PandoraPartyProject

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君は君のはずなのに

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
ランドウェラ=ロード=ロウスの関係者
→ イラスト
タイム(p3p007854)
女の子は強いから

 其れは何でもない、晴れ渡った日の事。
 タイムとランドウェラは街に出掛けていた。

「公園にね、旅人から伝わったお菓子を売ってる店があって」
「へえ、そうなの? どんなお菓子かしら。ウェラさんは知ってる?」
「ううん、知らないよ。でも知らないからこそ楽しみだって思わない?」
「其れは判るわ! こう、どんなものだろうってワクワクする時間が楽しいのよね」

 そう笑うタイム。
 楽しみだなあ、とわくわくしながらランドウェラが確認するために周囲を見回すと、ふと洋菓子店を見付けた。
 春だからか、蜂蜜をメインにしたクッキーを売っているようだ。

 ――あれをタイムちゃんに渡したら、タイムちゃんは驚くかな?

 むくむく湧きだした、ランドウェラの好奇心。
 其れはあっという間に止められない程になって、ランドウェラの脚を動かした。

「タイムちゃん! ちょっと待っててね! あっこれ金平糖、あげる! 全部食べてもいいから待っててね!」

 そう言って駆け出すランドウェラのペースに呑まれ、ぽかんとタイムは彼の背を見守る。
 タイムがランドウェラに対して抱いている印象は『飄々としているようで幼い』。其の通り、彼は子どもみたいに走って行ってしまった。はて、何だろう? 先に旅人のお菓子を買ってしまう事はないだろうから、他に何か興味を引くものを見付けたのだろうか。

 そうしてサプライズの予感にそわそわとしていたタイムの傍を、『ランドウェラが通りがかった』。

「――え?」

 タイムは一瞬、待っているが故の見間違いだと思った。
 けれど違う。ゆったりと歩いている其の人は、服装こそ違うけれど確かにランドウェラと同じ顔をしていたのだ。

「……ウェラさん?」

 恐る恐る、タイムは声をかける。すると視線の先の『ランドウェラ』はそちらに気付いて、軽く会釈をした。

「こんにちは」
「あ……こんにちは。あの、ウェラさん? もうお目当てのものは買ったの?」
「……? お目当てのものは、まだ見に行く途中ですが」
「え? じゃあ今待っててって言ったのは」
「? 私と貴方は出会ったばかりですが」

 会話が噛み合わない。
 それどころか、よく見れば纏っている雰囲気も違う。明らかにランドウェラではないのに、同じ顔をしている。
 彼は双子の話などしただろうか、とタイムが思案していると――

「……タイムちゃん?」

 ランドウェラが、クッキーの袋を手に立っていた。ますますタイムは混乱する。まって、どうなってるの? どうしてウェラさんが二人いるの?
 ランドウェラの視線が、もう一人の『ランドウェラ』へと動く。そうして、何か言おうとするその前に『ランドウェラ』が言った。

「こんにちは」

 ――或いは、其の穏やかさがカンに障ったのかもしれない。
 或いは、積み重なった複雑な感情がランドウェラをそうさせたのか。
 気付けばランドウェラは一気に距離を詰め、拳を突きだしていた。判っていたかのように、『ランドウェラ』は其の拳を片手で受け流す。

「――おやおや。行き成り襲い掛かるのは感心しませんね」
「誰の所為だと思って……!!」
「ちょ、ちょっと!? ウェラさん、どうしたの!?」
「此処にはレディもいる。口ぶりからするに貴方の友人のようではないですか。友人が出来たのですね、嬉しいですよ」
「おかげさまでね! 『パパ』!」

 受け流されて数歩よろめくランドウェラ。『ランドウェラ』は反撃しようとはせず、其れに苛々したようにランドウェラが足払いを繰り出す。

「そんな杜撰な攻撃では、私に届きませんよ」

 ひょいと飛んで回避した『ランドウェラ』は、其の足を自分の脚で止め、絡め取るように蹴り上げる。
 ランドウェラは予想外の脚の動きに背中を打ち、……しかしこれまでのイレギュラーズとしての経験がそうさせたのだろう、素早く受け身を取って立ち上がった。
 ランドウェラの瞳には、敵意が揺れている。だが其れ以上に――酷く憔悴している。其れは誰の目にも明らかだった。
 何故。何故。何故。
 疑問符が沢山タイムの頭に浮かぶけれど、兎に角此処で乱闘を起こす訳にはいかない。ランドウェラを落ち着かせなければと声をかける。

