PandoraPartyProject

SS詳細

咲き乱れ、散る

登場人物一覧

ロード(p3x000788)
ホシガリ

 森の中はただ静かだった。生き物の足音もなく、鳥のさえずりも聞こえない。木々が風に揺られる音だけが響き、光も背の高い樹木に遮られ、わずかに足元に届くばかりであった。いくら歩いても変わらない景色は退屈させるものがあるが、それでもロードが探索を進めるのはレアエネミーを探しているからだ。
 この森の奥深くにレアエネミーがいる。その噂は共通しているのだが、エネミーの姿がはっきりとしない。人間の胴体に花でできた頭が継ぎはぎにされていると言われていたり、少女の形をした何かだと言われていたり、人によってまちまちで、それが本当に見たものなのか一種の幻覚なのか、はたまた虚言なのかも分からないのであった。しかしレアエネミーと聞いては居ても立ってもいられないのがロードである。姿も分からないレアエネミーを求めて単身森に飛び込んだのだった。

 退屈を誤魔化しながら進むことしばらく。突然道が開けて、広場のようなところに辿り着いた。
 不思議な場所だった。倒木があったわけでもないのに、丸く切り取られたように、あるいは樹木が退いたようにその空間が空いていた。空いた場所の中央では固く乾いた蔦が空に向かって手を伸ばしていて、それを囲うように赤や白の花が咲き乱れている。
 ただの風景なのか、それとも異変なのか。その場所を観察しつつもエネミーに備えるも、一向にエネミーが現れる気配はない。落胆の気持ちは大きかったが、現れないのであれば仕方ない。また後日出直すことにして、今日はログアウトしよう。そう思った時、ずきりと身体に痛みが走った。

 左腕に何かが這う感覚がある。皮膚の下で何かが蠢いているような、そういった不快さを伴う痛みがあった。最初は左腕のみだったそれはやがて頭でも起きるようになり、ロードは残った右腕でそれぞれに触れた。
 触った様子は普段と変わらない。異物が付着しているわけでもなさそうだ。ステータスに異常もない。疑問は残るが、一時的なものだろうと普段通りログアウトして、ロードは帰還した。


 異変が確かなものとなったのは次にログインした時だった。森の中に降り立ったロードを襲ったのは、エネミーではなく、身体の内側に棘を作る痛みだった。
 あの時の痛みが肉体に残っていたのだ。突如として腕と頭を襲う痛みに顔をしかめるも、それは和らぐことはなかった。

 痛い。何だこれ。痛い。

 皮膚の下から何かが盛り上がる感覚があり、同時に痛みが弾けた。背筋にぞわりと冷たいものが走る。

 皮膚を突き破って姿を現したのは、植物の芽だった。それは急速に成長を遂げ、あっと言う間に赤い花を咲かせた。一つ花が咲けば左腕の別の個所からまた芽が生え、花を咲かせていく。花弁は左腕を覆ったところで成長を止め、華やかな香りを漂わせた。呆然としている間に頭でも同じように皮膚が破れる感触があり、自身の姿が映る場所を求めて湖の側にしゃがみ込むと、頭の頂点には白い花が生えている。

「なんなんだ、これ」

 花を引っ張るも皮膚を抓るような痛みがあるだけで、身体の内側に根を張ったそれは抜けそうにない。今のところ痛みと生えた花以外には異常はないし、不思議な現象が起きるのがこの世界である。特別気にすることもない、いずれは原因も解決法も突き止められると思うことにして、痛みを堪えつつも普段と同じように探索を始めることにした。

 痛みには慣れてると言えども、痛いものは痛い。痛ければ思考は鈍り、動きも落ちる。油断していたわけでもないのに敵に殺されることとなった。


 不思議なことは現実でも痛みが消えていないことであった。花はどこにも生えておらず、皮膚の下に何かがあるわけでもなさそうだったのに、どうしてか右腕が痛む。しかも左腕ではなく右腕だ。幻肢痛の類なのかもしれないが、ログイン中に咲いている花を消さない限りは解決しないような気がした。

 原因究明のために何度もログインしたが、痛みは強くなっていく一方であった。万が一この花が感染症の類であってはいけないから、人が多いところには行かないようにしたし、人と近づいて話すことも極力避けた。痛みを訴え、助けを求めれば人間らしい振る舞いになるのかと思いはしたが、こうして人を避けるのもまた「人間らしい」のだろう。

