PandoraPartyProject

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アイリスは咲いた

登場人物一覧

リリアム・エンドリッジ(p3p010924)
記憶なき竜人
リリアム・エンドリッジの関係者
→ イラスト
リリアム・エンドリッジの関係者
→ イラスト



 無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオスは主要国の一つ、幻想レガド・イルシオン。古き良き貴族文化が栄えており、ローレット本部もあるこの国では様々な事件に勤しむ特異運命座標イレギュラーズは多い。
 現にこの国で起きた事件は他国を見ても群を抜いているだろう。最近ではギルドマスターがいろいろややこしい事になっているがそれはさておいて。『記憶なき竜人』リリアム・エンドリッジ(p3p010924)もほんの少し前から深いため息を零しては悩ましげな表情を浮かべていた。



──数日前。
「はぁ〜食べた食べた!」
 リリアムの前には多量の食器、今日も今日とて食べ盛り……と言うにはなかなか控えめな程度の食事を終えたところだったようだ。
「嬢ちゃん気持ちいいぐらい食べてぐれるね〜」
 そう声をかけるのは店主だろう、リリアムの気持ちのいい完食っぷりに大満足の様子だ。
「美味しかったからついつい! また食べに来るよ!」
「おう、嬢ちゃんみたいな子なら大歓迎だ!」
 グッと親指を立てる店主に対して、リリアムも嬉しそうな笑顔で同じく親指を立て返した。
 リリアムは特異運命座標である傍らこうして時間のある時には街の食堂や喫茶店で美味しいものを頬張る……それが彼女の中でこの世界で見出した楽しみの一つとして存在していた。
 ここ無辜なる混沌に来た当初こそ途方に暮れた瞬間もあったが、今では頼りになる仲間の存在もあり自分でも気楽に過ごせていると思っていた。
(あっ!)
 街をふらりと歩いていたリリアムはふと見知った顔を見つける。屈強そうなその影はエルドラ・ゴルドファー……彼とは彼から勝負を挑まれリリアムが勝利してから何かと縁深い関係になっていた。
「エルド、ラ……」
 いつものように元気よく声をかけようとして彼の他に影がある事に気がつく。どうやら女性のようだった。
「ねぇ〜ちょっとくらい良いでしょ?」
「んな事言われてもな……」
 エルドラに積極的に密着する女性。どうやら逆ナンと言うやつだと知識を付けてきたリリアムは何となく察した。
(美人さんだ……)
 顔が整っており胸も大きく背もエルドラと並べば小さく見えてしまうがそこそこの身長に見える女性……テンプレートな美人の特徴に限りなく近いと思うと同時に、リリアムはエルドラの表情にも目を奪われる。
(な、なんか……う、嬉しそう……?)
 リリアムの目にはなんだか逆ナンされて嬉しそうに笑っているように見えてしまって、何故かモヤモヤとした気持ちが胸の内で疼いた。
「っ……エ、エルドラさーーんッ!!」
 そんな気分に耐えられなかったリリアムは勢いに任せて二人の間に割って入るように突っ込んでいった。
「きゃあ?! な、なに?!」
「わ、リ、リリアム?!」
 突然の突撃に当然驚く二人。
「ちょ、ちょっと! なんなのよあなた!! こっちが先にナンパしてたのに邪魔しないでくれる??」
 それとも彼の知り合いなの? と、不機嫌そうに聞いてくる女性にリリアムは即答出来なかった。
(そう言えばエルドラさんとはどんな関係って言えば……)
 特異運命座標仲間? 単なる知り合い? その程度ならナンパされている現場をスルーしてもいい、ましてや彼が喜んでいるように見えたのだから尚更だ。だがそんな現場にリリアムは割って入った、自分の行動の意味に混乱していると──。
「こいつは俺の惚れてる女」
「はぁ?」
 リリアムの代わりに答えたエルドラに女性は呆れたような声を上げた。
「何それ彼女って事ォ? そう言うの先に言いなさいよ?!」
 そう怒りを滲ませた女性はその場から去っていった。
「エ、エルドラさん……?」
 そんな女性の様子を見てリリアムはなんだか申し訳なさそうにおずおずとエルドラを見上げた。嬉しそうにしていたところを邪魔してしまって今更ながら罪悪感を抱いたようだ。
 だがそんな彼女にエルドラはニカリと笑い……
「助けを出してくれてありがとな」
 とリリアムの頭を撫でた。
「た、助け……?」
「ああ。あの女しつこくてよ、どう逃げればいいか考えてたとこだった。助かった」
「そ、そう……なの……?」
 てっきり邪魔されて怒られるのかと思っていたリリアムとしては拍子抜けだったが、今度はエルドラに頭を撫でられていると言う現状に顔が火照り始めてきた。
「ん? おい、なんかお前顔赤くねぇか?」
 ふとエルドラにそう顔を覗き込まれたリリアムは、何故か急に恥ずかしくなってしまい
「へ?! な、ななな何でもないよ?! 何でもない……何でもないよーーーー!!!!」
「は? あ、ちょ、おい!!」
 エルドラが止めるのも虚しくその場から大急ぎで逃げ出した。



