PandoraPartyProject

SS詳細

どうしようもなく目を引く、それは

登場人物一覧

ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
闇と月光の祝福
ジョシュア・セス・セルウィンの関係者
→ イラスト

出会いさいかい
 鉄帝国の森の中。
 深い深い木々の向こう。

 君の色を見つけた。

●森へ
 どこにも居場所がなかった。

 コケモモ精霊のエリュサだけがジョシュア・セス・セルウィンの居場所であり、信じられる優しさの証だった。
 ジョシュアの毒を、ひいては彼そのものを恐れ忌み嫌った人々が彼を街に置いてくれていたのは、エリュサがいたからだ。
 そのエリュサは病に倒れ、今はもう亡い。
 花は咲かず、優しさが再び芽吹くことはなく。ジョシュアは彼女を悼む時間も満足に与えられないまま、追い出されるように街を出ていくしかなかった。
 『エリュサがいる限り』――そういう約束だったからだ。

 街を出たところで、ジョシュアは他に行くあてなど無い。しかし、人のいる街に行けばまた同じことになるのは目に見えていた。
 自分は、どこまで行っても毒の精霊。
 いるだけで何かを傷つけたり、蝕んだりはしないにせよ、人は自分を『毒そのもの』として扱う。
(いや……もしかしたら、エリュサ様も僕がいたから)
 花が咲かなかったのも、病が治らなかったのも、『毒』が近くにいたから。優しい彼女は誰に何と言われようとずっと否定して自分を受け入れてくれていたが、本当は街の皆の方が正しかったのだとしたら。
 もう、何も信じられなかった。優しい人も、そうでない人も。誰とも一緒にいたくなかった。

 街から遠く。ずっと遠く。
 木々の向こうへ。森のずっと奥へ。
 叫んでも誰にも見つからないくらいずっと奥なら、息をしてもいいだろうか。
 誰も声をかけられない、優しくできない、真っ暗な場所で一人なら。