 出来るだけ人と関わらないようにしながら調査を続けていくのは至難の業だったが、それでも掴めたことはある。
 花狂い病。バグなのかエネミーによるデバフなのか、それとも単なる病なのかは調べても分からなかったが、この症状につけられた名前はそれだった。身体の内側から花が生えてくるもので、病の進行を止める術も花を切除する方法も不明。ただ、病が進行すればするほど痛みは強くなり、やがては狂ったようにのたうち回ることになるという。
 それから分かったのは、花の種類だ。腕に生えた赤い花はゼラニウムで、頭に生えた花はシロバナタンポポだった。赤のゼラニウムの花言葉は「君ありて幸福」のようだが、誰が自分に対して「居てくれれば幸福」だと考えるのだろう。考えても心当たりがない。腕と頭で花が違うことも含め、不思議なことだらけだ。

 早く病をどうにかしなければ、と思う。例えば近くで何か事件があったとして、駆け付けたとしても役に立てない。何か大事な依頼に向かうとして、仲間と念入りに作戦を立てるにしろ、痛みを訴える身体は思うように動かない。自分がパーティーの足を引っ張って連携を崩したり、崩壊させたりするようなことになってはいけない。だから早く解決したいのに、手がかりが何もないのだ。

 痛い。

 現実に逃げたところで痛みは治まらない。解決するべくこの世界に降り立てば、立っているのがやっとの痛みに襲われる。涙を零してもその痛みは安らぐことはなく、涙の分だけ痛覚が敏感になっていくような気すらした。

 痛い。痛い痛い。

 何か手がかりを掴めればと、最初に異変があった森を何度も捜索して、やっとあの花園のような場所に辿り着いた。蔦はあの時よりもずっと成長していて、まるでロードが感じた痛みを生命に変えているようだった。周囲を囲う花はその花弁を瑞々しく広げていて、それを見た途端、ロードの身体を走る痛みは激しくなった。

 崩れ落ちる。花弁の上に身体を投げ出して、腕を押さえ、頭を抱え、痛みを逃す方法を探った。叫び声をあげても、身体を貫くほどのそれは増すばかりだ。転げまわる度に花弁が散り、舞い、ロードの身体は花々の色に染められていく。朦朧とする視界に、赤い花が霞む。

 もう限界だ。このままでは闘えない。誰かに迷惑をかけるくらいなら、いっそ。

 携えていた刀を痛みで震える手で握り、自身に向ける。ほんの一瞬の躊躇いの後、それを胸に突き刺した。零れていく、身体。
 閉じられていく視界の中、赤と白の花弁が身体から散っていくのが見えた。

  • 咲き乱れ、散る完了
  • NM名椿叶
  • 種別SS
  • 納品日2024年01月27日
  • ・ロード(p3x000788
    ※ おまけSS『痛みは残る』付き

おまけSS『痛みは残る』

 日を改めてR.O.Oにログインすると、身体を突き破っていた花は消えていた。痛みは消えてこそいないが軽くはなったし、まるで花など咲いていなかったかのように身体は自由に動く。しばらく手を握ったり開いたりを繰り返し、頭を何度か触って、ロードは大きく息を吐いた。
 安心したし、嬉しかった。これならば痛みもしばらくすれば軽くなるだろう。必要以上に痛みを我慢しなくて良くなるし、何より、誰かに迷惑をかけなくて良くなる。

 思い出すと、自死を選んだ時、花弁が散っていたのが見えた。つまり自死がこの病を終わらせるための鍵だったということなのだろう。そう気が付いたとき、ロードは思わず叫んでいた。

「性格悪っ!」

 どうしてこんな病が生まれたのかはともかく、何か他の解除方法は無かったのだろうか。R.O.Oの中でだからまだ良かったものの、これが現実だったらと思うと、ぞっとするものがある。

「いや、痛みのあまり死んでしまいたいと考えるなら、この解除方法は妥当か……?」

 顎に手を当て、ロードは独り言ちる。


 現実の身体もR.O.Oの身体も、痛みが消えるまで数日を要した。しばらく経っても、あの花弁に囲まれた場所については分からないままだった。

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