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SS詳細

ユー・アー・ザ・チャンピオン

登場人物一覧

ガイウス・ガジェルド(p3n000047)
スーパーチャンプ
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳

●無謀なる勇猛
 鉄帝国の厳しい冬の寒さも幾分か緩んできた。
 この数日は吹雪く事も無くやや乾燥してきた空気を切り裂いて威風堂々と歩く者がいる。
 鉄帝国大闘技場『ラド・バウ』。混沌全世界的にも最も有名と呼んで構わないバトル・アリーナは、武技に魅入られ、武技にのめり込み、武技を極めんとする人間の多くにとってやはり特別な場所だった。
 ラド・バウは今まで多くの綺羅星の如き戦士達を育て上げてきた。時代時代を代表するスターを作り、その逆に志半ばで力尽きる無念の勇者をも生み出してきた。『歴代最強(オールタイムベスト)』の陳腐な議論は当然ながらそこに尽きず――尽きなかった筈なのだが、この所は随分様変わりをしてしまったと言える。
「ハハッ、やっぱりアンタが一番かと思ってな!」
「……」
「我が身のサガと言うか、止められないと言うかな。
 つくづく、かえすがえすも――今も変わらず俺はボクサーなのさ!」
『鉄帝国で最も貴重な議論を終了させてしまった』と専ら評判の男を、ガイウス・ガジェルド (p3n000047)という。伝統深きラド・バウのリーグシステムをその圧倒的な実力、リング禍の頻発により根本から変えてしまったとされる彼は、デビューより長らくの間、唯の一度も土をつけられる事無く――彼の為に新設された――『スーパーチャンピオン』の座に君臨し続けている。
「寝ても覚めても気にかかる。
 話を聞いても調べても、実際にこの目で見ても――
 アンタの『最強』は揺らがない。アンタが何故チャンピオンであり続けるかを疑う余地さえ生まれない。
 そうしたら、もう。実際にその拳を味わいたい。この拳を試したいと思うのは当然以上の必然だろう!?」
 ガイウスは厳めしい顔に張り付けた表情を殆ど動かす事は無く、己が目の前に立つ饒舌な男を見据えていた。
 男の名は言わずと知れた郷田 貴道 (p3p000401)。スーパーヘビー級の体格を誇る二人の拳士は人通りさえない夜のスチールグラードの通りでこうして顔を突き合わせている。ガイウスのルーチーンを把握した貴道が彼を待ち伏せる格好でこの時間は訪れた。
「だから尾けた――か。剣呑で、それから胡乱だな」
「分かってるさ。だから、何。ただの押し売りさ——喧嘩のな!」
 表情を殆ど変えず――故に心の内を読む事が難しいガイウスの一方で、獰猛に笑った貴道の方は至極分かり易かった。隆々と漲る全身の筋肉は、躍動の時を求めている。理性に勝る獣性は彼が天性の戦士(ボクサー)である事の証明だった。知性ある巨獣はその瞳を爛々と輝かせ、目の前の最大標的(ガイウス)の首が縦に落ちる瞬間を待っていた。生粋の鉄帝国人である彼がこの誘いを否定するとは思ってはおらず――
「――断る」
 ――故に響いたその重い声色を貴道は全く想定していなかった。
「ゴウダタカミチ。
 この場で俺がお前と戦う意味を見出せん。未熟な猪を一匹狩った所で何になる。
 俺はプロファイターであり、趣味で山に入るハンターではない」

 ――ゴウダタカミチ。

 その一言が一先ず『名を覚えて貰っていた』という証明にはなる。
 特異運命座標(イレギュラーズ)の一人として実力を知られた貴道は僅かな期間でラド・バウのランキング戦を駆け上がりつつある次世代のスターの一角である。ガイウスが何処でそれを知ったのか、気に留めていたのかは分からなかったが、ぺろりと舌をなめずった貴道にとってもそれ自体は『悪くない』。
 問題は――
「未熟な猪? ハンターではない? 言ってくれるな!
 アンタは確かにチャンピオン。だが、そんな台詞は俺の拳(パンチ)を味わってから言って貰うぜ!」
 ――ガイウスが口にした確かな『侮り』の方であった。
 貴道は昔も――力の大半を混沌法則によって押し込められた――今も生粋のボクサーである。
 若くして栄光のヘビー級のチャンピオンベルトを狙えると嘱望された『ボクサー』。貴道という男は、我々の一般に知るボクサーとは全く一線を画す――世界の最大武力をボクサーと呼ぶ修羅の世界において常に最強を目指し、ストイックに己という己を練り上げてきた『努力する天才』である。
 つまり、ガイウスの言葉は圧倒的に気に入らない。
 元よりその心算だったが、そうまで言われてはやれる事等一つだけだった。
「言っただろ! 元から押し売りなんだ。テメェには意地でも付き合って貰うぜ――!」
 言葉と共に魂のゴングは打ち鳴らされた。
 貴道の巨体が一瞬だけ僅かに沈み込む。驚異的と呼ぶべき体のバネが、爆弾のような膂力が炸裂し、膨張した足の筋肉が黒いアスファルトにひびを入れた。BOXERS PRIDE(ギフト)は肉弾を全ての凶器の威力さえ内包する本物の武器に変えるもの、即ちそれは殺式ボクシングとも呼ぶべき彼の真骨頂である!
(一撃でも、一矢でも叩きつける――!)
 貴道はガイウスの強靭さを知っていた。
 現時点において勝ち目等あろう筈も無い事も。
 だが、彼は彼のプライドにかけて――その一撃を打ち込む意味がある!
「うおおおおおおおおおおおお――!」
 絶叫と共に重く繰り出された拳が、余人には受け止め難い一撃が重く鋭い音を立てた。
「……っ、が……ッ……!?」
 攻防が交錯する刹那、貴道のそれに合わせるように突き出されたガイウスの鉄拳は彼の自慢の『商売道具』を完膚なきまでに砕いていた。

