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きっと、どこまでも
登場人物一覧
フローライトのクリスタルで眠っていた時はこんな感情を抱くなんて思ってもみなかった。
クリスタルの中は浮遊感に満ちていて心地よい微睡みに包まれていた。
あたたかくて優しい場所。
それでもメタトロンキーの起動によってマイヤ・セニアは目を覚ました。
住民の居なくなったレビカナンに来訪者を迎え入れるのもマイヤの使命である。
レビカナンを離れることはマイヤにとって禁忌であった。
アーカーシュと名付けられた島から出るにはメタトロンキーを持つ者の許可が必要なのだ。
それはかつての契約に縛られるもの。されどマイヤはこの島しか知らずに生きて来た。外の世界は必要では無かった。レビカナンの精霊であるマイヤはこの都市を管理するのが使命であるのだから。
それが、外の世界を見たいと思ってしまったのは大切な人が出来たからだ。
「アルヤン……」
マイヤは制御区画にある調理場で好きな人の名を呼んだ。
モアサナイトと共にクッキーを作りながらアルヤンのことを思い返す。
「マイヤはアルヤンのどんな所が好きなの?」
「えっ!?」
唐突に聞かれて言葉を詰まらせるマイヤ。その頬は真っ赤に染まっていた。
マイヤはもじもじと指先で遊びながら言葉を紡ぐ。
「格好いいところとか、優しいところとか……アルヤン落ち着いてて大人なの」
マイヤがアルヤンの事を語る時は、花が咲いたように雰囲気が華やぐ。
恋をする乙女というものはこれ程までに美しくなるのかとモアサナイトは目を細めた。
「ボクもマイヤみたいにキラキラになりたいな」
「あら、モアサナイトはすっごくキラキラよ? ルーファウスの為にクッキーを作ってるんでしょう?」
「喜んでくれるかな?」
もちろんだと返してから、マイヤはふと我に返る。
お互いを愛し合っているのが外からでも分かってしまうモアサナイトとルーファウスのように、自分達はなれているのだろうか。
アルヤンへの想いは大きく胸がいっぱいになってしまうもの。
これはきっと疑いようもなく恋である。
精霊であるマイヤとて、大好きという気持ちを持っている。
「アルヤンは喜んでくれるかしら……」
マイヤの胸には少しだけ不安が広がっていた。普段はレビカナンの管理で忙しくしているから気にしないようにしているけれど。どうしても胸が締め付けられることがある。
彼女はレビカナンから外に出ることができない。
アルヤンが会いに来てくれなければ、もう二度と会うことはできないのだ。
「二度と……は言い過ぎかな。でも、会えないもの」
自分の中に渦巻く不安に引き摺られてしまう。
大好きという気持ちを知った代わりに、こんなにも寂しい想いを感じるようになってしまった。
「マイヤ……会いに行ってみれば?」
「え?」
こてりと首を傾げたマイヤは隣のモアサナイトを見上げる。
レビカナンから出られないことは親友だって知っているはずなのに。
「ボクだってレビカナンの精霊だよ。マイヤの方が操作は上手だけど、数日なら大丈夫!
何か言われたらボクが言い返してやるから!」
アーカーシュに住んでいる人々はきっとそんな事は言わないだろうけど、それでもモアサナイトの言葉はマイヤにとって嬉しいものだった。
「ありがとう、モアサナイト……少しだけ行ってくるわ!」
「うん、お土産よろしくね!」
クッキーの包みをカバンに詰めてマイヤはフローライトアミーカの背に飛び乗った。
――――
――
初めて訪れる帝都スチールグラートは活気に満ちあふれていた。
至る所に人が居て何かしらの音が吹きだしている。
「わぁ……!」
マイヤは目を輝かせ辺りを見渡し、人だかりに吸い寄せられるように近づく。
そこには試合を終えたアンドリューが応援に駆けつけてくれた人々に手を振っていた。
「アンドリューさん!」
「おお、マイヤか! どうしてここにいるんだ?」
人混みにもみくちゃにされているマイヤを抱え上げたアンドリューは、レビカナンの精霊である彼女の姿に首を傾げる。
「えっと……アルヤンに会いたくて」
恥ずかしそうに頬を染めるマイヤを見つめアンドリューは「それは丁度よかった!」と歯茎を見せた。
「丁度決勝戦だ! 今ならまだ間に合う!」
「わ!? ちょっと、アンドリューさん!?」
マイヤを肩車したアンドリューは人だかりを飛び越えてラド・バウへと走り込む。
選手控え室から通路を抜けて観客席へと出た瞬間、大きな歓声が弾けた。
マイヤは何が起っているかも分からず、周りの歓声に目を白黒させる。
それでも、アルヤンが懸命に戦っているのだけは分かった。
遠くに見える彼の動きは美しく凜々しく、かっこよさに見惚れる程だった。
「――おお、すごいじゃないか! アルヤンの初優勝だ!」
大きな声援の中アンドリューの声が聞こえ、そのまま視界が上下した。
アンドリューは観客席を飛び越え、闘技場の真ん中へとマイヤを降ろす。
状況が読み込めぬまま地面へと降ろされたマイヤは沈黙するアルヤンへと一歩近づいた。
「アルヤン」
「……びっくりしたっす。マイヤがここにいるなんて」
マイヤは伸ばされたコードをぎゅっと握る。
レビカナンの精霊であるマイヤが此処に居るのはきっと自分の為なのだろうとアルヤンは察した。
なぜなら、自分だって彼女に会いたいと思っていたからだ。
優勝した所をマイヤに見て欲しいと願っていた。
まさか、それが叶うだなんて思ってもみなかったのだが。嬉しそうに微笑むマイヤの顔を見ればそれは些末なことのように思えた。大好きな人に会えるというのはこれ程までに心が躍るものなのか。
「自分が優勝したとこ見ててくれたっすか?」
「うん、見てたわ。すごく格好よくて……みとれちゃった」
誇らしげに頬を染めたマイヤが手に巻かれたコードを胸に抱き込む。
「自分もまだまだっすけど、とりあえず夢がひとつ叶ったっす」
一歩近づいたマイヤがアルヤンのファンカバーにそっと触れた。
カバーに心地よい重みが加わり、マイヤの温かさが伝わってくる。
「本当にすごかったわアルヤン! どうしたらこの気持ちが伝わるのかしら?」
マイヤは胸に溢れる感情を抑えきれずにアルヤンのファンカバーに頭を乗せた。
抱きしめられるようにマイヤに包まれたアルヤンはコードを伸ばして彼女の背に回す。
意を決したように顔を上げたマイヤはファンカバーの中心へ唇を落した。
柔らかな温もりがファンカバーに伝わり、アルヤンはコードを波打たせる。
「えっ、マ、マイヤ?」
不意打ちのキスに冷静沈着なアルヤンも驚いたのだろう。
普段見ないアルヤンの動揺にマイヤも恥ずかしくなって頬を染めた。
「あ……いやだった?」
「いやちょっとびっくりしただけっすよ。……嬉しいっす」
マイヤの背にコードを巻き付けたアルヤンはお姫様だっこをするように抱き上げる。
途端に固唾を呑んで見守っていた観衆から拍手が沸き起こった。
闘技場の真ん中だったことをすっかり忘れていたマイヤは頬を真っ赤にしてアルヤンに抱きつく。
耳朶を打つ声援の中、アルヤンに会えて良かったとマイヤは胸を満たした。
「また、会いに来てもいい?」
「もちろんっす。自分も会いにいくっすから」
これからはどこに居たって会いにいける。大好きな人に会いたいと願うその心がある限り。