 ──それが数日前の出来事である。
「なんで逃げちゃったんだろ……」
 エルドラとはなんだかんだ距離が近くなる事が多いのは自分でも思っていたがはこんなものだろうとも思っていた。
 梅雨の季節に彼の傘の中に入った事もあったし、夏の季節に海の感触に驚いて彼の身体にくっついた事もある。その時は水着だったしなんなら肌に触れた事もあるくらいだった。
 その時はこんなに顔が熱くなる事なんてなかったはずだったのに、今ではエルドラの事を考えるだけで悶々としている状態だ。こんな状態で彼と話すなんて……また何か指摘されたら逃げてしまう事はリリアムであっても想像にかたくない状況だった。
「自分で触っても熱い……なんでだろ……」
 両手で顔を覆いながら思い吹けるリリアム。顔が熱いのと、彼の……自身の頭を撫でる感触を思い出したら、それだけで心臓の音が煩くなってしまっていた。心做しか苦しささえ感じてくる。
「こ、こんなんじゃエルドラさん本人の前だったらどうなっちゃうんだろ……でも」

 ──会えないのは、嫌。

 リリアムにとってエルドラといつまでも会わないと言う選択肢は残っていない。だからこの状況をどうにか解決したいと思うものの、自分の力ではこの数日で考えた限りでは辿り着けそうになかった。

