SS詳細
ウルトラバーニングアスリートフェスタ
登場人物一覧
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青い空、白い砂浜。雲ひとつない晴天は燦々とその熱気を振りまき、肌に玉のような汗を流させてくれる。浅葱色の海はどこまでも続き、遠く遠く、その水平線まで見渡せるかのように思えるが、その実、波を穏やかにしているテトラポッドの山に阻まれていた。
輝き続ける真夏の太陽。その下でやることといえば。
「プーくん、そっち行ったぴょん!」
「……任せろ」
強烈な角度から放たれたスパイクショット。その威力をプロレタリアが重ねた両腕で弾き返すと、ボールは勢いを失い、ふぅわりと宙を舞う。
必殺であったはずのスパイクショット。得点は確実だと思われたそれをいなしてみせた男は、サングラスの位置を直しながら決め台詞を呟いた。
「筋力をクッション力に『変換』した」
「いや、ほんと便利すぎるよお前」
そう、誰もが舌を巻くようなプロレタリアのレシーブは技術ではない。この男は得意とし、かつ使用できる唯一の術式である『変換』によるものだった。
自分の持つ力を別の力に変換する術式。変換元の1割と極めて非効率な術式ではあるが、プロレタリアは筋力を常人の何倍もに高めることでその欠点を補っていた。
「……ん?」
「どうした、イチカ?」
なにかを思いついたイチカの様子に、プロレタリアが声をかける。
「お前が打ったほうが強くね?」
そのとおりである。常人の何倍もの筋力を保持するプロレタリア。どう考えてもアタッカーとして個ほど有利な人物はいない。なんでこいつ受ける方やってんの?
「なるほど、言いたいことはわかった。イチカ」
「な、なんだよ?」
「私達はなぜビーチバレーをしているんだ?」
「そっち!!?」
「だべっとる場合か! イチカ、打つんじゃ!!」
「ちょ、俺かよ!」
祖母の言葉で、空高くトスされたボールへと意識を戻したイチカは、砂地を強く踏みしめ、その場で跳び上がる。
砂の上はいつものような身体能力を発揮させてくれず、イチカとしても満足のいくそれではなかったが、それでも常人から見ればやはり超人を思わせる部類の跳躍であった。
浮き上がるボールの最高到達点を見極める。上昇と下降。トスの勢いと重力が拮抗うする瞬間。その地点を定め、構えた手のひらを叩きつける。
その瞬間、イチカはプロレタリアと同じことを考えていた。
俺、なんでビーチバレーしてるんだっけ?
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「ウルトラバーニングアスリートフェスタァ??」
祖母であるミコトから仕事の説明を受けて、イチカは怪訝たっぷりの顔でその名前をオウム返しにしていた。
「そんな顔をするでない。本当にそういう名前なんじゃ。仕方なかろうが」
思った通りの反応を見せたイチカに、ミコトはやっぱりかと言いたげな顔でため息を付く。
妖魔『ウルトラバーニングアスリートフェスタ』。
それは怪異的存在というよりも現象に近いものだ。不規則に出現し、影響範囲における法則を書き換える。
法則とは、自然現象そのものだ。例えば、重力によって全ては地面に向けて引っ張られる。時間は過去から未来へと流れている。死んだものは生き返らない。
そういった、法則そのものを書き換えてしまうタイプの妖魔。それがウルトラバーニングアスリートフェスタである。
「それで、どういった法則に書き換えるのですか?」
納得がいかないといった顔のイチカに代わり、プロレタリアが口を開いた。
法則は絶対だ。羽ばたこうが重力は消えてなくらならず、後悔が先に立つことはなく、どれだけ涙を流しても失われた命は戻らない。
法則を書き換えられたなら、その中で戦わねばならない。それを仕留めようとするのなら、必然的に相手の土俵で刃を抜くことになるのである。知らない、ということは即、死につながるものだ。
