SS詳細
今は、ともだち。
登場人物一覧
二人は友達だ。それは間違いない。
竜と、人。種族は違えど、間違いなく友情と呼べるものを結んだ間柄だ。
だから、ストイシャは自分の『家』にlilyを招き入れることが多かったし、幾度となくここで二人で過ごしていた。
それは、例えば一緒にお菓子を作ったり、お茶をしたり。たまにはおすすめの本を読んだり。ストイシャは、同年代の友達などはいたことがなかったのだから、lilyは貴重な友達だった。
ストイシャにとってみれば、友達、である。特別な関係性ではあれど、それは親友、というものに近く、例えば恋愛感情のそれではない。
だが――。
lilyはどうであっただろうか?
どこか不健康そうにも見える、やせ気味のストイシャの肌も、lilyにとってはひどく可愛らしいものに見えた。おどおどとした――今はずいぶんと親しい表情を見せる――顔も、それもまた、愛しさを抱かせる。
はっきりといえば。lilyは、恋愛対象として、ストイシャを意識していた。今まさに、目の前で
そう伝えれば、なにかが壊れてしまう気がして、lilyはそれを告げることはできなかった。苦しいけれど、ずっと、心に秘めておこう、とも思った。それがあまりにも苦しくて、どうしても、伝えたいと思ってしまうことは我儘だろうか? 悩みは、lilyの胸をかきむしるように暴れて、少しだけ、哀しい笑顔を形作っていた。
「えっと、なにか、言いたいこと、あるんでしょ?」
そう、優しくストイシャが告げられたのは、そんな時だった。否定でも、拒絶でもなく、親愛と心配からくる、『大丈夫?』という優しい問いは、この時、lilyの葛藤をすっかりと陥落させていた。
「あの、ち、力になるから。悩みなら。わ、私、ドラゴンだし!」
むむ、とうなるストイシャが、たまらなく愛おしい。言ってしまおう。もしかしたら、受け入れてくれるかもしれない。それは甘い希望的観測だったけれど、それでも、lilyの背中を押すには、十分すぎる誘惑だった。
「まじめに、聞いてほしいのです」
と、lilyが言った。
「私はストイシャさんの事が……多分……好き、です」
と。きょとん、と、ストイシャが小首をかしげた。
「ん……私も、リリーが好き、だけど……」
「そうではなくて」
lilyが、一息に言った。
「こ、恋人になってほしい、という意味での、好き、なのです!」
「こい」
ストイシャが、目を丸くした。
「え、え、ええっ!?」
驚いた。それは、嫌悪とか拒絶ではなく、シンプルな『びっくり』である。
「あ、ああのあの、いきなり言われても困りますよね……ごめんなさい、です!
それに、友達だと思っていた人から言われて、「何で?」と頭に浮かぶと思うので、ちゃんと説明するの、です!」
こほん、とlilyは咳払いをした。ストイシャも、こほん、と咳払いをして、
「う、うん。聞く」
少し顔を赤らめてそう促したので、lilyは言葉をつづけた。
「……ストイシャさんと出会った時のこと、覚えていますか?」
「たしか、おねえさまを助け出す、あの時の」
「そう、です。あの依頼で、初めて姿を観たとき、第一印象は、可愛い人だなと思いました。
大切な家族を助けたいと思う姿が、とても印象に残っています。
覇竜領域を護ろうとした依頼でも、頑張る姿が私の目には綺麗に映ったのです」
少しずつ。思い出を語るように、紡ぐように、lilyは言葉をつづけた。
「不思議な休日依頼で交流出来たことも嬉しかった。この頃はまだ私の中でストイシャさんと友達になれただけでも嬉しかったのです。
ハロウィンも、キョンシー姿が思っていた通りストイシャさんに似合っていて、良かったのです」
「う、うん。私も、楽しかったし、うれしかった」
ストイシャが、懐かしむように言う。
「……でも、この時位から少しずつ心に変化はあったのかも知れないのです。
でもまだ良く判らない所ではあったので、迷っていました。
そんなもやもやした気持ちを抱えていたけれど、ストイシャさんと一緒に、お話ししたりできて。たのしい、っていう気持ちが勝っていたのは本当なのです。
……そんなとき、なのです。竜宮の温泉にストイシャさんといったとき。
この時、私は初恋の人と永遠の別れをした時だったから……、ストイシャさんに甘えられて……嬉しかったのです。ストイシャさんが、私、たちを、友達として受け入れてくれたのもの……」
「うん……」
ストイシャは、まじめな顔で、しっかりと話を聞いていた。二人の思い出をなぞりながら、lilyの心の変化を探るように。
「そして、また覇竜領域を護る依頼で、私は決心したのです。
ストイシャさんを護りたい、ストイシャさんの支えになりたいって。
……でも、それと同時に不安になったのです」
「不安?」
「はい。だって、いくら私は、元の世界で人と魔族のハーフだったとしても、きっと竜の寿命と比べたら……だし、
その時に、ストイシャさんが悲しい想いをするなら、この気持ちをそっと仕舞っておきたい……。
そう思っていた、そう思っていたのに、ストイシャさんと色々な事をして、色々な話をしていた事を思い出して……。
つらくって、がまんできなくて、でも……自分の気持ちを伝えたいと、思ったのです……!」
少しだけ、lilyの瞳はうるんでいた。秘めていた感情を噴出させるような、そんな風に我慢できない何かが、涙となってにじみ出るようでもあった。
「こんな事を言う私は……ストイシャさんは、迷惑かな、って、思います。
それでも、隣に居ても良いよ……って言ってくれるなら、ストイシャさんに約束するです。
“ストイシャさんに幸せな思い出を沢山つくる”って。
……今までも思い出作っているから……えっと、延長線……かな?」
少し照れたように、lilyは笑った。
「だから、うん……だからもう一回言う、です。
私はストイシャさんが大好きです。
多分じゃなくて大好きです。
一生を掛けてもストイシャさんと一緒に居たいです。
……答はすぐでなくても大丈夫、です。
私の気持ちを言いたかっただけだから。
そ、それじゃあ……失礼します、です!」
恥ずかしさのあまり、lilyはそのまま椅子から立ち上がった。走り去ろうとするlilyを、ストイシャは抱きしめて、止めた。
「え、えっと」
しどろもどろになりながら、ストイシャが言う。
「あ、あの、じ、じつは。恋とか、好きとか、まだ、よ、よくわかんなくて」
憧れではあっただろう。でもそれは、遠い何かであったからこその憧れなのだ。
「だ、だから、ちゃんと考える。一生懸命。ちゃんと、どういったらいいか。リリーと、その、一緒に居たいのか。
……それまで、まだ、ともだちで、いて。今は、ともだち」
不安げに言うストイシャに、lilyは、「はい」とうなづいた。
ストイシャにとっては、その気持ちが恋なのかはまだわからなかったとしても、lilyとともに居たいという気持ちだけは、嘘偽りのないものだった――。