PandoraPartyProject

SS詳細

それは折れぬもの、曲がらぬもの、或いは――

登場人物一覧

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色


「どうしてですか?」
 ……問われた言葉が、胸に刺さる。
「どうして、私たちは死ななければならないんですか?」
 一人の男性が、乾いた笑顔で此方を覗いている。
 周囲には、彼を庇おうとする妻と幼い子供。その二人を払いのけようとする『彼』に対し、男性は尚も言葉を畳みかける。
「私は――純種です。
 妻と子供を愛しています。平穏を愛しています。魔種や魔物の脅威を恐れる、平凡な人間です」
 震え、祈るように手を組む男性に、『彼』は音も無く細剣を喉元に突きつけ。

「――――――」

 軈て、何事かを呟いた。
 それは謝罪の言葉だったかもしれない。或いは憐憫や、哀悼や、同情の言葉であったのかもしれない。
 けれども、それらは所詮、言葉の域を逸脱することは無かったのだ。
 ――況や、男性の首を裂いたこの瞬間に於いては。
「……!!」
「ああ、あああ、あ」
 声帯諸共に、頸動脈までを切られた男性は、声も無く暫し悶えた後絶命する。
 それを見て、妻であろう女は頽れ、泣いた。『彼』はそれをいたたまれぬ表情で見下ろした後、血を払った細剣を鞘に納め、その場を去る。
 去ろうと、したのだ。
「お兄さん」
 背後から、服の裾を引っ張られていた。
『彼』が視線だけを後ろに遣れば、其処には斬られた男性の子供がいた。今にも泣きそうな表情で、けれど涙を零さぬまま、『彼』の目を確りと見て問う。
「どうして、お父さんをころしたの?」
 問いは、先ほどの男性が発した其れと同じものだった。
 実際『彼』は、確かにその疑問に答えてはいなかった。だから二度目の同じ問いに対し、『彼』は己に覚悟を決めて漸く答えたのだ。

「それは、俺達の所為だ」と。


「許可できん」
 ――時間は、先の光景から少しばかり遡る。
『ローレット』の前線拠点の一つに於いて、死んだ目をした和装の少女は、『彼』――即ちイズマ・トーティスの「要望」を一言で切り捨てていた。
「各都市での戦況は、多大な犠牲を挙げながらも確かに勝利を重ね、優勢へと傾きつつある。
 その最中に生まれた僅かな猶予を、何故貴様の個人的な感情から来る行動に費やさねばならん」
「……それが、俺達の責任であるためだ」
 発端は、直近にて彼を含めた特異運命座標らが受託した依頼に在った。
 Case-Dと称された滅びそのものの顕現に関わる魔種たちとの最終決戦。イズマはその内の有力な一体を討伐することに成功したが、その対価として魔種の能力により多くの一般人を『原罪の呼び声』で転化させてしまうことを許してしまった。
 その依頼から僅かな時間を経た現在、彼はそうして生まれてしまった魔種たちを、自身の手で「処分」することを依頼人である情報屋に申し出ていたのだ。
「第一、彼らの存在が魔種である以上、その存在によって少しずつでも『滅びのアーク』は力を蓄積していくだろう? この状況下に於いてその元を断つことは急務のはずだ」
「道理だな。だがその為に『ローレット』の最優戦力である貴様を態々割く必要が無い。
 生まれたばかりの魔種など、後方援護を担当するような練度の低い者や前線に行けない程度の怪我を負ったものなどに任せれば十分事足りる」
「……お願いだ、ココロさん」
 名を呼ばれたためか否か、僅かに眉をしかめた少女に対して、イズマは深々と頭を下げた。
「今しか出来ないことなんだ。俺がしなければいけないことなんだ」
「……理解に苦しむ。何故、自ら傷を負おうとする?」
「決まっている」
 頭を挙げた彼は、静かに自分の胸に手を当てる。
「作る必要の無かった犠牲を作った自分が、大嫌いだからだ」
「………………」
「そして、その犠牲を見て見ぬふりをしてしまえば、俺は俺をもっと嫌いになってしまう」
「……阿呆だな、貴様は」
 歎息を一つ吐き、情報屋の少女はくるりと彼に背を向けて言葉を続ける。
「転化した対象者をリストアップする。少し待て」
「……ありがとう」
「一つだけ、条件を付ける。
 ……殺すべき者達には謝罪しろ。例え、それが受け入れられなくとも」
「ああ――――――」
 自らの手のひらに視線を向け、イズマは呟く。
「――――――分かっている」
 掌を、拳の形にして。


