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悪いゴブリンやっつけろ!
登場人物一覧
キ・キ・キ。悪いゴブリンやっつけヨウ。ポカリとやって、おしまいダー。
草木が鬱蒼と生茂る森の中、ミミ・ザ・キャッスルガード(p3p000867)の静かな呟きに近い歌声が聞こえる。奔放な歌声はなんとこの場にそぐわぬことだろう。まだ目的地まで距離があるのが幸いか。
そんなミミに負けず劣らず自由奔放に育った植物たちは複雑に折り重なり、日光を遮って森の中は薄暗い。オマケに、突き出た枝や飛び出した根が足に、腕に、頭に、すがる様に引っ掛かる。時には身体を小さく縮めて、幹と幹との隙間をなんとか潜り抜ける様な道中。
中野 麻衣(p3p007753)はミミの歌に耳を傾けながら、立派な青い鎧にまとわりつく枝を引き離す。スカート状に拡がった装甲は可動域を確保しつつもしっかりと脚部を守り、見栄えもいい。しかし、今はただただ持て余すばかりだ。
麻衣とミミ。二人を取り巻くのは、人の手が入った痕跡などどこにも無い無秩序な自然の風景。
「あとどのぐらいっすかね?」
「情報によれば、もうチョット歩くヨ。キ・キ。チョットチョット、あとチョット」
額に浮かんだ汗を拭いながら、少し先を歩くミミへ問いかける麻衣。麻衣と比べてすこし小柄な体のお陰か、ミミの動作は軽い。
鬱蒼と葉を茂らせた木々のせいで空からの偵察も難しい。手探りというほどでは無いが、ハッキリと先が見えない道のりはどうしてもくたびれるものだ。
「この依頼が終わったら、ローレットでジュースでもキューっとやりたいっすね」
ふう、と何度目かの息を吐く麻衣。それにミミも「キ・キ・キ」と鳴いて同意する。
目的地まであと少し。
この時二人はまだ、少し先の未来で『あんなこと』になるなど夢にも思っていなかった。
●
さて、先ずは状況を確認しよう。
『それ』は簡単な依頼の筈だった。村の近くの森からゴブリンが現れて、牙なき民が脅威に晒されている。そんな、よくある内容の依頼だ。似たような内容の依頼がローレットに持ち込まれたのも一度や二度ではないだろう。
そんな依頼書を麻衣とミミは手に取り、少数、かつ慣れない者でも対処可能との情報から二人で受けることにした。そういうことだ。
ゴブリンは数多の世界で戦闘能力さえ有れば対処にさほど苦労しない程度の生き物として定義されている。それは混沌でも同じで、この依頼のゴブリンもその程度の脅威度であるとされていた。
しかし、往々にしてイレギュラーな出来事は起きる。そして、一瞬の判断と運が絡むことで物事の結末は大きく変わってくるものだ……。
●
はじめは順調そのものだった。洞窟の中、まばらに現れるゴブリンをそつなく倒し、遺体を数えて依頼書の情報と照らし合わせる。
徐々に自信を付けてゆけば、ぎこちなかった二人の動作に余裕が見られるようになった。そして持ち込んだランプで照らしながら、入り組んだ通路を奥へ、また奥へ進んでゆく。
しかし……。
「危ないっす!」
「キ!」
横道から飛び出してきたゴブリンの一群は見事奇襲に成功した。作戦は何も無い。飛び出して、囲んで、思い思いに武器を振るって数で押す。ただ、それだけだ。奇襲に成功しさえしなければ、多少の苦労はあっても麻衣とミミなら最終的には片付けていただろう。
ところが今回、運はゴブリンどもに味方した。
「ひゃ……!?」
ゴブリンの次なる一撃に合わせて一歩を踏み出した麻衣の足の下で、地表に重なる白骨層が乾いた音を立てて砕けて崩れた。わずか一瞬、それでも踏ん張りを失った体はがくんと傾く。大した知恵も持たないゴブリンだが、攻撃を阻む忌々しい騎士の隙は見逃さなかった。
一閃。赤い血が散る。傷は深くは無いが、壁を切り崩す切っ掛けとしては十分だった。
「キ・キ。ピンチ! カナ? カナ?」
麻衣の影から適格に鋭い一撃を当てていたミミ。しかし今は脅威にモロに晒され、必死に群がるゴブリンを振り払う。振り払っても、振り払っても、先から横からゴブリンが飛び出してくる。
慌てた麻衣が再び庇おうとするが、今は自分の身を守るのに精一杯で思うように動けない。粗末な武器が体を傷付ける。小さく、しかし醜く忌まわしい手が手足に纏わり付く。
やがて、二人は壁際にじりじりと追い込まれていった。退路はゴブリンに塞がれ、助けを求めても誰にもどこにも届かない。
やがて必ず訪れる限界がじわり、じわりと迫ってきていた。
●
何かがのしかかっている。生温い何かが下肢を這う。その後の濡れた感触。外気に触れると冷えて不快だ。
「う……ンン……」
ミミは朦朧とした意識の中、のしかかる何かを振り落とそうと身動ぎをした。しかし、仰向けの体勢のまま手足を固定されて動けない。無理に動かそうとすれば鈍い痛みが走った。
