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春の陽気の色や如何に

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲
雁(p3p008167)

●それは風に舞う綿毛を掴んだ時のようで
 レガド・イルシオン、ローレットの建物の中。
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)は雁(p3p008167)の手を引いて、のんびりと散歩をしていた。
 羽白のコ、と呼ぶその年若い、と見える青年は武器商人にとっては随分と可愛らしくて、まるでいい具合の掘り出し物を店先で見つけたかのようで。
 色んな事を教え、色んなものに触れさせたくて仕方がなくて、今日もこうして歩いている。
「依頼の受付カウンターは、いつもいつでも賑やかしい。池の水に手を付けた時の色をした娘が、ひっきりなしに動き回って仕事をこなしている」
「うん」
 武器商人が青い髪の少女のいる依頼受付カウンターに顔を向けながら言えば、雁は淡々と答えつつ耳をそばだてて。
「建物の外には庭があってね、若木の皮をはいだ時の香りをした草花で溢れている」
「そうか」
 窓から庭を見下ろせる二階の廊下を歩けば、雁はすんと鼻を鳴らしつつ言葉を聞いた。
 雁は生まれつき視力が弱い。加えて光にも弱い眼をしているため、サングラスが欠かせない。故に自らの眼で物を見たことが、今までほとんどない。
 そんなものだから匂いや音で物を見分ける術を得て、人のそれぞれを見分けているのだが、そんな彼が武器商人には随分放っておけないように映ったそうで。
 今日、こうして雁の手を引いて、ギルド・ローレットの中を案内してやっているというわけだ。
 楽しそうに雁の手を引いて武器商人が二階の廊下、初春の陽気で暖かな窓の傍を歩いていると。
 不意にくん、と手が引かれた。後ろを見れば雁が立ち止まって、武器商人をまっすぐに見ている。
「なあ、商人さん」
「なんだね?」
 いつもの笑みを口元に浮かべて、雁のサングラスの向こうにある、ボアのフリースジャケットを抱き締めた時のような柔らかな色味の瞳を見る。
 と、雁が表情を動かさないままに、言葉を選びながら口を開いた。
「『春の陽気』というものは、どんな色をしているのだろうか」
「ふむ?」
 雁の、存外に抽象的な問いかけに、武器商人はこてんと首をかしげた。
 春の陽気。その色。哲学的でもあり、空想的でもある。目で物を見ない雁だからこそ出来る、問いかけとも言えた。
 答えが出てこない様子の武器商人に、雁が次いで話を膨らませていく。
「昨日に町の人が、『春の陽気が近づいてきたね』と話していた。近づいてきたのが分かるくらいなら、色もあるかと思ったのだが、俺はそれを見たことがない。
 商人さんなら、分かるんじゃないかと思っただけだ」
 変わらずまっすぐに自分を見つめてくる、見た目こそ年若いものの実年齢の定かでない青年の顔を見て、武器商人は口元の笑みを僅かに潜めた。
「……ふぅん。そうだねぇ」
 口角を下げつつ、再び前へ。くん、と雁の手を引けば、彼は素直にまた歩き出す。
 そうして陽光の照る、眼下に色鮮やかで新緑の芽吹きだす庭を見る通路をしばし行ったあと。今度は不意に、武器商人が足を止めた。
「……湯気、かな」
「うん?」
 そうして零された言葉、それを聞いて雁が小さく頭を傾ける。
 疑問という、感情らしい感情を露わにしてきた雁に振り向いて、武器商人は優しく、穏やかに語り掛けていった。
「羽白のコは、湯気に触れたことがあるかい?
 湯を沸かした薬缶の蓋から漏れる湯気や、饅頭を蒸かす蒸籠の蓋から出てくる湯気、茶を淹れた時に茶碗から立ち上る湯気に」
 廊下の端まで行って、階下への階段を降りて行きながら、武器商人は言葉を弾ませつつ言った。
 湯気。湯を器に入れた時や、湯を沸かした時に、そこから溢れ出すもの。
 随分と実体のなく、抽象的なものを例えに出されて、雁は僅かに困ったような表情をして、先程よりも角度を付けて首をかしげた。
