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リガレーヴ
登場人物一覧
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足元に残る雪が未だ春の到来を告げぬ季節の物語。
はぁ、と吐く息はとかく白く、残雪に溶け込んでしまいそうだ。
「どうしたんだい? ポテト?」
寒い中、ポテト チップ(p3p000294)に呼び出されたリゲル=アークライト(p3p000442)はマフラーを身に寄せ寒さに耐える。
ポテトも顔をまっかにしている。随分とさむそうだ。このマフラーはポテトにゆずってあげるべきか。
「その」
いつもなら何でもすぐにリゲルに話すポテトの口ぶりは重い。どうしたのだろう。
「いいにくかったら言えるようになるまで待つよ」
ポテトには無理をさせない。そんなリゲルの優しさに触れポテトはかえって以前から思っていたその想いを強くする。
いつだってそうだった。だから、だから、だから。
私は変わらなくてはならない。こんなところで足踏みをしているだけの女じゃだめだ。
「リゲル、私は」
真剣なポテトの瞳にリゲルもまた真剣な目をする。ごくりとリゲルは唾を飲み込む。
「守られるだけではなく、私はリゲルと一緒に戦えるようになりたい」
それはずっと前から思ってきたこと。リゲルはポテトを守るために、動く。最初はそれが普通だと思っていた。ポテトはヒーラーで、リゲルは騎士。
当然のそれがいつからだろう、不満に思えてきたのは。
ローレットの、天儀の白銀の騎士と、私。
釣り合いが取れてないと不安になったことは何度もある。だから、ポテトは一歩前に進もうとしたのだ。
愛しくて、そして憧れの騎士であるリゲルのそばに自分が立っていても恥ずかしくないように。
そう、一等星(リゲル)にならぶ1等星(デネブ)になれるように。
「なるほど、そうか! そうか! ポテト!!」
リゲルはポテトのその言葉に瞳を輝かせる。
そうか、そうか。そうなんだ!
ポテトの一歩を踏み出す勇気がリゲルにとってはなにより嬉しかった。
「よし、広場にいくぞ! ポテト!」
思った以上にノリノリなリゲルにポテトは面食らう。いや、自分で言ったのだけれどこんな反応になるとは思わなかった。
眼の前で瞳を輝かせるリゲルのおしりにぶんぶんとおおきな白いしっぽが振られているのが見えたような気がした。
「さあ、ポテト、これを装備するんだ」
どん、と置かれたのは魔鎧とそしてアイギスレプリカと呼ばれる盾だ。
どちらもそれなり高価なものだとは、知っている。知ってはいるが。
わけも分からずポテトが装備をしているとその隣でリゲルは自分の木刀に綿を何重にも巻いている。
過保護! とも思うがそれがリゲルの優しさなのだ。
まったく……特訓するのにそんなに痛くない木刀でいいのか? そりゃ怪我をしないように気を使ってくれているのは嬉しいけれど、特訓に怪我はつきものじゃないのだろうか?
なんだかへんな笑いがこみ上げてきて、思わず笑ってしまった。
「こら、ポテト。真剣なんだぞ、ふざけていたら怪我をするからね」
ふざけているのはどっちだ? なんてポテトは思う。いやふざけてないのはわかる。彼は真剣そのものだとおもえば思うほど笑いそうになるのを必至でこらえる。
「これから日没まで特訓だ!
その鎧を着こなし、その盾で防ぐ技術を身につけるんだ!」
そんなリゲルが告げた言葉。
なんだ、こんな熱血教師みたいなリゲル初めて見るぞ! 日没までって何時間あるとおもっているんだ!
