PandoraPartyProject

SS詳細

交響曲第7番『英雄の誓い』

登場人物一覧

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色


 始まりはまるで風が草木を揺らすように静かに。
 徐々に激しく。嵐の到来を予感させるように。

 微かに震えながら目を開く。
 イズマ・トーティス(p3p009471)はゆっくり息を吐き出した。
 目を閉じていたのはほんの数分だったのに、気がつけば窓の外はすっかり暗くなっており、朝から降っていた雨が白い雪に変わっていた。
 空から落ちる雪は粉雪でも牡丹雪でもなく、風に軽く遊ぶように見えながらじっとりと水気を含んでいるらしく、ノロノロとだがまっすぐ地に向かって落ちていく。それもひっきりなしに。
 なるほど寒いはずだ。
 体が震えるわけだ。
 部屋の中が肩に重く感じるほどしんとしている事にも得心がいく。窓の下に積もった雪が外音を残らず吸い込んで、部屋の中に入れないのだ。
 そもそもここにいるのは自分だけで、歩いて行ける距離に民家は一つもないのだが。
 暖炉に火をくべようとして椅子から立ち上がり、思い直して座る。
(「出だしだけでも先にやってしまおう」)
 灯りをつけて、五線譜の上に羽ペンを走らせる。
 デスクランプが落とす柔らかな光の輪の中で、北海の色をした音符の連なりが綴られていく。
 曲の冒頭部分を楽譜に書き起こしたところで、イズマはペンをそっと置いた。
 五線譜に視線の針を落とす。
 頭の中で響きだした冒頭部分は、嵐というよりも木枯らしだった。
 これではだめだ。
 あの戦いの最中に聞いた旋律はこれで間違いない。たが、作曲したイズマティヌスが意図したものとは大きくかけ離れている。
(「たぶん……。だけど間違いなく違う」)
 少なくとも今のままでは交響曲としてあまりに貧弱すぎる。
 曲の冒頭は第一ヴァイオリンだけでなく、第二ヴァイオリンを加えて旋律と和音を補強する必要があるだろう。
 彼の戦いでこの曲が演奏された時、敵のヴァイオリン演奏者はたった4名だった。イレギュラーズとの戦闘で何人か倒されていたためだ。
 いや、そもそも影の天使で作られたオーケストラと違い、初めから数もパートも揃っていなかったのかもしれない。
(「急いで曲をアレンジしたんだろうけど、不完全なオケ編成でタクトを振るのは不本意だっただろうな」)
 イズマは頭の中に、あの日、空から俯瞰した戦場を描き出した。
 どの楽器がどこに、どれだけいたか。
 『指揮者』イズマティヌスと各パートの位置関係は。
 戦場にチェロはいた。低音域で力強い旋律を奏でて、しばしばメロディの骨格を支えていた。
 だけどコントラバスはいなかった。
 中音域を担当し、ハーモニーの補完やコントラメロディを演奏するヴィオラもいなかった。時には旋律にアクセントや深みを提供する重要なパートだというのに。
 哀しみが心をふさぐ。胸が重い。
 午前中に『使徒と熾天使の会話』という名のセレナーデを楽譜に起こしたのだが、このときには感じなかった負の感情だ。
 『使徒と熾天使の会話』が演奏されたのは戦いが始まってすぐのことで、交響曲よりも本来必要な楽器の数が少なかったことも幸いし、ほぼ完全な形で演奏された曲を聞くことができた。
 だからイズマが新たに作ったり補完したりするパートは特になく、耳によみがえらせた音を忠実に五線譜に落としていくだけでよかったのだ。
 戦闘で生じたさまざまなノイズ――爆発音や斬撃の音だけでなく、その時に己が感じていた感情も削ぎ落し、反響のない空間で緩慢に散って流れる音を束ねて直す。
 その作業はけっして楽ではなかったが、古代遺跡で貴重な文化財を発掘をしているような楽しさがあった。
 対して『英雄の誓い』の楽譜起こしは、古典絵画の修復に近い。
 イズマのオリジナルになってしまわないように、非常に繊細かつ注意深く進めなくてはならないだろう。 


