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1つでも貴方が新しいことを知れるように
登場人物一覧
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「ニーズ、どうかしら。ここが私たちローレットの本部もあるメフ・メフィートよ!」
レイリーは振り返って青年へと声をかける。
驚い様子で目を瞠っているニーズの姿を見ればその感想はおのずと分かる。
それでも、直接声で聴いてみたくて、言葉を待つ。
「……鉄帝とは全然、全く違うんだね。帝都とも……クラスノグラードとも全然違う。
場所が違うだけで、こんなにも違うんだ」
感嘆という言葉だけではあるまい。
青年といった雰囲気を持つ彼は、外見と精神年齢が乖離している。
異国の王都の光景はニーズの好奇心を擽るには充分だったようだ。
特に、今日はシャイネンナハトの夜である。
王城ではフォルデルマンⅢ世が催すパーティが例年通りに執り行われている。
イルミネーションに彩られたメインストリートは眠らずの一日を現出している。
その輝きを目の当たりにして、ニーズが目を瞠っている。
「さて、まずはどこに行こうかしら。
ニーズは行きたいところある? 大丈夫ちゃんと、お姉さんがエスコートしてあげるから」
「ありがとう……まずは腹ごしらえがしたいかな」
肩に軽く触れてそう問いかけてやれば、一瞬だけ驚いた後、ニーズがそう呟いた。
ここまでは聞こえない物の、手の添えられた腹部ではきっとお腹の虫が鳴いているのだろう。
「それもそうね! じゃあ、まずは食事にしましょうか。
何でも食べていいし、飲み物も何でも飲んでいいから」
微笑ましくなって、レイリーはそう言って歩き出す。
「ニーズ……そうだ、お酒は飲めるのかしら」
「分からない……飲んだことはないけど」
ふと思いつきで問いかけてみれば、きょとんと首を傾げる。
「そう……ほしいものあったら何でも言うのよ?
食べ物でも本でも武器でも、なんなら、家や馬でもいいわよ!
私、色々と最近依頼で稼いできたからへっちゃらよ!」
「ん、ありがとう」
胸を張って語るレイリーに短くニーズが頷いた。
「だからさ、ニーズ。ここ最近のお話を聞かせて。私が忙しい間に何してたかを聞きたいの」
「それが僕を連れてきてくれた理由?」
そう問われてレイリーが頷けばニーズが短く頷いた。
「そのぐらいなら、いつでも教えるけど……」
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メインストリートから少しだけ路地に入った場所にその店はある。
酒場としてはこじんまりとしているが、店主の腕が良いのが自慢だった。
「レストランも良かったけど、貴方はたくさん食べたいでしょうから」
「ありがとう!」
毒気が抜けるくらいに今日一番の元気のいい声で言われてはレイリーも微笑を零さずにはいられない。
不思議そうに首を傾げたニーズへと「喜んでもらえて良かったわ」とだけ返して、レイリーはグラスを掲げる。
「――輝かんばかりのこの夜に」
「……輝かんばかりのこの夜に?」
不思議そうに首を傾げるニーズが復唱する。
「そういえば、ニーズは初めてよね。シャイネンナハト……今日だけの特別な挨拶よ」
「そうなんだ……」
不思議そうにするニーズと乾杯すれば、お互いにグラスを傾ける。
ちなみに、ニーズの飲んでいる物はソフトドリンクだ。
よく考えれば精霊種として存在の固定されてから1年と少し程度である。
肉体的には充分に大人だが、成人済みかと言われると怪しかった。
たった今、見たことも無いだろう幻想の郷土料理を見て目を輝かせる様を見れば、まさしく子供らしい。
子供特有の、好きそうな物、美味しそうな物を際限なしにぺろりと食べていく。
「ニーズはここ半年、何をしてたのかしら?」
「何……ううん、なにしてたかな」
たった今食べていた肉を飲み込んだまま、ニーズが首を傾げる。
「そうだね……レイリーに海洋に連れて行ってもらったの意外だよね。
それ以外だと……クラスノグラードにいたよ。
僕の成り立ちは特殊だから、自分の在り方を学びなさいって魔女の人達に言われてね。
だから、自分のことをコントロールできるように修行? みたいなことしてた」
「大変ね……」
「うん、でも同時に楽しい……よ。知らないことを知るのって楽しいだね」
「ふふ、そう……それは良かったわ」
レイリーは言われたことに思わず小さく笑みを浮かべる。
それはレイリーがニーズに教えたかったことだった。
「レイリーのおかげだよ。
俺のことを外に連れ出してくれてありがとう。
海洋に行ってから、ますますそう思うようになったんだ」
「……そう?」
うんと、短く頷いてニーズがまた食事に戻っていく。
「レイリーは何してたの?」
「私? 私は……そうね、天義に行ったり、後は異世界の勇者とも会ったわ」
「天義……そういえば、冠位傲慢? との戦いがあったんだっけ。
僕はよく分からないけど……死闘だったんだろうね」
「そうね……彼らには彼らの事情もあったようだけど……」
グラスに注がれたワインをぼんやりと見つめていると、それを察したのか、ニーズが話題を変えてくる。
「そうね……ずっと昔、この国には勇者様がいたのよ」
そう言われてもピンとこないのだろう、ニーズは不思議そうに、けれどどこか目を輝かせてその言葉に聞き入ってくれている。
「私の言ってる異界の勇者は――そんな勇者王とよく似た……ただの平凡な青年とのお話よ」
親しみを込めて、レイリーは微笑む。
終焉の獣に囚われた魔法使いと相対した冒険者の青年との、短いながらの旅路。
「……アイオン、すごい人なんだね」
ぽつりとニーズが言葉に零す。
その後も、時間の限り2人で夕食を楽しんでいく。
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「あぁ、そうだ」
レイリーはふと思い出して声にする。
不思議そうに首を傾げるニーズへと「ほしい物は見つかった?」と声をかければ、青年はパチパチとまばたきを増やす。
「シャイネンナハトはプレゼントをするものなのよ」
「そうなんだ……それじゃあ、僕からも送らないと……」
「それなら、探しに行きましょうか」
歩き出してから少しして――ニーズがふと足を止めたのは、書店だった。
「……気になる?」
「……うん」
短く頷いたニーズはふらふらと店内へと入っていく。
何を探しているのかと思えば、その足取りはやがて寓話や伝承関連のスペースへと運ばれていく。
「勇者王の物語……」
ぽつりと、ニーズが呟いた。
「これでなくてもいいんだけど、物語が読みたいんだ。
なんだかそう言うのを読んでいると落ち着くんだ」
そう言って、手に取った本の表紙を撫でる。
(ニーズの成り立ちを考えると、友人みたいなものだから?)
イレギュラーズによる魔獣ニーズヘッグ退治。
それに何らかの力が交じり合ったのがニーズ=ニッドという精霊種だ。
そういった物語は、言葉を話さない友人、知人のような感覚になるのかもしれなかった。
「それなら、特にこれが良いっていうのがあったらそれをプレゼントするわ」
「良いの?」
「ええ、もちろんよ!」
「ありがとう……それなら」
そう言って青年は1冊の本を棚から引っ張り出した。
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「レイリー」
書店を出た後、少ししてからぽつりと呼び止められる。
「ありがとう、楽しかった……レイリーといる日はいつもそうだ」
お別れの時間はもうすぐだ。
「ニーズが楽しめたのなら、良かったわ!」
「うん……代わりに、俺も今度はレイリーに何かプレゼントしたい」
「そう……楽しみにしてるわ」
微笑みかければ、ニーズが小さくこくりと頷いた。