ポテトは燃えるリゲルに目を白黒させた。
「まずは俺が攻撃するのを盾で防御するところからだ」
リゲルは慎重に防御しやすい軌跡を描くように剣を振る。
カンッ
その軌跡は途中でポテトの盾に防がれる。
リゲルは内心感心した。わざと防御しやすい軌跡にしたとはいえ、彼女は今まで盾を扱ったことはなかったはずだ。この動きは見事であるとしか言いようがない。
次に少し軌道を変える。
カンッ
その軌道も弾かれた。
「そう、そんなかんじ、剣の動きっていうのは基本的には腕の動きの延長線なんだ。
だから肩の動きから予測して――」
カンッ
「こうか?」
「そうそう、やるじゃないか、じゃあ少し難しいのをいくよ」
カンッ、カンッ、カン
リゲルはポテトの飲み込みの速さに息をのむ。指導をすれば、まるで叩けば響くように返してくるのだ。これは教導冥利に尽きるというものだ。
ポテトの戦闘センスはもともと悪くはなかった。
むしろ良いほうだとも思う。
これだったらもっと前から教えて上げたら良かったと思う。
でも、ポテトがもっと強くなりたいと思ったのが今であるならば、今からやり始めるのが最上なのだろう。だったら自分はその想いを遂げさせてやらなくてはならない。
「じゃあ、ポテト! 今からスパルタ特訓だ!」
「ふえええええ?! リゲル、待て! 待って! ステイだ!」
「いいや、待たないぞ! いくぞ!」
いいながら木刀を振り上げ下ろすのを必至で盾で防御する。
このスパルタ教師! 本当にスパルタすぎる!
ポテトの頬を冷や汗が伝った。
多少のミスはないとはいえないが1時間もすれば随分ポテトも慣れたらしく防御にも余裕ができてきたようだ。
少し難しい軌道程度では簡単に弾かれてしまう。
ならば――。
いつもとは違う踏み込みでリゲルはポテトに近接する。
「!!」
不意打ちのその接近にポテトは盾を構えるが遅い。
カァンッ
盾の内側に噛まされた剣でてこの原理を使い盾を跳ね上げる。
ポテトの手から離れた盾は乾いた音をたて転がった。
「随分余裕があったみたいだけど、まだまだだな」
息が触れ合う位の距離。
ポテトの心臓が高鳴る。しびれて感覚のない指先なんてどうでもよくなった。
ふとポテトの唇におとされるリゲルの唇。
「隙ありだ」
「り、リゲル! ふざけるな!!」
言ってポテトは鎧に包まれた両手をブンブンとふる。
「おっと、戦意は喪失していないみたいだね」
そんな意地悪に、ポテトは鼻息を荒げ盾を拾い構える。あれは随分と怒っているのだなとリゲルは思うがそれ以上に可愛らしく思えてしまう。
距離をとったふたりは戦闘訓練を再開する。
「よし、じゃあいくよ」
本当に、夕暮れまで特訓は行われた。
勝率はポテトの惨敗。
当然だ。いくらセンスがあるとはいえ、一朝一夕で身につくほど戦闘経験というものは甘くはない。繰り返し体が覚えるほどになってやっと身につけたといえるだろう。
大きく肩で息をするポテトにリゲルは手を伸ばすが、ぱぁん、と弾かれてしまう。
ぷいと、顔をそむけたお姫様はどうにもご立腹のようだ。
その日は口を聞いてもらえなかったので、再戦は後日と相成った。
後日のこと。
いつもの特訓をリゲルとポテトは行う。
カン、カン、カン
リズムよくリゲルの剣を防御するポテトの動きが違う。
そういえば、今日朝ごはんをつくるとき、たくさんの包帯が巻かれていた。
見えないところで訓練を一人でしていたのだろう。
声をかけてくれればいいのにとリゲルは思うが負けず嫌いのポテトらしいとも思う。
「どうしたんだい? 随分動きがいいけれど、秘密特訓でもしたのかい?」
「いや、私の戦闘センスがいいのだろう」
そんなふうに強がるポテトがなんとも愛しかった。
事実立派にリゲルが教導した技術は見事にポテトは自分のモノにしていた。
盾の反対側にもつタクトで、リゲルの隙をみては応戦することすらやりはじめたのだ。
さすがのリゲルもポテトの向上心に感心るす。
少し難しい軌道で木刀を振っても難なく捌く。
なんて頼もしいんだ。
修練の結果が目に見えることがリゲルには嬉しかった。
「すごいね、ポテトは」
だからこそ口にする。
「本当にすごいよ、ポテトは」
とても嬉しかったから。
ポテトの鎧の向こうの頬が朱く染まってるようにみえる。夕暮れにはまだ早い時間だというのに。
「黙って、訓練しろ!」
いささか早口なのは恥ずかしかったからなのだろう。
「嬉しいんだ、俺は。
ポテトが強くなるのが。
俺の隣に立ちたいと言ってくれたのが」
そういったリゲルの表情は本当に幸せそうで、ポテトからも毒が抜けそうになる。
「いつまでも守られる私じゃないんだ!」
そういって繰り出されたタクトがリゲルの真芯を穿つように鎧に弾かれた。
「今日の訓練はここまで」
すっかり日が落ちた広場にポテトは座り込み、しばらく荒い息をつく。
ポテトの荒い呼吸が静かな広場に広がっていく。
しばらくそれを見ていたリゲルはつぶやく。
「その鎧と盾、ポテトにあげるよ」
数瞬の間のあと、ポテトが尋ねた。
「でも、これ、高いやつだろ……強化だってされてるし……」
「だからだよ。これからポテトは前にでることができるヒーラーになるんだろう?
