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月曜九時の人魚姫
登場人物一覧
●「やめよう」
「……はい?」
ドラマ・ゲツクは彼――レオン・ドナーツ・バルトロメイがそれを言った時、一番に聞き間違いを疑った。
「レオン君、今何て言いました?」
当然のように彼女は彼に聞き返すだけだ。
最初からそうするに決まっている――街は華やいで、
当然、場にも――二人の人間関係にもそぐわないそんな言葉は大きな耳の調子の悪さ、ドラマの聞き間違いに決まっていた。
「今度は聞き漏らすなよ」
溜息を吐いたレオンは足を止めていた。
先程までは並んで歩いていたのだが、気付けばドラマが進んだ分だけ離れている。
彼の歩幅は小柄な彼女よりもずっと大きかったけれど、距離が離れる事の無いように何時も気を遣っていた位なのに。
「もうやめよう、ドラマ」
「――――」
辛辣な言葉はまさにドラマからすれば寝耳に水の――信じられないものだった。
「……どういう意味です?」
「言葉の通りの意味だよ」
「ですから――あ、ああ!」
頭の回転が速く聡明なドラマはレオンが言わんとする事にすぐに気が付いた。
「昨日、また夜更かししたんでしょう?
駄目ですよ、レオン君。人と――特に女の子と聖夜の待ち合わせをするのに、そんな事では。
レオン君はそういう所がだらしないから――まぁ、いいですけれども。
そういうの、寛大な弟子じゃなかったら怒られますからね!?」
冗句めいたドラマはレオンの回答を待たずにやや早口に言葉を重ねた。
百年を超える彼女の生の中で、彼との時間は僅か五年ばかりだ。
その位の時間を『長い』と感じられるのは、偏にそれが特別だったからに他なるまい。
「違うよ。そうじゃない。って言うより、『今日』の話じゃあない」
ゆっくりと、念を押すように言ったレオンの言葉にドラマの耳がびくっと動いた。
何度何回となくからかわれたその反応は、時に口よりも正直にドラマの内心を映す鏡のようであった。
その心持を知ってか知らずか――恐らくは知っている――レオンは三度目、それを口にした。
「やめよう、ドラマ」
「ですからっ……!」
ドラマの小さな胸は不穏な予感と締め付けられる不安に早鐘を打っていた。
意味が分からない。全然分かっていないのだ。
今日という日は指折り数えた大好きな人と過ごす聖夜に違いなかった。
幾度と無く繰り返したシミュレーションで『レオン君』がそんな顔をした事は一度も無かったのに。
甘やかな期待を裏切るように彼は一歩も進まない。ドラマはそんなレオンにフラフラと近付きかかったが、彼は片手でそれを制していた。
「似合わない真似は辞めなよ、ドラマ。オマエは『そういう女』じゃあ無いだろう?」
「……っ……」
ドラマがレオンを知っているのと同じ位にレオンはドラマを知っている。
すぐ近くに横たわる大問題に目を閉じて知らない振りをして惚けて。それで何もかもが無かった事になるなんて信仰するに彼女は余りに賢過ぎる。
それでも何でも、ドラマが雪の舞う外気よりも薄ら寒く『そう思い込もうとした』理由なんて最初から一つしかありはしない。
「辞めるって、そんなの……」
「……」
「そんなの、出来る筈がないでしょう……?」
「……………」
「何がですか、何ですか。『辞める』って。辞めるで辞められるなら、最初から……」
『恋なんてしなかった。それをレオン君は一番分かっているのではありませんか……?』。
その一言を飲み込むのにドラマは全精神力を振り絞る事を余儀なくされていた。
彼の恋はとうの昔に終わりを迎えていて、自身の恋は最初から今に到るまで痛みと棘ばかりに満ちていた。
誰にでも優しい男は誰でも心地良くはしてくれるけれど、踏み込めば『危険』なのは他ならぬドラマだからこそ知っていた。
「……それでもいい、と言ったじゃありませんか」
――本気にさせてよ。/本気になってよ。
何時かのシャイネン・ナハトに軽薄な言葉を逆手に取ってそう言ったドラマにレオンは目を丸くしていた。
そうして、無理矢理に押し切って――ようやく『手応え』らしきものさえ感じていたのに。今年の聖夜はこんなに寒い。
――踊り疲れて倒れないようにね?
