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剣聖とハンター
登場人物一覧
どこにでもありそうな、小さな森。
そこを翠色の雷撃が駆け抜ける。
雷撃を浴びた魔物が悲鳴を上げ、少し間合いを開けた。
既に複数の魔物が大地に伏していた。
息を吸う。
落ち着けようとしても、身体が上手く動かない。
「お、お兄ちゃん……」
声が震えている。
声を上げたのは幼い子供だった。
まだ10代にも満たないだろうか。
「大丈夫だ……大丈夫。
なに、この程度なら――いける」
バルドは剣を抜きなおした。
もう、右腕は動けなくなっていた。
力を籠めて、魔力を帯びた剣を振るう。
「きゃああ」
少女の悲鳴を聞きつけて、瞬時に剣を振るう。
同時、少女を抱き上げ、近くにいた幼い子供の近くに降ろした。
振り返って、魔物を見据えた。
――――――
――――
――
―
鐘の音が鳴った。
スズは最後になる黙とうを終えて一息をついて、教会の中に戻っていた。
ふと目にとめたのは、一人の男だ。
目を閉じて端にいるその男にはすでに四肢がなく、明らかな機械的なそれになっている。
もちろん、鉄騎種が比較的多いとされる鉄帝国ではさほど不思議なことではない。
だが――それでも彼のそれは普通のそれと一緒ではないのは見て取れる。
「あんた本当に毎日来るね、暇なのかい?」
スズはあっためておいたホットミルクを片手に男へと近づいた。
男はゆっくりと目を開き、ひどくゆっくりとした動作でこちらを見上げる。
その後、男はスズを見た。
「シスターがそんな事言っていいのか……」
「そりゃあねぇ……でも」
一口だけ、ホットミルクを喉に流すと、じっと男を見る。
「いっつも暗い顔でぼんやりしてるから気になっちゃうじゃないか。
私はスズ、あんたは?」
「バルド、バルド=レームだ」
「こりゃ驚いた、閃電サマじゃあないかい!」
やや大げさ気味にさえ思える驚きの仕草を見せる。
「閃電……か」
小さな溜息と共に男が項垂れた。
「あんたのことはよく聞くよ。
でも、そんなすごい人がなんでこんなとこに?」
黙したままのバルドの様子を見て、スズは一口飲んで。
「悪いね。言いづらいなら言わなくていいんだ」
「いや……俺もすまない」
ぼんやりと像を見上げるバルドの隣、スズはぎりぎりまでその場に座っていた。
翌日、スズは朝の黙祷の後、そっとバルドの元に近づいていた。
「やぁ、今日も来たね」
「あんたか……」
「何があったのかとかもう聞かないさ。
でもあたしもシスターだからね。
悩んでる人をほっておくわけにもいかないのさ」
「そうかい……」
像を見上げて呟いたバルドを横に、スズは今日もその場に座っていた。
それから数日。毎日のようにぼんやりと像を見上げるバルドの隣で、スズもまたゆっくりしていた。
しかし、この日はほんの少しばかり違っていた。
「なぁ、あんた、明日も来る予定はあるかい?」
「……まぁ、そうだな」
「じゃあ、あたしにちょっと付き合わないかい?