「ウェラさん!」
「……なんだよ」

 聞いたことのないような低い声。ぎらりと睨まれて、思わずタイムは身を竦ませた。ランドウェラも其れに気付いたようで、はっと顔を上げると……何か言葉を探して、でも見付からなくて、まるで癇癪を起した子どものように――其の場から走り去っていった。

「……ウェラさん……」
「すみません、レディ。どうやら私を見て混乱してしまったようですね」
「――貴方は、……『誰』なんですか?」

 沢山浮かぶハテナの中で、タイムが選び取ったのは其の質問だった。まずはこの人が誰なのか知らなきゃいけない。
 ランドウェラによく似た其の人は、けれどランドウェラとは少し違う穏やかな笑みを浮かべて言った。

「私は灼那欺。ランドウェラの“元”に当たる者です」



「クローン技術、という言葉を聞いたことはありますか?」

 灼那欺はそう話を切り出した。
 公園のベンチにタイムと灼那欺は座っている。タイムは隣に座る人を見上げ、軽くなら、と答えた。旅人からの知識で聞いたことがある程度だけれど、知っている。

「“同じ人”を作る技術の事ですよね?」
「そうです。そして、ランドウェラは私のクローン……言い方は悪いですが複製に当たります。まあ言ってみれば親子のようなものです。ランドウェラも“パパ”と私を呼んだでしょう?」
「――嫌味たっぷりな言い方だったけど」
「仕方ありません、ランドウェラはまだ私を受け入れ切れてないようですから。……複製とはいえ、私はランドウェラには、“ランドウェラ”という個になって欲しいと願っています。例えば私と貴方は初対面ですが、ランドウェラと貴方は友人だ、そうでしょう?」

 確かめられて、勿論、とタイムは頷いた。
 タイムにとってランドウェラは、大切な友人だ。

「そういう“私とは違う所”を沢山増やして、――そうですね。『顔が同じだけの別人』になってほしいというのが私の願いなんですが……ランドウェラも、私がこの混沌に来ている事は知らなかったのでしょう。混乱させてしまいました」
「――あの、灼那欺さん」
「はい」

 タイムは真っ直ぐに灼那欺を見ていた。其れはつまり、灼那欺とランドウェラの問題に真っ直ぐ向き合っているという事でもある。

 ――素敵な友人を持ちましたね

 と灼那欺は思うけれど、其の楽しい時間を壊してしまったのはほかならぬ自分。何をしてやればいいのか、この『父親』もやや途方に暮れていた。

「最初はウェラさんと勘違いしてごめんなさい。まず謝りますね」
「良いんです。同じ顔の人間が現れたら、普通は同じ人間だと思うでしょうから」
「――其れで、私、聞きながら考えたんですけど……やっぱりこのままじゃいけないと思います」
「え?」
「ウェラさんも突然で吃驚しただけだと思うし、……灼那欺さんがウェラさんを大切に思ってるの、話してるのを聞きながら思ったんです! なら、此処で喧嘩別れなんかしちゃいけない!」

 さあ、とタイムは立ち上がる。
 そうして灼那欺に手を伸ばし、行きましょう! と力強く言った。

「ウェラさんを捜して、改めて再会しましょう! 私も協力しますから!」



 どれだけ走ったのか。
 どの道を走ったのか。
 ランドウェラは覚えていない。

 辿り着いたのは小高い丘。
 ランドウェラは上がった息を押さえ、片手に握ったままのクッキーを見た。
 強く握っていたからだろう。ぐしゃぐしゃに砕けてしまったクッキーは、まるでこれからのランドウェラの日常を表すかのように思えた。

 どうしてあいつが此処にいるんだ。
 やっと僕は僕として生きていけるかもしれないと思ったのに。

 ――今日だって、タイムちゃんにサプライズして、お菓子を買って。

 ……。
 タイムちゃんに、酷い顔見せちゃったな。
 なんて謝ろう。……謝れるのかな。

 これからどうしよう。
 タイムちゃんに謝れたとして、其れから……其れから?

 ランドウェラは散らかった思考をとりまとめも出来ないまま、其処に立ち尽くしていた。

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