PandoraPartyProject

SS詳細

紫の鏡のかけらは、子供時代の名残り

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
ランドウェラ=ロード=ロウスの関係者
→ イラスト
ランドウェラ=ロード=ロウスの関係者
→ イラスト

●六逸 白斗の願いと日常
 雑踏を行きかう何気ない人々の声がする。
 駅前のカフェ。女子高生たちが気だるげに談笑していた。
 雑踏を少し外れて住宅街に向かえば、まだ沈み切っていない夕焼けに照らされた民家の窓はほんの少し空いていて、どこからか夕飯の香りがする。安アパートでは、気温が高すぎることを嘆く男。ややレトロな扇風機のスイッチを入れた。
『――』
 ランドウェラの耳元のイヤリングが囁いていた。
 なんて言っているのか、わかるようになるのはもう少し後。だから今はわからない。

「暑すぎるってよ」「そのほうがリアリティがあるんじゃないか?」
 気温は見えざる手に調整される。
 再現性東京は、どんな現実よりも「あるべき日常」を作り出した場所だった。
 六逸 白斗も事情をする練達の技術者である。
 Project:IDEAの担当者だ。
「六逸さん、疲れてますか?」
「あ、いいえ」
 同僚に聞かれて、そういえば働きづめだったなと思った。机の隅の、友人が「さしいれ」と、置いていったこんぺいとうに手を伸ばす。
 甘さはしあわせ。ランドウェラは甘いものを好んで食べてる。口の中に広がっていくちっぽけな甘さは、たしかにしあわせと形容するべきものなのかもしれない。
(当たり前の日々を。当たり前の日常を、朝乃に……)
 今日ある明日が、明日も続くように。それが白斗の願いだった。
 R.O.Oに関わり、増えた友人たちにとってもそう思う。この日が良い日でありますように……。なんでもない日でありますように、と。

●XDay
「……これが最後、なんですね」
 レアエネミーを探すと言って寄り道をしていたらしいランドウェラは、妹を連れて、R.O.Oの世界に飛び込んでいった。
 恐いとか、いやだとか、恐れているとか、そういうわけでもなく、「時期が来た」というように当たり前にクエストを引き受けたのだった。まるで自分のやるべきことが分かっているかのようだった。
 運命という見えない糸が何かを操っているかのようでもある。
 白斗はそれがとても怖かった。
『失われる、死の運命』……。
 兄の不安をよそに、朝乃はとても嬉しそうだった。スケジュールアプリに設定されたアイコンはかわいいひよこのマーク。「行ってきます!」ととても明るく言っていた。
 遊びではない……。わかっているけれど、不思議と思った。
『楽しんでほしい』と思った。

 白斗に出来ることはただ、二人のログを見ることだけだった。――観測し、見えないところでバッチを当てて、エラーを回避して、サクラメントの情報をマップに表示し、ありとあらゆる手を尽くしていた。でも、出来ることは支援にとどまる。自分はいつも、肝心なところでなにもできない。
 ランドウェラが決意した日。
 きょうは行く、と決めた日は不思議とすべての条件が整っていた。ノイズは晴れ、道は整い、全てが今日のためにあったかのようだ。針に糸を通すようにすべてを可能にしていくのだ、イレギュラーズというのは。
 今思えば、幸運、状況、試行回数、必然――すべてが必要だったのではないだろうか?
 どうか、と神に祈るように眺めていた白斗は絶句する。
「え?」
 朝乃の生存ログが途絶えた。

●インナーミッション

 ランドウェラから明かされた事実に、朝乃は目を丸くする。差し迫る死の運命の中、ロードはPvPを仕掛けた。
 どうして?
 理屈ではわからない。
「そうしようと思ったから」。
 感覚は、説明しようがない。
 でも思っていた。「そうしたら、きっといいと思っていた」と。
「……っ」
 衝撃を受け、戦闘不能になる朝乃には、なぜかはっきりとわかっていた。
 きっと何か、考えがあってのことだと直感した。
(でも、でも、悔しいです。わたし……)
 もっとランドウェラさんの力になりたかった。

