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日々のレッスン:教導編

登場人物一覧

カイト(p3p007128)
雨夜の映し身

●眼高手低とはこのことだ

――見ろ。
 呼吸の揺らぎを、男は精神を研ぎ澄ませて見据えていた。
――見ろ。
 ターゲットは椅子に背を預け、昼寝をしているように思われる。
――よく見ろ。俺のとりえはそれだけだ。
 慎重に気配を確認する。
 目に見える気配に異常はない。
 要するに、隙だらけだ。
 けれども、その男が並々ならぬ実力者であるということは、骨の髄まで思い知っている。
 今日はいける、そんな気がした。
「仕留める」……とまでは行かなくても、傷くらいは負わせることができるのではないか?
(落ち着け、落ち着け……)
 モップを手にしていた男は、そろりそろりと近づいて行った。それでも、『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は微動だにしない。
「今」だ。そう思って柄を握りしめた。だが、その攻撃は届かない。よけるまでもなかった。その前に、敷いてあった陣にひっかかり、男はずっこけて倒れたのだ。
「ああああーーっ」
「見え見えだ、デュプリ」
 形だけまねした格好をやめてみれば、カイト……とは、似ても似つかない男だ。ただ、尊敬からか、あこがれからか、それともパクリ屋の意地なのか、シルエットだけはよく似ていた。
「じゃ、一日のいつでもいいから当てたらシゴトはなしってのはなしだ。今日の分の棚卸しして来い。終わるまで声かけるなよ」
「くっ……」
 この一つ一つのしぐさが修業であるのである、というようなお題目があるのかどうか。それ以上にまっとうな仕事というのはすぐには成果のでないものだ。だがちょっとずつうまくなっているという実感があった。意地になって仕事をきっちりやりとげ、戻ってきた。アドバイスの一つくらいは欲しい。
「さっきアンタ、勝とうと思ってなかっただろ」
「え?」
「ちょっとくらい傷を負わせられりゃあいい、そういう根性が透けて見えてたぜ」
「……まあ、はい」
「ま、次は頑張れよ」
 モップを取り上げるとこつんと突き返された。だったらどうするのだ、というアドバイスを素直に口を開けたヒナのように待っていたデュプリはぽかんとした。
 意図を読め、と、カイトはたびたびいうのだった。
「だから、ここにこう来ると当然こうなるわけで。なんつーかな、モノってのは目的があるだろ。扉は出入りするためのものだし、椅子は座るためのもんだ。配置された物で意図が生まれるわけだ」
 そんなのは読めるわけがない。デュプリが結論しているが、カイトが次々と説明を加える。
「で、戦ったことがあるやつ、ないし心得があるやつはこっちの死角を警戒する。コソ泥ならこっち。魔法みたいに読めるわけじゃねぇ。じゃあ、どうする? 数を重ねるんだ」
 デュプリは絶句した。罠が1、2、3、それ以上。用意周到の用意周到。何枚も重ねるようにしているのだ。
 つまり……性格が悪い。
「ああ? 何か言いてぇのか?」
「いえ!」

●数奇な運命
 デュプリは外に出た。外の心地よい外気が興奮した頬を撫でていった。
 今日もまた、当てることすらできなかった。
 商人ギルド「サヨナキドリ」の真似をし、挙句、『カイト』のニセモノ(ですらない)、力化を名乗ったデュプリは順当に返り討ちにあったのであった。
 そのあと、監獄で冷たい飯を食べ、名もなきごろつきの人生を送っているはずだったのだが……数奇な運命をたどり、今、ここにいる。下働きとして損害を弁済しつつ、修業を積んでいるのであった。
「自分から俺に対して『売り込んだ』んだ。後悔すんのは遅いぜ?」
 後悔先に立たずとはよく言ったものである。規定された人生よりも、ずっとずっと入り組んでいて厄介な道に入った気がする。
 デュプリ、というのはカイトからもらった名だった。
「お前、いくつ名前があるんだよ。毎回毎回名前変えてたんだって?」
「シゴトが一つ終わるたびに別の顔になって見せてたさ」
「よっし。今決めろ。ひとつにしろ。そうだな、『デュプリ』っていうのはどうだ?」
「は?」
「duplicate。複製って意味だが……あ、くそ、教師みたいなこと言っちまった。おい、思ってねえだろうな?」
「?」
「まあいいや。マネってのはお前の『誇り』なんだろ?」
「……」