「……六人目」
 時間は戻る。イズマが自身の行いに責任を取り続ける現在に。
 リストアップした対象は、イズマが想定していた数よりは少ないものの、それでもその数は二桁を超えていた。
 その一人一人を、彼は自ら赴き、手ずから殺害し――その度に家族や友人等の親しい者たちに蔑まれ、罵声を浴びせられ、ともすれば石を投げつけられることすらもありながら、しかし彼はそうした報復に一切の抵抗をすることも無くその場を去っていく。
 その在り様は、何処か自らに苦行を課す巡礼者のそれにも似ていた。それでも、
(……急がなければ)
 イズマは、足を止めない。
 そもそも今の状況は、魔種陣営との最終決戦に於ける、僅かな人員の些少なインターバルに過ぎないのだ。この時間を浪費し、影の領域に向かう時を迎えてしまえば、『ローレット』屈指の特異運命座標であるイズマは間違いなく其方に駆り出されることを余儀なくされる。
 そうなれば、彼は自らの「罪」全てに向き合うこと叶わず、戦いの果てを迎えてしまうだろう。
「処分」の対象である魔種や、その親族による抵抗で負った傷などは癒術で強引に治した。掛けられた罵声は受け止め、けれど其れに自らが屈することは決して良しとせず――彼は現在も、前へ前へと進んでいる。
「次の人は、この辺りの――」
 筈、と言おうとして、頭部に強い衝撃を受けた。
 傾ぐ身体。それが倒れる前に地を踏みしめ、どうにか耐えたイズマの後方には――情報屋がリストアップしていた残りの魔種、その大半が。
「……くそったれ」
 最初に呟いたのは、魔種の側であった。
「お前。お前が、俺達を殺してるんだろ?
 ふざけんなよ。お前らが俺達を守れなかったくせに、お前はお咎めなしで、守ってもらう筈の俺達が死ななきゃならないのかよ!?」
「………………」
 魔種たちは、凡そ三、四名ほどだった。彼らは成人の男性と年若い少女、怯えた様子の老人など、年齢も性別もバラバラな集まりで、けれどその何れもが即席の武器を手にイズマを見据えている。
「し、しにたく、ないんです」少女が言う。「恋人がいて。家族はお婆ちゃんが一人だけで。私が死んだら、みんな、みんな悲しむから。だから」
「だから、殺されるくらいなら、貴方を殺します。
 私は死んでもいい。けれど、この人たちは若くて未来がある。彼らを逃がすために、少しだけでも永く生きてもらうために、貴方を此処で止めます」
 最後に、老人がそう呟き――――――イズマは、それに何も応えなかった。
 最初に頭部に負った傷もそのままに、武器も抜かず、ただ俯いた表情のまま、その場に直立して動くことをしない。
 それを怪訝に思いながらも……彼らは思い思いの凶器を手に、じりじりとイズマを包囲し、近づいていく。
 誰もが、言葉を発することを止め、微かな足音と呼吸音だけが続く。その最中で。
「……すまない」
 終ぞ、イズマが言葉を発した。
 或いはそれこそが、張り詰めていた糸が切れる瞬間のように。三者が三者の得物を掲げ、イズマへと振り下ろす。
 イズマは、それを避けようとしなかった。鈍器によって頭部に受けた傷に酩酊し、鉤状の農具によって刺され、或いは裂かれた傷から血を夥しく流しながら、しかし、それでも。
「本当に。本当にそうだ。
『くそったれ』だ。守れたはずなのに。被害を抑えられた筈なのに。俺は、君たちを」
 己を癒すことをせず、代わりに、イズマは自身の細剣を抜いて少女の額を貫いた。
「――――――あ」
 単音、一つ。転化したばかりと言えども、それでも魔種を一撃で絶命させたその技量は、間違いなく彼が一線級の特異運命座標である証。
 逆説。「その彼をして眼前の彼らを守れなかった」と言う事実そのものが、今、何よりもイズマ本人を苦しめ続けている。
「否定なんて出来るものか。俺は君たちを救えない。
 君たちにとっての災厄だ。それでも俺は、俺がこの先望む世界の為に、君たちを殺すんだ」
 思考は、取り留めのない言葉になって口から零れ続ける。
 それは一つの懺悔と言えた。けれどこれから殺されるであろう魔種たちはその言葉の真意に気づくことなく、唯真っ先に殺された少女の姿を見て怯え、後退ることしか出来ない。
「ただ、せめて、それは他ならぬ俺自身の手で。
 例えどれほど恨みを向けられても。それだけが、俺に出来ることだ」
「う、うわああああぁぁっ!!」
 金槌を闇雲に振るい、突進してくる男性にイズマは正面からぶつかる。
 男性の態勢は容易に崩れ、その心臓に向けて細剣が突き立てられれば、最早魔種は一切の抵抗を止め、ただ静かに涙を流しながら事切れていった。
「……やはり、敵いませんか」
 そして、残された老人が農具を捨てる。
「良いのか?」
「問うてどうなさいます? どの道、貴方は私を殺すのでしょう?」
 抵抗しないのか、と言う問いに対する老人の言葉が、イズマの心を深く抉る。
 けれど、止まらず。イズマは先の二人と同様、老人の胸に剣を突きつけ、刹那の後にそれを貫いた。
「……こんな、悲劇は」
 頽れる老人。その身体が地に叩きつけられる前に、イズマはそれを抱き留め、静かに地面へと横たえる。
「我々で、最後にしてくださるのでしょう?」
「……確約は出来ない。けれど、きっと」
「そうですか、それでは」
 ふ、と小さく笑んだ老人は、そのまま瞑目して末期の言葉を零す。
「お恨み申し上げます」
「……ああ。有難う」
 ――イズマは、最後まで自らに涙を流すことを許さなかった。