 ――それからしばらく走っていたような気がするけれど、どんな道をどう走ったのかはよく覚えていない。

「なんだ、子供か」

 呆れたような声と天藍の瞳に、見つかった。

●木漏れ日の星
 誰とも関わりたくない。優しくされたくない、酷くもされたくない。
 ジョシュアは声の主に応えず、初めはすぐに逃げた。
 走って、走って、やがて苦しくなって、少し休んで。
 そうすると、またあの瞳が追い付いてくるのだ。
 今度は声をかけられる前に逃げた。
 真っ直ぐだと追い付かれるかもしれないから、草の深い方へ隠れるように逃げた。
 しかし道が悪いとすぐに疲れてしまって、今度は草の影で息を殺しながら休んでいた。
「……ねえ、かくれんぼがしたかったの? 泣くほど?」
 まだ見つかってはいないが、あの声がすぐ近くまで近寄っている。通りすぎて欲しいと願えば願うほど、彼の歩みは遅くなる。ついには、ジョシュアが隠れている草むらの手前で止まってしまった。
「ああ。僕、夜目が利く方でね。特にここの森は君よりも長いから……残念だけど」
「ほっといて」
 逃げ続けることはできない。
 そう悟ったから、ジョシュアははっきりと口にした。敢えて突き放すように、きつい言葉を選んで。
「これ以上構うなら……僕の毒を使うから」
「毒? どんな?」
「……花の毒。生き物を殺せるんだ。嘘じゃない」
「ああ、そういうのもあるね。うんうん」
 ちゃんと理解しているのかよくわからない様子で頷いていたかと思うと、声の主は急にジョシュアの顔を覗き込んできた。
「ち、近寄るな!」
「僕はラズライトの精霊種。石に花の毒なんか効くと思う?」
「花の毒なんかって……そんなの、でも……僕は!」
 その時、初めて声の主の顔を正面から見た。
 この森の暗がりにあってもその目は不思議と見つけやすくて、まさに宝石のように煌めいて見えた。多分、美しいものだ。そんな美しいものが、どうして偶然見つけただけのジョシュアをここまで追ってくるのかわからない。関わる必要を感じられない。
 あるいは――ジョシュアの毒が目当てなのだろうか。そういう人間も街には確かにいた。
(でも、それにしては毒のこと……知らなかったな)
「この森が長いって、言ってたけど……僕がこの森にいると、迷惑?」
「いや?」
 あっさりと。考慮も遠慮もない、ただ事実として答えられただけの返事。
 それだけのことが、追い詰められていたジョシュアの心に久しぶりの木漏れ日を落としてくれた。
 毒だと告げても迷惑ではないと、はっきりと答えてくれたこのラズライトが。
「というか、寝てただけなんだよね僕。やること無くて」
「眠りから覚めたのは?」
「誰かさんの泣き声がうるさいから」
「……ごめん」
 やっぱり迷惑はかけていたと思うと同時に、ジョシュアはやっと自分が泣いていたことに気付いて目を拭った。
 目から頬を辿れば、確かに濡れていた。目蓋が腫れぼったいのも、顔が熱いのも、そういえば呼吸がうまくできなくて苦しかったのも、きっとそのせいだろう。
(どうして、泣いてなんか……)
「別にいいよ。君がここがいいって言うなら、ここにいればいいし。出て行きたいなら行けばいいし」
「外は……だめなんだ」
「どうして?」
「僕が毒だから。僕も皆も、嫌な思いをする。優しい人だって、いなくなっちゃった。僕は、一人でいないと……」
 そう話しているのに、ラズライトの精霊が離れる様子はない。それどころか、彼は笑っていた。
「僕はシエル・ルーセント。シエルでいいよ。キミは?」
「え?」
「人が名乗ったのに自分は名乗らないような人間なのかい、キミは?」
 シエルと名乗ったラズライトが眉を潜めたので、ジョシュアも一応名乗った。
「……でも、僕は一人で」
「ジョシュア……ジョセでいっか。知ってるかいジョセ、この森は長く一人でいると樹に食べられてしまうんだ」
「ええっ!?」
「そこで提案がある。とりあえず花の毒が効かない僕と一緒に森にいるか、今すぐ僕と森を出るか。一人でいるのは勧められないな〜」
 自分よりも長く森にいるシエルが言うのだから間違いはないだろう。しかし、彼と外に出れば人間がいる。彼自身が毒に強いとしても、他の人間から何か言われるのは避けたかった。
「……じゃあ、この森にいる間だけ」
「ああ。よろしく、ジョセ」
 差し出された手を取って、ジョシュアは立ち上がる。
 自分より高い位置にあるシエルの目が、夜空の星のようにも見えた――気がした。

●回顧
 ――似てたんだ、あいつと。
 遙か昔、眠りにつく前。シエルには相方がいた。
 剣を預けたままの剣士の帰りを待ち続けていた。待ちくたびれて、待つ以外にやることもなくて、やがて待てなくなって――シエルは目を閉じた。

 切り株で眠っていたはずが、いつのまにか辺りは暗い森になっていて。
 暗い森に響くのは、子供の泣き声。
 つらい。悲しい。戻りたい。戻れない。どうして。ごめんなさい。
 言葉にならない言葉達がそんな風に泣き叫ぶものだから、おちおち寝ていられなくなった。
 その声が似ていたわけではない。
 しかし、これも言葉にしにくい感覚で――どうしても気になってしまった。

 だから、探した。逃げられてもしつこく追いかけた。
 見れば見るほど目を引かれる。
 多分、似ているのは魂だ。魂の色だ。
 どうしようもないものを抱えていて、それを何とかしないと息もできないような。

「シエル、何が人喰いの樹ですか。あの森にはそんなものなかったって聞きましたが」
「結果として、キミがあの森を怖がって早めに外へ出られたんだからいいじゃないか」
 あれから数年。
 毒を恐れていたジョシュアは毒を『使う』ことを知り、シエルとも遠慮の無い友人として続いている。

