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真実と“魔法の石”のからくり

登場人物一覧

鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
鵜来巣 冥夜の関係者
→ イラスト


 何が始まりだったのか、頭に血が上っている冥夜には判らなかった。
 何が始まりだったのか、そんなものは夕雅にとってはどうでも良かった。
 些細な文句だった気がする。ちょっとした難癖を夕雅が冥夜にふっかけて――段々と無茶ぶりになっていって、文句を言ったら殴られて。そんな始まりだったような気もするが、ぶつかり合う二人には、そんな事を思い出す余裕はない。
 夕雅の貫手を紙一重で交わし、足払いを掛ける冥夜。其れを予測していたかのように夕雅は跳び、そのまま冥夜の顎を強かに蹴り上げる。
 がくりと後ろに傾いた冥夜だったが、此処で倒れれば一方的に殴られるだけだ。ぐん、と自分から頭を後ろに振って、両手を支えに後転して体勢を立て直す。
 其れを見た夕雅は――其れを焼き付けるように――静かな目をしていた。



 鵜来巣という家は、其の始まりとなった者の傀儡だ。其れを夕雅が知ったのは若い頃だった。
 かつて“始祖”と称される陰陽師がいた。彼は命の炎を全て燃やして、とある輝石の採れる山を祝福した。其の山から採取される石はシャーマナイト――すなわち、鵜来巣の始まりの山である。鵜来巣の聖地と呼ばれた其の山から採取されたシャーマナイトは機械の身体と鵜来巣の姓を与えられ、陰陽師として育てられるようになった。
 此処だけ聞けば美談にも思えるだろう。しかし真相は違う。始祖の陰陽師の目的は秘宝種にある不死性にあった。
 鵜来巣昼光は老いる事を恐れ、鵜来巣という家を作った。鵜来巣の者達は陰陽師として世界平和の為に戦う事で、霊力を高め依り代としての純度を高める。
 そうしていつか、昼光が目覚めたとき、鵜来巣の秘宝種は昼光の思想に染まり、服従を強いられるのだ。

 ――夕雅とて、世界平和を望んでいないといえば嘘になる。だが其れは本当に己の思想なのだろうかと疑念を抱いてしまえば、もう己を信じる事すら出来なくなった。
 全て始祖とやらの思惑通りなのではないか。何か出来る事はないのか。ただ傀儡となる未来を安穏と受け入れられるほど、夕雅は“イイコ”ではなかったのだ。
 始祖の思想からは逃れられない。魔を払い、霊力を高め――依り代としての純度を高めながら、夕雅は何かを探すように、夜の世界へと飛び込んだ。



 スーツの裾が踊るように閃く。

「どうしました、虫の居所でも悪いのですか、叔父上」
「さぁなぁ。ジャリガキには判んねぇ大人の事情ってのがあんだわぁ」

 しゃりん、と冥夜の持つ錫杖が鈴谷かな音を立てる。
 夕雅は素早く懐から符を取り出すと、霊力を纏う其の錫杖を、己の霊力で受け流した。
 冥夜は子ども扱いされた事に僅かに目尻を細めるが、表情を崩す事はない。この戦いでは余裕のない方が負ける、其れを判っている。
 ――そして、其れを言ってしまえば……負けているのは夕雅の方だった。

 冥夜だけは始祖の思惑通りにさせたくない。
 出来るなら自分だって、始祖の傀儡になどなりたくない。
 ならば出来る事はただ一つ、強くなる事だけだ。ただ強く、強く、強くなって、始祖の思惑を超えてやるしか方法はない。

 焦っているのは夕雅の方だ。
 だが、其れを冥夜は知らない。
 錫杖の音が踊る。時折ばちん! と霊力同士が触れ合う音がする。


 ――冥夜の兄が『成人の儀』の際に鵜来巣家の秘宝種を殺し尽くした事で、幸いというべきか何というべきか、鵜来巣の秘宝種は始祖、夕雅、そして冥夜の3人のみになっていた。ずっと逃れるすべを探していた。傀儡にならずに済む方法をずっと捜して、そしてそんなものはないと思い至った時、夕雅は一つだけ、願った。

