SS詳細
クリームソーダが溶けるまで
登場人物一覧
●忍者と人形の夫婦
「2人は互いのどこが好きなの?」
時刻は午後三時、幻想某所に在る喫茶店。
名物であるクリームソーダをストローでかき混ぜながら、ランドウェラ=ロード=ロウス は言った。
鮮やかなエメラルドグリーンがしゅわしゅわと音を立て、小さな渦を作る。
「ほう」
「鬼灯くんの好きな所?」
その問いに黒影鬼灯を瞬きを数回繰り返し、彼の膝の上でふわふわのホットケーキに夢中になっていた章姫が顔を上げた。
時は少し遡る。
気まぐれに散歩に出ていたランドウェラは、いつも通り仲良し……というよりラブラブな鬼灯と章姫を見かけた。
忍集団『暦』の頭領である鬼灯。そして常に彼の腕の中に収まっている人形の妻、章姫。
二人の相思相愛っぷりはローレットでも有名であり、本日も例に漏れず互いへの愛を周囲へ振りまいていた。なんというかオーラの色が違うのだ。
そんな二人を見て、ランドウェラはふと思った。
『二人はお互いの何処がそんなに好きなのだろうかと』
とある人物の
されどその感情は紛れもなく
恋とはなんぞや、愛とはなんぞや。
そう思う程度にはランドウェラも人の子であった。オトシゴロ、ともいう。
故に、彼は鬼灯と章姫に声を掛け、喫茶店へ誘ったのだ。
二人には特に断る理由もなく、三人は連れ立って喫茶店へと入った。
そして話は冒頭に戻る。
「章殿の好きな所か、ふむ」
眠たげな眼をさらに細くして、鬼灯は章姫を見た。
くりくりとしたサファイアの様に蒼い瞳に、太陽のような豊かな金色の髪。
鬼灯お手製の紅いロリィタファッションに身を包んだ章姫は、何処からどう見たって愛らしい。
『姫』という名に恥じぬ愛らしさと可憐さだと鬼灯は早速愛妻家っぷりを発揮している。
「まずは、容姿だな。俺は任務先で彼女に一目ぼれして連れ帰り妻にした」
「へぇ、一目惚れ。忍の頭領っていうのは意外にも熱烈なんだ?」
揶揄う様にランドウェラがストローで鬼灯を指す。
行儀が悪いぞと鬼灯が窘め、ランドウェラは、はぁいと間の抜けた返事を返した。
ふっと目元を緩め、鬼灯は顎に手を遣り過去に思いを馳せる。
「ま、今考えれば愚行にもほどがあるがな。何の躊躇いもなく予定外の物を持ち帰ったのだから。
だが、その時は罠だとか、危険物だとか。そういったことは一切頭に浮かばなかった」
章姫の白い頬を鬼灯は撫でた。その手に小さな手を添え、すりすりと気持ちよさそうにすり寄る様は幼子の様だ。そんな仕草も愛おしいのだと鬼灯は言う。
(成程、容姿だけでなく仕草も『愛』おしいのか)
ランドウェラは頷いた。
「ただ、章殿と目が合った時に、世界が一気に鮮やかになったんだ。
血と煙と陰謀まみれの世界は、実はこんなにも綺麗だったのかと思った」
その日から、鬼灯は章姫と共にある。
最初はものが言えなかった彼女に鬼灯が腹話術で声を当てていた。
その姿に最初は『頭領がおかしくなった』と部下が眉を顰めることも少なくなかった。
しかし混沌で多くの縁に恵まれ、そして数年前の夏の日。
章姫は改めてこの世に生を受けた。産声を上げたのである。
おすまし顔しかできなかった章姫が、様々なことを経験し、どんどん感情表現が豊かになっていくのを見るのは幸せだった。
「時折不機嫌そうに頬を膨らませていたり、構ってほしくて小さな悪戯をすることもあるが其処も好ましい……そして何より章殿は優しいんだ」
敵にも慈悲の言葉を掛け、部下の暦たちを一人一人を労り。
孤児院の子らにも母の様に章姫は笑いかけた。それが務めだという様に。
紅葉の葉のように小さな掌は、誰よりも優しく暖かだった。
「うーん、困ったな。纏めると全部という答えになってしまった」
「おお、言い切ったね」
「何をしていても愛おしいのだから仕方ないな。きっと章殿が居なくなってしまった時が、俺が死ぬべき時なのだろう」
もっとも、と珈琲を一口飲んでから鬼灯は寂しげに言った。
「章殿は極楽、俺は地獄に行くことになるだろうから。其処でお別れだな」
お別れという言葉を聞いた章姫が不服そうに頬を膨らませた。
そして抗議の声を上げる。
「あら、駄目よ。鬼灯くんはわたしと一緒なのだわ!