それではと、首を捻って頭を横に向けた。まぶたが開く。ぼやけた視界が次第にクリアになってゆく。
意識を取り戻して見た最初のものが麻衣の顔であったのは、不運なミミにとってささやかな幸運であっただろう。
目を閉じ、規則的な寝息を立てるよく知る顔。夢でも見ているのか、時折ぴくりぴくりとまぶたが動く。泥で頬が汚れているが、目立つ傷は見当たらない。
ひとまず、仲間の無事を確認してほっと息を吐く。
無事。
無事なものか。無事な筈がない。
最後に見た光景。最後に残った数匹のゴブリンに壁際にまで追い詰められて。
あと少し、あと少しだったのだ。けれど疲労で鈍った刃ではあと少しが足りなくて。
「ギギャギャッ!」
濁った不快な鳴き声が耳元で響く。よそ見をするな、こっちを見ろとでも言っているのだろうか。艶やかな黒い髪を乱暴に引かれ、ミミは現実に引き戻された。
「ウウゥ……!」
上を向けば、見たくもない醜く崩れた顔。尖った耳に、不自然に大きな鼻、いやにギラついた目。怒り顔。笑い顔。どちらともつかないしかめ面。ミミはそのひとつひとつに唸り声と共に歯を剥き出して応えた。
ゴブリンどもはそれを意味のない抵抗だと嘲り笑う。
髪の毛を掴んでいた一匹のゴブリンが更に強く力を込める。力任せに頭を胴体側に起こされ、首の筋がぴきりと痛む。だが、目の前に広がる光景はそんな痛みも忘れる程に衝撃的で、屈辱的なものだった。
たくし上げられた衣服から伸びる、変化させた白い脚には綱が結えられガッチリと固定されている。それだけならいい。屈辱的ではあるが、まだよかった。
白い肌は濡れて、ぬるりとした質感を帯びている。特に内腿は執拗に濡らされたのか、灯りを反射しててらてらと光っている。
硬直するミミの目の前で、ずるり、とゴブリンの口から長く肉厚な舌が見せつけるかのようにまろび出た。その先端に留まっていた唾液の滴が、糸を引いて、ミミの内腿に、どろりと。
「ウッ! ウウゥゥ……ッ!!」
悲鳴は口を覆った手で押し殺された。必死に動かす手足には綱が強く食い込んで。イヤ。臭い。変な味がする。鉄臭くて、しょっぱくて、生臭くて、苦くて。牙を立て肉を噛みちぎってやろうとしても、生理的な拒絶感で力を入れられない。
ああ、目覚めた時に感じたあの不快な感触。あれはこういう事だったのだ。仲間を殺し、生き残りにも手傷を負わせた自分たちを辱める為に、罰を与えるその瞬間を見せつける為の『下拵え』。
麻衣の眠りは深かった。待ち受ける未来を受け入れまいと意識を閉ざしているのか。或いはただ単純に図太いだけなのか。
「グギギギガ……」
やがて、痺れを切らしたゴブリンの一匹がゆるく開いた麻衣の口に短い指をまとめて四本突っ込んだ。無遠慮に粘膜を刺激し、反射で分泌される唾液を掻き混ぜる。
「んぶ、ん、んんんん!?」
こもった悲鳴が上がる。敏感な口腔内を刺激され、とうとう麻衣は目覚める他無くなった。
混乱と、息苦しさの中、酸素を求めて口を開けばより深く潜り込む。歯を食いしばればこじ開けられ、舌で押し戻せば引き出され、最奥のより敏感な粘膜を狙って突かれる。
何度も、何度も、唾液に塗れた指は抽送運動を繰り返す。
「うぇ、あ……おっ……ごぼっ」
嘔吐反射で狭い喉奥が開き、そこに溢れた自らの唾液が流れ込む。えずき、咳き込み、身体をくねらせるが、狩りで捕らえた手負いの獣を嬲るような執拗な責め苦は終わらない。苦痛への恐怖に負けて力尽き、抵抗する気力も失せるまで。
数分後、麻衣はぐったりと地面に身体を預けて身体を小刻みに振るわせていた。酸欠で視界がぼやけ、身体は痺れて力が入らない。ゴブリンが鎧を破壊し脱がせようと武器を振るっているのは分かっていたが、今の麻衣にはどうしようも無かったし、する気も無かった。既に散々攻撃を受けて防具として頼りない代物だが、単純に『行為』の邪魔になるのだろ。
がちん。留め具が弾ける。ぶちり。ベルトが引きちぎられる。がしゃん。ああ、とうとう装甲が投げ捨てられた。
「せめて……」
散々責め立てられた恐怖のせいか、或いは、胸の奥で暴れる心臓のせいか。絞り出した声はか細く震えていた。
ゴブリンは構わず鎧の下の肌着に手をかける。布を引き裂かれ露になってゆく年齢の割に大きく育ったそこはゴブリンの目を大いに楽しませた。
「せめて、やさしく」
ああ、ここは「くっ殺せ」と言った方が良かったっすね。
頭の片隅で妙に冷静に考えながら、麻衣は醜い顔を見上げた。
「ゲヒャヒャヒャ」
ゴブリンが笑う。唾液塗れの小さな手のひらが、谷間にべちょりと叩きつけられた。
●
夕闇の中、麻衣とミミが消えた洞窟の入り口を人影が静かに覗き込む。
重い足音と、金属が擦れる音はその人物が防御を固めた戦士であることを示していた。
救出まで、あと20分。