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命題「運命は誰から始まったのか?」
登場人物一覧
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一つ、昔の話をしようか。
わたしはね、本当に悪魔なんだよ。可愛い雲雀と可愛い隼人、二人の世界では異質な生き物。世界の裏側から、時折“表側”にちょっかいをかけながら、いつか生まれて来るわたしの後継者を探していた。
悪魔だって代替わりをするのさ。周りの悪魔は次々と後継を“表側”に見出していて――焦っていた、というとそれっぽいかな? いや、実際は全然焦ってはいなかったんだけどね。わたしたちにとって時間は腐るほどあるものだから。
そうして人の営みを見つめ続けて――見付けたのが雲雀と隼人の二人だった。時を観測する一族に生まれ落ちた双子の兄弟。古来からニンゲンは双子を忌み嫌うけれど、わたしたちにとってはとても意味のあるものでね。「片方が欠ける事で其れを埋めようと力が増していく」という意味が……あるんだったか、なかったんだったか。まあそういう意味で、“表側”とはちょっと違った理由ではあるが双子には重要な意味があったんだ。
だからわたしはこの二人を選んだ。わたしの血の“洗礼”を受けてくれるならどちらでも良かったのだけれど、結果的にわたしの血の“洗礼”を受けたのは雲雀だった。
ほんとはね? 隼人は早くから己の未来に気付いていたようだったから、どうせ選ぶならこっちが良いな、と思っていたんだよ。けれど雲雀は其の運命を自らの手で引っ繰り返してしまった。身を差し出そうとした隼人の代わりにわたしの血の“洗礼”を受け、邪眼に目覚めた。
わたしは拍手を送りたい気分だった! まさかあの場で運命が覆されるだなんて数少ない経験をしようとは思わなかった! だからわたしは後継者に雲雀を選んだんだ。『隼人の為なら何でもする』、其のひたむきさに惚れたんだ。
ああ、人間って素晴らしいね。わたしが定めた運命すらも、引っ繰り返してしまうのだから。本当に素晴らしい。
雲雀にはもっと強く、大きくなって欲しいんだ。そうしていつか、わたしの後継として運命を司り、操る役目を負ってもらう。そして――わたしは悪魔で、欲深いからね。折角雲雀の大切な人なんだし、隼人にもわたしの後継になって貰いたいと思っている。其の時は、そう、雲雀に血の“洗礼”をお願いしようかな。雲雀ならきっと喜んで引き受けてくれるよね?
楽しみだねえ、とっても楽しみだ! 後継候補がいるってこんなに楽しい事なんだね、あははは!
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――時は少しだけ遡る。
“マキナ”と名乗る狂人の情報により雲雀と隼人が再会を果たしてから、少しして。
共に住み始めた家で、ある時隼人は『マキナという存在に覚えがある』と話を切り出した。
勿論雲雀だって覚えている。が、其れはあくまでこちらの世界に来てからだ。が、隼人の話によると、もっと以前――世界を転移する前にもマキナは関わっていたのだという。
思い出すあの夜。
逆光のシルエット。諦めたような隼人の顔。其れがどうしようもなく悲しくて……雲雀が自分の身を差し出して邪眼を受けたあの日。
「――あれは、あいつだったんだな」
月の逆光で巧く見えなかった容貌。
其の顔が漸く判った気がして、雲雀は拳を握り締めた。そんな彼に、隼人は声をかける。
「なあ、雲雀」
「うん」
其れ以上言葉は要らない。
二人は双子だ。
だから考えている事は一緒だった。
“俺達の運命を弄んで笑っている、あの悪魔を斃さなければならない”。
そうしなければ、例えこの世界を救って元の世界に帰っても、雲雀と隼人は悪魔のあぎとから逃れられない。あの手この手を使われて、いつかあいつの手の中に落ちてしまう。
なら、こちらから攻勢をかけるしかない。イレギュラーズとして強くなった今こそなのだ。
「やろう、隼人。此処であいつを斃して、あの悪魔に“引っ繰り返せない運命なんてない”って証明してやるんだ」
そう述べた雲雀の瞳は、邪眼だからではなく、彼自身の意思によって強く輝いていた。
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其れからは聞き込みの毎日だった。
元の世界では悪魔として権能を振るい続けたマキナだが、この世界では『混沌肯定』によって様々な権能を封じられている筈だ。
もしかすればヒトのように生きて、ヒトのように家屋で寝起きをしているかもしれない。
隼人と雲雀は、幻想中に聞き回るつもりで聞き込みを重ねた。
「少し上品な服の」
――そうねえ、見た事ないわねえ。
「白い髪で」
――ローレットに入るのを見たなあ。
「大仰な仕草の……」
――ああ、あの人か。彼? 彼女? なら確か……
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今日もいい天気だ。
明日も良い天気になるだろう。
マキナは鼻歌を歌いながら、街道を一人、ゆうるりと歩いていた。
雲雀と隼人は元気だろうか? どちらが生き残るか、今も殺し合いをしているだろうか?
