PandoraPartyProject

SS詳細

あまがっぱの新しいマスターは

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト


 がらんと、千切れ落ちたそれが地面と音を立てた。
 何のことはない。ダメージによって片腕が形状を保てず、分離したに過ぎない。
 問題はない。既に左腕に装填された術式は使い切っており、神経代替ケーブルも負荷に耐えきれず焼ききれている。拳のひとつも握れない腕など、邪魔以外の何物でもなかった。
 残った右腕、その拳を握っては開き、まだ動作することを確認する。残弾は2。人工脳とは別に設置された論理計算回路が敗色の濃厚さを導き出し、逃走を優先プランとして提案してくる。しかし、再三掲げられたそれを決定部が否定する。その理由は天禍津波良の感情から下されたものではなかったが、心情と合致したものであることは相違なかった。
 と。
「あまがっぱー、どこじゃーい?」
 このダメージの、元凶の声が聞こえてくる。相応のダメージを負わせたことは向こうも自覚しているはずだ。あわよくば見逃してくれる可能性も低くはなかったが、現実は残酷にもその結論に再計算を促している。
 目をつぶる。視覚情報に回すリソースを聴覚情報の分析処理に回すためだ。元凶、鹿王院ミコトの位置をその声の反響から正確に導きだす。
 残弾は乏しく、牽制に使う余裕もない。正面切っての戦闘は不可能であり、奇襲以外に天禍津波良の勝機はない。声。足音。計算する。そこにいる位置を、絶対のポイントを。
 じゃり。
 かすかな足音。しかし正しく射程圏内。その音から論理計算式の割り出す予測位置確率が大幅に修正され、天禍津波良の攻撃タイミングを今まさにここと決定づけた。
 隠れていた物陰から飛び出して、予測地点に右腕と錫杖を突きつける。確認している時間はない。位置を視認するそのタイムラグだけで、鹿王院ミコトは回避するに違いないと、天禍津波良の計算回路は決定づけている。
 右腕に装填された蓄積術式が錫杖によって増幅、展開。人間大の太さをした熱光線が解き放たれた。
 術式の負荷に耐えられず、右腕に神経伝達ケーブルが数本切断されたことをアラートががなり立てる。握力を維持できなくなり、錫杖を取り落とした。これでもう、天禍津波良は二本の足でかろうじて立っているだけの人形に等しい。
 しかし、肉体に負荷をかけただけの成果は―――なかった。
 熱光線による光と土埃が消え失せたそこには、鹿王院ミコトの姿は見当たらない。
「どこに―――ごッ!!?」
 熱光線跡形もなく消えたと楽天的になれるような相手ではない。その判断と同時に視界を巡らせようとしたが、腹部に大きな衝撃を受けて後ろへ飛ばされ、何度か地面を跳ねて転がった。死角から思い切り、腹を蹴り飛ばされたのである。
 うつ伏せに転がった姿勢を、懸命に起こそうとする。ねこけている時間はない。そのような暇を与えてくれるほど、優しい相手ではない。
 指の力が入らない腕を杖のようにして上半身を起こし、なんとか片膝をついて立ち上がる。肩と肘の関節も反応が鈍い。どうやらもう、腕の筋繊維だけで持ち上げることは不可能らしい。
 隙だらけだ。そんなことはわかっている。だから次の一撃を覚悟したのだが、以外にも追い打ちをされはしなかった。
 代わりに、話しかけてくる。
「お主、前回から思考が変わっとらんのう。音を立てたらすぐに飛びつきおってからに」
 言い返す言葉も、気力もない。言う通りだからだ。前回の戦闘でも敗走を期し、修理換装は完了したものの、戦闘ルーチンのアップデートにまでは至っていない。そこまで時間がなかったのだ。
「じゃのに、なーんでそんな必死なんじゃ今日は? ほれ、逃げてええんじゃぞ。ほれほれ、抹殺命令は有効でも、勝率が低ければ逃走を選べるんじゃろ?」
