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SS詳細

【RotA】イレギュラー・シミュレーション

登場人物一覧

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
日向 葵の関係者
→ イラスト

●テストプレイ
 その日、日向 葵は不知火 安幸からの連絡を受けて練達の施設にいた。
 施設の内部は、長い廊下に規則的に部屋が配置されている。時折内部が見えるガラス張りの部屋には、いくつものコンソール画面のようなものが映し出されていた。ここは安幸が籠っている働いているゲーム開発施設のはずだが――。
(教えてもらった部屋番号……ここか?)
 事前に聞いていた番号と、部屋の扉の番号が合致していることを確認して、葵は軽くノックする。
「は、はい」
「ネガ、オレっス」
 うっかり名乗らないまま詐欺紛いのような挨拶になってしまったが、部屋の中の相手は気付いてくれたようですぐに扉を開けてくれた。
「日向君……! ごめんね、突然……」
「いいっスよ。何スか手伝って欲しい事って?」
「え、えっと……今日は、シミュレーションルームの戦闘プログラム……なんですけど……。新しい仕様の、テストプレイを……お願いしたくて……」
 実際に見てもらった方が早いからと、ネガこと安幸は葵を伴って部屋の奥にある扉を開ける。
 その先にあったのは、特に目立ったものの無い広い部屋だ。しかしよく見れば床には試合コートのようなラインが引かれており、天井や壁にも様々な計器やセンサーが其処此処に設置されている。何かの実験部屋――安幸曰くの「シミュレーションルーム」なのだろう。
 やがて床の格納扉が開くと、体を折り畳んだ人型のメカと小型ドローンが部屋に数体配置された。まだ起動はしていないようだ。
「戦闘用メカに、自律戦闘プログラムを……入れてみたんです……。メカだけで戦闘ができたら……実機を、人間が操縦しなくていいし……。実戦経験を持つ人間が、いなくても……シミュレーションができるかなって……」
「へぇ。じゃあ、初見の相手と戦う前にそのメカで戦わせてみたり……とかもできるんスか?」
「そういう使い方も……できるかもね……」
 これ、と安幸から葵へ渡されたのは安全のためのプロテクターと、殺傷能力の低い剣。安幸自身もテストプレイに参加するようで、彼は剣ではなく銃を装備していた。
 続いて、今回のテストプレイについての説明がされる。メカやドローン達は起動するとランダムな箇所が点灯するらしく、そこを『弱点』とみなしてプレイヤー達が攻撃していくとプログラムの動きが止まり、また違う箇所が点灯して攻撃を再開する仕組みのようだ。プログラムを停止させたタイムや回数がプレイヤーのスコアとなる……とのこと。
「ちなみに、短いタイムでたくさん停止させた方がスコアはいいんスかね?」
 確認のため葵が訊ねれば、安幸は頷く。
「うん……最初は、イージーモードから始まるから……すぐ慣れると思う……。プログラム、実行させるけど……大丈夫……?」
「オッス! 準備運動ついでのイージーモード、いつでもいけるっスよ!」
「じ、じゃあ、いくよ……」
 安幸がズボンのポケットから小さなリモコンを取り出し、スイッチを押す。すると、それに反応してドローンが飛び立ち、人型メカは折り畳んでいた四肢を伸ばして立ち上がる。
 戦闘シミュレーション、イージーモードの開始だ。