「で?」
「どう思う?!」
「……」
 よく……よぉく考えた末にリリアムが出した答えは……ラ・カウルに相談する、と言う事だった。彼とも特異運命座標仲間として交流を深めている一人だが、彼とはお互い兄妹のような感覚で接する事が出来ていた。
 それはカウルもリリアムを妹のように親しげに接しているのも一つの要因となるだろう。だからこそリリアムもこうして兄に頼るように相談をもちかけた訳だが、カウルの方は複雑そうな表情を浮かべていた。
「なんでよりにもよってあの酒飲みが……」
「へ?」
「いや、まぁこの際いい……良くは無いがいい事にしておかないと話は進まんな」
「??」
 妹のように可愛がっている彼女の相談内容にカウルは頭痛がした。あんな……昼間から酒を飲み歩いてるダメ男の塊のように見える男にリリアムが……恐らくは恋心を抱いているなんて信じたくは無い。……信じたくは無いが。
 リリアムが真剣に話す様子からも本気で悩んでいると言った具合からして受け入れざるを得ないのだろうと天を仰ぐ。
 ヤツの事を嫌っている訳では無い。ただ、他に居なかったのだろうかと思わざるを得ない程度にはカウルからのエルドラの印象はそこまで良くないと言う事がこの様子から見ても理解出来た。
 可愛い妹をヤツに差し出すのは些か……些か気が引けたが、しかし妹のように思っている彼女の恋は応援したい。彼女の失恋を望んでいる訳では無いカウルはまた大きなため息を着きながらも長いようで短い葛藤を終えて一つずつ質問する事にした。
「それはいつからだったんだ?」
「……わかんない、き、気づいたら……その、この前! この前……エルドラさんが逆ナン? されてるのを見てたらモヤモヤして! それで、それで……」
「モヤモヤ、か……」
「女の人とエルドラさんの距離が近くて! エルドラさんはなんだか楽しそうに見えたから、かな……あ! でもその後に困ってたって言ってたんだけどっ」
「……へぇ、意外だな」
 あんな女を侍らせてそうな見た目の男なのに……とやや偏見的なカウル。
「その後に助けてくれてありがとなって……その、頭を撫でられて……」
「……私もたまに撫でているぞ?」
 そう言いながらリリアムの頭を撫でるカウル。きっと彼なりの兄としての邪念はありそうだがそれはそれとして。
「お、おかしいよね? カウルさんには何も感じないのに、エルドラさんに撫でられたら急にドキドキして……顔が熱くなって……それでっ」
 その時の状況を思い出したのかリリアムは顔を赤らめ両手で顔を覆ってしまう。それは明らかに、カウル的には到底認めたくないが明らかに……『恋する乙女』そのものである事を物語っていた。
(……何故あの男なんだ)
 繰り返すように胸の中でこだましては消える言葉にカウルは自身のこめかみを押さえる。
「……別に、おかしい話でもない」
「へ?」
 相談しに来てくれたリリアムに頼ってくれて嬉しいと思いながらも、こんな事を自身で伝えなくてはいけない自分の役割を軽く呪う。そのぐらい大切に、しかし妹と言う概念からは外れない程度に思っている存在だ。見捨てる事などカウルには出来まい。
「…………簡単な話だ、お前はあの男に……エルドラに恋心を抱いている。……ただそれだけの事だろう?」
「こ、い……?」
 渋々、相当に渋々告げたカウルの言葉を聞いたリリアムは目を見開いた。彼女にとっては予想外の答えだったようだ。
 何せこれまで……と言っても記憶を所有してなかった彼女からしてみればこの世界に来てから、だが。それでも恋と言う未知なる感情を思いときめいて、そして納得した。
「恋……」
 驚いて、納得して、安堵する様子の彼女を見たカウルは、さながら巣立つ娘を見届ける父親ようなそんな心情だったかもしれない。
「それで?」
「ん?」
 カウルはもう諦めたかのように溜息混じりにリリアムを見る。
「この後、お前はどう進むんだ?」
「すす、む……?」
「……恋は、自覚して終わりではないだろう。……自分の気持ちに気づいて、お前はどうしたいんだ?」
 カウルにそう言われたリリアムはハッとする。これまで恋をした事がない彼女としては何をしたらいいかわからなかったが、それでも
「会いたい」
 彼女の口からはそんな言葉が自然と零れ落ち、カウルも肩を竦めた。
「ドキドキして……う、上手く話せないかも……だけど……でもなんか、なんかねっ……この気持ち、伝えなきゃって!」
「なるほどな。……いいんじゃないか」
 先程まで酷く葛藤していたカウルだったが、数度記述している通りリリアムを応援したい気持ちは大いにある。だからそう彼女を肯定した。あくまでもリリアムの心情を優先に考えた結果の言葉だ。
 だがリリアムはその言葉で背中を押して貰えたような気がし、カウルに笑いかけた。
「うん、じゃあ伝えてくる!」
 まさに善は急げと言った具合に彼女は行動した。
「……やれやれ」
(振られでもしたら慰めてやろう)
 肩を竦めるカウルだったがリリアムを見送る視線は温かかった。





 ──場所は変わってとある酒場。
「ふぅ……」
「なんだいエルドラ、ため息なんてついて辛気臭ぇな〜」
 ガハハと笑う飲み仲間にエルドラは苦しげに笑う。
「最近調子が悪くてよ」
「なんだよらしくねーな〜」
 肩を組んでくる仲間にこの酔っ払いめと悪態をつきつつも満更でもなさそうに笑った。

