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ぷいっきゅー
登場人物一覧
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イチカの朝は早い。
戦闘という極限の状況に身を起きやすい仕事に就いているため、自身のコンディションを保つことには余念がないのだ。
平時において、生活リズムを狂わすことはなく、睡眠時間をしっかりと確保し、アルコールを過剰摂取することもない。
目覚めてすぐに顔を洗い、ジョギングから一通りの運動を行う。これは訓練というよりも、身体性能のチェックに近い。
どれだけ体調管理に努めても、術式を交えた戦闘状況はそれを容易く崩してくる。慢心が、油断が、一度きりの生命を失わせるのだということを、イチカは理解していた。
故に、本日もイチカの朝は早く、加えて健康である。
そのイチカが、奇妙なものをみた。
ジョギングで、いつもの公園を走っていたときのことだ。
このタイミングで、仕事仲間に会うことも多い。今日はいるのだろうかと、探すつもりもないが、視界を巡らせた、その時だった。
風景に、変なものが混じった。
そいつは、なんというか、可愛いのかちょっと気色悪いのかよくわからないものだった。大きさは人の頭くらいだろうか。スライムのようななにかのモチーフのような、とにかくマスコットめいた姿をしており、種族としてどこに分類されるのかもわからない。少なくとも、脊椎動物には見えないが。
つぶらな眼をしており、小さな全身を使ってえっちらおっちら移動している。ぷいっきゅーとか言いながら前進している。
そいつはこちらに気づいたのか、視線を、ではなく、全身をこちらにむけて手とも突起ともつかぬ何かをこちらに向けて振り、ぽぽるきゅっぷーとか鳴いた。無論、何を言っているのかまったくわからない。
こちらが眼を擦っていると、疑問とばかりに首を傾げ、誤りだ、首はない。全身を斜めに傾けてぽぽきゅおーと鳴くと、またえっちらおっちら去っていった。
あとにはただ、イチカが残るのみ。
吹いた風が思いの外つめたく、身震いをしたことでイチカは我に返った。
「……疲れてんのかな」
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「なんかなー、そういうことじゃねえかとは思ったんだよなー……」
昼前時、祖母に呼ばれて彼女の部屋を訪れたイチカの目に飛び込んだのは、朝に見かけた変な生き物だった。
一頭身の体で、全身を使って動き、眼はつぶらで、ぷっきゅぷっきゅ鳴いている生き物。それが二匹。
「増えてんじゃん……」
それは朝に見かけた生物と同じだろうと推測はできたが、確信はない。あの一度の会合で個体を見極めるなど、他所の犬猫を判別しろというようなものだ。
「えーーーーーーっと。ばーちゃん、今日はこいつらの殲滅? 俺、人間専門なんだけど」
「いやいやいや、何を言っとるんじゃ」
部屋の主に声をかけると、彼女は呆れたような声を出した。
その隣で、二匹の謎生物もいやいやいやと否定の仕草を、している風に見える。たぶん。
「ま、こやつらが話の渦中におるのは間違いないがの。イチカ、そこなふたりの、プロレタリアと厄うさぎ☆じゃぞ」
「…………ばーちゃん。俺やっぱ疲れてるみてえだわ。今日の仕事はキャンセルでいい?」
祖母の言葉に二匹を見つめ、その二匹がきゅーぷいと肯定の返事、のようなものを返したところで、イチカは現実と向き合うのが嫌になった。
「これこれ、仕事じゃっちゅーに」
「いや、違うって。絶対これ夢オチだって。俺わかるもん」
「まあまあの年した男子が『もん』とか言うでないわ」
「うわ、ばーちゃん問題発言だぜそれ」
「話を逸らして逃げようとするでないわ。とかく、こやつらをこのような姿にしたぷいっきゅー魔法使いを倒してくるんじゃ」
「…………なんて?」
「ぷいっきゅー魔法使いを倒してくるんじゃ」
「マジかよ、聞き間違いじゃねえのかよ。なんなんだよぷいっきゅー魔法」
「うむ、ぷいっきゅー魔法はの。なんでも可愛く大変身させてしまう術式じゃ」
「可愛く?」
「可愛いじゃろ?」
あらためて、謎生物に変身した二匹、もといふたりを見るイチカ。
「…………そうかあ?」
「ばーちゃん、自分の感性に自身無くしそうじゃわ。ともあれ、ぷいっきゅー魔法使いじゃな。これは何でもファンシーに変えてしまう強力な術式じゃが、大きな欠点ももっておる」
「なんだよ、欠点って」
「うむ、それはの。年齢を重ねるごとに術式を行使するのがしんどくなることじゃ」
「………………へえ」
「今回のぷいっきゅー魔法使いは、47歳じゃそうな」
「……………………うわあ」
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そんなこんなで。
イチカはぷいっきゅー魔法使いによる第一、第二の死角を退け、謎生物となってしまったふたりとともに最後の決戦に挑んでいた。
はじめは戸惑ったものの、苦楽を共にしてきた仲間であることに代わりはない。未だにどっちがプロレタリアでどっちが厄ウサギ☆なのかイチカにはさっぱりわからなかったが、なんとなくどうにかなっている。
連携だって完璧だ。筋力を失ったプロレタリアは得意の術式で変換するリソースがなくなったので何もできないし、バニーでなくなった厄ウサギ☆もこれっぽっちも戦闘の助力にはならなかったが、ふたつの戦いを経て、イチカたちは奥義を習得することができた。この力があれば、強力な魔法使いにも勝てるだろう。
「そうだ、俺達なら47歳のぷいっきゅー魔法使いにだって勝てる!」
「年齢をいうなあああああああああああああああ!!!」
ぷいっきゅー魔法使いが怒りをあらわにする。ふりふりでいかにも魔法少女と言った格好をし、だらしない体とまでは言わないものの、少々お腹が出てきてへそ出しとカテゴライズするにはアレな感じだが、どうやら、年齢の話はタブーらしい。
「うるせえぞアラフィフ!!」
「アラフィフいうなあああああああああああああああああああああ!!」
しかし、ぷいっきゅー魔法使いは強力だ。なにせ年季が違う。
きっと幼少の頃には可愛い魔法がいいなと思ってぷいっきゅー魔法を選んだのだろう。年齢を重ねるごとに、ちょっとどうなんかなと思ってはいたんだろう。それでも今更違う系統の術式を1から修めることなど出来ず、頑張って開き直ることにしたんだろう。前線に立つ未成年の魔法少女はモラルどうなってんだと思われるが、不惑を過ぎ、知名も見え始めた魔法少女は色んな意味で破壊兵器である。
しかし、しかしだ。それ故に強力なのだ。失うものが見えなくなった大人ほど恐ろしいものはないのだ。このままではイチカたちの敗北は必死である。故に、あの奥義を使うしかなかった。
「いくぞプロレタリア、厄ウサギ☆!!!! 合体だ!!!!!!!」
その掛け声に呼応して、イチカの着けた腕時計が明滅。それに合わせるようにどこからともなく現れるこれまでの戦いで仲間になった大量のぷいっきゅー達。
それらはぷいぷいと積み重なると、虹色の光を放ちつつ合体する。なんかBGMが流れて反撃されない謎の演出を経て合体する。
その姿は雄々しく、たくましく、そして可愛い!!
究極生命体、きんぐぷいっきゅーがここに爆誕した!!!!!!!
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ところで目が覚めた。
「あーーーーーーーーーーーーーー、よかった……」
心からの安堵であったという。