その時は閻魔様にお願いするのだわ」
だって、鬼灯くんの居ない天国なんて寂しいだけだもの。
小さく切り分けたホットケーキを口に運んで呑み込んでから、章姫が返事をした。
(死がふたりを分かつまで、なんて言うけれど。
この二人の場合は《《死が二人を分かつとも》》と言うべきだろうね)
死とはまるで無縁の人形が愛を知り、愛する人と同じ所に逝きたい。
確かに『愛』としか言いようが無かった。
少しずつ、ランドウェラの中で『愛』というものが輪郭を得始めている。
そんなランドウェラの胸中など、知る由もなく章姫は無邪気に続けた。
「あのね、鬼灯くんはね自分の事を残酷だって言うけど、本当はとっても優しいのだわ」
「へぇ? 忍は冷酷無比なイメージがあるけれど?」
興味深そうにランドウェラが身を乗り出した。
うふふと嬉しそうに手を合わせて章姫は言う。
「暦の皆には生きて帰ってくるように絶対言うし、滅多に怒らないのだわ。
一人で泣いている子を放っておかずに必ず手を差し伸べるのだわ」
「章殿」
すこし気恥しそうに鬼灯は目を逸らし、章姫の頬を指の背で擽った。
忍の頭領が優しいなどと笑いものもいいところだと思っているらしい。
「わたしを撫でてくれる手も好きよ。大きくて、ちょっと冷たいけど優しい手。
わたしを見てくれるアメジストみたいな目も大好き!」
そう言って章殿は、ホットケーキを鬼灯の口元へ運んだ。
口布をずらした鬼灯の口元は差し込んできた日差しによって確認できないが、屹度幸せそうに弧を描いているんだろうとランドウェラはなんとなく思った。
「あのね、わたしね元々
寂しかったのだわと、章姫は顔を伏せた。
だからあの時、硝子の中から自分を見つけ、鬼灯の目に光が差し込むのを見た章姫は『この人だ』と確信したのだという。
「わたしの事を心から大事にしてくれて、ちょっと心配症だけどやりたいことをやらせてくれる鬼灯くんが大好きなのだわ!」
太陽の様な笑顔で真直ぐに章姫は言い切った。
その純粋さが眩しくて、ランドウェラは目を細める。
「そっか、二人ともそんなにお互いの事が好きなんだね」
そう聞けば、二人は全く同じタイミングで頷いた。
息もぴったりな二人は長年付き添いあい、これからも支えあって生きていくのだろう。
そう思うと、さっきよりも二人がキラキラして見えて、ランドウェラは羨ましいと思った。
ランドウェラには所謂『妻』と呼べる存在は居ない。
いつか、いつか鬼灯と章姫の様に互いの事を『愛している』と胸を張って言えるような人が出来るだろうか。
(――まぁ、妻でなくてもいいのだけれどね)
再度クリームソーダに口に含む。
さっきよりもアイスクリームが溶けたそれは甘みを増していた。
おまけSS『やりたかったこと』
「そういえば、お嫁さん――章姫はいろんなことをやらせてもらったっていってたね。
例えばどんなことをやらせてもらったんだい?」
「そうねぇ、店員さんでお客さんをおもてなししたり」
「接客か、いい経験だね」
「グラオ・クローネのチョコレートを作ったり」
「夫婦だもんね、いいね」
「あ、でもね
お世話するって言ったけど、イレギュラーズ8人がかりで止められたのだわ!」
「うんうん、それは嫌……え?」
真剣に章姫の話を聴き、相槌を打っていたランドウェラは真顔で鬼灯を見た。
苦虫を潰したような顔をしている鬼灯が居た。