脳裏に過ぎる嫌な女が実に余計な事を言う。
――私の予感じゃ『そろそろ』だから。
(何ですか、それ)
年の瀬も近付いて、聖夜を前に『負け犬』の遠吠え何て耳障りなだけだった。
レオンが最近は少し余所余所しく思えたの何て、きっと気のせいに決まっていたのに!
「本気になってくれるって言ったじゃないですか……」
「させてって言っただけだよ」
「私、駄目でしたか……?」
「いいや。オマエは最高に可愛い女だったよ」
「それじゃあ、どうして……っ……!」
大きな赤い瞳に大粒の涙が溜まっていた。
無意識の内にそんな顔をして、声を詰まらせたドラマにレオンは小さく首を振る。
知らない内にボロボロと涙を零して、嗚咽を漏らすドラマに――小さい子に言い聞かせるように優しく告げる。
「恋愛に理由はないだろ? それに本当に理由が聞きたいか?」
呆れたように、自嘲するかのようにレオンは云った。
「優しく言って分からないなら、手酷く伝えれば嬉しいか?
やっぱりそんな気になれないとか、オマエじゃ足りないとか、飽きたとか。
世の中に転がってる男女の事情の大半はそんな面白くも無い話ばかりじゃねぇか」
レオンの言う事は或る意味で『正論』なのだろう。
成る程、恋愛とはそんなもので
実際、ドラマは察して分かる位には彼の兆候を感じ取っていた。
必死で気の所為だと思い込んで、思い切って今年も聖夜に誘って――
――レオン君! 今年もデートしましょうね、エスコート期待してますから!
努めて明るくそう言った自分に彼が幾分かの仄暗さを見せた事に気付かない程、鈍感では無かったから。
「酷いです」
「ああ」
「……そんなの、今更……」
「そうだよ、今更だ。
悪びれない訳じゃないが、『オマエはオマエを好きになってやれない俺を責める』のか?
……だから俺は言ったんだよ。
他の何だって聞いてやるけど、俺の『本気』だけは辞めときなって」
「……っ……!」
「兎に角、それだけだ」とだけ告げて――ドラマとは逆の方向に踵を返したレオンにドラマは「待って!」と声を掛ける。
「待って、レオン君。話は未だ――」
意地悪な師匠にしごかれて嫌という程修行をした。
身のこなしに優れたドラマが雪に足を取られて転んだのは聖夜の御洒落の所為に違いない。
(……痛い……)
挫いてしまったのだろうか? 足に力が入らない。
レオンは何時も――何時だって、こんな時は意地悪な顔をして『抱っこ』をしてくれたのに。
「……っ、待って……」
バランスを崩し、濡れた地面に膝を突いたままのドラマの声が「待って下さい!」と何度もレオンの背中を追いかける。
「待って、レオン君。私の話を聞いて下さい――」
何度も、何度も枯れんばかりに声を絞った。
「――待って、レオン君!!!」
振り返らない。小さくなる。
「嫌です……」
華やいだ街並みには幾つもの浮かれたシルエット達が躍っていた。
「――――やだあ……ッ……!」
影絵の街に雪を踏む静かな音が遠ざかる。
両手で顔を覆ったドラマはもう彼に届かない声を想ってあられも無く号泣した。
陸に憧れ、まるで自分と違う人に焦がれて。
恋に破れて、失って。まるで泡のように溶けてしまった物語の人魚のように。
状態異常
- 月曜九時の人魚姫完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2024年01月15日
- ・レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)
・ドラマ・ゲツク(p3p000172)