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腕の中で
登場人物一覧
星の城のテラスから眺める空は美しく壮大だ。
初めて連れて来られたときも綺麗だと見蕩れてしまった。
ルーファウスは強引なようでいて、意外とと繊細な男だ。
彼はかつて、制御区画からモアサナイトを略奪したことがある。
それは支配という名の愛であった。
モアサナイトから向けられる憎悪や畏怖を恐れたからこそ支配を選んでしまったのだ。
それでもユーフォニーたちに助けられ、ルーファウスとモアサナイトは手を取り合った。
お互い手探りで分からないことだらけだけど、一緒に歩んで行きたいと願ったのだ。
「えーっと……次は?」
モアサナイトは毛量の多い髪を束ね三角巾とエプロンをしていた。
制御区画にある調理場でお菓子のレシピを広げ材料を量る。
その隣にはマイヤとクロスクランチ、フローライトアミーカの姿もあった。
「チョコは使う?」
「うん、使おうかな」
マイヤは粒状のチョコをモアサナイトに渡す。
先日、一人でお菓子を作ろうとして炭にしてしまったから、今度はマイヤと一緒に作っているのだ。
「人間の食べ物って複雑だよね」
チョコをバラバラとボウルに入れながらモアサナイトは呟く。
「確かに~私達は太陽の光でお腹いっぱいになるものね」
「そうなんだよ。ボク達って精霊だからさ太陽の光とか月明かりとか大地の魔素とかで大丈夫じゃない? でもアイツは違うんだよ。食べ物がいるんだ。そりゃボク達も食べ物から魔素取れるし味も分かるんだけど。何て言うか……ボクが作ったもの食べてほしいっていうか」
モアサナイトは自分が発してしまった言葉に頬を染めた。
「いや、えっと……」
「ふふふ、モアサナイト可愛い~!」
きゅうと抱きついたマイヤは親友の真っ赤な顔を見て笑みを浮かべる。
「大切な人に自分が作ったもの食べてほしいの分かるわ。私だってそうよ!」
モアサナイトはマイヤが恋する乙女の顔で『彼』のことを語るのが好きだった。
その顔は輝きに満ちていて幸せそうなのだ。
きっとルーファウスの事を語る自分も同じ顔をしているのだろう。
モアサナイトはお菓子を作りながら、ルーファウスの喜ぶ顔を思い浮かべた。
愛してくれていると分かっていても、不安になる夜はある。
もしかしたら明日の朝には彼の気持ちが薄れてしまうのではないかと思ってしまうのだ。
こんなにも膨らんでしまった『愛』が胸の中で弾けてしまいそうになる。
もし、ルーファウスが離れていってしまったなら、もう一人では立てないと思ってしまう程に。
「どうしたのだ?」
大きなソファに腰掛けたルーファウスがモアサナイトを抱きしめながら問いかける。
ルーファウスの膝の上に乗っているモアサナイトは大きな身体に包み込まれていた。
「ううん……何でも無い。クッキー美味しい?」
皿から一枚取ってルーファウスの口元へ運ぶ。その指ごと大きな口に含まれて思わず手を引っ込めた。
逃がすまいと大きな手がモアサナイトの手首を掴む。
「……甘いぞ」
「指は食べられないよ」
「ふふ、モアサナイトはどこもかしこも甘いのだ」
後ろから抱きしめられ、手首にルーファウスの唇が触れる。
ルーファウスが触れた部分がじんと熱を持ったように感じた。
マイヤもルーファウスも大切な友達。
けれど、マイヤには感じない焦れったいような独占欲がルーファウスにはある。
愛していると囁くルーファウスが、他の人にその愛を向けるかもしれないと思うと泣きそうになるのだ。
これは人間の言う所の『恋』であるのだろうか。
「ねえ、ルーファウス……最近お前を見てると胸が締め付けられるんだ。きゅうってなってすごく怖くなる時もあれば、すごく恥ずかしくなることもある。これって何? 人間はこんなものを抱えてるの?」
「そうだな……モアサナイトその気持ちは嫌なものか?」
人としての感情がまだ未熟なモアサナイトには『恋』が理解出来ないのだろう。
「ううん、嫌じゃない。ルーファウスのこと考えてるとボクの顔キラキラになっちゃうみたいなんだ。マイヤが可愛いって言ってくるんだよ。でもルーファウスが他の人に愛してると言ったらと思うと怖くて泣きそうになるんだ。ルーファウスの気持ちだからボクが嫌な気持ちになるのすごく変だって分かってるんだけど、怖いんだよ」
「モアサナイト」
ルーファウスはモアサナイトを抱き上げ顔が見えるように膝の上に乗せる。
泣きそうになっているモアサナイトの顔はこの世の何よりも愛おしく映った。
「それは、恋という感情だ」
「愛とは違うの? お前はボクのこと愛してるって言ってくれるでしょう?」
「私はモアサナイトの事を愛しているし、恋もしている。世界で一番お前が大切で、傍に居て笑っていてほしいと思う。共に星空を見上げていたいのだ」
今までも何度だって言われてきた言葉。それが今日は特別なことのように思えた。
「ボクもルーファウスが好き……愛してる」
「ああ、私もモアサナイトを生涯を掛けて愛すると誓う。だから、私がお前を愛さなくなるかもと嘆く必要はない。愛し続けるのだから、泣かなくてもいいのだ」
モアサナイトは身体を包み込むルーファウスの温かさに安堵する。
同時に近くに感じるルーファウスの瞳が自分を見ていることに胸が高鳴った。
顔が赤くなって逃げ出したいような気持ちが溢れる。
「モアサナイト」
近づいてきたルーファウスの顔が視界いっぱいに広がってぼやけて見えなくなった。
唇に触れたあたたかさに心が満ちて、モアサナイトはゆっくりと瞼を閉じた。