 傷を治し、確りとした足取りで――しかし憔悴しながら帰還したイズマに対し、情報屋の少女は静かに問う。
「満足したか?」
「……どうかな」
 困ったような笑顔を浮かべるイズマは、自身で浮かべたそれが作り笑いのように思えて、何故かひどく虚しくなった。
「何にせよ、有難う。
 態勢を整えたら、また前線に復帰するよ」
「なら、その前に付き合え」
 情報屋の言葉に対し、首を傾げたイズマの前に突き付けられたのは、水筒に入れられた紅茶と個包装の焼き菓子だった。
「前線基地の陣幕の中で茶会とはいかんからな。本当は茶器を用意したかったところだが」
「いや、こんなことをしてる状況じゃ……」
「貴様がそれを言うか」
 眇めた瞳でそう返され、「う」とイズマが小さく呻く。
 軈て適当な場所に座り、自身の分の焼き菓子をつまみ始めた少女に並んで、イズマも貰った菓子を頬張り、時折水筒に口を付ける。
「……今頃、俺の姿を見て、『ストーリーテラー』は笑ってるかな」
 事の発端、此度イズマが処分した魔種たちが生ずる元となった元凶の名を浮かべる彼に、情報屋の少女は素知らぬ顔で返す。
「仮にそうだとしても、貴様はこの道を選んだだろう」
「……そうだね」
「なら、気にするだけ無駄だ」
 ぐいと自身の水筒を飲み干した少女は立ち上がり、座ったままのイズマをじっと見つめて呟く。
「誰の手で踊ろうが、誰の思惑に乗ろうが。
 惑うな。折れるな。お前が信じたお前の道を往け。多くの者を巻き込みながらな」
「……巻き込む?」
「知らんのか。鋼は合金だ」
 ……自らを『折れない鋼』であると称するイズマに対し、少女は平然とそう呟く。
 彼女は掌に残した焼き菓子一つをイズマの唇に押し付け、彼がそれを咥えたのを見ると、少しだけ満足そうに笑む。
「限界まで己を焼いて冷やすのも良いがな。自身が一人で形作られていないのだと識れば、もう少しマシな道も見つかるだろうよ」
「………………。例えば」
 戦の最中、未だ空は明るいとは言い難い。
 それでも、イズマは眩しそうに瞳を細めながら、少女に笑みながら問うたのだ。
「それは、貴方を巻き込んでも?」
「さて」
 終ぞ、青年を「貴様」と呼ばなくなった少女は、背を向けて去っていく。
「果たして、巻き込まれるのは何方かな」
 ――苦笑するイズマは、少ししてから彼女の背を追う。
 行く先は、一先ず「終焉」を止めるために。

  • それは折れぬもの、曲がらぬもの、或いは――完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別SS
  • 納品日2024年05月23日
  • ・イズマ・トーティス(p3p009471

PAGETOPPAGEBOTTOM