 その通りだ。天禍津波良にインプットされた鹿王院の抹殺命令は、第三位権限として登録されているため、第二位権限である自己の保存よりは優先されない。つまるところ、天禍津波良は日常の何よりも鹿王院の抹殺を優先するが、けして刺し違えたり自爆特攻を行うようにはプログラムされていないのだ。
 ではなぜ、今回の戦闘に限って天禍津波良は逃走をしないのか。
「そりゃつまり、おるんじゃろ? このへんに、お主のマスター登録者が」
 天禍津波良は答えない。代わりに、上半身を揺らして、
「そやつを殺せば、お主は自由じゃ。そうじゃろう?」
 だらりと垂れ下がった右腕の袖を噛んで保持し、ミコトへと向ける。
「あたり、じゃの」
 術式増幅器である錫杖はどこかに転がったままだ。探して拾う余裕はない。残弾は一発。これで勝てるなどとどの計算結果にも導き出されてはいないが、天禍津波良にはそれでも刃向かうだけの理由があった。
 天禍津波良は単独で混沌に召喚されたため、本来のマスター権限者はまさしく異次元の存在である。最後のオーダーはインプットされたままであるが、新しい命令を加えられないまま、自己意識よりも命令を優先してしまうことに、彼女の精神は徐々に不安定となり、崩壊も避けられないものとなった。
 そのため、第二位権限である自己の保存が優先され、新たなマスターを混沌にて再登録。それにより精神の平穏を保ち、自己の保存を可能としたのである。
 すなわち、天禍津波良が満身創痍となってなお戦おうとする理由は、この地点における逃走はミコトによる新たなマスターの殺害を許すことに繋がり、第一位権限であるマスターの生命保持に反するためである。
 故に天禍津波良は逃げられない。無駄と知っていても最後の武器を構え―――にゃあ。
 にゃあ?
「にゃあ?」
 天禍津波良の思考と、鹿王院ミコトの声が重なった。それは物陰から顔を出すと、喧騒の雰囲気など何するものぞ、悠々とふたりの前に顔を出したのだ。
 にゃあ。
 そしてまた、にゃあとなく。
「猫……いや、魔獣かえ?」
 見た目は子猫。尾の先が、蜥蜴のそれでなければだ。魔獣と見るや術式を放たんと、ミコトが腕をそちらに向ける。しかしその後の展開は、ミコトにも意外だったようで、思わず眼を丸くしていた。
 猫とミコトの間に、天禍津波良が体を割り込ませ、自身を盾としたのである。
 その行為が示す答えはひとつだ。
「お主、それがマスターか!?」
 マスターを変更しても、鹿王院抹殺の命令が書き換えられていないのはなぜか。新たなマスター登録者が、命令を出せなかったのである。
 故に、天禍津波良は新しいマスターを得たにも関わらず、元のマスターの命令を実行していたのだ。
「じゃが、その魔獣を殺せば、貴様は自由じゃろう!?」
 術式を再展開。殺害のためのそれを放とうと。しかし、天禍津波良に守られる立場であるはずの猫が、それを阻んだ。
 それは人懐っこくミコトの肩に飛び乗ると、その頬を舐めてみせたのだ。
 毒気を抜かれたか、ミコトが術式を解除する。
「お、おおお、や、やめんか! 降りよ、降りよ、こ、これ、落ちよるぞ!?」
 だが、それで全てが解決だ。マスターが懐いている。そんな相手への殺害命令が有効性を保ち続けるはずがない。
 今度こそ、彼女は全身の力を抜いて膝を付き、その場で仰向けに寝転がった。
 今日が一番、空が青い気がした。

おまけSS『ねこです』

「いそげあまがっぱ! チョコじゃ、チョコが出来上がるんじゃ!!」
「あまがっぱ、違う。天禍津波良」
「お、はじめて反論したの。ええぞええぞ。それじゃあこっちはなんちゅう名前なんじゃ?」
「……オブラ・ディ-イェン」
「……なんて? オブライエン???」
「違う。妖魔『オブラ・ディ-イェン』」
「ややっこっしいのう。オブライエンでええじゃろ、もう」
「違う! 妖魔『オブラ・ディ-イェン』!」

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