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何度でも君を守るよと
登場人物一覧
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――輝かんばかりの、この夜に!
今日この日を象徴する常套句。
誰も彼もが戦うことを止める12月24日の夜。
多くが聖女のお伽噺と共に大切な人との僅かばかりかもしれない平穏を楽しむ日。
いつもなら、その日はセシル・アーネット (p3p010940)にとって家族と会える日だった。
騎士として貴族として、天義という国に働いている兄や両親。
家族との時間が流れる穏やかな日だったけれど、今年は違っていた。
もしかしたら来年も、再来年も、そうなるかもしれない。
そうなれたら、いいのになと、思う気持ちが胸の奥で温かく熱を持っていた。
「――輝かんばかりの、この夜に!」
笑いかけてくるフラヴィア・ペレグリーノ (p3n000318)の姿を見て、セシルは同じ言葉をかける。
しっとりとした黒髪にほんのりと雪が触れては溶けていく。
もふもふの手袋ともこもこのマフラー、暖かそうなコートに身を包んだフラヴィアの顔にはほんのりと赤みが差している。
荷物は小さな手提げ鞄一つだろうか。
「フラヴィアちゃん……すっごく似合ってる!」
「えへへ、ありがとう」
驚いて目を瞠った少女がそう表情を緩めて笑ってくれる。
その表情に、セシルはどきりと胸が鼓動を打つのを感じた。
(……うん、やっぱり、僕は)
その表情に、その声にセシルは胸に寄せる思いを確かめる。
あの日、彼女に掛けた言葉は忘れようもない。
胸がいっぱいになって、昂る気持ちのままに剣を振るった。
溢れんばかりの想いを全て捧げた。
それに後悔はなかった――それでもあの時は戦場だった。
掛けた言葉も、想いも嘘じゃない――と信じたい。でも戦いが終わって落ち着いてしまった。
冷静になって、あの時の事を振り返ってみた。
ほんの少しの不安と共に、この胸に灯る温かな気持ちが嘘じゃないという証拠が欲しかった。
「セシル君? 大丈夫?」
でも――不思議そうに首を傾げて、つぶらな瞳を向けてくれる女の子はやっぱり大好きだった。
「うん、大丈夫だよ」
「そっか……じゃあ、そろそろ行こっ!
あんまり遅くなってもお店とか閉まっちゃうかもしれないよ!」
目をぱちくりと瞬かせた少女は、もこもこの手袋で手を差し伸べてくる。
自然と差し出された掌に自分のそれを重ねるのに、少しだけドキリとした。
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ぎゅっと握られた少女の手と固く結び、2人で一歩目を踏み出した。
ぎゅっ、ぎゅっ、と雪を踏みしめる音を確かめるように、セシルは歩き続けた。
少しの緊張と胸の鼓動は、温かくて分厚い手袋のおかげできっと届いてないだろう。
「……あんなことがあったからか、やっぱり少しだけ静かだね」
ふとフラヴィアが小さな呟きを漏らす。
どこか寂しそうに、イルミネーションに彩られた街中を見上げている。
冠位傲慢との決戦もあり、例年に比べてしまうとずっと物静かだった。
「そうだね! でもきっと、来年は今日より賑やかになってるよ。そうなるように、したいよね」
少女の横顔を見ながら、セシルは小さく頷いてからそう声をかけた。
「そうだね! うん、そうなってるといいね……ふふ」
最後に小さく笑みをこぼすフラヴィアに、セシルは思わず首を傾げた。
「うぅん、なんでもないよ」
意味深に柔らかな笑みをこぼして、少女はそう言って。
「ただちょっと、嬉しかっただけ。来年もまた一緒に見てくれるのかなって」
「――! も、もちろんだよ! また来年も来ようね!」
「うん、約束だよ?」
思わず驚いて声を上ずらせれば、そう言ってフラヴィアが笑ってくれる。
