SS詳細
QとA
登場人物一覧
●再開――再会シークエンス。
(青い空みたい)
ここにきて、ロードはそれと出会った。
『空の宝石/宙を泳ぐ者』。
識別名は検閲されていて、認識しようがない。
正体の同定を拒否するコードがいくつも走っていた。
この世界に許されざるものなのだ。それゆえに見つからないものだ。
レアエネミー。
だれも、今まで、R.O.Oからソラをみつけることはできなかった。それは、透明で透き通っていて、データの上では視認できないものだ。
計器も分析装置も役には立たない。
であるからこそ、このエネミーは六逸 白斗の領域ではなかったのだろう。
ただあるがままに感じる心だけが自由だ。思うのは自由だ。心だけはどこまでも自由だ。
ランドウェラがまれなる色彩感覚を使って向き合うことで、ようやく、輪郭が見えてくる。
(降ってくる雨粒)
あれほどまでにざぶざぶと雨を降らせていたのに、きれいな空だと思った。
むき出しの感性から零れ落ちた率直な感想だ。
だからこそ、視認できる。
『ソラ』。
「ソラ」
ロードは思うままに言葉を口に乗せる。
発した言葉が空気を震わせた。
ひとたび「そういうもの」として名前を呼べば、相手の正体となる。
ソラは当たり前のように、自分の名を受け入れた。
「こんにちは、
意味が拡散して溶け出していくばかりだ。相反する内容のすべてをまじめに取り合えば狂ってしまいそうだった。ううん、いや、調律が難しいだけだ。
大切なのは色だけ。言葉に含まれているトーンだけ。会えてうれしい、それだけ。そこに無理に悪意を読む必要はない。不器用なだけ。ことばがないだけだ。感情の色は旋律のように美しかった。
ロードは、ランドウェラとしてソラと向き合うことに決めた。
この世界のちょっとした背伸びは、今はいらない。意識に本物の自分を浮かべる。飛んだりもしない。
それだけ。
まだ、子守唄が響いている。
「何で呼んでたんだ?」
『どうして? 何故?』
ソラは首をかしげる。
「あれ、呼んでない?」
『……?』
ランドウェラは目を丸くした。
コミュニケーションの断絶。
でも、それは気まずいものではない。
相手の言葉をくみ取るように、ランドウェラはつづけた。
「僕が勝手に来たってこと?」
『そう、かもしれない』
かもしれない。
あいまいな表現だった。
けれどもそれはソラが言いたいことの一端をとらえていたらしい。ソラは堰を切ったようにしゃべりだす。
『イースターエッグみたいなものだったの。会えなくてもよかったの。気が付かれなくても当然の自己満足だった。首根っこをつかんでこっちに引っ張ってきたわけではない。でも、道があれば招いているともいえるでしょう?
ほかの人には見えない道、細い細い道。水の水滴は、水滴と引き合う。見ようによってはイシが生まれる。生きているかのように見える』
「つまり……?」
言葉に迷っている。ぴったりのピースを見つけることができないようだった。戸惑い、期待、うれしいということ。簡単なほうが、ランドウェラにはよくわかる。
「会えてうれしい?」
そうだ。
すとんと言葉を得たようにソラは落ち着いた。少し恐ろしくもなる。言い当てたのではなく正しい答えを正しい答えとして与えてしまったのではないか、とも。
相手は「純水」だった。混じりけがない水。ランドウェラを通じて変質し、この世界を見つける。先ほどまでは空っぽのように思えたソラはあふれんばかりの情緒に満ちて、セカイを揺らす。
『来るのかと心のどこかで期待していた、ということ、かもしれない』
「むずかしいね」
気配は震えた。笑ってみせたのだとわかった。表情を動かさなくとも、しぐさでわかる。大きくて偉大なる者だけれど、隣に立ってみればわかることもある。
「散歩しようか」
『そうね。お散歩しましょう』
「そうしよう」
不思議な出来事の中にいるというのに、昨日の続きのようだった。
ずっとそうして来たみたいに、歩調があう。
ロードは……ランドウェラは今まで起きてきたことをソラに語った。
幼子が母親に出来事を報告するように、散らばっていて脈絡はない。楽しかった順に、苦しかった順に。ただ思いついた順番に言葉を並べた。
「戦ったよ。勝ったり負けたり、いろいろあった」
「なくしたよ。わかったことも多いけど、痛かったり、いやなこともあった」
「でも、おいしいものがいくつもあって……」
「たのしいよ」
『あなたはこの世界を、楽しいと思って?』
ソラは不意に問う。
『あなたの眼に映るこの世界は、十全に値するかしら?』
ここにいたらずっと苦しみはない、演算の中。ぷかぷか浮いた脳みその図。再現性東京という箱庭の中。世界のおわりも忘れて安らかに、傷つかない世界にいたらどうだろう?
「そういえば僕らがした約束、ってなに」
『――どうだったでしょう?』
空白を埋めるクロスワード。
答えなんてないのではないかと恐ろしくなった。言ったことが答えになってしまうのではないだろうか?
決めていいのだと、ランドウェラにゆだねられていた。そうしていいと白紙を渡された。それは答えのない問題で、難しい。
それでもランドウェラは考える。色を読み取る。感情について考える。
短いようで長い沈黙があった。
●この空白をあなたはなにで満たすだろう?
「約束したこと自体」
『約束したこと、それ自体?』
なんとなく、直感的にそう思った。
「空白それ自体。覚えているということが約束だった」
『空白それ自体。覚えているということが約束だった』
ソラもまた繰り返す。
「つまり、えっと」
ランドウェラは首を横に振った。なんて難しい問いなんだろう。ずきずきと腕も痛む気がする。こんなにも非・現実的なのに、急に現実感が襲ってくる。
「ここにはいられない。生き続けないといけないということだから。覚えていなくちゃならない。存在し続けなければ覚えているとはいえない」
『さようなら?』
「だからいかないと。ごめんね」
『何に対して?』
何に対してだろう?
ランドウェラは考えた。
「ごめんね」
ランドウェラは繰り返す。
「待たせたこと、忘れたこと、殺したこと。ぜんぶ」
踊るように渦はうねる。
『許してあげる』
またね、永遠にさようなら。解釈によっていくらでも捻じ曲げられそうな言葉の群れだった。
「それじゃあね」
子守唄の旋律に身をゆだねればおのずと道はわかる。遠ざかっていかないとならないのがさみしかった。外の世界は暗く冷たくひどいこともよくある。
でも、こんぺいとうだってある。自分にそう言い聞かせることにした。みんなだっている。
約束をしたという約束。そうやって、セカイにあり続けるという約束。約束は守れるだろうか。守れなかったとして、それは、自分が消滅してしまう時だから、きっと意味はない。
しんとして、もう聞こえなくなった。あるいは心臓の鼓動のように、ランドウェラに沁みついてもう意識しなくてもいいのかもしれない。
ping ping。イヤリングは、生存確認を送っていた。大丈夫、というようにとんとんとかかとを鳴らして、ランドウェラはその場を去っていった。空は晴れていて、地面はぬれている。
おまけSS『報告書・弐』
●報告書
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)様
ランドウェラ様のパンドラ収集器(イヤリング)につきまして、ログに変化が見られました。
[座標を取得しています]
[Info:宛先が見つかりました]
86,400,000ミリ秒間隔で繰り返されているようです。
また、動力として、ランドウェラ様を通じて微弱な生体電流を受け取っていることがわかりました。ランドウェラ様が何らかの影響で生命活動を停止した場合、このイヤリングの機能も失われると予想しております。