネルが窓に飛びついて、それから慌てて家の中に引き返していく。

「ジョシュ君!」

 ドアが開いて、寝間着姿のリコリスが飛び出してくる。こちらの顔色の悪さに気が付いたらしい彼女の手が伸びて、掴む前に目の前が歪んだ。ぐるぐると景色が回っていくのに、リコリスの赤色の目は不思議と捉えられた。
 気を失う寸前、彼女に抱き留められたような心地がした。


 目が醒めると、顔のすぐ隣で丸まっていたカネルが起き上がって、その場でくるりと回る。カネルの小さな手がジョシュアの頬をつついて、それからすぐ側でうとうととしていたリコリスを起こした。
 はっとしたように瞼を開けたリコリスは、ずっとジョシュアの手を握っていてくれたらしい。お互いの体温が混ざったそれをぎゅっと握って、良かったと呟く。その瞳に涙が滲んでいるのを見て、「ごめんなさい」と言葉が零れる。

「ううん、いいのよ、看病くらい」

 生命力の循環が滞っているようだったから、循環を促す薬を作って飲ませてみたのだと彼女は言う。近くの机を見ると、寝たままでも水を飲ませられるような小さなポットが置いてあって、そこに赤色の液体が残っていた。

「何があったの」

 リコリスが慎重に、ただしはっきりと問いかけてくる。普段は前もって行くことを伝えてから向かうのに今回は何も言わずに来てしまったし、挨拶もしないうちに倒れてしまった。心配するなという方が無理だ。

 身体を起こそうとして、強い痛みに顔をしかめる。リコリスは不調の原因が頭痛だと気が付いたらしく、そのままでいいとでも言うようにジョシュアの肩に手を添えた。頭がぽすんと枕に落ちて、頭の横に咲いた水仙の花が揺れた。

「ベッド、借りてしまいましたね」

 どうやって話そうか悩んで、話を逸らす。
 リコリス様も寝るところだったでしょうに、と言えば返事に困らせてしまうだろうか。そんなことを考えている間に、彼女は泣きだしそうな顔で、ジョシュアの頭に生えた水仙を見た。

「生命力を吸い取っているわ」
「リコリス様は、分かってしまうのですね」

 リコリスは静かに頷いた。涙で塗れた睫毛が、照明の光を浴びてわずかに煌めく。

 痛みのない病なら、もう少しリコリスの傷にならないような嘘を考えた。しかしこの身体を蝕む病は時を経るごとに痛みを伴うものだ。隠すことはできない。

「花狂い病というものだそうです」

 声が掠れた。空気が喉の水分を吸い取ってしまったのか、話そうとする度に言葉がつかえる。

「大事な闘いがあった時、毒の力で覚醒した姿で闘っていました。この花はその姿の時に生えるもので」

 闘いが終わって、混沌に平和が訪れることが分かって、変化を解いた。変化した髪色は元に戻ったのに、花が消えずに残っていた。毒の力を使いすぎただけだろう、自分の身体から生まれたものだし、いずれは元に戻るのだろう。そう思いながらリコリス宛ての手紙を書こうとしていると、じくりと頭が痛んだ。数日経っても痛みは治まるどころか強くなるばかりで、渋々ながら精霊を専門とする医師の元に向かうと、医師はその顔を青ざめさせた。

「助からない病、だそうです」

 出来るだけ平坦に告げようとしたが、声に混ざった悲しみは隠し切れなかった。リコリスが息を飲む気配がして、そっと目を逸らす。彼女が浮かべているであろう表情を見たら、泣いてしまいそうだった。

 病は進行するたびに痛みが強くなり、やがては踊り狂ったようにのたうち回る。医師曰く罹患の原因も治す方法もまだ見つかっておらず、出来ることがあるとすれば痛み止めで症状を軽くすることだけ、とのことだ。

 これから、リコリス様と幸せに生きていけると思っていたのに。
 魔女と人間の関係を改善していくのは大変だけれど、彼女と過ごす日々にたくさんの夢を見ていた。どうして世界は、自分たちに当たり前の幸せを与えてくれないのだろう。与えても、すぐに奪おうとしてくるのだろう。まだ、この世界で何もできていないのに。

 繋がれた手に籠る力が強くなる。涙を拭っているような気配があって、何て言えばいいのかが分からなくなった。たくさん考えてここに来たはずなのに。

 お別れを言いに来たのです。連絡が途絶えたら心配すると思って。桜を見に行く約束を守れなくてすみません。ちがう、ちがう。どれも悲しませてしまう。でも、言わなくてはいけない。

「痛みを楽にする薬を用意するから、待っててね」

 やがて涙を押し殺した声でリコリスが言って、部屋を出て行った。カネルは主を追いかけるかジョシュアについているかを迷ったらしく、しばらくの間くるくると回っていたが、やがてジョシュアの手の上に座った。

 別の部屋から、リコリスのすすり泣く声が聞こえてくる。
 ごめんなさい、リコリス様。唇から零れた言葉はきっと彼女をもっと悲しませてしまうから、彼女に聞こえなくて良かったと思った。


