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琥珀色の追憶

登場人物一覧

ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す

 ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)は、ふと訪れた酒場で仰天することになる。
 カウンターの奥、壁に飾られた額縁の中に彼は自分自身の姿を映した一枚の古ぼけた写真を見た。
 写真の中の彼の隣には、彼の腰ほどまでの背丈の少女が仏頂面で佇んでいる。端には、『メリーアンナと英雄』の走り書き。
「あの……すみません、この写真は?」
 カウンターの席についたヴィクトールは、店主に尋ねる。
「ええ? それかい。それだったら3代前の店主、メリーアンナ……俺のひいばあちゃんが残したやつだよ、お客さん」
 グラスを磨く手を止めた店主が目線を上げ、ヴィクトールを見る。
「……なんだい、お客さん。あんた『英雄』に随分似てるね」
「ええ、まあ……ボクも驚いています」
「驚いてるのはこっちの方だよ」
 店主はグラスに酒を注ぐ。からりと音をたて、ロックグラスの中で琥珀色と氷が揺れた。
「……この写真の謂れ、店主さんはご存知ですか?」
「そりゃあね。生きてる頃に何度も聞かされたさ。……今日はあんたの他に客もいない。せっかくだ、聞いていきな、『英雄』のそっくりさん」
 こいつは奢りだ、とヴィクトールの前にロックグラスが置かれる。……本来は飲食を必要としない身体ではあるが、ヴィクトールがそれを手にすると店主は語り始めた。