●モード:イージー
 最初はイージーモードの名の通り、ドローンもメカも戦闘態勢を取ったのは1体ずつだった。他は部屋の隅で待機しているようだ。点灯している『弱点』もそれぞれ1箇所ずつ。おまけに動きもかなり鈍い。
 恐らく、それほど時間をかけずにクリアが可能だろう。
「これなら余裕っスね。ネガは飛んでる方頼むっス!」
「こっちは、ゆっくり過ぎて……狙いにくい、かも……」
 葵がメカへ向けて直進し剣で斬り込む間に、安幸はゆらゆらと浮かぶドローンへ照準を合わせる。素早くはないので目視はできるのだが、安幸にとっては遅すぎてタイミングを合わせにくいようだ。
 それでも、ゲームで鍛えられた安幸の勘はタイミングを逃さない。狙い済ましてドローンのライトを撃つと、浮遊していたドローンは地上へ下りて停止した。
「軌道のパターンが読めたらいけるけど、そういうのが苦手な人には難しいかもしれないな……要改善、と」
「こっちは見なくていいんスか?」
 自分の分を撃ち落とすとメモを始めてしまった安幸へ、葵が声をかける。はっとして顔を向けた安幸が謝るのを、葵は手を振って制した。
「ご、ごめんつい……!」
「いいっスよ、ネガは昔っからゲームのことになると夢中っスからね。こっち、オレにとってはワンキル問題なかったっス」
 葵が停止させた機体は特に大きな破損もなく、起動時に点灯していた『弱点』が消灯したまま待機状態にあった。
「停止してから、次のステージが始まるまでの待機時間が15秒くらい……だから……次は、担当……逆に、してみる?」
「OK、この速さならドローンも飛ぶ前に狙えそうっス!」
 葵が答えた直後、停止していたメカ達が再起動する。作戦通りに担当を変え、今度はドローンが飛び立つ前に葵が剣で仕留める。もちろん、『弱点』のライトを狙って停止させている。
(よく見たら、ライトはボディに埋め込んであるんスね。ボディもそこそこ硬めな素材か?)
 次の再起動までの15秒、葵は停止させたドローンを観察してみた。工学的な知識はそこまで明るくはないが、よく考えられた機体だとは思う。
「イージーモード、あと8ステージ……テストしたら……ノーマルモード、いってもいい……?」
「オレは今すぐノーマルでもいいっスけど、そこはネガに付き合うっスよ!」
 これは安幸の希望で始めたシミュレーションだ。彼があらゆる懸念を洗い出せるよう、彼が納得いくまで続けるのがいいと葵は思っていたし、イレギュラーズとして多くの戦場に立ってきた葵にはこの実験が長丁場になっても付き合える自信があった。
 安幸の広い視野で、少しでも良いものを作る手助けになれればいい――葵は嘘偽り無く、心からそう思っていた。

●モード:イレギュラー
 そろそろ、休憩に入ろうかという頃だった。
 シミュレーションのイージーモードはとうに終わり、メカやドローンが複数攻撃してくるノーマルモードの終盤に差し掛かっていた。この後にはハード、ベリーハード、ナイトメア……と難易度が上がっていくらしく、ノーマルモードの終わりと共に休むのが区切りとしてもちょうどいいと思ったのだ。
 思ったのだが。
「……おいネガ、これも設定通りとか言わないっスよね」
「ご、ごめん……」
 いくら終盤とはいえ、イージーモードの次のノーマルモード。
 確かにクリアできないほどではない、のだが――妙にメカの数が多かったり。ドローンが素早かったり。これまでに無かった、高度な連携をしてきたり。
 はたして敵に囲まれるほどのシチュエーションとは、本当にノーマルモードなのか――?
「……完全に、想定外です……」
「んなこったろうと思ったわ!」
 文句を言う間にもドローンがスポンジ弾を飛ばし、メカ達も剣や銃で攻撃してくる。あくまでもシミュレーション用ということで、ドローンやメカによる攻撃の殺傷能力自体は低い。しかし、このまま想定外の挙動が続いてシュミレーションルームの外にまで溢れ暴走でもしたら一大事だ。室外の人間にプロテクターは無い上に、他の機器にまで影響が出ないとも限らない。
「せ、設定時間が過ぎたら、自動で停止する……はず、だから……」
「本当だろうな!? よっしゃ死ぬ気で押し返すっスよ!」
 こうなったら休憩を返上してでも、手足が動く限りは自分達で片を付けねばならない。実際の戦闘で持久戦に臨むのとそう変わらない覚悟で、葵は剣を握る手に力を込めた。
「ええと……今はノーマルモードだけど、挙動はベリーハード手前のハード相当みたいだから……ドローンが偵察と対地戦力を兼ねていて……そうなると……」
 安幸は独り言のように呟きながら現状を素早く整理し、効率的な作戦を導き出す。
「日向君……まず、メカを盾にしながら突破しよう。ボクも同じのを狙うから!」
「よし来た! じゃあ、こいつの……」
 どのような状況でも、メカ達はルール通りに『弱点』を狙わないと停止しないところは変わらないようで。実戦のように無遠慮に破壊していい対象ではなく、自分も破壊できる装備ではないために、そこは正確に押さえておかないといけないのが面倒といえば面倒だ。状況自体はもはや非常事態だというのに。
 効率的に停止させるなら、安幸と分担して『弱点』を狙うのがいいだろう。しかし、個体によって『弱点』の点灯がまた異なっているのである。どれが狙いやすいか――と見定めている間に、この難易度のメカは先制攻撃を仕掛けてくる。
「うおっと、この!」
 メカの剣が命中する直前で躱し、葵は点灯している胸部を斬り付ける。しかし、一度攻撃しただけではまだ停止しせず、点灯している『弱点』も胸だけではない。
「胸から下は任せるよ……頭は、ボクに任せて……!」
 葵が前に出て『弱点』を斬る間に、後方から安幸がメカの頭部を撃ち抜く。立ち止まっていては他のメカやドローン達に狙われてしまうため、二人とも動きを止めないまま1体を集中攻撃することになる。
(他の『弱点』は……足首っスか、また狙いにくそうなところを……!)
 葵のこれまでの経験からすればひと思いにボールやスキルをストライクしてしまいたいところなのだが、今は敵の強さより何より『壊してはいけない』という制約が厄介だった。
「ネガ、もっぺん頭頼むっス!」
 葵に応え、安幸の正確なヘッドショットが2、3発と入ると、メカの頭部のライトは消灯した。
 同時に、メカが移動しようとして踏み出した足と足首を撫でるように葵が斬り付けると、一番近くにいたメカが停止する。
「次、その斜め後ろ!」
「いくらでも来いっス!!」
 停止させたメカをドローンからの盾にしながら、次のメカをターゲットにして攻撃を加えていく。そのメカが停止すれば更に次のメカへ、停止させたメカが再起動すれば対応――といった、終わりの見えない連戦をどれほど続けたかわからなくなった頃。
「……あ、あれ?」
 次から次へと攻撃してきたメカが武器を下ろし配置に戻っていく。不思議に思って葵が見回す間にドローンも散開していくと、初期配置に戻って床の格納扉へ格納されていった。
「タ、タイムアップ……何とか外に出さずに済んだ、みたい……」
 緊張の解けた安幸が、深い溜息と共にへなへなと肩を落として座り込む。
 シミュレーション施設の未曾有の危機は、どうにか回避できたようだった。