一番良いのは雲雀が隼人を“引き込んで”くれることだけれど、其れは巧くいくだろうか。巧く行かなくても、片方が手に入るなら――
マキナは杖をくるくると回しながら、こつ、こつ、と上品なつくりの靴で歩み……三歩歩いたところでつま先を下げて、くるりと真後ろを向いた。
「――喰らえッ!!」
「わあ!」
隼人がいた。不意打ちを狙っていたのだろうが、マキナは既に背中で其れを察していた。
素早く投擲された武器を、マキナは大仰に驚いた素振りをして……避けない。。殺傷力が上がるように鋭く研がれたボルトは、マキナの肩に、腕に鋭く突き刺さる。
肉に鋭く鉄が食い込む痛み。久し振りに感じると新鮮みすら感じると、マキナは嬉しそうに笑った。
「あはは、痛いなあ! どうしたんだい隼人、藪から棒に」
「藪から棒? 嘘を言え、お前はずっと俺達を見て来たんだろう」
雲雀は隼人を横目に見る。
隼人は雲雀が見た事のない程に怒りに打ち震えている。宣戦布告をしよう、という打合せを破るかのように、マキナの姿を見た瞬間武具を構える程。
咄嗟の事に動けずにいた雲雀だが、矢張りイレギュラーズとしての矜持か。愛する者を守るため、庇うようにマキナと隼人の間に立った。
「美しい兄弟愛だ、うんうん。やっぱり双子って良いなあ」
「何が……! 正直に言え、マキナ。お前……雲雀の暴走に関わってたな?」
其の言葉に、マキナと雲雀の視線が隼人へと向く。
マキナは楽しそうに。雲雀は驚いた様子で、隼人を見ていた。
隼人には確信があった。未来視など使わなくても判った。雲雀の暴走、感情の増幅と事実上の殺し合い。これらにマキナが関わっているのは間違いないと確信していた。
この悪魔は恐らく、雲雀と隼人で“蟲毒”を作ろうとしているのだ。壺に入れられるのは愛に飢えた双子。生き残った方に力は宿り、そうしてマキナの養分になるのだ。
隼人には其れが許せなかった。
“雲雀のあるべき”が歪められるのが、どうしても許せなかった。
――俺達は、どうしてあるがままに助け合って生きられない?
――俺達は、どうして心のままに互いを大切にして生きられない?
「ふざけるな……!!」
燃えたつような怒気だった。
だがマキナは全く怯む様子もなく、刺さったボルトを抜いてぽいと道端に捨てた。からん、ころん。まるで鈴のような音がして、ボルトが路傍に転がる。
「ふざけてなんていないとも。後継がいないというのはね、悪魔にとっては結構沽券に関わる問題なんだよ? “後継者一人育てられない駄悪魔だ”なんて他の悪魔からレッテルを張られたら嫌じゃないか。其れに、わたしだっていつ何がどうなるか判らないし。だからきみたちのどちらかに、――いや、欲張ってもいいかなぁ。《《きみたち》》に、わたしの後継になってもらいたいんだよ。ね、雲雀も其の方が素敵だと思うだろう? 愛しい隼人と永遠に、ずっとずっと一緒にいられるんだから!」
ねえ、とマキナは雲雀を見る。
其の視線にあてられたのか。其れとも、言葉が逆鱗に触れたか。雲雀の中にふつふつと湧いていた怒りが、其の視線を受けてわっと沸騰した。
「……っ、ふざけんな! そんな沽券とか矜持とか、そんなものの為に俺達を振り回して! こっちの世界では隼人を危ない目に遭わせて、俺達が必死で助けたのを笑ってみてたんだろ!! 俺達は玩具じゃない……お前のお人形遊びの道具じゃない!! マキナ!! 俺と隼人は、お前を」
――絶ッッ対に、斃す!!