 およそ130年前。この街は近隣の山から宝石が採掘された、という話が広まり、それを目当てにした男たちで賑わった。他国からわざわざ石を掘るために来た奴ら。男たち相手に商機を見出したラサの商人たち。商売女に荒くれ者。そりゃもう、大騒ぎだったそうだ。
 だが、最初に宝石が見つかってから30年。鉱山はすっかり枯渇し、宝石目当ての連中はみんな街を去った――落ちぶれて何処にも行けなくなった食い詰め者どもを除いて。
「やめてくれッ! そいつを持っていかれたら仕入れができなくなっちまうッ! 次の『上納金』も出せねえんだぞッ!?」
「オレ様が来るまでに用意できてねェテメエが悪いンだろうが!」
「パパ!」
 そうして、徒党を組んだ悪漢どもが暴力で街を支配したのさ。多くの人々が奪われ、踏み躙られ、殺される者さえもいた。
「……随分な騒ぎですね」
 そんな頃だったらしい。ひいばあちゃんが『妙な男の行き倒れを拾った』のは。
 その男は――まあ、見りゃわかるだろう。お客さん。あんたにそっくりだ。道で倒れてるところを、当時10歳だったメリーアンナばあちゃんがそいつを拾った。『旅の者』とだけ名乗ったそいつに水と寝床をやって、早く街を出ろ、って話をしてたんだそうだ。
「なんだァ、てめェ?」
「い、いえ、ただの旅の者です」
 ところがそいつは、悪党が店に金を取り立ててるところにふらっと出てきて――
「……で、でも。捨て置けません」
 見事な蹴りを一発。そりゃあ爽快だったってハナシさ。ブチかまされた悪党は壁にでっかい穴開けて外の地面の上まで吹っ飛ばされた。
「お、覚えてやがれ! 殺してやる、絶対にブッ殺してやる!」
 で、その悪党は前歯をへし折られて喚きながら逃げ出していったのさ……だが、大変だったのはここからだよ。
「助けてくれたことは、お礼をいうわ……でも! なんてことしてくれたのよ!」
 ひいばあちゃん、そん時はすげえ怒ったって言ってたね。『こんなことをして、仲間を連れて仕返しにきたらどうするの!』って。
「あんたは早く街を出ろ。今ならまだ逃げられる。……最後にスカッとさせてくれて、感謝するよ」
 なんて、当時の親父さんはもう諦めてたってハナシだがね。
 ところが、だ。そいつはまた、こう言ったらしい。
「い、いえ。だ、大丈夫、です」
 ……ってね。それからお客さん、そいつ、どうしたと思う?
「ぜんぶ、やっつけますから」
 なんて言ってね、迎え撃つ準備なんかを始めたそうだよ。
 悪党どもはアジトで大騒ぎだったらしい。楯突く奴なんかいなかったんだからな。……まあ、結論はすぐ出たとも。『逆らう奴は殺してやる』さ。連中、明け方には馬を走らせて街に向かってきたんだ。
 薄暮の空の下、響き渡る蹄の音。その数およそ30。全員が銃で武装した悪漢の群れ。そして、その『旅の者』は街の門の前で堂々と立ち塞がった。
「おはようございます」
「なんだ、てめえ……?」
「兄貴、こいつだ! こいつがやりやがった!」
 悪党どもは色めき立つ。『見せしめ』も必要だ。男たちは空に向けて一斉に銃を撃ち、朝焼けの街に怒号を響かせた。
「見やがれグズどもッ!! これから俺たちに逆らったゴミを処刑してやるぜッ!」
「ひゃははは! 今から葬式の準備をしておきなァ!」
「あの、すみません」
 だが、そいつは物怖じすることなく声を上げた。
「前振りはもういいですか?」
 そうして、剣を抜く。メリーアンナばあちゃん曰く、その瞬間に空気が変わったそうだ。
 風に吹かれたタンブルウィードが、ひとつふたつ通過して――
「いきます」
 そいつは、走った。
 悪党どもは慌てて応戦する。次々に銃声が吼えてそいつを狙ったが、ただの一発も掠めさえせずそいつは先頭の悪党に肉迫した。地面を蹴って高く跳躍し、身体ごとぶつけて落馬させ馬を奪い取る。手綱を引きながら馬を走らせ、銃弾飛び交う中をまるで怯むことなく駆けて悪漢どもに剣先を叩き込んでいった。
「なんだ、こいつ!?」
「只者じゃねえぞ!?」
「降参するなら許します。管轄の騎士団に突き出すだけで済ませます」
 悪党どもを馬から追い落とし、そいつは降伏勧告した。だがその剣筋は止まらない。相手が想像以上のやり手だったってんで、悪党どもも混乱してたのさ。そいつは次々に悪党どもの手から銃を弾き飛ばし、致命傷を避けながら無力化していった。
「しねえならどうするってんだッ!」
 最後まで抵抗したのは首領格の悪党さ。最後の悪党は馬を降りると、そいつに銃口を向けたんだ。そして撃った。
「残念ですが……」
 爆ぜる弾頭が、そいつの胸で砕けた。
 だが、そいつは血を流すことも、まるで怯むこともなく馬を降りたんだ。
「少し、痛い目に遭ってもらいます」
「馬鹿な……!? 当たったぞ!? なんで!」
 戸惑う男へとそいつは迫り、そしてとどめの一閃!
 疾る剣が銃を斬り飛ばし、悪漢は恐れをなしてへたり込む。
 こうして、街を支配していた悪党どもはそいつのお陰でまとめて一網打尽。めでたしめでたし……ってワケさ。
 で、それは『旅を続ける』っつって名前も言わずに出て行こうとした『英雄』を無理やり引き止めて、いつかまた訪れた時に礼ができるように……って、撮った写真なんだそうだ。

「……そんなことがあったんですか」
 ヴィクトールはロックグラスを呷るふりをしてから、もう一度写真へと視線を向けた。
「少なくとも、メリーアンナばあちゃんが生きてる間は来てくれなかったそうだよ。……礼もさせてくれないなんて、薄情な人じゃないか。なあ?」
「はは……そうですね」
 今となっては記憶にも残らぬ過去であったが。
 写真の中からヴィクトールをにらむ少女の瞳に、彼は仄かな懐かしさを感じた。
「見ず知らずの人に頼むのもなんだけどね、お客さん」
 店主はグラスを磨きながら、再び口を開く。
「あんた、あの薄情な『英雄』さんの代わりにさ。墓前に花でも添えてくれないかい」
「……そうですね」
 ヴィクトールの手の中で、グラスの氷がからりと音をたてた。

  • 琥珀色の追憶完了
  • NM名侵略者
  • 種別SS
  • 納品日2020年03月01日
  • ・ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791

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