 あのジャリガキと、殴り合いてぇなぁ。
 “今の俺”の出来る全力で。



 互いに式神に頼らぬ真っ向勝負。
 黒い雷が迸り、冥夜の身体を焼く。

「(この程度)」

 慣れている。
 そうだ、いつだって冥夜はこの雷に焼かれてきた。弟子にしてくれと頭を下げた其の日から、何度も何度も焼かれ、炭になる寸前まで焼かれて転がされた。
 そうやって育ってきたのだ、鵜来巣冥夜という男は。今更この程度で音を上げていられるものかよ!

「(そうだ、それでいい)」

 夕雅も判っている。この程度で焼かれる鵜来巣冥夜ではない事を。『黒雷帝王』たる己の弟子であるこの男が、この程度で焼かれ転がるタマであっては師匠である自分の名折れである。

 こいつには可能性がある。
 こいつは特異運命座標だ。或いはそうなった事で、始祖と鵜来巣の間を繋ぐ糸に“イレギュラー”が生じている可能性がある。

 なら。
 なら、夕雅は其れに賭けてみたいのだ。
 だけれど、ベットしたいなら其れなりのものを見せて貰わねばならない。

 追い打ちに黒雷を召喚せんとした夕雅の手を、強かに何かが打ち付けた。
 其れは漆黒。

「……はは」

 思わず夕雅は笑ってしまった。冥夜は夕雅に向けて、彼から教わった“黒雷”を叩き付けていたのだ。
 よもや教わった本人に叩き付けて来るとは、……偉くなったじゃねぇかぁ、冥夜。
 びりり、と身体が痺れる。冥夜がこちらに向かってきて、拳を振りかぶる。

 ――良いかぁ、ジャリガキ

 昔、冥夜に教えた事を思い出す。

 ――術は盗みたいなら盗め。だがなぁ、最後に頼れるのは……自分の身体一つ。其れだけだぁ。

 ……。
 嘘を吐いた。
 いつ始祖に支配されるか判らぬ己の身体を、どうして頼れようか。
 渾身の冥夜の拳を顔に受けて、夕雅は……其れでも、笑っていた。
 俺は最期まで、やりたいようにやってやる。やってやった。
 そう言うかのように。



「……叔父上」

 矢張り『黒雷帝王』の雷はレベルが違う。痺れが残る身体を引きずり、冥夜は夕雅を見下ろした。

「はは……やるじゃねぇかぁ、ジャリガキ」
「――何故」

 上半身を起こして頭を振るう夕雅に、冥夜は問うていた。突然師匠が殴りかかってきたようなものだ、戸惑うのも仕方ない。

「さぁなぁ。俺にだってたまには暴れたい日もあんのさぁ」

 夕雅は懐から飴を取り出して……其れが粉々に砕けてしまっているのを見ると、ぽい、と背後に投げ捨てた。

「なぁ、冥夜ぁ」
「はい」
「昼光――って名前に覚えはあるかぁ?」

 そう問うて見上げた冥夜の瞳は、困惑に揺れていた。
 ああ、知らない目だ。そうだ、其れで良い。

「――いえ。叔父上のお知合いですか」
「知り合いかぁ。……あー……まぁ、そうかもなぁ。古い古い知り合いだなぁ」

 其の答えに、夕雅は確かに希望を見た。
 鵜来巣を縛る昼光の思惑を、必ずこいつは撃ち砕いてくれるだろう。

「なぁ、ジャリガキ」
「……」
「もし次があっても、加減はするなよぉ」

 何かを諦めてしまったような、放り投げてしまったような叔父の其の物言いに、冥夜は何か、魂の奥底が騒めくのを感じていた。

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