SS詳細
悪友3人で鍋をする話
登場人物一覧
●約束された敗北の箸
「闇鍋しようぜ!」
その一言だけで最早、“彼ら”の顛末は語るまでもない。
●絶対条件:鍋を食べ切ること
しかしながら、例え結果がわかっていようとそこへ至る過程こそが面白いのが『闇鍋』というものである。
「レギュレーションは……こんなとこか?」
自身の細い顎を撫でながら書きつけたメモ用紙を見せたのはクウハである。悪友達と闇鍋という悪ノリの塊の様なイベントに対し乗り気でありながらも、その場にいた3人の中で最も"食べ物で遊ぶ"という行為に対し厳しい態度を見せる彼は最低限『これだけは』とレギュレーションを作成することを強く提案したのだ。
【ルール】
・公正に決めた最初の人物から時計回りに1人ずつ、おたま一杯分の食材を掬うこと
・盛った食材は全て食べること
・ただし蟹の甲殻や貝類の殻などの可食部位で無いところは例外とする
【禁止事項】
・毒物及び強い毒性を含む食材
・不衛生なもの
・機械及び金属製品
・鉱石
・布製品
・その他、人体(
「……ま、妥当だな。本人も食べる可能性がある以上、よっぽどものは入らないだろう」
「我は異論無い」
レギュレーションを読んだ残りの2人……皇 刺幻と夢野 幸潮もそれぞれ鷹揚に頷いた。刺幻は『混沌』の外の世界で【魔王】と呼称されていた異常存在、幸潮は『虚栄世界の支配者』より分けられた"意志生命体"、そしてクウハは悪霊にしてとあるモノの眷属である。それらの身体が許容できる物質を際限無く投入してはそもそも「鍋料理」とも呼べない
「一応鍋だから……出汁は作っとくか。昆布と醤油でいいか?」
「構わない。今の時間なら開いている店も多いし……食材調達の時間は2時間くらいで。その後……そうだな、幸潮の店で開始としよう」
「
「私の拠点でやりたくないしおまえの店に客は来ないから被害が最も少ない」
「この刺幻がよぉ……」
この後、拳による殴り合いが発生したが無事にルースト・ラグナロクに会場が決定したところで一時解散となった。(クウハの棲家である森の洋館は住民が多く、周囲の迷惑を鑑みて自然と除外されたことをここに補足しておく)
●地獄の釜の蓋が開く
──2時間後、ルースト・ラグナロクにて。
「『かくて、鍋の中は
目の前の情景の描写を"差し替え"、幸潮はくるりと自身を回す。するとテーブルの上に設置された土鍋の中と各々が隠し持っている具材が
「うぉ、マジで見えねえ……吹きこぼさない様に気をつけねえとな」
土鍋の中を覗き込んだクウハが驚き、練達製のコンロでぐつぐつと強火で煮えたぎらせていたのを中火にまで落とした。
「手元が明るいまま闇鍋ができるのだから便利なものだ」
「"描写"は我が領分ゆえな。……いや、この様な使い方をさせるのは汝らくらいのものだが」
「テメェら、具材入れろー。煮込み時間は……肉類があるとして20分もありゃ十分か」
言いながら自分が用意した具材を鍋へ投入していくクウハ。ご丁寧なことに、その手元も刺幻と幸潮の目には黒塗りの状態に見えており具材が何かを窺い知ることはできない。彼らもクウハに倣い、自身の食材を鍋へ投入していく。そして具材に火を通すために材料を適度に混ぜながら煮込み始める──のだが。
「……おい、匂いが既にやべえぞこれ」
おたまで材料を混ぜるため、必然的に他の者より鍋の近くにいるクウハの顔色がだんだんと曇っていく。
「此度の我の描写は『匂い』には関知していないからな」
「焦げてる匂いは……しねえな。じゃあこれ、スープの匂いってことかよ」
「なんだろうな、この……甘いのと酸っぱいのと青臭さと血生臭さが同居した匂いは。私の入れた具材が入っているのはわかるが」
「マジかよ、テメェら本当に食えるもん入れたんだろうな?」
「もちろん」
「当然」
「ほんとかぁ?」
そう言い合っている間にも具材は煮えていく。……そう、最早後戻りはできないのである。
●一巡目:クウハ
「くそ、俺が初手か」