(避けられてる、よなぁ……)
 悩みの種はこちらもリリアムだ。周りからどんな印象を持たれていれど、エルドラとて元の世界では自分自身が惚れた腫れたと言った状況に縁遠かったようだ。
(確か変な女に声をかけられてからだったか)
 何かマズイ事をした記憶は彼には無い。寧ろ誤解がないように助けてくれた事にお礼を言ったぐらいだ。『俺の惚れてる女』と言った事だってあのリリアムが気にしているとは思えない。これまでがそうだったからだ。
 そう考えると少し虚しさが滲んでくるがそれはたまたま己が惚れた女がだっただけの事でしかない。
 別に完全に嫌われているわけではなさそう……と言うのは何となく察するが、こうも密やかに避けられるのは些か気持ちが悪い。
(いつものあいつならド直球に言ってきそうなもんだが……)
 何かしらのイレギュラーでもあったのだろうかと彼の心は上の空だ。
「こーらエルドラ!」
「うわ!」
 柄にもなく考え込むエルドラに仲間は気分を返させようと背中を叩いた。
「とりあえず飲め! 飲んで抱えてるもん今は忘れちまえ!」
「そうだぜエルドラ! いつものアンタみたいに豪快に飲んでくれや!」
「ったく他人事だと思ってよー」
 仕方ないヤツらだとエルドラが苦しげに笑うと仲間達はガハハとまた豪快に笑った。
 するとそこへ──。

「エルドラさーーーーん!!!!」
「リリアム?!」
 そこへ勢いよくドバーンッと出入口の扉を開いて現れたのは、先程までエルドラの悩みの種であったリリアムだって。
「うぉ可愛い子ちゃんじゃねぇか〜なんだよエルドラ、呼ばれてるぞ〜?」
「こんな可愛い子が傍に居たのかよ〜エルドラも人が悪いぜ〜」
「うるせぇ……」
 これ幸いとエルドラをからかい始める仲間達に苛立ちつつリリアムの元へ向かう。リリアムはリリアムでエルドラと視線が合わさると目を見開き慌てて彼の元へ向かっていった。
「エルドラさん、エルドラさん!」
「な、なんだよ落ち着け。どうした?」
 何故だか興奮状態のリリアムを目の前にして一周まわって冷静になれたエルドラは、そう落ち着いた声で聞いていた。
「私、私っ!」
「ああ、なんだ」
「私っ……エルドラさんの事が好きなんです!」
「そうかそう…………は、は??」
 あれほど悩んでいた相手から急に聞こえてきた言葉に思わず聞き返してしまった。
「で、ですから! 私、エルドラさんの事が好きなんですってば!」
 聞き返してきたエルドラに少し恥ずかしそうにするリリアム。そんな姿にエルドラは笑えてきてしまった。
「全く……避けてた理由はそれなのか? ならもっと早く言ってくれればいいものを」
「しょ、しょうがないじゃないですか! 気づいたのさっきなんですもん!」
「しかも気づいてすぐここに来たのか。までも、お前らしいか」
 リリアムの根っからの真っ直ぐさに呆れと微笑ましさとが合わさってまた笑えてくる。
 エルドラはこの瞬間が来る事を待っていた。
「……俺も好きだ、リリアム」
「へ?」
「なんだそのすっとぼけた声は」
「振られると思ってたから……」
「何をどうして……まぁお前は鈍感だから仕方ないか……」
 リリアムの言葉に少し頭を抱えたがエルドラは彼女に向き直り、そして真剣な目で見つめる。
「俺も前からずっと好きだったぜ」
「エ、エルドラさん……っ」
 リリアムは感極まってエルドラに抱きつくとエルドラも抱き返すように答えた。
「ヒューヒューお二人さん!」
「見せつけてくれるぜ全く……」
「あ……やべぇ、ここ酒屋だったの忘れてたな……」
 すっかりリリアムのペースに飲まれていたエルドラはこめかみをポリポリと掻いた。
「なんでぇエルドラも隅におけねぇなぁ〜?」
「もしかしてさっきまで心あらずだったのはこの子の事か〜?」
「……全く、こんな時ばかりからかってくれる」
 でも不思議と嫌では無いのは仲間達も心から祝福してくれていると感じるからであろう。
「あの、あの……!」
「真面目に答えなくていいリリアム」
「ぁ、えっと」
「さっきまでの威勢はどこへやら、だな?」
 仲間たちからの祝福も受け、急に恥ずかしくなってしまったリリアムを見てまた笑うエルドラ。
 彼もきっとこれは夢では無いのだとそれで実感出来たのだろう。

 そしてその後、二人は周囲が盛り上がる中また抱きしめ合い、お互いの気持ちを再確認しただろう。
 ここで漸く、二人の気持ちは確かに繋がった。

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