SS詳細
The road to hell is paved with
登場人物一覧
●無回答の棺
『――どうだったでしょう?』
空白を埋めるクロスワード。
べつに、意地悪に聞こえたりはしなかった。ただ、試されているような気がした。
いったいどういう約束をしたんだっけ?
考える。
テストを受けているみたいだ。でも、もしかしたら、正解なんてないのではないか、と不安になった。心がざわざわとする。
とても、嫌な約束だった気がする。自分自身のすべてを明け渡してしまうような、致命的な約束だった気がする。
自分の存在に深く根差したものだった気がする。
沈黙していればしているだけ、時計の針が進み、責められているような気がする。
耳飾りが鳴り響いていた。
――煩い。
思わず耳を押さえる。
急に、ランドウェラは、相手の言うことが分からなくなった。
……誰だろう?
ソラというのは、本当の名前ではないはずだ。
「本当は、どういう名前?」
『███』
急に世界は色彩を失う。
言葉が通じなくなった。
相手が何を言っているかわからない。
(約束?)
ゆっくりと手が伸びてきて、ランドウェラの首元に添えられた。
(死ぬときは、一緒だという約束?)
敵だ!
命彩で視認した色はゆっくりと赤に変化していた。視認したくない存在。敵だ。R.O.O内でのギフトであり、第四の感覚だった。
ランドウェラは考えるよりも素早く行動していた。
(殺さなきゃ……)
思考回路が白い刀に乗せられて素早く振るわれる。コンマ1秒の正確さで。
滝のような水が降ってきた。
いつかのようなひどい天気だった。飛び散る中には鋭い歯を持つ魚も紛れ込んでいる。そしてこれは……。
(あ、――棘だ)
これはいやだ。痛い。
だから、当たっちゃいけない。
いやな思いはしたくない。傷つきたくない。そう思うのは、当然のことだ。
雨あられのように降り注ぐデータのつぶてにはレアエネミーを模した姿の影がゆらゆらと揺れていた。
今までやってきたことの復習――復讐。
殺した一つ一つを覚えているか、と、問うようにそれは降り注いでいた。
手を変え、品を変え、ランドウェラに問いかける。
対処できた。
ランドウェラはたくさんの経験を積んで、すっかり強くなっていた。白い刀を携え、相手のコードを無効化する。
あの逃避にも思えた寄り道にも意味があったのだ。
……既視感がある。
(今まで倒してきた敵だ、わかる)
そうだっけ、と深層心理がささやいている。ほんとうにそうだっけ?
口をきこうとして開いたけれども、洪水のような水が入ってきた。
『
レアエネミーは手ごわい。何度HPゲージを0にしても、再び起き上がってきた。でもそのたびに、心のどこかでほっとしていた。死なないでほしい。それは、殺意とは矛盾している。
でも死なないでほしい。いなくならないでほしかった。
(どうしてこんなこと思うんだろう)
(どうして、さみしいって思うんだろう)
(前にもこんなことがあった気がする。いや……)
少しずつ、相手から色彩が失われていった。血を流して、黒に。真っ黒に染まっていった。
(考えてはだめだ、手を動かさなきゃ)
そうしないとひどい目に逢ってしまう。それはいやだ。……帰りたい。帰らないと。
敵は圧倒的に多数ではあったが、状況はランドウェラに味方している。ランドウェラの攻撃は最後の核をとらえる。
(あ)
『ソラ』が、最期の一撃を放たなかったように見えたのは錯覚なのだろうか。
ランドウェラは静かにとどめを刺した。一撃は、致命的な部分を貫いたのだとわかった。
「ソラ」
もう一度問いかけていた。
「ねぇ、ソラ」
悲鳴に聞こえたのは、きっとそういうきもちだったからだ。
水風船が破裂するように、あっけなくいなくなってしまった。
ぱあん、と。
それは白。色彩を失った白。生命があふれる海はたゆたいすべて残らない。
世界を彩る呪術は、視界に映る全てを侵蝕していった。
(やっぱり、これ、はじめてじゃない……)
ランドウェラは、初めて彼女を殺したときの感触を思い出す。いやな感情でいっぱいになった。
(もしかして……?)