「オルタンシアさんとの戦い……大変だったね」
「そうだね……でも、こうやって無事にシャイネンナハトが出来てるから、良かったと思う」
セシルはフラヴィアの方を向いて声をかけた。
少女は柔らかく応じながら、イルミネーションを見て微笑ましそうに目を細めた。
「……長かったけど、先生たちも安らかに眠れてるのなら、きっとそれが一番だと思うから」
そう微笑む少女はどこか大人びて見えた。
「あ、そういえば……遅くなっちゃったけど……そのマフラー、着てくれたんだね」
ふと、フラヴィアがセシルの方を向いて笑いかけてくる。
「……あ、うん。そうだよ、フラヴィアちゃんが僕にくれたプレゼント」
そう言われて、思い出す。
セシルが巻いてきたマフラーはフラヴィアからの誕生日プレゼントだ。
「ふふ、それならちょうど良かったかも……これ」
どこか擽ったそうに笑って、フラヴィアが手提げ鞄からリボンで結ばれた小包を取り出した。
「えっと、シャイネンナハトのプレゼント……」
そう言ってマフラーに顔を埋めるフラヴィアの顔にほんのりと朱が差しているのは、きっと気のせいじゃない。
「わっ! ありがとう! 開けてもいい?」
頷くフラヴィアからプレゼントを受け取り包みを開いてみれば、そこには手袋が入っている。
デザインを見る限り、セシルが今巻いているマフラーとお揃いのようだ。
「これ……もしかして、フラヴィアちゃんが……?」
「うん、マフラーを作ったときに使った毛糸がまだ合ったから……せっかくだからって」
はにかむフラヴィアの表情に、更にドキリと胸が跳ねた。
「わー! ありがとう! あ、僕からもプレゼントあるんだけど……後で僕の家によってほしいな」
「うん、分かったよ!」
不思議そうに首を傾げられた。プレゼントは、決めていた。
ただ、持ってきてなかった――少し、大きな物だったから。
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その後、2人はゆっくりとデートをしながらセシルの家にまで戻ってきていた。
家に入った2人はセシルの部屋まで移動すれば、そこには小さな――それでも持ち歩くには大きな箱が1つ。
「僕からのプレゼント、何か考えてたんだけど……マーシーのぬいぐるみ」
「わぁ……ありがとう! 大切にするね!」
驚いた様子のフラヴィアが、箱を抱えて嬉しそうに笑ってくれる。
「……フラヴィアちゃん」
その様子を見ていたセシルは、小さく声に漏らす。
「セシル君、どうかしたの?」
不思議そうに、首を傾げる彼女は綺麗だった。
夜をちりばめたような黒色の瞳に呑みこまれるような気がして。
それに抗うことなんて出来なかった。
最初は健気に頑張っている君を見て、応援したくなった。
真面目で頑張り屋さんで、だから根を詰めすぎるのかなって、そう思っていた。
年の近い女の子が、こんなにも頑張ってるんだから、護りたいと思った。
今にして思えば、どこかでフラヴィアのことを可哀想な子だと思っていた気がする。
そして、彼女を守れなかった日の事は今でも鮮明に思い出せるくらい、悔しかった。
今日一日、落ち着いて自分と向き合ってみた。
戦場の熱は冷めて、シャイネンナハトの雪は真っ白な心にフラヴィアという黒を落とす。
それでも、落ちついて自分と向き合い、フラヴィアと向き合って改めて思う。
「僕、セシル・アーネットはフラヴィア・ペレグリーノが大好きです。
……まだ恋人になるとか、そういうのはよく分からないけど、でも。絶対に、君を守ると誓うから」
膝を着いて、少女の手を取って誓う。
驚いた様子のフラヴィアと真っすぐに目が合った。
「うん――私も、セシル君の事が大好きだよ。
これは、あの戦場だったからってわけじゃない。
いつも私を守ってくれて、一緒に居てくれる君だから、大好きなんだ」
そう、はにかんで答えをくれた。