明日は休みでね。行きたいところがあるんだよ」
「俺が行っていいのか?」
「もちろん! というよりも、あんたに来てほしいんだよ」
自信満々にそう言ったスズに対して、バルドは少しばかり目を見開いた後、頷いた。
「分かったよ。じゃあ、一緒に行かせてもらおう」
「そりゃあ、良かった。じゃあ、楽しみにしてるよ」
それだけ言うと、スズはその場から立ち去って行った。
その足取りは少しだけ普段よりも軽やかであった。
「おい、これはどういうことだ?」
翌日、スズに着いてきたバルドは数人の子供たちに囲まれていた。
「何って、子供達だよ」
「いや、それは見てわかるが」
「あんた、いっつも呆然と像を見続けてたからね。
気が滅入るだろうと思ってさ」
「それで、何故孤児院なんだ?」
「子供と遊ぶっていうのはストレス解消にはいいってことさ」
「そうか……そうだな」
そういうと、少しだけバルドが微笑みを浮かべる。
「ねえねえ、お兄ちゃん! その腕と足、格好いい!」
一人の少年がそう言ってバルドの腕をぐいぐいと引っ張る。
「あ、ああ。わかった……それじゃあ、行こうか」
引っ張られるようにしてバルドは少年たちに連れられて行く。
スズはそれを見ながら満足そうに頷くと少女たちと一緒に食事作りを始める。
結局、バルドはその日、一日中ずっと子供たちの遊び相手になっていた。
「で? どうだった?」
「さすがに疲れたな……」
そういうバルドの瞳は初めてスズが出会った時よりも明るかった。
「そりゃあ良かった。その顔なら、あたしも連れて来たかいがあるってもんだ」
スズはさっぱりとした表情で楽し気に笑った。
それからもまた、幾らかの時間が経っていた。
少しばかりの穏やかな教会の朝。
バルドはまた、教会に訪れていた。今日はスズの休日でもある。
「なぁ、スズ……」
「おや、あたしの名前を呼んでくれるなんて……
今日まで名前なんて呼んでくれなかったじゃないか」
「……そうだったか? あぁ、でも、そんな気もするな。すまないな」
「いいさ、別にそんなことは気にしないさ。
それよりも、なんたって今日になって呼んでくれたんだい?」
「あぁ……いや、その……少しだけ、行ってみたいところがある。
一緒に行ってみないか?」
「おや、なんだか聞いたことのある言い方だね」
楽しげに笑うスズにつられるように、バルドもまた微笑む。
2人は少しだけ笑いあうと、そのまま手を取り合って、その場所を後にした。
落ち着いた雰囲気の店内に、大人っぽい穏やかな音色が響く。
「どこに連れてくるかと思えば……なんだいここ」
「いや、デートに誘うにはかなり特殊な場所だと思ってるが……
スズならここの方がいいかと思ってな」
ディナーの飲食店らしき場所。
そこに並ぶメニューの数々はどれを取っても控えめに言って普通とはいいがたい。
「本当なら、自分で捕まえに行ってもいいんだが……せっかくならと思ってな」
「ははっ、そうかい。それなら楽しませてもらうとしようか。
せっかくのお誘いのことだしね」
メニューを頼み、少し。
「……結構美味しそうじゃないか」
ハンバーグにシチュー、パンと見た目は普通な物ばかりだ。
独特の風味が特徴的ではあるが、その味は素晴らしいの一言であった。
メニューを食べ終えた後、最後に残ったデザートも終えると、少しばかり一息ついた。
「……なぁ、少しだけ、いいか」
バルドがその言葉を口に出したとき、どことなく緊張がこぼれていた。
「なんだい、そんなに緊張して」
「あ、ああ……」
ひとつ呼吸。不思議とその呼吸が自分でも聞こえるように思えた。
心臓の音はバクバクと鳴り響き、相手にも聞こえてしまうのではないかと思うほど。
「……その、俺と付き合ってほしい」
その言葉をつむいだ後、スズの言葉は一瞬なかった。
「……あたしとかい?」
「ああ、そうだ」
「……そうだね。うん、いいよ。そうしようか」
スズは静かに微笑みを浮かべ、手に持っていたグラスをバルドに向ける。
カチャっと綺麗な音が鳴った。
――――――――
