SS詳細
チョコレートクッキーデイ
登場人物一覧
『待ち合わせ』は楽しいものだ。
大時計を前に、ステラはそんな風に思う。
待ち遠しい時間が、人が、イベントが、もうすぐやってくる。そのわくわくが、心を弾ませるのだ。
大きな柱時計の前に立ち、時計に背を向ける。
カチッという音と共にボーンと鐘が鳴った頃、少し遠くに見慣れた人影が現れた。
「おーい、ステラ!」
手を振ってやってくるのは、紅花牡丹。
燃えるような赤い髪に片翼を生やしたウォーカー。どこか男勝りな顔立ちをした少女だ。
少女といってもステラよりずっと年上に見える外見で、事実彼女の振るまいは『お姉さん』のそれであった。
「待たせたか?」
小走りに駆け寄ってくる牡丹に、ステラは小さく首を横に振った。
「ううん、そんなに待ってない。ね、行こう?」
そして小さな手を差し出し、言うのだ。
牡丹はその手をとって歩き出した。
今日の予定は、お買い物。そして、お菓子作り。
プーレルジールにあるプリエの回廊は広く、そしてバリエーション豊かだ。
カフェやレストランもあれば、おもちゃ屋さんから雑貨屋さんまである。そして当然というべきなのだろうか、お菓子の材料を細かく扱う店も入っていた。
ゼロ・クールの店員が『いらっしゃいませ』と涼しげに声をかけてくるのは、ウェルカムベルがカラランと音を鳴らしたのと同時だ。
店に入ったステラと牡丹は、その甘い香りに少しばかりうっとりしつつも周囲に視線を廻らせた。
「ステラ、今回は何を作りたいんだ?」
「うん、えっと……」
少しばかり店内を歩いた後、ステラはおずおずと声を出す。
「チョコレートクッキーを、作りたいの。けれど作り方がわからなくて」
「なんだ、そんなことか」
ドン、と自らの胸を叩いてみせる牡丹。
その表情は自信満々であった。
「任せな、そいつは得意分野だぜ。なにせ『かーさん』から教わってるからな」
事実、牡丹はお菓子作りが上手だった。それはかーさんことガイアドニスが悠久の時を経て培った技術を学び、その死後も長い人生で数多の人々とか変わり続けて受け継いできたものを絶やすまいと研鑽を続けてきた賜物である。
「だったら、まずは材料調達だな!」
薄力粉とバター。
それに砂糖と卵。そして色を付けるためのココアパウダー。
更に塗りつけるためのチョコレートを少々。
それぞれをバスケットに入れると、レジカウンターへと持っていく。
「しかし、なんでチョコレートクッキーなんだ?」
そんな質問がつい漏れた。ステラはハッとして顔をあげ、そして頬を僅かに赤らめる。
「最近、好きになったの」
「ほほう」
今回のお菓子作り体験はステラの学習のためというのが第一にあるが、その奥にある理由がグラオ・クローネに誰かにチョコやお菓子を作ってあげられるように、いざその時が来ても困らないようにという姉心であった。
とはいっても、ステラから貰うものであればそれがどんな出来でも相手は喜ぶような気はしていた。なにせステラは何事にも一生懸命で、その気持ちは誰にも伝わるものだからだ。
しかし……。
(もらう側にはわりいが、オレはステラの味方なんでな)
ぶっちゃけてしまえば、可愛い妹分にアプローチをしているどこかの誰かさんへのお節介焼きなのである。ホントの所は『オレより弱いやつにステラはやらねえ!』なんて気持ちを出しているのだが、それはそれ。
ステラが幸せになれるならOK、なのである。
大体、もしグラオ・クローネ的なイベントで無かったとしても、友チョコ的なプレゼントに活用できればそれはそれで良いことなのである。
会計を済ませ、プリエの回廊にあるキッチンホールへと向かう。
そして二人してお菓子作り用のエプロンを装着し、頭をバンダナで覆ったら準備完了。
透明なボウルを手に、牡丹が早速手本を見せ始める。
「いいか、まずはバターと砂糖をボウルに入れて、白っぽくなるまでかき混ぜるんだ。やってみろ」
「うん……!」
暫く混ぜて見せた牡丹に習って、ぐるぐるとボウルの中身を重そうにかき混ぜるステラ。
やがて白っぽくなったところで、牡丹がぱたぱたと手を振った。
「よし、そこで卵黄を加えてさらに混ぜる。ああ、ちなみにバターは常温にしておかないとダメだぜ。買った時点で常温だったからいいけどさ」
こくりと頷き、ステラが更にボウルの中身を混ぜていく。
すると丁度良くとろみがついてきたので、そこへふるった薄力粉を入れて更に混ぜ始めた。
「ここからちょっと堅くなるけど、気合い入れて混ぜろよ。パワーが重要だかな。パワーが」
「うん、パワーね。わかったわ」
肩に力を入れて一生懸命にかき混ぜるステラ。その様子に、牡丹はうんうんと頷いた。
一生懸命作るというのはこういうこと……なのかもしれない。
「良い具合に混ざったな。じゃあこれをラップに包んで寝かせるぞ。暫くお茶にするか」
「休憩?」
「そゆこと」
冷蔵庫に生地を入れて寝かせると、牡丹は一緒に買っておいたハーブティー用の茶葉をポットへと入れた。
丁度良く沸かしておいたお湯を注ぎ入れ、茶葉を踊らせる。
ほわりと心地よいハーブの香りがたちのぼり、牡丹とステラはほっとした表情を作った。
寝かせた生地が充分な状態になったのをラップの上から触って確認した牡丹は、早速ボードの上に広げ始めた。
「さ、これを麺棒でのばしていくぞ。大体2ミリくらいの薄さだ。わかるか?」
「やってみるわ」
んしょ、んしょ……と麺棒で生地をのばしていくステラ。
時折横から覗き込むようにして薄さを確かめ、こくこくと満足そうに頷く。
「あとは型を取るの?」
「ああ。買っておいた型の出番だ」
そういって取り出したのはクッキー型だ。それを生地に押し当てていき、型を取る。ハートや丸型など様々な形を抜いて、それを見せ合ってくすくすと笑う。
「よし。最後はオーブンで焼くだけだ。シンプルだけど美味いクッキーになるぜ。おっと、チョコレートを塗りつけるのを忘れないようにしないとな」
そういいながら早速チョコレートの湯煎を始める牡丹。
こちらはボウルにチョコレートの欠片を入れ、下部を湯につけることで熱を与えて溶かすというやり方だ。
準備を終えた頃にはクッキーが焼き上がり、独特のふんわりとした香りを部屋中に広げてくれる。
それをある程度さましたところで、チョコレートを上から刷毛で塗りつけていく。
これでチョコレートクッキーの完成だ。
「やった……!」
手を叩き、小さくぴょんとはねるステラ。
その喜びように目を細めた牡丹だったが、すぐにその表情が変わることになる。
「はい、牡丹。まずはあなたにプレゼント。焼きたてが一番美味しいって聞いたから」
「え、オレに!?」
まさか最初のプレゼント相手が自分だとは思わなかった牡丹。クッキーとステラを交互に見て、そしてフッと笑った。
「サンキュー、大事に食べさせて貰うぜ」
牡丹はステラの頭をわしわしと撫でてやってから、笑顔でそう言うのだった。
ステラが自分以外の誰かにこれをプレゼントするのは、いつになることやら……。