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伝う体温

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鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA


 せっかくの休みであるのだから、レコード盤の清掃でもしようかと、整備用具を探して棚を漁っていたところ、それが転がり落ちて、床と小さな音を立てた。
 なんだろうかと拾い上げてみたところ、それは軽い小箱であり、軽く降ってみれば、中身もまだ残っているようだった。
 はて、これはなんだっただろう。少なくとも、クリーナーの入れ物とは程遠い。数分の思考をして、ようやく思い出した。
 そうだ、これは一年前に、チョコレートを作ったものだ。誰に贈るつもりというわけではなく、ただ本家の前当主が開く催しだというものだから、母に無理矢理に参加させられたものだった。
 かといって、その過程を楽しめなかったわけではない。母は気づいていないが、本家の前当主は母よりもなごみと親しくしてくれている。なごみ自身にしても、実母よりも前当主のほうが親しみやすく、より身近に感じられる存在だった。
 さて、このチョコレート。大変美味に仕上がりはしたのだが、食べすぎては維持し続けている体型に問題が生じるであろうことは想像にかたくない。だからひとつふたつを口にした残りは、こうやってとっておいたのだ。構わずパクつく他のふたりが、非常に羨ましくはあったが。
 そうやって、後日食べようとしまっておいて、忙しくて忘れてしまっていたのだ。もったいないが、流石に駄目になってしまっているだろう。ふたりには悪いが、こっそりと処分するしかない。
「チョコレート、ね」
 そういえば、ふたりはなごみの婚約者にそれを贈ったりはしないのかと言っていた。
 チョコレートを、この冬の日に贈る意味を、なごみとて知らぬ訳では無い。ただ、すべきではないと思っているだけだ。
 複数いる当主の婚約者。なごみはそのひとりであるが、他の彼女らほど、ナナセに対して熱烈なアピールを行ってはいない。その姿勢にやきもきしているのか、毎日のように母からは行動に出るよう催促の連絡が来るが、そのような行為に意味がないことをなごみは理解していた。
 自分が、自分こそが結婚の相手として、伴侶として相応しいのだとアピールする他の婚約者たち。そうやって自分を売り出すことで優位に立っているのだと思っているのだろうが、ナナセには逆効果だ。
 彼は自身の役目、立場を理解している。だからこそ、彼女らのアピールを否定するようなことはしない。分家とはそういうものだと受け入れている。しかし、本心までそうというわけではないのだ。
「いつも困ったような顔をしているもの。あれを笑い返してくれてるなんて受け取れるんだから、あの子達も幸せよね」
 自分だったら耐えられない。小さい頃から知っている彼が、自分の言動であのような顔を見せるなど、友人として、とうてい臨めるものではなかった。
 せめて友人という立場を、幼い頃から親しくしているというこの位置関係を、崩したくはない。どの道選ばれることも、なごみが彼をそういう意味で求めるということもないだろうが、それはだけは維持していたいのだ。
「あの子達は当然、チョコレートを贈るのでしょうね。たぶん、毎年そうなんだわ」
 2月の14日に約束を取り付け、当然のようにチョコレートを渡す。そして困ったような、しかし気づかれない笑顔で受け取る彼。「嬉しい」とか「ありがとう」とかそういう当たり障りのない事を言って、それに彼女らは舞い上がるのだろう。迷惑だとも気づかずに。
 しかし、その想像はいいものではなかったのかもしれない。彼が装飾された菓子箱を受け取るところを想像すると、なんだかざわつくものを感じたのだ。少しだけ、不快な気がしたのだ。
「あの子達、想像すら戒めるような呪いでも開発したのかしら」
 そんなわけはないが、冗談の独白でもこぼしたところで、胸の不快感は消えてはくれない。
 視線を落とす。チョコレートの箱がある。その後、どうしてそんな行動をとったのか、なごみにもわからなかった。
 通信術式を展開し、当主へと発信する。緊急回線を指定したわけでもないのに、以外にも、彼はすぐに術式を展開してくれた。
「はい、なにかありましたか?」
 その声は少しだけ慌てているというか、取り繕っているというか、そんな声だった。もしかしなくとも、仕事中だったかもしれない。
「ごめんなさい。忙しいみたいね。また、後で連絡をするから―――」
「いえ、いいえ! 大丈夫です。今ちょうど、暇でしたから!」
 かけ直そうとしたところ、何故か熱烈に受け入れられてしまった。
 そんなであったから、珍しく考えを纏めもせずにしたそれを、どう口にしていいものか、わからなくなってしまう。
「それで、なごみさん。なにかありましたか?」
 黙っていると、こちらの様子がおかしいを感じたのだろう。ナナセは気遣う声風で話しかけてくる。
 いつまでも当主を待たせるわけにもいかず、考えの纏まらぬまま、どうしてそのような行動を取ったのかもわからぬまま、なごみは浮かぶままにそれらを口に出すしかなかった。
「あの、ええと……」
「はい、なんでしょうか」
「その、今日、14日じゃない?」
「……はい、そうですね」
 少しの隙間に、小声で「いやそんな、なごみさんがまさか」と聞こえたので、この話題を振ったことを後悔し始めている。
 だが、今更話題を変えることも思い浮かばない。
「……私から、チョコレートを貰ったら、嬉しいかしら?」
 言った。言ってしまった。ああ、これで自分はあの浅ましくも健気な彼女らと同じになった。同じになってしまった。きっとうんざりされるだろう。ただでさえ、今日はもう見たくないほどにチョコレートを受け取っただろう。それなのに、嫌気が差している彼の気分にさらに毒を流すような真似を―――。
「はい、それはもう!」
 自分の言動に後悔していたので、婚約者のそれが半ば聞き取れなかった。
「……え?」
「はい、いただけるのですか? 嬉しいです。今から伺いましょうか?」
「い、いえ、いいえ。ごめんなさい。今から、そう、今から用意するの。だから、その夜には―――ええ、ええ。じゃあ、また後で」
 そう言って通信を切る。困ったような声、ではなかった。わかっている。長い付き合いだ。長い友人なのだ。友人に違いないのだ。その声が喜色ばんでいることなどわかっている。その声が熱を帯びていたこともわかっている。
 だってそうだろう。術式越しにすら彼の熱気が伝わっているのだ。
 そうでなければ、自分の顔が、こんなにも熱いわけがない。

  • 伝う体温完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2024年01月16日
  • ・鹿王院 ミコト(p3p009843

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