「それなんじゃが」
「どの法則になるかは不明ぴょん」
ミコトの言葉を引き継いで、厄ウサギ☆が口を開いた。
「ウルトラバーニングアスリートフェスタが最初に確認されたのは、120年前ですね。出てくるたびに法則が変わりますし、ウルトラバーニングアスリートフェスタがいなくなるまで、影響エリアから出ることはできまぴょん」
「どっち?」
「できまぴょん」
「どっち?????」
ウルトラバーニングアスリートフェスタが一度出現すると、一定期間中、影響範囲の法則を変更する。期間中、影響範囲に入ることはできても出ることはできない。一定期間が経過するとウルトラバーニングアスリートフェスタは消息を絶ち、次の出現までその足取りを追うことはできない。
「じゃあ出たとこ勝負かよ。大丈夫なのか、それ?」
ぶっつけ本番で対処を考えなければならない。様子見も正しいカードとなるかはわからない。それこそ、酸素が猛毒になる法則など作られた日には、影響範囲に入るだけで死んでしまう。
イチカはこの『編成』を改めて見回した。
イチカ、厄ウサギ☆、プロレタリアといういつもの3人に、鹿王院ミコトが同行している。この3人で戦ってきた。危ない目にはあっても、いつも任務を成功させ、生還してきた。そのうえで、ここには鹿王院の前当主までいる。たとえ戦場の只中であっても生き残るには十分な戦力だ。それだけの自覚と自信がある。
だが、それでもだ。
それでも警戒をし、それでもなお手も足も出ないかもしれない。法則を書き換えられるというのは、そういうことだった。
「んー、まあ、討伐できたらラッキー、くらいのものですね」
「おいおい」
「じゃが、命の心配はない。彼奴が現れてからの120年、命が奪われたという記録はただのひとつもないのでな」
「……そんなことが、ありえるのですか?」
「まあ、試合中に怪我をするなんてことはあるがの」
「ふーん…………ん? なあ、試合って―――」
「お、ここじゃの」
ミコトが足を止め、一点を指差した。
なるほど、確かに空間が歪んでいる。写真を切り貼りでもしたかのように、とある一点で見えるそれがズレているのだ。
そこに、その先に、法則の歪んだ空間がある。ごくりと、つばを飲み込む音が聞こえた。誰のものかと思ったが、誰でもなく、イチカ本人のものだ。
緊張をしている。あらゆることに対処しなければならない。想定もしていないことにさえ、対処しなければならない。拳を握り、顎をひいて、決意をかため―――なんてことをしている内に、ミコトと厄ウサギ☆はとっとと中に入ってしまった。
「お、おい!!」
慌てて中に入る。
途端、眩しい光。
思わず両腕で顔を覆い、続けて自分の過ちに愕然とした。この光を浴びただけで全身が溶け出してもおかしくはないのだ。
緊張、硬直、おそるおそる―――「あたりじゃああああああああああああああああああああああ!!」
祖母の歓喜の声。何事かを視界を確保し、見回してみると、そこは砂浜であった。
「いやったああああああああああああ!!」
厄ウサギ☆も思いっきりガッツポーズしている。
「いける、これならいける!!」
喜ぶふたりだが、イチカは混乱するばかりだ。
どうなっているというのか。法則が書き換えられ、雷火もかくやというべき地獄に足を踏み出したつもりが、ここはまるで、いいや、まるでじゃあない。まさしく、リゾートビーチだった。
青い空、白い砂浜、海は澄んでいて、見たことのない色をしている。活気があって、熱量があって、そういう、南国だ。
「イチカ、あれを……」
隣で同じく呆然としていたプロレタリアが声をかけてくる。指さした方向を見てみると、そこでは。
「……何やってんだあれ、ビーチボールか?」
「そのようだ」
人だかりのようなものができており、その真中にはバレーコートがある。どうやら、行われているのは4人制のビーチバレーであるようだった。