(「まいったな。まだ冒頭部分に手をつけただけなのに」)
 とっくに癒えたはずの傷が疼く。
 『指揮者』イズマティヌスからうけた痛恨の一撃。
 銀のタクトがみぞおちに突き刺さる感覚が蘇り、思わず低くうめいた。
 傷はとっくに癒えている。これはストレスからくる幻の痛覚だ。
 軽く下唇を噛んでやり過ごす。一秒、二秒、三秒……。
 イズマはペンを取った。
 主旋律に寄り添う影をイメージしながら、第二の旋律を五線譜に書き加えていく。
 第一ヴァイオリンが木の葉を攫って空に飛ばす風ならば、第二ヴァイオリンは地を這う旋風だ。草を薙ぎ、戦場に枯れ草を転がす。
(「これを実際に演奏するときは、第一ヴァイオリンを16人、第2ヴァイオリンは14人にしよう。そうだな、初演はリッツパークにある音楽ホールがいいな」)
 心にメモ書きする間も、ペンは止まらない。
 次々と他のパートも書き加えていく。
 第二章一節でヴィオラとチェロが参戦し、鋭く響くヴァイオリンの音色の上に、オーボエ、クラリネット、バスクラリネットのトリルが小気味よく続く。
 力強い弓の運動によって次第に緊張感が高まっていく中、いよいよ二節で金管楽器が英雄たちの登場を提示するのだ。
 ファゴット、ホルン、チェロで英雄たちが駆けつける予兆の調べを重ね、弦楽器の風の音をさらにたたみかけていく。
 バストランペットとホルンで敵兵士の動揺を表し、トロンボーンとトランペットが力強く英雄たちの登場を告げる。
 敵を倒し、勝利する。
 ここで迫りくる敵の軍勢の前に立ちはだかった英雄たちが、希望を失い怯えている人々に対し、誓いを立てるのだろう。
 タイトルの『英雄の誓い』の部分だ。
 聞くだけで気持ちを奮い立たせる演奏が求められる。
 その威厳ある音色で聴衆を圧倒するとともに希望を感じさせなくてはならない。
 このハイテンポな曲を魔力を絡めて演奏すると、味方を鼓舞して奮い立たせ、攻撃力を高めてくれるはずだ。
 逆に敵はその迫力に圧倒され、たちまち劣勢に追い込まれる。
 だが――。
(「あの時のトランペットは強いアタックを伴った音色だったけど、高音域では音がどうしようもなく不安定でブレブレだった。バストランペットもトロンボーンもいなかったし……」)
 それに音の歯切れも悪かった。
「いま思えば残念な演奏だったな」
 イレギュラーズにとってはそれでよかったのだが。
 しかし、イズマには理想郷にいた音楽家たちの演奏レベルが低いとは思えない。
 それなり以上の腕がなければ、遂行者アルヴァエルの目、いや耳にとまって理想郷に召し抱えられることはなかったはずである。
 平和だった理想郷の中では、戦いながら演奏することがなかったのだろう。あれはぶっつけ本番、理想郷と自分たちの存在そのものをかけての演奏だったのだ。
 もしも、と思う。
 あの場にアルヴァエルがいて、彼女が召喚した影の天使の楽団がいたならば、と。
「あ~、ダメだ。やっぱり集中力が落ちている」
 ペンを今度はちゃんとペン立てに戻し、椅子にすわったまま大きく伸びをする。
 ちょっと瞑想しただけでは集中力を取り戻せなかったようだ。午前中の作業でエネルギーを使い果たしてしまったらしい。
「そういえばお昼も食べてないな」
 イズマは立ち上がり、部屋を出る。