 しばらくして運ばれてきた薬は、先ほどの赤い薬にきらきらとした光が浮いているものだった。彼女曰く、痛みを抑える効果が高く、かつ生命力の循環と生成を促す効果があるものなのだそうが、代わりに体温の調整が難しくなるという。リコリスが用意してくれた毛布にくるまれて薬を飲むと、痛みは楽になったが寒くてたまらなくなった。

「ありがとうございます」

 いいのよ、とリコリスが微笑む。他に出来ることがあれば何でも言ってね。そう彼女が泣きそうな顔をするから、ジョシュアは頷いた。

「手を握っていてくださいませんか」

 再び繋がれた手。少しでも体温を伝えようとしてくるように、包まれるように握られて、エリュサの時もこうやって最期を看取ったのだと思い出す。悲しいのに、ひどく安心する。

「リコリス様は何ともありませんか」
「何ともないわ、何ともないから」
「お別れ、ですね」

 そんなこと言わないで。リコリスが泣いている。
 彼女をまた独りにしてしまう。そればかりが気がかりだった。一度温もりを得ると、喪ったときに孤独がより一層胸を突き刺すのだ。友人たちはジョシュアがいなくなった後も彼女に会いたいと言ってくれるとは思うけれど、ジョシュアを通して繋がれた縁だ。会いにくいかもしれない。それぞれに大切な人がいるから改めて頼むのも気が引けて、でもそれより、彼等が大切な人と過ごすことができることが羨ましいから、会えたとしても普通に振る舞える自信がなかった。

「私、ジョシュ君とずっと」
「僕も、ずっと一緒にいたかったです」

 また雪で扉が開かなくなったらどうしよう。こういう時に助けてくれる人は、この世界にいるのだろうか。考える程に彼女をひとり残していくことが悔やまれて、手繰り寄せた記憶に含まれた柔らかさに泣きたくなる。

 薬を作れるようになった。共に食事を囲んで、友達を招いて、傷を共に背負って。たくさん、優しくしてもらった。人に優しくされる喜びで心が満たされて、幸福を知ることを赦してもらえたような気がして、一緒にいると安心した。

 一人で最期を迎えるのは、寂しかった。水仙に触れたら皮膚炎が出るかもしれないから、リコリスの側に居続けていいのかと躊躇ったけれど、リコリスは万が一のことがあっても、解毒は得意だから気にしなくて良いと微笑んでくれた。本当にこれで良いのかと悩んで、でも頭を撫でられたら、悩む気持ちが溶けてしまった。

「リコリス様」
「なあに」
「リコリス様に出会えて幸せでした」

 言葉にすると、止まらなかった。寂しくて、悲しくて、心が痛い。何度も手のひらに降り注いだ幸福とリコリスが側にいてくれる喜びと、好きな人を置いていく悲しみが心の内側で何度も混ざって、涙へと変わっていく。

「私もジョシュ君と出会えて幸せだったわ。だから、いかないで」

 リコリスの瞳が潤んで、雫が零れ落ちる。拭ってあげたくて伸ばした片手が、ぼやける視界を彷徨って、頬に触れた。なんて温かいのだろう。

 もっとリコリスに幸せになってほしい。ジョシュアと築いてきた幸せ以外にも、人々に受け入れてもらうことや、何の心配もなく街を歩くことといった、たくさんの幸せを知ってほしかった。そして日々を、共に歩んでいきたかった。でもそれは、もう叶わない。

「贈りたいものがあって」

 鞄を引き寄せて、中に入れていたケースを取り出す。そこに入れられていた花を差し出すと、リコリスは震える手でそれを受け取った。ベルの形をした紫色のそれは、月光に晒し続けて毒を抜いた、ジョシュア自身の花だ。

「リコリス様が好きです」

 もう自分はいなくなってしまうのに、好意を伝えるのは正しいのかどうか、悩んでいた。残される哀しさが増してしまうかもしれないから。でも最期だと思うと伝えたくて、花を抱きしめる彼女を見たら、伝えないといけないような気持ちになった。

 せめて今度生まれるときは、リコリス様と同じ世界に生まれてくることが叶いますように。リコリス様が生きる時間に触れられますように。そんな願いと共に、ジョシュアは目を閉じた。

おまけSS『ここに帰って』

 ジョシュアの目がゆっくりと閉じる。ジョシュ君、ジョシュ君、呼びかけてもその瞳がこちらを向くことはなくて、脈がみるみる弱くなっていくのが分かった。もう薬を飲ませても、彼の魂は帰って来ないのだと分かる。明確な、死だった。カネルの鳴き声が、泣いている。

「ねえ、ジョシュ君。好きよ、好きよ。だから戻ってきて」

 戻ってこないと知る理性と、戻ってきてほしいと願う心。どちらが強いかなんて、分かり切っていた。

「帰ってきて」

 ジョシュアに出会ってどれだけ救われただろう。毒薬に名前をつけてくれて、誰かと共に過ごす喜びを思い出させてくれて、光になってくれて。大切に大切に、愛しんできた子だった。
 向けられた好意にはなんとなく気が付いていて、もし友達より先に進む時が来たら、この子となら優しい日々になるのだろうと思った。そうして共に過ごすうちに、ちいさな恋になった。

 動かない瞼をなぞって、そっと唇を押し付ける。ここに戻ってきて、目を開けて。そんな祈りを籠めて。

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