「イチカ、プロレタリア、何をしておる!!」
「はやく、はやく、大会おわっちゃうぴょん!」
急かすふたりに、未だクエスチョンマークを浮かべたままの男衆は、頭をかしげるばかりだった。
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つまるところ、妖魔『ウルトラバーニングアスリートフェスタ』とは、不定期かつ強制的にスポーツ大会を開催する怪異である。
発生タイミング不明。発生期間不明。発生中にスポーツ大会で優勝することでしかウルトラバーニングアスリートフェスタを討伐することはできない。
また、イチカは気づかなかったが、影響空間への侵入時より精神汚染が始まっている。意志力の弱いものは、影響下に置かれた時点でスポーツ大会の観客であると刷り込まれ、そのように振る舞ってしまう。
死傷者がいないものの、討伐が望まれる理由がこれだ。不定期に多数の人間を一時的な行動不能に陥らせている。発生付近のコミュニティに大なり小なりの不利益が生じるのである。
外部との連絡は不能。侵入した術者だけでスポーツ大会に優勝するしかない。
「これまではラグビーだのフットボールだのでまず参加すらできんかったからのう」
どのようなスポーツ大会が開催されているのかは中にはいってみなければわからない。しかし、かといって現役の術者を必要数のわからぬまま大量に投入しては他の仕事が差し支えてしまう。妖魔はウルトラバーニングアスリートフェスタだけではないのだから。
「えーと、つまり?」
「うむ、つまりだ少人数で参加できる種目がでることを祈りつつ必勝の編成で挑むしかない。ようやくあたりを引いたのじゃ、この戦い、必ず勝たねば!!」
隣ではボールを小脇に抱えた祖母が、すでにスイムスーツに着替えて立っていた。
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「決めよ、イチカあああああああああああ!!」
「おおおおおおおおおおらァッ!!」
大上段から叩きつけられたイチカのスパイクが相手コートに突き刺さる。触れることも許さない強烈な一撃が、砂地に大きな跡を刻んだ。
「っしゃああおい!」
イチカとミコトのハイタッチ。
スコアボードをちろりと見やれば、次の一点で勝負が決まることが示唆されている。
残り一点。100年以上も存在し続けた妖魔との決着が、あと一度のプレイでつくかもしれないという緊張感。
それを紛らわすため、イチカは一度、大きく深呼吸をした。
仲間に緊張しすぎている者はいないだろうか。そう思い見渡すが、プロレタリアは相変わらず、表情が読めないのでどのような心持ちかはわからない。
祖母と厄ウサギ☆は何やら作戦会議のようなものをしていた。
「どうですかぴょん?」
「うむ、ここのところ働き詰めじゃったからのう。孫と遊ぶのめっちゃ楽しいわい」
「よかったです。こっそり撮影してあるので、あとで焼きまししますね」
「気がきくのう!」
「あ、しーっ、しーっ」
「おっと、しーっ、しーっ」
ふたりで口に指を当てつつ何かを言っているが、声を潜めているせいでうまく聞こえない。なにか連携プレーを考えているのだろう。あと一回。それで決められるのならば奇策も有効だ。それに、あのふたりはイチカよりよほどそういうことを考えるのには向いている。任せてしまえば問題はないだろう。
プレー開始のホイッスル。一球入魂の面持ちで打ち込むがサービスエースは決まらず、相手のレシーブに勢いを殺された。さすがはスポーツの妖魔というべきか。相手もやるものだ。
弾丸のようなスパイク。しかし、相手の視線から、打ち込んでくるコースは読めている。こと視るということに関して、鹿王院の本流を欺けるものか。ボールの軌道の先。その着弾点には既にイチカが待ち構えている。
