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グレイルとエリックと平賀の話~ナンパ注意~

登場人物一覧

グレイル・テンペスタ(p3p001964)
青混じる氷狼
グレイル・テンペスタの関係者
→ イラスト
グレイル・テンペスタの関係者
→ イラスト

「編入試験…?」
 グレイルは硬い響きの言葉に、椅子の上できゅっと拳を握った。
「それは、受けないといけないものか?」
 隣で親友のエリックが尖った声を上げる。
 ふたりは校長室にいた。正面のデスクに座る、売店のエプロン姿の校長から、試験を受けてみないかと声をかけられたのだった。エリックは最大の懸念を口に出した。
「もし、低い点を取ったら、ここを追い出されるのか?」
「そんなことはない」
 校長は首を振る。
「ここ学園ノアは生徒一人ひとりの個性を大切にした学園生活を理想に掲げている。どんな授業を受け、何を専攻とするかは、生徒によって変わってくるんだ。そのためには、まずどんな教育が必要かを知らなくてはならないね?」
 校長はおだやかに言った。
「たとえば、そう、君たちのお隣さんの平賀薫、彼は恩寵学を専攻している。ああ見えてなかなか頭の回る子でね。大学図書館へも通って論文を読み漁っているよ。ここ学園ノアは高等教育を受けようとすればいくらでも受けられるし、逆に基礎教育が足りてなければ自力を伸ばすことができる。君たちはどっちになるか、そろそろ決めなくてはならない」
 校長の深く優しい声が心地良い。とりあえず追い出されないと聞いて、エリックは矛を収めた。グレイルは思案にふけっている。校長は立ち上がり、プリントをふたりへ配った。
「編入試験は3日にわたって行われる。初日の基礎教育、二日目の体力測定および武道への適性検査、三日目は魔法技術適正の審査だ」
「……はい…」
 グレイルはちょっと顔を背け、それから上目遣いで校長を見た。
「……むずかしいテスト…かな…?」
「100点を取るためのテストではない。ただ、手を抜かれると君たちも私達も困ったことになるから、全力で取り掛かってくれると嬉しい。そして全力で、わかることとわからないことを切り分けてほしい。私達がほしい情報は、なにができないかだから、点数が低くてもまったく問題はない」
「…わかりました…」
「わかった」
 グレイルとエリックはうなずき、了承した。
「それでは今日はもう寮へおかえり。明日からの編入試験にそなえて英気を養いなさい」
 ふたりは頭を下げて校長室から出た。知らず知らず肩へ入っていた力が抜けて、グレイルは長く息を吐いた。道に書かれた矢印をたどりながら寮へ戻り、ふたりで長い間話し合った。やはりこの学園で生きていくならば、この学園の流儀に合わせねばならないだろう。そう結論づけて、ふたりは夕食をとるために部屋を出た。そこで、平賀につかまった。
「よ、昨日ぶり。元気そうで何より。そろそろ編入試験?」
 平賀はにぱっと笑いながらグレイルとエリックへ近づいてくる。敵意はない。だがグレイルは人面への恐怖から、とっさに数歩後ろへ下がった。エリックがグレイルの前へ出て平賀を威嚇する。
「あれー、どうしたの?」
「どうでもいいだろう。不用意に近づくな」
「んー、そっか。でも俺、仲良くしたいだけだから、勘違いされると悲しいなあ」
「どうだか」
「けんもほろろって感じ~。あ、それより急がないと、からあげ定食売り切れるよ?」
 平賀は明るく笑うと、学食へ向かって走っていった。
「からあげ……」
「急ぐか」
 エリックに向かい、グレイルもうなずいた。
 早足でたどりついた食堂はすでに蜂の巣をつついたような騒ぎで、自慢のからあげ定食は売り切れていた。しかたなくグレイルは八宝菜定食、エリックは麻婆豆腐定食にした。食事を口に運びながら、ふたりは明日の編入試験のことを話題にした。グレイルは座学は得意だけど実技は苦手……と話せば、エリックは勉強そのものが苦手だと返した。それから、話題は自然と平賀のことになった。
「…お隣さん…えっと…かお……平賀さん…だったっけ… …なにかと…良く話しかけてくる気がする…」
「ああ、でしゃばりなんだろうきっと」
「…でしゃばり……」
「新しいおもちゃに興味を持って手を出したくなるやつは必ずいる。オレたちはまだここへ来て日が浅いから、目立っているだけだ。日にちがたてば放っておかれるようになる」
「……そういうもの…かな…」
「きっとそうだ」
 ……そうだろうか…エリックはうつむいた。
(…平賀さんは…ただ単に…僕達と仲良くなりたいんだろうな…悪い人じゃないのは分かってる…)
 平賀の顔を思い出すたびに、グレイルの心をさっと不安の影がかすめていく。
(………分かってる…でも…まだ…ちょっと…怖いよ…)
 グレイルは視線を上げて窓から外を見た。
 学園ノアは練達の一区画をまるごと学園にしたもので、地上だけでなく地下にまで充実した施設が存在している。厚生棟と呼ばれるドーナツ状の建物が、学園を囲んでいるのが特徴だ。これは内部に居る生徒のプライバシーを守る塀のような役目をしている。厚生棟を通って学園へ入れば、授業を受けるためのそのものずばり授業棟が並んでいるのが見えるだろう。博士号まで目指せる研究棟も存在感を放っている。クラブハウスなんかもあり、この学園は生徒の福利厚生へそうとう力を入れているようだ。また、中心には巨大なホールがあり、多目的に使われている。
 たとえば。
「…発表会…」
「ん、どうした?」
 窓の上部にかけられた掲示板ディスプレイをながめているグレイルのつぶやきに、エリックが応じた。
「…近いうちに…中央ホールで演劇部が発表会をやるって…」
 グレイルの視線の先を見たエリックは、ああショーか、と返した。そう言われてみれば似たようなものかも…同じものでも呼び方が変わるものってたくさんあるよね…グレイルはそう思った。特に深い意味のないやりとりをエリックを交わしながら食事を続ける。そんな日常を、ふたりは取り戻しつつあった。

