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名探偵ランドウェラ・事件編
登場人物一覧
●事件発覚
「うわっ!!」
いやな予感がする。
バタバタと絨毯の敷かれた廊下を駆け、『境界案内人』
大雨の夜。暗い部屋の外で雷鳴が響き、床には血を流して倒れている一人の男。そして――
「ランドウェラ!」
名前を呼ばれた青年は、ぱしゃりと血溜まりを踏み抜き足を汚した。ばらばらと小袋に入ったこんぺいとうが床に落ち、振り向くその左手には――
べったりと血のついた包丁が握りしめられていた。
●容疑者ランドウェラ
事件の発端は一冊の本。表題が掠れてよく見えないが、お菓子の綺麗なイラストの多い
「まさかこいつが推理小説の異世界だったとはな」
「まぁいいんじゃない? 容疑も早々に晴れた訳だし。……まだ疑ってる人もいるみたいだけど」
周囲の警戒する様な視線を目ではなく気配で感じ、ランドウェラは肩をすくめた。
殺害されたのは館の主、ピエーリ・マルトリーナ。生きる伝説と呼ばれる天才パティシエの彼は、断崖絶壁の山奥に館を作るような変わり者だ。おかげでこの荒天では警察の到着も暫く後だ。犯人が館から逃げ出せないという利点はあるが。
ピエーリは今日、弟子達を館に集めて自分の正当な後継者を発表すると話していたそうだ。そしてランドウェラと赤斗は、ピエーリの後継人の証人として呼ばれた馴染みの探偵――そういう立てつけでこの世界に紛れ込んでいた。
「遺体の刺し傷を見るに、被害者は左胸を刺されていた。これは右利きの人間の犯行だ」
「僕は普段、左利きだからね。少なくとも別の依頼で行動していた赤斗は知ってる事だから犯人じゃないって事か」
「勘弁してくれ。行った先の問題を解決するのが案内人なのに俺が問題を起こす訳ないだろ」
事件当時の状況を整理したところ、アリバイが無かったのはランドウェラ達以外に3人ほど。後継者の有力候補と噂されていた一番弟子と二番弟子、館の執事だ。
「ランドウェラさん。私、心細いです」
館に来てからランドウェラと親しくしていた一番弟子の青年、キダハル・アカギが背を縮こませる。数時間前に客間でお互いの好きな食べ物や将来の夢について語り合った時の元気な笑顔は、すっかり消えてしまっていた。対して二番弟子のステファニー・ベルは女性ながらも目力強く、ランドウェラを睨み続けている。ピエーリがランドウェラと赤斗を弟子達の前で紹介した時から「業界も知らない人間を証人にするなんて!」と露骨に敵意を向けていた。二人が来訪してからは自室にこもりっきりになる程の徹底ぶりだ。
「そいつを信頼するなよアカギ。アタシゃまだ、そいつの事を疑ってるんだから」
「皆様、まずは落ち着いて……」
「あぁん? アンタも雇い主が死んだ割に随分と冷静じゃねぇか」
「申し訳ございません」
ベルに噛みつかれて頭を下げたのは、館に来てすぐお茶菓子で持て成してくれた執事。名をミゲルと言った。どんな時も冷静であるのは従者としての務めだろうが、ポーカーフェイスが身についていると相応に疑わしいものだ。険悪な空気を察知した赤斗が、慌てて疑問を投げかける。
「そ、それにしても……悲鳴が聞こえて駆けつけてみたら、ランドウェラが凶器を持って立ち尽くしててビックリしたぜ」
「犯人の功名な罠だよ。だって――」
思い出すのは数時間前の出来事。夕食を済ませ、暇を持て余したランドウェラは本で時間を潰そうと書斎へ足を向けていた。
その途中、ふと目を向けた廊下の床にぽつぽつと、金平糖がビニール袋にリボンをかけて、個包装の状態で落ちていた。
「拾ったのか?」
「うん。でも勝手に食べようとした訳じゃないよ? 落とし主に返そうと思って拾い歩いたんだ。
行き着いた先の部屋は真っ暗で、足元に何か当たったから拾い上げてみたら、それが包丁だったみたいで……」
「で、手元が血塗れなのに気づいて声をあげたと。完全に犯人の思うつぼじゃねーか!?」
頭を抱える赤斗を見て、ランドウェラは小首を傾げた。だってもう、犯人に目星はついたのだから。
「チッ……言い訳がましいんだよ、さっきから!」