●Connection Lost
「ど、どこに行くんですか、研究員」
「今はここにいる場合じゃないんです。すぐに……」
「R.O.Oに向かわれるんですか? それは無理ですよ!」
 白斗がR.O.Oにログインしようとしたその時……。
 入れ違いになった誰かと、思い切りおでこがぶつかった。
「わっ」
「あっ」
「……、あ、朝乃?」
「ばかっ!」
 そしてそのまま頭突きをされる。
「えっ!?」
「まったくもう! もう! 白斗の馬鹿! 馬鹿馬鹿!」
 白斗は勢いに飲まれて壁際まで追いつめられ、ぽかぽかとたたかれる。あちらで、一体何があったのか? どうして無事なのか。ランドウェラは? 聞きたかったが、それどころではないようだ。
「無事でよかった。あ、でも、木刀はちょっと危ないですよ。いたっ……ど、どうしたんですか? ケガは?」
「そうやってわたしの心配ばっかり。もう。白斗は、『紫の鏡』のこと、ずっとわたしに隠してたくせに!」
「ど、どうして……わかったんですか?」
「出てくる言葉が『どうして』なんですね? やっぱりそうだと思っていたけれど、分かっていたんですね? ずーっとずっと、わたしに黙って、兄さんはわたしを助けるための研究をしていたんですね?」
「……」
 その通りだった。
 紫の鏡の因子を持つものは、若くして死ぬ。まるでオカルトじみたジンクスではあったが、白斗は妹がその因子を持つことを恐れていたのだ。
「ねえ、わたしがどうして怒ってるのか、わか、わかりますか?」
「朝乃……落ち着いてください」
「わたしは、ランドウェラさんに頼られて嬉しかったです。とてもうれしかった。でも白斗は頼ってくれなかった。ずっとわたしのためだったのに……事情を隠して、ずっと一人で心配して、黙ってて」
「それで、怒っているんですね」
「ええ、怒っています。怒ってるのは、自分にもです。未熟な自分に。……もっと頼ってほしかった! いっしょに、ちゃんと、重荷を背負いたかった」
「……申し訳ないことをしました」
 白斗が謝っても、朝乃の勢いは衰えなかった。
「そ、そうですよ。白斗がいけないんです、こうやって巻き込んで! わたしだって、ずっと、頼られたかったんですから! お礼も言えないで、いなくなってしまったら……どうしようって。そんなの、ひどすぎます」
「すみませんでした。とにかく、戻ってきてくれてよかった……あれ?」
 白斗はまた画面を見る。朝乃は依然として、データ上は「状態不明」となっている。目の前にいるというのに……。
「朝乃」
「なんですか?」
「朝乃、ですよね?」
「なんですか!? 怒られたりないんですか?」
「い、いえ、そういうわけではないんです。識別タグがついてないんです。情報が一致しないんです」
「え?」
 慌ててログを確認する。目の前にいるのに、情報にアクセスをすることができない。
 白斗は信じられない思いでキーボードをたたいた。
 同一人物と認識されない。正確にはその一部の情報が書き換えられている。
 朝乃に設定された特別な因子は、消えてしまったようだった。
 識別に用いていた因子が変質している!
「朝乃!」
「わっ。え、ちょっと?」
 白斗は思わず朝乃に抱き着いた。
「朝乃、良かった。良かった……!」
「ど、どうしたんですか? あの、苦しいですよ」
「朝乃、もう大丈夫みたいです。もう……因子がなくなっているようなんです」
「え? それってどうして……あっ」
 あのときだ、と朝乃は思った。ランドウェラがキルをしたのは、このためだったのだ。
「じゃあ、どうして。戻ってこないんですか? もしかして、朝乃を助けるために……? どうしよう。自分だけ安心してしまって。俺はまた自分のことだけ……」
「ちょっと、白斗! ……わからないけど、ランドウェラさんは大丈夫です」
「朝乃、根拠は?」
「大丈夫と言ったら、大丈夫なんです」
 朝乃は胸を張った。
 それでもきっとそうなのだろうと思えてしまうのだった。なぜだか。どうしてだか……。

●星のかけらをたどって
(なんか話してるみたいだよね)
 実のところ、ランドウェラはとっくにログアウトして、二人に報告をしにきたのだった。
 ……激しく争ってはいたけれども、どうもどこか和やかな言い争いだ。兄弟げんかのようだった。止めることもできたけれど、たぶん言いたいことを言わせておいたほうがいいのだろうと思えた。
(大丈夫、って言ってたし、多分大丈夫……なんだろうな)
 意識をそらしていると二人の言い争いからことばがなくなって聴き取れなくなって、ただ旋律のように聞こえる。のんびりとこんぺいとうと、琥珀糖と、シュガーボンボンを次々に味わっている。一つ溶け終わってもまだ言い争いは終わる気配はない。じゃあ、出直そうかなと引き返した。
 さて。なんだか大丈夫みたいだけれど、二人には何から話そうか……。
 言葉で言い表すのは難しい、とても感覚的なことなのだ。
「心配されるっていうのは、こういう感じなのかな?」
 イヤリングが震える。響きに安心を読み取って、うとうととしてきた。話が終わったら、ふたりにも分けてあげよう。そうすると星のかけらは減ってしまうけど、それでもよかった。分けてあげたいな、と思っていた。
「うん、そうだ。……あのね、話してもいい?」
 いいよ、とイヤリングが答える。あるいは隠してもいいのよ。あなたの一部だから。自分のことは話したいだけ話していいし、話したくないことは話さなくてよいのだと答える。
「あ……いた!」
「ランドウェラさーん!」
 ランドウェラを見つけた二人がうれしそうに駆け寄ってくる。そんなに急ぐ必要はないのに。急ぐ必要はないのだけれど、うれしい。こういった感覚だって言うのは難しくて。ただ一言「ただいま」と言ってみた。「おかえりなさい!」と二人は満面の笑みを浮かべていて、どちらも少し泣いていた。

おまけSS『過保護』

「体調は大丈夫ですか? ところで時間があれば、バイタルをチェックしませんか? ……朝乃は心配しすぎだと怒るので、極秘にしていただけたらと思うのですが」
 と、白斗より。
「ランドウェラさん、今日一緒に出掛けませんか? あ、最近心配性でうるさいので白斗には内緒です!」
 と、朝乃から。
「……」
 メッセージを見てランドウェラはちょっと困った。友人の誘いはうれしいけど、意志を統一してくれないだろうか……。仲が悪い、わけではないのだろうけれども難しいものだ。どっちを選ぶべきかペンをパタッと倒してみて、やっぱりどっちにしろ結果が納得いかない気がしてペンを回す。
「もちろん終わったら甘いものをご馳走しようと思います。砂糖がけの層があって、たぶんお口に合うと思うんですが……」
「あ、ところで、おいしいケーキのお店を見つけたんですよ! この前のお礼におごりですよ」
 別々に言っているが、どうも目的地を調べてみたらどっちも同じ場所のようだ。
 同じようなタイミングで知って、それぞれでランドウェラを誘おうとしているのだろう。
 実に似たもの兄妹である。
(なんていうか、過保護がこっちに向いてない?)
 適当にどっちもオッケー出して出くわすようにしたらいいかな。二ついっぺんだから倍食べても許されるだろう……。たぶん。

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