おまけSS『天藍の原石』

●あなたの話を聞きたい
 ジョシュアとシエルの付き合いは長い。
 しかし、ジョシュアがシエルについてよく知っているか、というと――恐らく否、だ。
 そもそも、シエルの歴史があまりにも長い。ジョシュアが関わった長い時間も、結局は彼の長すぎる歴史の末端でしかない。
 これだけ長い間友でいて、様々な知識や魔法を教えてくれて、ジョシュアの過去についてもいくらか話してきた。だというのに、ジョシュアは彼の過去をよく知らない。
 彼が話そうとしないので、話題にもしなかった、というのが正しいのだが。
「なに。僕の顔に何かついてる?」
「いえ……。……」
 ある日、たまたま時間があって彼と茶を楽しむ機会があった。カップの液面に映る自分の顔を見ながら、ジョシュアは何と切り出したものか言葉に詰まってしまう。
「今さら何なんだい。キミの言葉で僕が傷つくとでも?」
「……シエルって、昔のこと……話さないと思いまして」
「それは、僕の昔話が聞きたいってこと?」
 この理解の速さに困らされた。
 この遠慮の無さに救われた。
 どこにも居場所がなかった自分に居場所を作ってくれた彼を本当に傷つけてしまわないだろうかと、ジョシュアは不安が拭いきれない。
「どうして、あの森で僕を助けようと思ってくれたのか……優しさで助けたかったわけでも、利用価値があるから助けたわけでも無いでしょう?」
「そうだね。キミにちょっと甘い自覚はあるけど、優しさとかではないかな」
「優しかったら嘘は教えないんですよ。あなたの嘘で結構苦労したんですからね?」
 取り返しがつかない程ではないが、シエルが知識として教えたものの中には真実も虚構も混じり合っていた。嘘を教えられる場合は、愉快犯の他は大抵ジョシュアに行動を起こさせる目的のことが多かったが。
「あの森は……別にシエルの故郷というわけでもないんですよね?」
「まあ……そうだね。僕が眠る前は、ただの切り株だったよ」
「……本当ですか?」
「信じるかどうかは任せるけど」
 相変わらずのらりくらりと躱す姿勢にジョシュアが少し恨みがましく見つめると、シエルは楽しそうに笑っていた。
「で? 知ってどうするの。そんな昔のこと」
「シエルのこと……ちゃんと知りたい、と思いまして」
「別にいいのに。今のままでも、僕らはよき友人だと思うけど。それとも何か……友人になったら、相手の全てを知らないといけないのかい」
 その言葉に、どこか石のような冷たさを感じてジョシュアは口を結んだ。
 機嫌を損ねてしまった――それでも。
「そんなことは、ないですけど。あなたがどうして、僕を助けてくれたのか。それがわかれば……シエルと共有できるものが、増えるというか……僕にできることなら、何か助けたりできるかも、と……」
「…………」
 無言のシエルに、ジョシュアも引かない。
 そう長くは続かなかった沈黙の後に、シエルがジョシュアの額を指で弾いた。デコピンである。
「いった!」
「言うようになったじゃないか、ジョセ」
 彼はジョシュアと出会った時と変わらない天藍の瞳を細めて笑っていた。
「まあ、そこまで言うなら考えておくよ。だから……勝手に死ぬなよ。まだ死神にキミをやる気は無いんだ」
 それはシエルなりの、これから激戦へ向かうジョシュアへの励ましだった。
「ええ、必ず戻ってきますよ。その代わり、ちゃんと話してくださいよ?」
「忘れてなければね」
「僕が覚えておくので」
「都合よく記憶喪失にならないことを祈っておくといいよ」
「シエル」

 そんなささやかな応酬が飛ぶティータイム。
 湯気を立ち上らせて揺れる紅茶は、優しい色をしていた。

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