●未来への反省会
 シミュレーションルームを出て休憩する間、安幸は葵に頭を下げ通しだった。
「本当に、ごめん……ま、まさか、こんなことになるなんて……事前のテストも……何回もしたのに……」
「気にすんなって、実戦もこんくれぇの不測の事態はあるもんっスよ」
 むしろ、今回のテストに居合わせたのがイレギュラーズでチームメイトの自分だったのは幸運だったのではないか。葵が何度かそう諭すと、安幸も少しずつ頭を上げ始めた。
「日向君に、お願いしたのは……長時間、戦闘を続けられそうな人、って考えた時……他に、思い付かなくて……」
「信頼してもらえて嬉しいっスよ。オレはチームでは皆のキャプテンなんスから、もっと気軽に頼ってほしいっス」
 ほい、と葵が差し出したのはスポーツドリンク。次々と襲いかかるメカ達との戦闘シミュレーションはもはや実際の試合や戦闘と大差なく、疲労も大きかった。そんな時に仲間と飲むスポーツドリンクの味は、葵も安幸もよく知っるものだ。
「じ、じゃあ……今回の、調整……終わったら……また、お願いしてもいい?」
「もちろんっス! あ、でも次は難易度詐欺は無くしてくれると……」
「当たり前だよ! ボクも次はこりごり……」
 葵から貰ったスポーツドリンク一口含みながら、安幸は手元のノートやタブレットを確認していく。
「えっと……今回の反省点、イージーモードからまとめてみたんだけど……」
「おっ、そう言えば待機中色々メモしてたっスね! ネガの作戦メモ、試合の時も見てて楽しいんスよね」
 タブレットの画面を見せてくれる様子だったので、葵は事細かに纏められていた安幸の作戦ノートを思い出しながらそれを見る。画面にはやはり、見やすさより情報量を重視した反省点のまとめがあった。
「楽しい……? いっぱい書きすぎて、見づらくないかな……」
「ここ、イージーモードの第1ステージなんてすぐに終わったのに、こんだけ反省点あんのすげぇっスよ!」
「うっ……ご、ごめん……」
「いやいや、そんだけ妥協がないネガがすげぇんだって」
 わずかな時間でいくつも問題点を洗い出せる、その視野の広さにチームも助けられてきたのだ。それを有り難く思い尊敬こそすれ、責める理由などひとつもない。
「じゃ、ひとつずつ見てこう。このステージはネガ的に何が問題だったんスか?」
「銃で狙うにはスピードが遅すぎた、かな……タイミングが合わせにくい。剣で狙うにも遅すぎる、と思うけど……どう、だった?」
 安幸は筋金入りのゲーマーでもあるため、『不馴れな初心者の癖』を見抜いて難易度設定はできても、当事者の心理となると完全な理解は難しい。そこで葵を頼ったのだ。
「イージーの第1ステージなら、あんなもんでいいとオレは思うっスけどね」
「うーん……いっそ、第1ステージのメカは……動かずに止まっとく……とか?」
「ははっ、そこまでいくとドリブル練習のコーンみたいっスね!」
 誰もが失敗せず、プログラムを進める勇気を得るための、イージーの第1ステージ。その難易度設定は意外に難しい。しかも、問題はその第1ステージ以降にも山積みになっているのだ。
 二人の試行錯誤は休憩が終わった後半のシミュレーションへの反映へ続き、また見付かった反省点を反映しては反省していく――そんな繰り返しのテストプレイがようやく終わりを迎えた頃には、広い青空を照らしていた太陽がすっかり藍色の空の彼方へ沈もうとしていた。