とうとうベルがランドウェラに掴みかかりはじめる。執事が割って入ろうとしても彼女は知った事じゃないと野犬の様に吠えた。
「言っとくがアタシはお前達の事は信用しちゃいないんだ! 外部の奴に頼まれてお師様を殺したんだろ、この――」
一触即発の空気となる中、胸元を締め上げられながら――それでもランドウェラは、ベルが振り上げた拳を静かに片手で制す。
「分かったよ」
「あ゛?」
「犯人が誰か。皆の前で発表しよう」
「逃げる為の口実じゃねぇだろうな」
「勿論。だからここはひとつ――お茶の時間にしよう」
おまけSS『名探偵ランドウェラ・解答編』
●名探偵ランドウェラ
ティーカップの琥珀色に口をつけ、ランドウェラは、ほぅと息を吐き出した。
付け合わせに出されたマドレーヌをひとかじりすれば、口の中でほろほろと解けて溶けていく。
「うん、やっぱり一流パティシエの館で出されるお茶菓子は格別だね」
「おい。犯人は分かったんじゃねぇのかよ? 呑気にお茶なんか――」
「大事な事だよ、お茶は。皆のティーカップを持つ手を見れば、大体の利き腕は分かるからね」
「何だと!?」
びくり、と誰かが肩を震わせた。その動揺を見逃さず、ランドウェラは無邪気な笑顔のまま
「犯人は君だよね、アカギ」
「……」
「今回の犯人は僕がこんぺいとうが好きなのを知っていて僕を罠にはめたんだから、僕の事を毛嫌いして部屋に籠っていたベルは違う」
「た、確かに私はランドウェラさんの好物をお話の中で知りました。でもそれは執事さんだって――」
「執事さんは僕が館に来た時に、お茶を出してくれたんだ。今みたいに」
つまるところ、執事はランドウェラの
「僕がお茶を飲んでいた時に、その場に居たのは執事とピエーリ、赤斗だけ。お弟子さん二人はお茶を片付けた後で挨拶に来たよね。その後に談話室で僕と話したアカギは、好きな食べ物の話を聞いて、僕に犯行を押し付ける事を思いついたんだ」
「…………」
「同じ右利きで、僕より付き合いの長いベルの方が犯行を押し付けやすかっただろうに、それをしなかったのは情が沸いたからかな?」
罠の金平糖にしたって、地面に直接転がさずに指紋がつくリスクを犯して個包装にする――お菓子への愛情があり、他の弟子にも迷惑をかけたくないと願う。人を殺める重罪を犯して何もかも得ようとしたアカギは、結局のところ全てを失う事になったのだ。
「衝動的な犯行だったんだよね?」
「…………はい。お師匠様に厨房に呼び出された時、こう話されたんです」
『後継者はベルにする。お前は優しすぎるから、これからもその思いを自由に製菓で表現しなさい』
「私には重い病を患った娘がいる。後継者になれなかったら、金が手に入らなければ、あの子の命は無いんだ!
衝動のままに刺しましたよ。そして……ランドウェラさんに全てを押し付ける事が出来れば、仲間を傷つけずに済むとも」
「アカギ様、それは違います」
泣き崩れたアカギの肩にそっと触れたのは執事だった。胸元から取り出したのは主人から預かっていた一枚の書状。
「ピエーリ様はアカギ様の製菓技術を認め、ピエーリブランドの経営をベル様にお任せしようとしていたのです。
アカギ様には引き続き、二代目としてブランド内の代表パティシエになって戴こうと……」
「そんな……、それでは私がした事は……!!」
「初めからお師匠様はお前を認めてたんだよ、馬鹿野郎っ!」
アカギを責めながらもベルは大粒の涙を零していた。誰もが傷つき、故人を儚む。その悲しみは天に登り、山に雷鳴を轟かせるのだった。
事態を見守るランドウェラだったが、ちょいちょいと後ろに立つ人影に服の袖を引かれ、振り返らずに言葉を交わす。
「……ランドウェラ君」
「うん」
「何だかとても出て行きにくい状況になってしまったのだが」
「仕方ないよ。誰にも言ってなかったんでしょ? 自分が
「ビックリして気絶して、目が覚めたらこれなのだ。絶対ベル君に殴られるし、盾になっては貰えないだろうか」
「嫌だよ痛いでしょ。まぁ、怒られてもお弟子さん達は最終的に喜んでくれると思うし」
ポケットを漁れば、金平糖の入った袋がひとつ。それをランドウェラはピエーリの手に握り込ませる。
「とりあえず、こんぺいとう食べる?」