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ノーパン事件簿五分前!
登場人物一覧
●今なら一枚ぐらいあげてもいいやと思っている
風が吹いたんだ。
「うん――? なんだ今の風は?」
ギルド・ローレット。その一角にてギルオスは背後を向いた。
今ほんの少しだが風を感じたのだ。ただ少しばかり妙な感じの……上手く説明できないのだがともかく、振り向いてみればやはり窓が開いていた。半開き程度だが外の風がそこから運ばれてきていて。
「誰か開けていたのかな。まぁもう夏に近い頃だしねぇ」
最近は少しばかり暑さを感じる頃になってきた。そして風の出所に納得すれば手に取るは珈琲。
カフェインが適度に集中力を上げてくれる。満ちる香り。この独特な香りにはリラックス効果があるとされている。あぁ全く良い朝だ。晴れ晴れとした天気。心地よい空気。こんなすがすがしい何の騒動も起こらぬ今日と言う一日に感謝を。
目を瞑り存分に平和を甘受して。椅子に腰かけれ、ば。
「……んっ?」
何かを感じた。今、座った瞬間そうこれは……
違和感、という奴だ。
なんだ? なにか、こういつもと感触が違うような気がする。随分ズボンが近くて――
「……」
服の上から触れる。んっ?
ズボンの腰の辺りから中へ親指を突っ込んで確認。んっ?
……んっ、んっ、んっ!!?
「――無い」
僕のパンツが、無い。
そ、そんな馬鹿な。朝は確かに履いていた間違いない記憶にある。
しかし現実として今僕は――履いていない。これは一体何がッ!
「おや?」
ふとその時、視界の端に何かが映った。
小さな影だ。まるで猫の様に素早く移動を……いや、あれは?
「チチッ?」
「カ、カワウソ? なんでこんな所に――」
イタチの仲間、カワウソだ。その愛くるしい姿からペットにする人も多いぐらいで。
しかしギルド内で誰かが飼育しているという話は聞いた記憶に無い。ではなんだあのカワウソは? 迷い込んだだけか? もしやさっきの窓から……おや、なんだろう? あのカワウソ手に何か持っているぞ、緑色の――布――
「違う」
あれは、僕の。
「――パンツだ!!」
見間違う筈がない。いや見間違いたいが、そういう訳にもいかない。独特な緑色。独特なマーク。ば、馬鹿な、何故カワウソが僕のパンツを……ああ丁寧に折り畳むな! 何をしているんだこのカワウソ――
瞬間ギルオスは全てを察した。
情報屋として様々な情報に触れる中で見た覚えがある。最近この辺りにパンツ狩りを行う不思議かつ迷惑極まりない保健所案件のカワウソがいると。奴は外見こそ普通のカワウソであるが特殊な能力を所持しており、それが。
「パンツを……一瞬で剥ぎ取る能力……!!」
どういう超神秘的事情があればそんな能力を得るに至るんだ。噂によるとパンツ狩りのカワウソ、略して『パワウソ』と呼ばれているのだとか。訳が分からないよ。
しかし悩んでいる暇などない、パンツを盗むなど言語道断である。別に一枚盗られたらもう履くモノがなくなる訳ではないが、五十枚も百枚も持っている訳ではなく。不遜な輩に渡すパンツなど一枚もない故に――
往く。机を足場に跳躍し一気に接近。パワウソをその手に収めようとして。
「キュッ!?」
だが逃げられた。間一髪の所で手を回避。
追う。ここから逃がす訳にはいかない。ギルド内から逃がさないようにすれば、地理把握関係上僕の方が有利だ。やがて追い詰める事も出来よう。僕は守るぞ僕のパンツを。違う、守るのは僕の尊厳だ。別にパンツが好きな訳ではない!
「うぉおおあ! 待てこの害獣、止まるんだ!!」
追う、逃げる。本棚の上を駆け抜けるパワウソ。地上から手を伸ばす、がジャンプで次の本棚に。だがまだだ。情報屋として、数多の情報の中から確かなモノを見据える為に使う集中力をここに。本棚の道はあと二つで途絶える、そこで追いつける!
パンツを巡る攻防は熾烈を増す。同室に偶然いたメンバーのパンツ被害が増えながらも、奴を追い続ける。何をやっているんだとかは一瞬でも考えてはいけない。これは戦争だ!
「もらったッ――!!」
そして歩幅の違いからついにその手がパワウソの尻尾に――ッ!
「チチッ!」
しかしパワウソは再度ジャンプ。目の前にはもう本棚はない、のにどこへ。
着地するは――ドアノブだ。
しっかりと閉じられていた扉のドアノブに全体重を乗せて、扉を開かんとすれば。解錠音。
「待て止めろぉぉぉお!」
勢いでほんの少し開く扉。密室だった筈の一室は、今――
外への扉が開かれた。
駄目だ、解放空間では奴の俊敏性に一人では追いつけない。この手に奴を掴めない。
パワウソを、そしてパンツも。
「逃……」
だが諦めてたまるか。虫取り網を片手にギルオスは進む。
こんな――こんな悲しい(パンツとの)別れなんて僕は認めない! 絶対に諦めない!
「逃がすかぁ! いたぞ皆、捕まえるんだ――ッ!!」
そしてこの出来事は――『ローレット・ノーパン事件簿』へと続くのであった――ッ!