●チャンピオン
「お前の幾つか教えておく事がある。或いは訂正と言ってもいい」
 拳を押さえ、片膝を突いた貴道に抑揚の無い調子でガイウスは言う。
「まず第一に、俺はお前を『未熟な猪』と呼んだが、それはその腕を称しての事ではない」
「……っ……!?」
 血走った眼でガイウスを睥睨する貴道は「ならばどういう意味だ?」と言外に問うた。
 片拳が砕けた位で諦めるような男ではない。右が駄目なら次は左だ、と考える彼の戦意は喪失しない。
「俺がお前をそう呼んだ理由は、その視野の狭さからだ。
 まず、今夜お前は俺を尾行した。だが、もし――俺がお前の挑戦を受けた時、周りに他の人間が居たらどうなった? 不測の事態が起きないとも限らない。死人が出ないとも限らない。こうして命を賭して挑戦に到るお前の誇りに傷をつけるかも知れない。その猪突を俺は戦士の振る舞いと捉えない」
「――――」
 貴道はこれには幾らか絶句した。
 言われてみれば確かに――不自然と言えば不自然な状況だ。
 余り多くを語らない男だが、ガイウスは言外にこう告げている。
『無配慮なお前の為に俺がこの場――二人きりを設えた』と。
「第二に、お前はボクサーだという。
 俺がお前の言うボクサーを正確に理解しているかは知れないが……
 ボクサーとは我々闘士と同じように厳密な階級やランキングに支配されていると聞くが間違いないか?」
「……ああ。俺はそのチャンピオンに挑戦する身だった」
 今と同じく。それは叶わなくなった事だけれど――
「お前の世界では、八回戦ボーイが世界チャンピオンに挑む事が許されるのか?」
「――――」
 二度目の絶句は先程よりは『深かった』。
 焦っていなかったといえば嘘になる。
 やがて叶う筈だった『世界戦』を永遠に取り上げられた時、貴道は落胆を禁じ得なかった。
 突然に呼びつけられたこの世界で、ガイウス・ガジェルドを見た時、歓喜したのは――

 ――無意識の内、『代替』を見つけたからに他ならなかったのかも知れない。

「『ボクシング』でなくても、チャンピオンには敬意を払うべきものだ。
 そして同時にチャンピオンとは誇り高く、相応の品格を持つべきものだ。
 少なくとも俺はそう思っているし、戦士にはそれを求めている。
 故にお前の拳が如何に強くとも、今のお前は『未熟な猪』に過ぎん。
 俺はハンターではないから、お前を仕留める心算にもならんのだ」
 郷田貴道は将来を嘱望されたホープであり、元の世界において殆ど挫折を知らなかった。
 彼は圧倒的に強かったが、彼は強すぎたから、若すぎたから――『チャンピオン』を知らなかった。
 無骨なるガイウスが貴道の内面を見透かしている可能性等殆どあるまい。彼は彼一流の流儀に従って己が持論を唱えているだけだ。だが、こうして立ち会ってみれば苦笑した貴道はある種「成る程」と納得せざるを得なかった。
「……確かに、少し先走ったな。一応、詫びておくぜ。
 この拳は――勉強代としてとっておく」
「治療が容易なように『上手く』砕いた。お前ならそう時間もかからず回復するだろう」
「……………結構、ムカつくぜ」
 この上手加減までしていた――そんな事を考える余裕があったとまで言われれば貴道の反骨がいよいよ燃える。
 だが、犬歯を剥き出した彼はやや血腥い息を大きく吐き出す事でこの瞬間だけは『自重』した。
 それは貴道が『未熟な猪』を辞め、次に到る一歩だったかも知れない。
「……良く、鍛えろ。満員のアリーナで、俺を本気にさせるその日まで」
 歩き出したガイウスは振り返る事は無く、唯その言葉は重く、重く――響いていた。

  • ユー・アー・ザ・チャンピオン完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2020年03月15日
  • ・郷田 貴道(p3p000401
    ・ガイウス・ガジェルド(p3n000047

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