 ジャガイモのガレットと固いパン、それと紅茶。サラダなし。
 シンプルな昼食をすませたあと、イズマはランタンを片手に備蓄されている薪を取りに猟師小屋を出た。
「やっぱり積もっていたのか。さっさとすませて中に戻ろう」
 薪は管理人の手によって、猟師小屋の裏にきちんと積まれているはずだ。
 イズマが行くことは事前に手紙で知らせある。
 猟師小屋と言ってはいるが、その実は幻想国北部にあるトーティス家の冬の別荘である。小さいとはいえ、ピアノが置かれたリビングに寝室が2つ、予備の客室にダイニングキッチンとサウナまであるのだ。
 イズマは横着せず、上着とマフラーを巻いて外にでるべきだった、と後悔した。薪を運ぶために手袋はしているのだが、そんなものでは真冬の寒さから身を守れない。
 さく、さくっと小さく音をたて雪に沈み込む足の先がチクチクと痛む。
 温暖な海洋の自宅ではなく、ここで作業をすることにしたのにはちょっとしたワケがある。
 トーティス家に引き取られる以前、『指揮者』イズマティヌスとその母親はこの辺りに住んでいたことがわかったのだ。
 当時のトーティス家当主が冬狩りを楽しむためこの小屋に滞在していた時に、身の回りの世話をするために雇われたメイドを見初めて手をつけた。そして妊娠し、のちに命を落として致命者となりイズマの前に立ちはだかる『指揮者』イズマティヌスを産んだ……。
 定かではないが、わずかに残っている当時の記録や文献、歴代当主たちの手記などからイズマが推測した話である。
 『指揮者』イズマティヌスが母親とともに暮らしていた猟師小屋は現存していない。イズマの数代前の当主時代に焼け落ちて、立て直されている。
 当然、その当時の面影は残っていないはずなのに、イズマは来てすぐ、交響曲第7番『英雄の誓い』創作の原点はここだ、と確信した。
 おそらく、交響曲第7番『英雄の誓い』は鉄帝と幻想の国境で起こった大きな紛争を元に作られたのだろう。幼いころに母親から聞かされたか、『指揮者』イズマティヌスが実際に戦火を体験したのかまでは解らないが。
「よかった。ちゃんと用意されてた」
 薪を一抱えして、急いで引き返す。
 山から吹きおろしてくる冷たい風が、オオカミの遠吠えを運んでくる。
 見あげた空に星がぽつんと輝いていた。


 暖炉で薪がパチパチと温かな音を立てて燃えている。
 集中力を取り戻したイズマは、五線譜に羽ペンを走らせた。
 頭の中で奏でられるトランペットは、雄々しく、勇者たちが迫ってくるかのような迫力に満ちている。
 ホルンの重厚な響きでテーマ性を一層深化させ、まるで壮大な冒険が幕を開けるかのような期待感を醸し出す。
 その音色はまるで雄大な山々のようだ。
 怒涛の勢いで攻めてくる帝国兵士に、イレギュラーズが不動の守りとなって立ちはだかる――。
 そこでイズマは、自分がイレギュラーズとして幻想国側に立ち、曲を再現していることに初めて気づいた。
 肥沃な土地を求めて国境を広げんとする鉄帝国に、国を守らんと立ち向かった幻想国。ああ、思い出した。5年ほど前にも同じことがあったのだ。
(「ローレットに依頼があって 、あの時イレギュラーズは幻想国の兵士と一緒に鉄帝国と戦ったんだった」)
 異世界から大量のイレギュラーズが召喚されてしばらくしてのことだ。
 まだ絶望の海で世界が隔てられていた。豊穣という島国も見つかっていなかった。冠位魔種も全員そろっていた頃だ。
 そう、たった5年で世界は大きく様変わりした。
 これは偶然だろうか、それとも何かの暗示なのだろうか。
 ここから先、演奏者たちが次々と倒れていったため、イズマの聞いたものは原型を留めていない。曲とは呼べないものだった。
「でもイメージできる」
 机の上に置かれた小さな鏡を覗きこむ。
「きっと君ならこう作ったであろう曲が俺にもイメージできる。だからしっかり最後まで導いてくれよ、イズマティヌス」
 五線譜の上で羽ペンが綴りだす旋律は、緊迫感と壮大な情熱を伴って進行し、時折、重厚な和音によって力強さが際立つ。楽曲は次第に高まりを見せ、激しく燃え上がるようなクライマックスへと向かっていく。
(「そうだ、楽曲のクライマックスで打楽器を活躍させよう」)
 大太鼓やシンバルの連打が、≪≪イレギュラーズたち≫≫の進撃や激しい戦闘の情熱を表現してくれるはずだ。
 そして訪れる戦いの合間、小康状態。
 ここでは木管楽器や弦楽器が織りなす繊細な旋律が、耳に静かに響く。イレギュラーズたちが一息つく瞬間のようでありながら、彼らの内に秘められた覚悟や情熱をじわりと感じさせる場面だ。
 イズマはフルートやクラリネットで静寂と熱狂の対比を丁重に描き出すことにした。
 そして再び大きな音楽の波が押し寄せる。
 トランペットとホルン、その他管楽器が、イレギュラーズたちの行進を力強く再開させ、物語の情熱的な結末へと向かっていく。