じゃあ、ポテトは誰が守る?」
「えっと」
「状況によっては俺が護れないかもしれない」
「だから、それをしなくていいように」
「うん、それはうれしい。だけれどもね、俺はポテトを護りたい。
その鎧と盾は俺の、だろう?
俺の代わりにポテトを護るのがそれだよ」
「リゲル……気障がすぎるぞ」
ポテトの顔は真っ赤だ。護るのが私になりたかったのに、やっぱりこれじゃ逆のままだ。
「ポテトが大切だからね。正直うれしい反面心配もしてる部分ももちろんあるよ。
ポテトが大怪我しないだろうかってね。
でもそれだけじゃダメだって俺は思う。
そんな過保護じゃ本当にいつかポテトを失うかもしれないってね。
だから君が訓練を言い出してくれて嬉しいって。もっと違う形で俺はポテトを護ることができるんだって」
「――」
リゲルの言葉にポテトは答えない。答えないけれどポテトが考えている事はわかる。
「リゲル」
「なんだい?」
「ありがとう」
「ああ、俺もありがとう、ポテト」
ふと、背中が温かくなる。少し汗の匂いと甘い香り。
ポテトがリゲルの背中にだきついたのだ。
「汗臭くない? 俺も」
「それがリゲルの匂いだ」
「そうか」
その日の夜の食事当番はリゲルだ。
腕によりをかけた、特性のポテトシチュー。ごろごろのお肉と人参に黄色いパプリカで彩り。
今日はお祝いの日なの? と娘が聞いた。
リゲルはそうだよ、と答える。
両手に包帯だらけのポテトは少しだけ笑う。
「リゲルは大げさなんだ」
「そんなことないさ、ポテトのがんばりを俺は認める」
「ほんとにバカ」
「ほら、できあがり、俺特性のシチューだ! 熱いうちに食べてくれ
疲れが癒えるようにね」
「わかってる」
白いシチューにスプーンを沈めてもちあげる。
大きなお肉がつかれた体にうれしい。
ふーふーして口に含めばやさしい自然な甘さが口にひろがる。
にへらと口元が緩んでしまうおいしさだ。
そんなポテトをリゲルはにこにことみつめる。
「いっぱい食べていいよ。たくさんつくったから!」
「つくりすぎじゃないか?」
なんていえば娘が自分もいっぱい食べると騒ぐ。
騒がしいけれどなんて幸せでなんて楽しい食卓。
リゲルは本当にポテトの思いが嬉しかった。
もちろんポテトをこれからも護るつもりだ。護られるだけだった彼女が俺を護ると言った。
その成長が嬉しくてしかたなかった。
実際前衛もできるヒーラーというのは今後の依頼でも役立つことだろう。
俺が剣で――。
ポテトが盾。
そんなペアになれることが、本当に、本当に。
リゲルにとっては嬉しくてしかたないことだったのだ。