  • 【RotA】イレギュラー・シミュレーション完了
  • GM名旭吉
  • 種別SS
  • 納品日2024年01月12日
  • ・日向 葵(p3p000366
    日向 葵の関係者
    ※ おまけSS『最適睡眠時間』付き

おまけSS『最適睡眠時間』

●人には人それぞれの
「ところで、一日何時間くらい寝てんスか?」
 シミュレーション後、いい時間なので近くのファミレスで晩御飯を共にしていた時。ふと、そんな話題になった。
 今回の連絡は葵のアプリにメッセージで来ていたのだが、その着信時刻が深夜4時。寝るには遅すぎるし、起きるにも少し早い、そんな時間だったのだ。彼は一体いつ寝ているのか。
「んー……多くて4時間、短い時で30分とか……?」
「『多くて』4時間!? 眠くならないんスか?」
「別に……それ以上は逆に疲れる、から……起きてもぼんやりしたままで……」
 では、その目の充血具合は何が原因なのか――という疑問が首をもたげるのだが、それはそれ。
 運ばれてきた唐揚げ定食へ手を着ける安幸に、葵はもうひとつ問う。
「サッカーの試合の時も4時間、スか」
「うん。流石に試合前日に30分で済ませることは……あんまりない、……はず」
「オレも試合前は興奮して寝られない時はあるっスけど……バテねぇ?」
「スタミナは……昔から課題……」
 やはりその睡眠時間が問題なのでは?
 サッカーでも戦闘でも、安幸のパスやエイミングは計算され尽くされていて極めて正確なのだが、それ『だけ』に極振りされているのだ。それが彼の良いところでもあり、悪いところでもあり。
「4時間以上は寝ても疲れるって話っスけど……やっぱり寝ないと疲れって取れねぇっスよ。試しにちょっとだけ長く寝てみるのはどうっスか?」
「でも……寝てる時間あったら、やりたいこと……たくさんあるし……集中力、切れちゃうし……」
「スタミナねぇと、やりたいことも満足に続かねぇと思うっスよ。目閉じてるだけでも違うって聞いたことあるっス」
「その時間があれば……」
「ネガ」
 安幸はどうにも睡眠時間を無駄と捉えがちだったが、葵が重ねて提案するとしぶしぶ納得していた。
「今日は、日向君をたくさん付き合わせたし……仕方ないから、今日だけ……30分長く寝てみる……それで、いい?」
「そこまで嫌っスかね、寝るの?」
「8時間睡眠とか……頭痛くなりそうで……気が、狂いそう……」
 悪夢を見るわけでもないのに、気が狂いそうとは。
 もはや睡眠を憎んでいそうな安幸がこの後どうなるのか、少し気になる葵だった。

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