――――――
――――
――
数年後。
スズは久しぶりに教会に訪れていた。
隣には姿が出会った頃から様変わりした男が一人。
「お久しぶりです。スズ様。もう歩いて大丈夫なのですか?」
教会の外にいた修道女がスズの姿を確かめ近づくとそう問いかけてくる。
その視線はスズの腹部当たり。そこはふっくらと膨れ上がっていた。
「もちろんだよ。もう安定期だからね」
穏やかに、そろそろと腹部を触りながら、笑う。
「そういえば、閃電様……ですよね?」
そう言って修道女は隣にいる男……を見た。
「あぁ……もう元だが」
そう言って丸々とした姿の何かが言う。
「そうそう、今日はあんたらに報告することがあってね」
「報告?」
「ああ……俺とスズの子供の名前だ」
そう言って笑うただのバルドに、スズはぱんぱんと背中? 辺りを叩いて見せた。
それから少しだけ時間を経て、教会の聖堂に人が集まってきていた。
「それで、お二人の子供の名前は?」
「あぁ……」
「ヨハン……ヨハン=レーム。それが、あたしの中にいる大切な子供だよ」
そっとお腹に手を触れて、ほほえみを浮かべる。
それに続けるように、バルドがスズの手に自らの手を添える様にして置いた。
少しのざわつきの後、歓喜の声を上げる。
――――――――
――――――
――――
――
ある日の朝の事。
「ああ、ありがとう……今度のは大丈夫そうか?」
バルドは訪ねてきたのに応じて扉を開くと、研究者らしき人物と言葉を交わす。
「もうこれ以上は間に合わん。純粋に時間がない」
「そうか……それなら仕方ないか。手間をかけさせた」
「あぁ……」
研究者が立ち去るのを見てから、バルドは扉を閉めてリビングへと踵を返す。
「ここ最近、ずっと何かやってたみたいだけど……なんだい、それは?」
スズはもふもふな夫の後ろから顔をひょっこりと出す。
それに対してバルドはちらりとスズの方に向く。
「あぁ……腕と足だよ」
「義足と義手……あんたもしかして」
「たまには軍人らしい事もするのさ。スズは住民の避難を頼む」
「……はぁ、分かったよ。
この修道院なら多少は前線から離れててるから、ひとまずは安心だろうしさ」
「助かる」
「けど、あんた……その前に、やることがあるよ」
「やること? 前線には長らく出てなかったが、リハビリに問題は――」
「いや、そっちじゃなくて……」
首を振ると、スズはそっと練達製のある道具を取り出した。
「そ、それは……!」
「ほらほら、暴れるんじゃないよ!
そのモジャモジャ姿であの子に会ったり
鉄帝の剣聖の復帰戦を飾る気かい?」
「わ、分かった。分かったからやめろ! やめてくれ!
自分でやるから――ッ」
暴れながらくるりと動こうとしたバルドの尻尾をスズが握りしめる。
「ふにゃあああ!!」
触れられた尻尾に雄叫びを挙げながら少しばかり野太いエッチな声を張り上げた。
「やめるにゃぁあああ」
悶える剣聖の声がご近所へと響き渡った。
「はぁ、はぁ……」
体毛という体毛の過半数を剃り取られていた。
その両手は新型のソレに付け替えられている。
「それでどう?」
「ああ……いい感じだと思う」
「それなら良かった。……ねえ」
「なんだ?」
崩れ落ちるような姿から立ち上がったのに続けるように、スズはじっとバルドの方を見る。
「あの子を、ヨハンを守ってあげてね……」
「あぁ。任せておけ」
頷いたバルドに対してスズは微笑を返す。
「それじゃあ……あれが必要だね」
スズはその場を立ち去ると、すぐにある物を持ってきた。
「……万全だな」
それはバルドの愛剣。それも、切れ味は全盛期の頃から錆び一つないほどに整備されていた。
そんな時だった。来客を告げるノックが鳴る。
「……来たか」
バルドに続く様にスズは玄関の方へと進んでいく。
外を見れば、そこには多くの人間が立っていた。
おおよその年代は20~30代のように見えた。
「行ってくる」
「ええ……あたしもすぐに行くよ」
そう言ってスズはバルドを見送って準備を始めた。
――剣聖は行く。新しい戦場へと。