びしりと指差した雲雀の指はマキナに向いていた。
マキナは其れを……一種恍惚とした瞳で見つめ、ふふふ、と蠱惑的な笑みを零す。
「へえ? 其れは……いいね、いいよ。とても良い!! わたしの後継たち、そうでなくちゃ! 其れでこそ“雲雀と隼人を会わせた”意味があるというものさ!」
「―― 一つ聞かせろ。マキナ、お前の後継は最初は……俺だったんだな?」
其れは確認というより、確信をもって。隼人が尋ねると、そうだよ、とマキナはあっさり頷いた。
「最初はね、君が雲雀を庇ってわたしの“洗礼”を受けるだろうと思っていたのさ。だけど雲雀は其の運命を覆して、わたしの“洗礼”を受けた。雲雀が追放されたのは……えーっと……掟を破ったからだっけ?」
「……そうだ」
「え?」
興味のない事は覚えていない、そんな顔で尋ねたマキナに隼人は頷く。其れを雲雀は驚いた顔で見た。
「――雲雀が追放されたのは、力が暴走したからだけじゃない。運命を変えた事で掟を破ったからだ。……だけど、此処じゃそんなものは関係ない。マキナ、お前を斃して俺と雲雀は元の世界に帰る」
「ふぅん。帰る家がなくっても?」
「帰る場所なら、此処にある。俺達は互いが帰る場所だ」
「別にわたしはきみたちを引き離そうとしている訳じゃないんだけど……でもそういう反抗心、いいと思うよ! 少しお転婆な方が、仔は育て甲斐があるというものさ! 判った、じゃあきみたちの挑戦を楽しみにしているよ。万端の準備をしておいで、万全に備えておいで! そうしてわたしは其れを叩き潰し、改めてきみたちを後継として迎え入れようじゃないか!」
「そんな事させないっつーの! 必ず俺と隼人で元の世界に帰るんだ!」
がうがうと吼える雲雀に、再び蠱惑的にマキナは笑うと、杖をくるりと回した。
其の瞬間、景色をかきけさんばかりの向かい風が吹き荒れて、隼人と雲雀は咄嗟に腕で己の顔を庇う。
そうして其の突風が収まった時――其処に残ったのは数滴の血痕と、血が付いた隼人のボルトだけだった。
「……宣戦布告、したな」
「ああ」
「……悪魔も血を流すなら、斃せるよね?」
雲雀が隼人のボルトを拾いながら問う。そっと其れを渡すと、隼人は其のボルトを見詰めて少し考えているようだった。
「判らない。血を流さなくても死ぬものもいるし、血を流しても死なないものもいる。そうだろ? “イレギュラーズの刻見 雲雀”」
「……そうだね。或いは俺達がマキナだと思っているものは、実はマキナじゃない、って事もあるかもしれないし……でも宣戦布告したからには、勝とう! 隼人!」
隼人がボルトを専用のバッグへ仕舞う。其れを見計らい、雲雀は隼人の手を取った。
「俺達には師匠や弟弟子、友達がいる! 何より俺には隼人が、隼人には俺がいるんだ、一人じゃない! 一人じゃなければ必ず勝てる!」
「……」
隼人は面食らったように其の涼やかな目を丸くして、……そうして、たった一人の家族の前でしか見せない柔らかな表情を浮かべた。
「其れは師匠に教わった事か?」
「どうだったかな。この世界に教わった事かも知れない。家を追放された理由もさ、歴史を改変したからなんだったら……何度でも改変してやるって、今、そんな気持ち。隼人の未来を穏やかで温かいものにするんだ。それで、一緒に過ごす!」
雲雀は元の世界で、幾度となく世界を繰り返してきたという来歴がある。
其れは何をどう繰り返しても隼人に必ず訪れる“破滅の未来”から彼を救う為だった。
だが、全てが――隼人の諦めも、雲雀の邪眼も、全ての始まりがあのマキナという悪魔の所業であったのなら……此処で奴を斃す事で、隼人の未来を明るいものに出来るかもしれないのだ。
……いや、かもしれない、じゃない。
……明るい未来に、するんだ。
雲雀は決意を込めて空を見た。
今日はとても良い天気だ。
明日も良い天気になるだろう。