PandoraPartyProject

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眠る棺は鳥籠にも似て

登場人物一覧

アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘
アレン・ローゼンバーグの関係者
→ イラスト

●眠り姫は夢の中
「アレン」
 大好きなその人最愛の姉に名を呼ばれ、アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)は視線を落としていた書物からパッと顔を上げた。
「 姉さん」
 昼下がりの穏やかな陽光を受け止めきれずに木の葉たちが零すそこへ、悪戯な風に髪を遊ばせたリリアが立っていた。
 クッションを敷き詰めた白い木製のスウィングベンチから腰を浮かせかけるアレンを手で制し、リリアが芝生を踏みしめゆっくりと近寄って来てくれる。姉の白い肌が喜びを湛えて薄紅に染まっていくのを、アレンは少しも逃さないようにその様を見つめて待つ。アレンの元へと辿り着けば色付いた花のようにリリアの頬は染まっていて、アレンは嗚呼と安堵する。
 ――嗚呼、姉さんも僕と同じ気持ちなんだ。
 好きという感情が表面に出る瞬間を感じると、零れ落ちてしまいそうな程に愛おしさが胸に溢れていく。
「アレン」
 二人がけのスウィングベンチ。中央に腰掛けていたアレンへ少し詰めてとリリアが催促し、ふたり並んで座る。
「何を読んでいたの?」
 リリアの手が、アレンの太腿へと置かれた。何もおかしなことはない。ただ書物を覗き込もうとしているだけ。けれど、アレンには少し刺激が強く感ぜられていた。……意識を、してしまうから。
「……眠り姫の話だよ、姉さん」
 太腿に、じんわりと熱が伝わっていく。上がった体温と鼓動が知られてしまわないように、極力普段どおりを装って笑ってみせた。リリアの顔が傾くとさらりと溢れた髪が手の甲を擽って。自身と同じ色の髪なのに、ああこれもよくないとアレンは内心息を詰めた。
「アレン、一緒に読みたいわ」
「……うん。いいよ、姉さん」
 一緒に読みたいと寄せられた顔。その花唇へと視線を奪われる前に書物を開き、文字を追った。
 ふたりきりだと、歯止めが利かなくなりそうで困るのだ。

 ――アレン。

 あれ、とアレンは当たりを見渡した。意識が途切れていた気がして、それからふと思い出す。
 
 夢の中で目覚めると、いつも唇に温もりがある気がする。きっとリリアが口付けてくれたのだと辺りを見渡すが、リリアは居らず――ああ夢か、とアレンは気付くことが出来るのだ。
 夢ではいつもリリアがいない。何故だろうかと気になりはするが、おかげでどちらが現実かはっきりと知ることが出来、アレンはすぐに『目覚める』ことが出来る。目覚めれば――
「アレン」
 ほら、大好きなその人最愛の姉がすぐそこに。
 月明かりの薔薇庭園を、姉が歩んでくる。白い月光に白い素肌が晒されていて――息を呑んだ。けれどそれは、劣情を覚えた罪悪感ではなく、ただ姉の美しさに胸を強く打たれたせいだ。この薔薇園にはふたりきりしか居らず、耳目も無ければ彼等を咎めるものだっていない。好いた存在へ素直に愛を告げ、唇を合わせても良いのだ。白い月光の下で淡く微笑むリリアは陽の光の下に居る時よりも美しく妖艶で、アレンはただ吐息を零して見惚れながら姉を待っていた。
 鳥かごめいたハンギングチェアに腰掛けているアレンの元へとリリアは近寄って、そっとふたりの影が月光の下で重なった。

 ――アレン、起きて。

 ――アレン、今日はとても天気がいいの。

 ――……私をひとりにしないで、アレン。

 ――アレン……。

 呼ばれ、唇にぬくもりを感じて瞼を持ち上げる。
 幾度も、幾度も、幾度も、そうして。また瞳を閉ざす。
 そうしてまた、唇へのぬくもりで瞼を持ち上げた。いつだって淡い薔薇の香りがして、アレンはリリアが口付けてくれたのだと、嬉しい気持ちを覚えて目覚めるのだ。
「……姉さん?」
 唇に触れてぬくもりを確かめてから、頬が濡れていることに気がついた。まだ温かさの残るそれは、涙だろうか。
 リリアが泣いているのだろうかと思えば、心がざわめいた。だが、声を掛けながら周囲を見渡しても、姉の姿はない。
 ――やっぱり、これは夢なんだ。
 濡れていた頬を手の甲で拭い、アレンはまた瞳を閉ざした。

●眠り姫症候群シンドローム
 ほんの少しの間開かれた眸は閉ざされ、アレンは『夢の中のリリア』の元へと行った。
 その事実がリリアの胸を締め付け、花唇から溜息が零れ落ちていく。
 起きて欲しい。
 話して欲しい。
 笑い合いたい。
 リリアは毎日アレンのことを思っている。けれどその想いはアレンへはひとつも伝わらない。
 眠るアレンへと毎日話しかけ口付けていると、アレンは時折目覚めてくれる。けれどもまたすぐに眠ってしまうアレンを見守る日々をリリアは続けていた。

 ――眠り姫症候群シンドローム
 それがアレンが患っている病名だ。
 最初は傾眠の症状から始まるこの病にアレンがかかった時、リリアは「最近のアレンはよくうたた寝をする」と思う程度であった。ただ眠たくて眠る。それだけならば良かったのだが――次第ににアレンは。眼の前に居るというのに「姉さん、どこ?」と問われた時の衝撃は忘れられるものではない。最初はそれも一時的なもので、彼はすぐにリリアを見つけることが出来た。けれどもその頻度と認知できない時間は増していった。そこでリリアは気がついた。ただ眠たくて眠っている訳なのではない、と。医者を呼び、彼を見てもらった。そうして出た病名が『眠り姫症候群』であった。
 好きな相手であるほど現実で認知できなくなり、夢の中に現れるその相手を求めて眠りについてしまう病。
 いつしか、声を掛けても、触れても、アレンは。アレンの最愛の姉は、彼の夢の中にしか。私はここにいるのにとリリアは悲しくて溜まらなくなった。けれどもそんなアレンの世話をしてやれるのも、愛してあげられるのもまたリリアだけであることを彼女は知っていた。
 ――医者は言った。この病気を治す方法はまだないのだと。けれども突然治ったという症例もある。
 弟の回復を信じる姉は口付けで弟を目覚めさせ続け――

 ――アレン。
 姉さんに名を呼ばれ、僕は振り返った。
 真昼の薔薇園に姉さんが佇んでいる。綺麗だと見惚れそうになりながらも、僕は姉さんの傍へと駆けていく。
「姉さん。何処に行っていたの? 探したんだよ」
「アレン、私はずっとここにいたわ?」
 どうしたのアレン。姉さんがくすくすと笑った。
 そうだ。じゃないか。
 そうだったねと笑って姉さんの頬へ唇を落とすと、悪戯っ子ねと笑った姉さんが頬へとお返しをくれる。
「ずっと一緒にいようね、姉さん」
 僕の言葉に姉さんが嬉しそうに笑ってくれて、僕は何処にも行かないよと誓って花唇へと唇を落とした。
 ――だって此処には、姉弟だろうと咎める人なんていないから。
 ここには姉さんと僕の、ふたりだけ。
 他の人なんていらない。ずっとふたりだけであればいい。
 姉さんの居ない世界もいらない。姉さんのいる場所が、僕の世界なのだから。

 ――弟は甘い夢を現実と信じ、幸せに眠り続けている。

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