 翌日から編入試験が始まった。朝顔を合わせた平賀は、がんばれと激励してくれた。ありがた迷惑に思いつつも、ふたりはありがとうと言っておいた。エリックは道すがら、昨日の平賀への評価を変えねばなるまいと考えていた。
(……あいつ、いったい何を考えているんだ? こっちに何度も話しかけてきて、距離を取ろうとしても何度も、しつこいやつだな。グレイルも怖がってるな、やはりあの時の出来事が頭をよぎるんだろう。全く裏が無さそうなのは周りの反応からして本当なのだろうが)
 ちらりと後方の学生寮へ目をやる。
(……信用してもいいのだろうか)
 そこからふたりは、丸一日かけて基礎教科のテストと格闘した。知能試験みたい…というのがエリックの感想だった。様々な分野から横断的な問題が続き、脳みそがゆであがるまで考えさせられたものだから、ふたりは一日目にして、すっかり疲れ果てた。
「……試験って…大変なんだね…」
「そうだな」
 ふたりが階段を降りて出口へ向かうと、そこでは平賀が壁に背を預けていた。
「おつかれさーん、どうだった?」
「あまり答えたくないな、特に君には」
「そんな怖い顔しないでよーエリック、売店のスイーツタダ券があるんだ。がんばった自分にごほうびとかどう?」
 低く唸るエリックの裾を、誰かが引っ張る。隣へ顔を向けてみると、グレイルだった。
「…明日以降の傾向を…平賀さんから聞いておいたほうがいいかも…」
 それはもっともだと思ったエリックは、平賀への態度を軟化させた。売店への道を歩きながら、エリックとグレイルは編入試験について平賀へ聞いてみた。平賀は編入試験のことを適性検査と呼んだ。
「たいへんだったろ。あれはこの学園へ入るときにみんな受けるんだよ。だからおふたりさんも例外じゃないってわけ」
 売店で、エリックは板チョコを、グレイルはプリンをもらった。平賀は水飴とかいう渋いものとタダ券を交換していた。それから三人はベンチへ腰掛け、情報交換をした。平賀は親切に知っていることを全部話してくれた。時々話題が飛ぶものの、説明はわかりやすく、グレイルとエリックは不安が晴れていくのを感じた。平賀との話はしだいに脱線し、中央ホールの発表会のことになっていった。
「演劇部は外からプロを呼んで指導してもらってるらしい。豪華にやるってさ。俺の友だちがそう言ってた。よかったら見に行ってあげない?」
 グレイルが顔を伏せる。
「……その…やっぱり人間の顔をした人が多いんだよね…?」
「そうでもない。みんな自分の素の姿でやるから」
「…そうなんだ……」
 それなら行ってみようかな…グレイルの気持ちが傾いた。エリックは心配しつつも、寮へこもっているよりはいいだろうと思い直した。
 そして迎えた二日目、三日目、ふたりはがむしゃらにテストを受け続けた。グレイルは苦手だと思っていた実技でまあまあの成績が残せたことに気分が上向いた。魔法技術に高い適性があることもわかった。エリックはというと、座学は鳴かず飛ばずだったもののバーリトゥードの実技試験で高い成績を叩き出し、武道指導者からこぞって勧誘を受けた。端的にいって、ふたりは疲労困憊した。だから平賀といっしょに劇を見に行くという約束にも乗ってしまったのかもしれない。
