SS詳細
過去への誓いと未来への決意
登場人物一覧
滅びの概念『Case-D』が近づき、混沌各国は文字通りの団結を果たした。
幻想こと『レガド・イルシオン』が国主フォルデルマン三世が提唱した『Pandora Party Project』
それは滅びに抗うための乾坤一擲の決戦。
ローレットの英雄たちに全国家全勢力が全力を挙げて支援するというものだった。
こと聖教国ネメシスーー天義といえばかねてより魔種を不倶戴天の敵とする大国である。
この国がそれに異を唱えることはなかった。聖騎士団は当然の如く影の領域へ進む。
ある者達は明日の死地の前に士気を高めるべく宴会を行なおうとする者もいるだろう。
あるいは大切な誰かに愛を囁く者も、家族の下で過ごそうという者だっているのだろう。
フラヴィア・ペレグリーノの養父、セヴェリン・ペレグリーノは部隊の全員に休暇を与えていた。
セシルはフラヴィアに連れられてペレグリーノ聖教会へと訪れていた。
「……静かだね」
「……うん、そうだね」
フラヴィアがぽつりと漏らした呟きにセシルは短く頷いた。
ペレグリーノ聖教会はその名の通りペレグリーノ家の私有地であり、一族の共同墓地である。
その一角、作られた2つの墓石の前で2人は立ち止まる。
「フラヴィアちゃんが来たかったのって、ここ?」
セシルの視線の先にある2つの墓標は随分と対称的だった。
片方はまだ新しさを感じさせる一方で、もう片方は随分と昔の代物にもみえるだろう。
煤けた十字架は一部が砕け本来の役割を淡々とこなしている。
その十字架の形にセシルは見覚えがあった。
「こっちはね、エリーズ先生のお墓……それでこっちは、オルタンシアさんのお墓だよ。
セヴェリンさんに無理を言って、『一族の恩人』だからって特別に許可をもらったんだ」
事実、エリーズがいなければフラヴィアは今ここにいなかった。
オルタンシアだってやり方はともかく、鍛えてくれた人だった。
「エリーズさんとオルタンシアさんのお墓……」
「うん……終焉に行く前に、報告だけしようかなって」
フラヴィアが膝をつき、そのまま手を組んで祈りを捧げ始める。
セシルはそれにつられるように、自然と膝をついて祈り始めていた。
熾燎の聖女オルタンシア――遂行者の一角だった女と、アドラステイアのティーチャー。
表立ってお墓を作れない2人、フラヴィアの言う通り、『一族の恩人の墓』で通したのだろう。
遂行者にはサン・サヴァラン大聖堂にお墓がある。分骨のようなものか。
●
暫くして、フラヴィアが動く気配を感じて目を開く。
「……何を報告したの?」
セシルはまだ座ったままのフラヴィアへと問いかける。
「色々だよ?」
少女がはにかんで笑う。
真剣な様子だった彼女の不意の笑顔にセシルは思わず首を傾げるもので。
「今日はね、お友達を連れてきたんだって、大好きなセシル君ですって紹介もしたの」
ふふ、と照れたように、同時にどこか悪戯っぽく笑ったフラヴィアにどきりと胸が高鳴る。
「オルタンシアさんは知ってるかもだけど……先生にはまだ言えてなかったから」
微笑むまま、フラヴィアが立ち上がった。
「あとは……明日から、世界が滅びるのを止めにいきますって、ご報告したの」
ちらりと墓標を見やるフラヴィアの瞳には揺らぎがない。
「ねぇ、セシル君。明日には出発だね」
不意にフラヴィアが言う。
瞼を震わせた彼女はセシルを見て笑みを零した。
影の領域と繋がるワームホールの幾つかは閉ざされた。
天義の聖騎士団の多くは立地的にも最も近い幻想国のそれを経由して終焉へ至るだろう。
「うん、そうみたいだね」
セシルはイレギュラーズだ。やろうと思えば空中庭園を経由して幻想へ移動できる。
フラヴィアはそうもいかない。天義から幻想へ移動しての進軍が始まる。
「ねえ、フラヴィアちゃん。僕が必ず君を守るから」
「うん、私も……セシル君を守るよ」
フラヴィアが笑みを零して手を差し伸べてくる。
「2人で、必ず帰ってこよう!
それでまた、フラヴィアちゃんの先生たちにも帰ってきたって連絡しよう!」
「……もちろんだよ、セシル君」
フラヴィアがこくりと頷いてみせる。
「……それに」
セシルは、不意に思い出す。自然と、拳を握りしめていた。
大切な幼馴染で親友で、なんでも話せた彼を失ったあの日の事。
目の前で魔種へと反転を遂げた大親友だった少年の姿。
「……連れて帰ろうね」
フラヴィアがぽつりと呟いた。
顔を上げれば、少女は真っすぐな視線をセシルに向けてくれている。
真っすぐな瞳は夜の星のように煌いて見えた。
「私、頑張るから……セシル君が『先生』を倒すときに手を貸してくれた。
あの時みたいに、今度は私がセシル君のお手伝いをする番だよ」
「ありがとう、フラヴィアちゃん! そうだね……連れて帰ろう」
こくりと頷いてみせれば、柔らかく笑うフラヴィアがこくりと頷いてみせる。
「……ねえ、セシル君。明日一緒にいきたいところがあるんだけど、いいよね?」
「うん、大丈夫! でもどこへ?」
「――セシル君の方が、きっと沢山、行ったことがある場所だよ」
そう言って真っすぐにセシルを見据えるフラヴィアの表情に柔らかなものはない。
むしろ、固く決意に満ちてみえた。
●
――そして、翌日。
「……セシル君、準備はいい?」
セシルがフラヴィアの下へと訪れるよりも遥かに早く、少女がアーネット邸に姿を見せた。
その隣に立つ彼女の養父も少し険しい表情を見せている。
「……なんで、黒衣に?」
思わずセシルはそう呟いた。
そう、2人は黒衣に身を包んでいた。
明日には終焉へと進むとはいえ、少し気が早いようにも見える。
「……一緒に来たら、分かるよ。待ってるから」
そう言うフラヴィアの表情は相変わらず固い。
そして、黒衣に身を包んだセシルが2人に連れられて訪れるは――徒歩数分もかからない。
「……ここは」
そう――そこはセシルの大親友であり、今はもう戻らない青年の生家である。
繋いでいた手が、ぎゅぅと固く握られる。
「行こう、セシル君――彼を連れ戻さなくちゃいけない。
私達や、ローレットの人たちと一緒に、そうだよね」
――あぁ、だからか。彼女の表情が硬いままであったのは。
「私達は、きっと彼を連れて帰る……それが、せめてものお詫びだよね」
そう呟く少女がセシルの手を握り締める力の強さは彼女の覚悟の証明だった。
「……うん、連れて帰ろう。大丈夫――あの人たちならきっと、それで許してくれるよ。
必ず、2人で生きて――連れて帰るんだ」
セヴェリンが事情を説明している。
彼の父親は既に覚悟をしていたのか険しくも黙して俯いている。
――そうだ、男の向こう側に見える奥さんの不安そうな顔も、そんな彼女の肩を抱く2人の兄達も。
「――必ず、連れて帰ります、僕達で……必ず。だから――その時は」
――彼を誉めてあげてと、それを伝えるのは、きっと違っていた。
だってそれは、彼らが自分で考えて告げるべきだろうから。