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咲き誇る勇気の花よ、ありがとう
登場人物一覧
だから、大丈夫、幸せだったわ。
戦場の中、微笑む彼女は望んだ奇跡と共に命を散らした。
紫髪の友人が手を伸ばしてやめてと叫ぶ。
彼は、最後まで触れていた手を見詰め。
アタシは、アタシは何処か心の底で、あの子の勇気と献身と決意に羨望を抱いてしまって。
●
「もう、動かないでって」
「ずっと同じ姿勢だとつれぇんだって」
もうちょっとだからと、目を細めながらタイムは眼前に流れる灰髪を睨みつけている。
椅子に座ったままどのくらいの時間が経ったであろうか、そろそろ腰と尻がきつくなってきた。
「それはコルネリアさんが運動不足なのよ。ランニングでもしたらどう? こっちは今真剣なんだから静かにして!」
文句を更に上から文句で叩き返してくるものだから、眉間に皺が寄っても仕方ないと思うのだ。しかし、それを今の彼女に指摘するのはちょっと怖い。神経張り巡らせた目で鋏の開閉音を鳴らしているから。
「ウィッグなんだからそんな細かく切んなくたって大丈夫だって」
「だめだめ、人工だからって着けたならもう自分の髪と一緒なのよ。折角綺麗なんだからお手入れはちゃんとしないと」
言いながらサラサラと流れる人口毛を手梳きしながら鋏を入れる、
また暫くの間、無言と刃鳴りだけが空間を支配する。
「ねぇ、コルネリアさん」
「ん……」
何度目だろうか、先程の威勢は変わって躊躇うような声音でタイムが問いかける。
聞きたいことを躊躇う、否、踏み込んでしまって良いのか分からないからこその迷いで。
「急に髪を伸ばしたいっていうのは、あの時の彼氏さんの為?」
鉄帝の動乱の中で相対してしまった男、人間であった者、コルネリアが嘗て愛していた人。魔種と成ってしまったのなら討伐しないといけない。
だから殺した、昔と同じく自分の手で。
「あぁ、そう……なるのかな。昔はアタシも伸ばしてた頃あったから、なんとなくね」
未練とは口に出せなくて濁してしまった。
「……っ! あれは仕方ないよ。倒すしかなかったんだもの。しかたなかっ……」
何時しか止まってしまった散髪の代わりに嗚咽が耳が入ってくる。振り向いてみれば、我慢しようとしても流れてくる涙を拭いもせずにタイムが俯いていた。
「なんでアンタが泣いてんのよ」
ふわふわの金髪を抱き寄せて乱暴に頭を撫でる。
「違くて、仕方ないとかそういうこと言いたいんじゃなくてわたしは……っ!」
溢れる感情に思考が追い付いていかない。もっと掛けられる言葉があるはずなのに、と。
「良いんだよ。仕方ないんだ、アタシ達の前に立ちはだかった敵がたまたま身内なだけって話で」
それはこの世界ではありふれている悲劇で、コルネリア達はそれを障害として取り除かないといけない。
「ただ、それだけの話だったんだ」
だから泣かないで良い、そう言ったのを覚えている。
「そんなわけないじゃない、そんなわけないよコルネリアさん」
段々とか細く、泣き腫らした声で言ってくれるものだから。
「良い歳してよく泣くなぁ」
不貞腐れた風に馬鹿、と返ってきて笑ってしまった。
●
「コルネリアさん、お疲れ様」
「あぁ、お疲れさん」
戦火は未だ広がったまま、依頼は一旦の終わりをみせたが、このまま最後の戦場に向かわないといけないだろう。
「最期は、どうだったのかしら」
「ふん、満足そうな顔で逝ったさ。最後まで自由な奴だった」
子供達を護りたいその心だけを残された遂行者であり女騎士。タイムもコルネリアも幾度とその刃と打ち渡ってきた。
「ガキ共は」
女騎士が連れてきた二人の子供。少ないながら会話もしたことのある二人も、討ち取られていた。
小さく首を振るタイムはを見て、理解を得る。
「止めるのがわたし達の役目だった。でも、どうしても心が痛むわ」
「あいつらは命の残滓でしかなかった。既に一度終わってしまってるのよ。立ち塞がるのなら倒すしかなかった」
それでも子供達は意思があり、想いがあり、生きたがっていて。
「幸せにくらしたいって言っていたの」
そうだ。
「僕達みたいな子を減らしたいって言っていたの」
そうだ。
「彼女もただ護りたかっただけなのに、なんでこんな思いしなきゃならないの」
それでもタイムという少女は、やめない。
「じゃあ、退いとくか? 今なら後方支援だって足りてねぇだろ」
返ってくる答えは分かっていてもコルネリアは聞いてしまった。
「だめ、それだけは」
今思えば、此処で止めておけばという気持ちもあった。だが、どうして止められようか。
迷いながら進んでいくタイムという少女の背は儚くも、大きく見えて。
「行くか」
「うん」
自分では妨げられないと思ってしまったんだ。
●
戦場の中でタイムの身体が消滅しかけている様子をアタシはただ眺めているしか出来なかった。
そうか、彼女はもう分かっていたのか。
こうなってしまうかもしれないと。
その上で決意を曲げずに歩んできた。
「ほんと、敵わねぇなぁ」
自然と零れ落ちた声が周囲に響く剣戟等に混ざって消えていく。
此方に発する敵意に反応して銃口を向けて引き金を引いていけば、露払いとしての仕事は成せているだろう。
もう一度、顔を向けてみれば既に彼女の姿は跡形も無くなっていて。
別れの言葉など交わす時間もなく。
タイムという少女は優しく、決意の元に消えてしまった。
悲しむことも、浸ることも戦場は許してはくれずに銃声を鳴らし続ける他無かった。
此処で手と足と考える事を止めてしまったら、彼女が起こした決意を無駄にしてしまう気がしたから。
「(なんで、そんなこと思ってはいけないのに)」
アタシは、彼女の強さが羨ましく思ってしまったのだ。
弱い自分を振り払うように、生命を弾丸に換えて敵を穿つ。
●
何気なしに手帳を開く。ペラペラと風で流れていくページには今まで自身が関わって手に掛けてきた者や護れなかった者の名前や背格好が記されている。
人の脳は残酷で、忘れたくなくても薄れていってしまう事がアタシは嫌だった。
ただの自己満足であり、意味も無い。ただ、忘れたくなかったのだ。
記録という行為によって、アタシの行ってきた罪を残しておくという保身は何年も前から習慣になっている。
だからそこに書くのは何か違うなと、机の引き出しから新品の手帳を取り出して封を切る。
まっさらな紙面、慣れた手つきでペンを持ってみると自然とアンタの顔が思い浮かんできた。
ここまであったこと、共に話したこと、他愛ない雑談やちょっとした言い争い、なんでも書いてみる。
意外と覚えているもんだとページを進めていく。
あの時、撃った後で銃を離せず震えていたアタシの手を握ってくれてありがとう。
自分に囚われ、首摘みを撃とうとしたアタシを止めてくれてありがとう。
泣けなかったアタシの代わりに泣いてくれてありがとう。
手帳に落ちる雫で紙が濡れてインクが滲む。
やっと気づけたんだ、アタシは友達を失って悲しいんだなって。
こんな形で別れたくなかった。
でも見送らなきゃダメだ。あの子の成した事を否定はしたくないから。
さようなら、タイム。
またね。