 中央ホールは、その日たくさんの人で賑わっていた。平賀はマスクをしており、やってきたふたりに気づくと、にっこりしながら手を振った。病気を拾わないためかな…と、グレイルっはぼんやり感じた。合流して席へ座り、上演を待つ。劇の演目はみにくいアヒルの子ミュージカルバージョン。BGMは吹奏楽部による生演奏。舞台芸術へは映像研究部と魔法技術部が手掛けたというこりようだった。ここでも日常の中に学びを追求する学園ノアの姿勢を感じられる。
 劇が始まった。声のハリもよく、演技についても申し分なかった。夢のような時間を過ごすと、三人は表へ出た。そして今回の劇へかかわった多くの部活からいっせいに勧誘攻撃を仕掛けられた。おどおどするグレイルを、エリックが守り、平賀が言葉巧みに笑顔でかわしていく。そうやって出口へ向かっていくうちに、グレイルとエリックは、先を行く平賀に出遅れてしまった。人混みでどんどん距離が離れていく。あせるグレイルの肩を、誰かが掴んだ。
 ふりむくと、押しの強そうな太った人間の男が、三人ほどの取り巻きをつれている。
「生態研究部だけど、いいかな?」
 有無を言わせぬ男の声に、グレイルはびくっと震えた。
「いやー、きれな毛並みだねえ。出自はどこ? 何区? ブルーブラッドだよね? その見た目はどんな因子を継承したんだ? もしかして、染めてる?」
 無遠慮に毛皮を弄られ、取り巻きに脇を固められる。グレイルは羞恥と恐怖で声も出ない。視線で助けてと訴えたが、その訴える先であるエリックも取り巻きにたかられている。こっちはこっちで、今にも殴り合いが始まりそうだ。グレイルはひやりとした。
「いまからお茶でもどう? うちの研究室で」
 強引な勧誘に、言葉もなく首を振る。
「そう言わずに!」
 ひっぱられてよろけたグレイルの体を、がっしりと抱きとめる人がいた。グレイルは一瞬エリックかと思ったが、違った。
「そういうのはどうかと思う」
 平賀だった。
「この子が怯えているのがわかんないわけ? てか生態研究部っていい噂きかないんだけど? この子はセンセーのお気に入りだから、なにかあったらすぐ校長へ話が行くよ。あきらめな」
 そういうと、男たちは悔しそうに立ち去った。
「だいじょうぶ? 災難だったね」
 平賀はマスクのずれをなおし、グレイルとエリックへほわんと笑顔を見せた。
「ノアは自由だから、ああいう研究部くずれもいるんだ。あいつらのことは俺から校長に告げ口しとくよ」
「……たすけてくれて…ありがとう…」
「すまなかった」
「いいって、せっかく俺に付き合って見に来てくれたのに、嫌な思いさせてごめんな」
 エリックは黙っていたが、もしかして、とはじめて平賀と視線をあわせた。
「そのマスク、オレたちへ人面を見せないように、配慮してくれたのか」
「うん」
 平賀はこともなげに答えた。
「今までの会話から、なんかふたりとも人の顔、苦手っぽいぞって思ってさ。考えすぎじゃなくてよかった」
 それじゃ帰ろうかと、平賀はグレイルとエリックを連れて出口を出た。夜気を吸い込みながら深呼吸をする平賀の後ろ姿をながめ、エリックはぼそりと口にした。
「あいつだけは、信用、できるかもしれない」
「……そう…だね…」
 グレイルも小さな声で肯定した。

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