「……どうだろう」
「まぁ、無いなら無いでいい。
 仄かに熱を持ち、掴もうと思っても掴めやしないで、だけど手のひらに微かに触れてくるもの。
 春の陽気ってのは、アタシはそんな色だと思うねぇ」
 そんな風に、気持ち楽しそうに話しながら、武器商人は階段の最後のステップを降りて一階の床を踏んだ。板張りの床を踏んだ靴底が、カツンと音を立てる。
 それに合わせて階段のステップを踏みながら、雁が零した。
「……そうか」
「分かりづらかったかね?」
 後ろをチラと振り返りながら、気遣うように武器商人が言う。
 その視線を受け止めながら、雁は階段の最後のステップを降りて、ローレットの床を踏んだ。
「いや……あんたは、そう感じるのか、と思っただけだ」
 納得したような、そうでもないような。中途半端だが、雁にとってはそれが自分に見えない世界を知る全て。
 形や大きさは分かっても、色や質感は見えないものだから。
 目で見ない雁にとって、世界とは輪郭のようなものだから。
 だから武器商人は、その世界に彩りを添えて揚げたくて、こうして共に歩き、語る。
「そういうもんさ。
 羽白のコには目で見えない分、色んなものを感じ取ってほしいが、ただありのままを伝えるんじゃ面白みがない。
 感じたものを伝えるなら、アタシは感じたものが頭に浮かぶように伝えたいねぇ」
 そう話しながらローレットの板床を踏む武器商人は、存外に楽しそうだ。
 見たものをただ伝えるだけでは面白みがない。
 かと言って、見たものを共有できない相手にそれを感じさせるのは難しい。
 青という色を識らない人に、空の青さをどうやって伝えよう。
 春の花が色鮮やかなことを、彩りを知らない人にどうやって伝えよう。
 世界の見え方はそれぞれ違う。違うからこそ、共有したい、伝えたい。
 武器商人はそう思いながら、雁を連れて手を引き歩くので。
「そうか……そうだな」
 そんな武器商人の、おせっかいでお人好しな思いを、幾分か受け止めた様子の雁が、ふと笑みを浮かべながら零した。
 と、そこで武器商人が足を止める。何かを思いついたかのように足を進める方向を変えた。
「ああ……そうだ、そうだ」
「うん?」
 何事か、と口を閉じる雁へと、振り返りながら武器商人が笑う。いつものように意味ありげに笑う。
「感じてみるかね? 春の陽気の色とやら。
 今日は日柄もいい、気温も程よくて外を歩くにはいい具合さ。羽白のコが庭に出るのを、邪魔するような輩もいない。ちょうどいいじゃないか?」
「あ、ああ……分かった」
 そうして頷いた雁が連れてこられたのは、一枚のドアの前。両開きの木製の扉に嵌められた窓ガラスから、暖かな日差しが降り注いでいる。
「さ、開けるよ」
 そう短く言って、武器商人がドアを押すと。
「あ……」
 流れ込んできた『それ』に、雁が思わず声を漏らした。
 湯気だ。
 湯気のように、柔らかく、暖かく、しかく手に取っても掴めないものが、満ち満ちているのを感じる。
「ここが、ギルド・ローレットの中庭だよ。
 ここで年季の入った真鍮製の煙管のような色をした男が煙草をふかしたり、特異運命座標の若い連中が昼飯を食うのに使ったりしている」
 そう説明しながら、武器商人は中庭を進んでいった。
 下草を踏んで、木陰に身を寄せて、光に弱い雁の目が痛まないようにしながら、『それ』を感じさせる。
「この、暖かくて、柔らかくて、仄かに鼻にこびりつくような香りがあって……
 これが、『春の陽気の色』……」
 雁の言葉に、武器商人はこくりと頷いた。
アタシの言葉と、全く同じかどうかは、アタシにも自信がないけれどね。近いんじゃないかい」
 同じかどうかは、分からない。感じ方は人それぞれだから。
 しかし、これは。この陽気と、感触は。
「ああ……確かに、これは、そうだ」
 雁にとっては、確かに武器商人の言葉通りのものであって。
 それは随分、心地よく、穏やかなものであったのだ。

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