「……できた」
 イズマが五線譜に終止線を書き入れると同時に、朝日が部屋に差し込んできた。
 黄金色の光が小さな鏡の縁を輝かせる。
 鏡の中でイズマティヌスが満足げに微笑んでいた。

  • 交響曲第7番『英雄の誓い』完了
  • GM名そうすけ
  • 種別SS
  • 納品日2024年01月05日
  • ・イズマ・トーティス(p3p009471
    ※ おまけSS『ジャガイモのガレット』付き

おまけSS『ジャガイモのガレット』


 料理を作ることほどいい気分転換になるものはないな、とイズマは独りごちる。
 何を作るにしてもまずは食材や調味料の確認と竈の火入れだ。
 いまも繰り返し流れつづける交響曲を頭の中から強いて締め出し、腕まくりする。
「よし、じゃあ食材を見てみよう」
 備え付けの戸棚を開いて中を確かめた。
「うーん、生肉はないな。豚でも牛でも、なんなら鳥でもよかったんだけど」
 ここは練達ではないので冷蔵庫などの便利な家電はない。それでも冬の寒い時期だからもしかして、と期待していたのだが。
 固パンを削って粉にし、溶き卵にくぐらせた肉にうすく纏わせて油で揚げる。または焼く。コトレットは街に買出しにいくまでお預けだ。
 かわりに脂紙できれいに包まれたベーコンの塊を見つけたのでひっぱり出す。バターとチーズも見つかった。
 あとは籠いっぱいのジャガイモとニンジン、パセリ、タマネギ、ニンニク、オイル漬けされたドライトマトなどなど。調味料も塩と砂糖に各種スパイス類、酢、オリーブオイルがあった。
 卵とマッシュルームは取っておいて、夜はオムレツにしよう。
 いまここにある残りの材料で作れるものは……。
「よし、昼はジャガイモのガレットを作るぞ」
 竈に火を入れて鉄のフライパンをあたためる。ケトルに水を入れて沸かすのも忘れない。
 イズマはジャガイモを洗って皮をむき、リズムよく音をたてて千切りにした。
 ところどころ太いのが混じっているが、それはそれでありだ。食感に変化が生まれるだろう。
 塩をかけてぎゅっと水分を絞った細切りのベーコンに、やはり細切りにしたベーコンと塩、コショウをかけて混ぜあわせる。
 熱したフライパンにオリーブオイルを少し多めにひいて、混ぜ合わせた材料を丸く平らになるように入れた。
 しっかりじゃがいもを寄せて全体を密着させ、さらに上からフライ返しで抑えつけるように叩く。焼き目がついたらバターをひとかけらフライパンに落とし、ひっくり返して細かく切ったチーズをふりかけてまた焼く。
「ちょっと薄く鳴りすぎちゃったかな?」
 端っこがキツネ色を通り越してこげ茶色になり、カリカリなフライみたいになってしまった。バターの良い香りが鼻孔をくすぐる。
 皿に移し、ドライトマトで作ったケチャップを添えればできあがりだ。
 マグカップに紅茶を入れて、木のテーブルに運んだ。
「いただきます」
 外はカリッと、なかはホクホク。
 うん、おいしい。

PAGETOPPAGEBOTTOM