 本名もあった。
 もともと名乗っていた名前は、偽名も偽名も良いところだったのだが(それはそうだろう)彼はあっさりと、商人たちの情報網に生まれを調べ上げられてしまったのだった。出奔したままの、およそ10年も前の名前を突き付けられれば、ぐうの音も出なかった。
 サヨナキドリは、その気になればいつでも下っ端など抹消することだってできるのだ、と気が付いたのはその時になってからだった。年の離れた妹はもう結婚していること、まっとうな職について夫と子供と暮らしているらしい。
「脅してるのか?」
「そう思えるかい?」と武器商人は言った。「10年も会ってない妹は家族かい? 唯の近況報告ってやつさ。生まれが最悪でも、今そうとは限らない」
 契約書(雇用契約書と、誓約書だ)にサインをするとき名前に迷った。迷って、デュプリになった。
 汚れ仕事をさせられるでもなく、使い捨ての駒にされるでもなく、「日常」を送っているのだった。運んだ包みの中身にビクビクしていたら、あきれて笑われたものである。
「そりゃ、単なる塩だぞ、塩。高ぇやつだけどな」
 弟子たちにバラされ、さっぱりと笑われた末、カイトさんは素直じゃないから、と「兄弟子」たちにもポンポンと肩をたたかれる。
 ちょっとぶっきらぼうで説明が足りないけど、と……。

●新しい仕事
「今日の仕事はこれだってよ」
 また渡された郵便物を改めるデュプリをからかうようにながめていた。存外に軽いそれは、なんと、現金の手形である。
「あ?」
「よかったな。コツコツやってきて」
「いやいやいや」
「まあ、そろそろいいんじゃねぇの? アンタ真面目だし。どうってことねぇだろ」
 破産しそうなほどの金ではないが、ちょっと心がうずくくらいの金だ。

 ふと思った。このまま去ってしまおうか。そしてまた、人のまねをして生きていこうか。迷路のように入り組んだ道。悪心が首をもたげるのには十分だった。けれどもなぜか足は素直に向いて、済ませていた。
「お、おまえ、×××じゃないか」
 それもまた、過去に捨ててきた偽名だった。
「今は何だっけな」
「さあな、忘れちまったよ」
 嘘だ。ここ最近は、偽名を名乗っていなかった。自分の名前が自分のものであると思えたのは久しぶりのことで……。
「また一緒にシゴトしないか? ちょうど、ぴったりの仕事があってな。耳の遠いじいさんがいるんだが。目も悪くってよぉ」
「……」
「で、なかなか帰ってこない息子がいるってわけだ。お前、ちょうど体格がそっくりだし、声もなんだ、マネりゃあいいところ行くんじゃないか。それで……」
 分かれ道だ。
(俺は……俺は……)

「でやあああ!」
 降り下ろしたモップの柄はパシっと受け止められる。
「4点」
 また軽くあしらわれて終わりである。
「何点満点だよ」
「さあ? まあ、動きは良くなったかもな」
 あの時の高揚が忘れられない。己が己を超えた時。自分ですら信頼していなかった自分を、この人は信じさせてくれたのだ。
「なんだ、晴れやかな顔をしてるな、アンタ」
「デュプリです」
 思わず声に出ていた。
 この名前は変えない、と決めたのだ。

  • 日々のレッスン:教導編完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2024年03月20日
  • ・カイト(p3p007128
    ・力化
    ※ おまけSS『カイトの観察日記』付き

おまけSS『カイトの観察日記』

 よく見ること、意図を読むことが第一だということで、俺も師の観察を怠らないようにすることにした。なお、無断である。

師匠の特徴
・実は、品出しがうまい。とくに、ちょっと奥まったところにある在庫を、さりげなく目のつくところに移動させることが多い。これも人の意図に気づくゆえか。
・この前、来店した少女が探しているマスコットをそっと表に出していた。
追記:少女は、午前中にも一度来店していた。小遣いが足りないのを確認して、肩を落として帰ったとき、そっと目当ての品を目につかないところに移動させてやっていた。やはり素直ではない。
こういった細かい点が強さの秘訣かと……(略)

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