タイミングドンピシャ。インパクトの瞬間まで完璧にとらえられたボールは、勢いを殺されて厄ウサギ☆の頭上へ。彼女がトスを上げる瞬間、ミコトとプロレタリアはネット際へと助走をし始めている。
先に跳び上がるミコト。相手チームのひとりが釣られ、視線を誘導されるが、トスボールはプロレタリアの方へ。
力強く跳び上がるプロレタリア。筋力はそのまま筋力へ。常人の何倍にも鍛え上げられたバルクが太陽の光を反射して輝いた。
「ぶちかませ、プロレタリア!」
「プーくん、決めるぴょん!!」
思い切り振りかぶるプロレタリア。遮るのは二枚のブロック。その正面に思い切り打ち込むのかと思われた大上段はしかし軌道を変え、下から軽くボールを小突いた。
ふんわりと曲線を描き、ブロッカーの頭上を易々とまたぐボール。
残った一人が慌てて飛びつくも、指先ひとつ触れられず、ボールは柔らかに砂地へ、相手コートのどまんなかに落ちた。
とさり、という。あまりにもあっけない。しかし確かな幕切れの音。
一瞬の沈黙。
ホイッスル。
それはイチカ達の勝利を示すものだった。
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リゾートビーチが崩壊していく風景を、四人は眺めていた。
奥の奥から徐々に風景が消えていき、元のそれが顔を覗かせていく。
勝利の余韻と、運動後の心地よい倦怠感。そのどちらをも、四人は味わっていた。
「しかし」
と、思いついたようにプロレタリアが口を開いた。
「妖魔のチームは1チームだけ、か」
そうだ。妖魔のチームは1つしかなく、そのために大会と言っても規模はさほどではなかった。居合わせた意志力の強いものだけがチームを作れる、という限定状況だ。その中で何戦もゲームメイクをするなどできようはずもない。
「では、放置しても発生期間はさほどでもない。あって1日だろう。前当主殿。どうして我々に仕事が回ってきたのでしょうか」
そうだ。チーム人数の多いスポーツでは参加しづらいと言っていたが、それではなおさら、大会への参加チームが少なく、優勝が決まるのもすぐだろう。何週間、何ヶ月と拘束されるはずもなく、巻き込まれた人間も、その日の中には開放されるはずだ。討伐を急ぐべき、悪質な妖魔とは思えない。
見れば、質問を受けたミコトは思いっきり目をそらしていた。厄ウサギ☆は知らん顔をしている。
「前当主殿?」
「ばーちゃん?」
ついでにいえば、試合の内容も不自然に思える。いくら強力な術者とはいえ、イチカらはビーチバレーの初心者である。それでも妖魔チームとの決勝は拮抗したものだった。それは、弱すぎるのではないだろうか。
もしも一流のアスリートレベルなのだとしたら、素人のチームなど手も足も出ないはずだ。
しかし確かに拮抗していた。一進一退の攻防は燃えるものがあり、そこには達成感と楽しさがあった。
「ばーちゃん、まさか……」
「だって、だって孫と遊びたかったんじゃもん!!」
「おいマジかよ!?」
「ナナセは当主じゃから忙しいし、儂も最近仕事続きじゃし、孫とキャッキャウフフしたい祖母がおって何がわるいんじゃ!」
「俺らは暇みたいに言うなよ!」
「ふふん、そのへんは逐一スケジュールを報告し、予定を合わさせていただきましたぴょん」
「てめえもグルか!」
「イチカ」
「お、おう、プロレタリア。わりぃ、ばーちゃんの遊びに突き合わせちまったみてえだ」
「いや、問題ない。非常に楽しかった。またやろう、ビーチバレー」
「お、おう、そうか。お前それでいいんだ……」
「ほれ、もうそろそろ出れるじゃろ。楽しかったのう。明日からまたバリバリ働くぞ。おー!」
「「おー!!」」
拳を突き上げる三人。
その姿にイチカは頭を抱えたが、否定をする気にはなれない。
楽しかった。それは確かな事実である。
だから同調し、イチカもまた、拳を高く突き上げてみせた。