もしかして。動悸が早くなる。きもちがわるい。楽しくはない。怖い。
「ソラ」
「……ソラ」
返事はなかった。
胸に後悔が満ちている。
涙のように、雨が降り注いでいる。
終わったんだ。
クエストのクリアを告げるダイアログが消えない。ずっと消えない。派手なエフェクトとともに、アイテムボックスには報酬が振り込まれている。
白斗からも通信が来ている。出ないと。いや、まって、もう少しだけ時間が欲しい。
>ログアウトしますか?
ランドウェラははそれを拒絶すると、ただその場に佇んでいる。
>コンティニューしますか?
コンティニュー。できることならもう一度、会いたかった。願うようにもう一度。
思い出した。
雨は再び集合体に戻っていく。逆再生のようにしてすべてが元通りになっていく。R.O.Oでよかった。
もう一度起き上がってきたそれは、今度はランドウェラを貫くように手を伸ばした。それはそれでよかった。殺されてもよかった。さっきまで必死に戦っていたのだ。
透明な存在がランドウェラの胸を貫いた。
ランドウェラは目をつむったのだ。そうすると、目の前にはまた『ソラ』がいる。
『死ぬときは、一緒だと約束したね』
言葉に詰まる。息ができなくなる。感情があふれ出した。
ずっと一緒だ。そう思った。
『ついてきて』
もう一度いった。
『ここは作り物の世界。別のセカイ、だから、失われることはない』
(あ)
ランドウェラの一部、ロードは引き寄せられていった。それをランドウェラは三人称で見ている。ただ見ている。どうしてかわかった。
(彼女になら何でもしてあげれる)
ランドウェラはそう思っていた。
ロードの体は泳いでいった。
自我が競い合うようにして、制御を離れていく。「ロード」と記されたキャラクターは勝手に意思を持ち、ソラといなくなってしまった。ぽっかりと何かがいなくなったような喪失感があった。
●自身との決別
R.O.Oには、それ以来行っていない。
レアエネミーはもうどこにもいない。
強制的な切断からは、ずいぶん長いこと寝ていたらしかった。
ランドウェラは子守唄を覚えている。
子守歌に抱かれるようにしてあやされるのは、悪くないようにも思われた。ここには滅びがない。問いのほうが先だった。
ランドウェラは、それも悪くないような気がした。
じぶんの一部は、いま、どこかでソラと一緒にあるのだろうか?
ランドウェラは現実で目を覚ました。大丈夫か、と心配そうに白斗が見ている。妹のほうは泣きそうだった。けれども自我の一部は失われてしまったのだ。ぽっかりとあいた心。震えたイヤリングから、誰かと誰かが楽しそうに話している。それは自分であって、自分ではない物語に閉じ込められている。
もう殺さなくて済んだんだ、こんどこそ。けれども他人事で寂しかった。
耳を澄ませてみる。楽しそうなせせらぎが聞こえてくる。それが聞こえることはもうないかもしれない……。
ランドウェラの一部はずっとあそこにあるのだ。
ランドウェラは無意識のうちに子守唄を口ずさんでいた。La la......。
揺蕩う光はまぶしい。とても透き通っていて静かだ。
おまけSS『あいづち』
イヤリングはゆらゆら揺れている。もう聞こえない言葉だけど、でも、ずっと相槌を打ちつづけていた。
危なかったね。
とってもしんぱいした。
でも、大丈夫だと思っていた。
約束、したね。
いってらっしゃい。
待っているから。待っているから。
【ログの解析】
R.O.Oでの一件から、応答に別のパターンが加わったことが示唆されている。
うん、大丈夫。ありがとう。
心配かけてごめんね。
もう大丈夫。
殺したりしてごめんね。
いいのよ。