運の悪い己を恨みながらクウハは覚悟を決めて既に異臭を放っている鍋の中にお玉を突っ込み、やや小ぶりな器の中へと移す。器の中も中身が見えぬ様に黒く塗りつぶされたその様子は、異常な鍋が完成してしまったと悟った今では何が入っているかわからない不気味なものとしか思えない。
「……おい」
クウハが引き当てた部分は特に生臭さが酷かった。確かに他の具材と思しき匂いも混ざり合っていたが、それらを塗りつぶすほどに生臭さの主張が酷い。そのおかげというべきか、あるいは不幸なことにというべきか、クウハは口に含む前からその食材に見当がついた。ついてしまった。
「テメェらどっちか『レバー』入れたな?」
「あ、我だな。当たりだクウハ、肉だぞ」
「いや内臓だろ。……で? 下処理したのかこれ」
「……したしょり?」
もう駄目だ。おしまいだ。
不思議そうな顔をして首をこてんと傾げた幸潮に殺意を覚えながら、クウハは天を仰いで呻くしかなかった。数分後、口の中が生臭さと血臭、ねっとりぼそぼそとした舌触りに襲われてクウハは悶絶することとなる。
●一巡目:刺幻
「う゛っ」
『何か』を口に含んだ刺幻が最初にあげたのは呻き声だった。クウハはもはや味がレバーに全てを塗りつぶされてしまっていたのでスープの方に意識がいかなかったが、スープも十二分に酷かった。甘味、辛味、酸味、苦味、塩味、生臭さに青臭さ……それらが全て混ざり合った上で存在を主張し、喧嘩している。いったい自分は何を食わされているのか。刺幻はおそるおそると咀嚼を始め……
「……ん? さか、な? 白身魚だなこれ。(スープに目を瞑れば)普通に食える」
「げっ、刺幻てめぇ……俺の癒し枠の『鱈』を取っていきやがったな!」
レバーの猛威から復活したクウハが悔しそうにテーブルを叩く。どうやらクウハが用意した食材だったらしい。
「いやぁ、悪いなクウハ。私の日頃の行いが品行方正なばっかりに」
「いいなー、我も白身魚食いたい」
「くそが、もう絶対食うなよこの鍋の数少ない当たり枠!」
「そう言われても無理じゃろ」
当然クウハもそんなことはわかりきっているのだが、世の中には言わずにはいれないものというのがあるのである。クウハの悔しそうな声を聴きながら、自身にもまともなものが当たることを願って幸潮はお玉を取った。
●一巡目:幸潮
「ん、んんー……? うぇ、なんだこれ……」
どことなくべしゃべしゃとした感覚。不味くは無い……というよりソレそのものに特異な味は感じなかったが、強いて挙げるならばどことなく油っぽい感じがするだろうか。スープ含みやすい食材だったらしく、噛むと幸潮の口の中であらゆる味覚が殴り合いをしている。
「『天かす』か……? 何かうどんとか蕎麦に載ってそうな感じの食感がするな」
「ああ、それは私が持ってきたやつかもしれないな。心当たりがある」
「ほう、スープはともかく食材自体の味は悪くない。これはいったい?」
「『紙ワイパーのかき揚げ』」
「……なんて???」
「『紙ワイパーのかき揚げ』」
それがどうした? と言わんばかりの刺幻。宇宙の真理を垣間見た猫の如き表情を浮かべる幸潮。紙ワイパー。ティッシュペーパーとはちょっと異なり、物を拭いた時に毛羽立ちや紙粉が出にくいのが特徴である。
「レギュレーション違反では????」
「主原料はセルロースだ。布じゃないしこの程度の量では人体に強い害もない」
「……」
絶句。具材としての形を保ちやすくするために、そのためにわざわざ紙ワイパーをかき揚げにしたというのだろうかこの男は。いやむしろ、自分に当たったら食う気でこの具材(食材と言いたくない)を入れたというのか。
「ルールだぜ、幸潮。食え」
クウハの無慈悲な声が室内に響き渡った。
●ニ巡目:クウハ
「甘さの正体はこれか……? 何か果物っぽいな……」
「おそらく私が入れた食材だな。『フルーツミックス缶』だ」
「くっ……紙ワイパーのかき揚げ』を聞いた後じゃ普通の食材過ぎて当たりにすら思えてくる」
クウハの様子に手を挙げたのは再び刺幻だった。実際シロップ漬けのフルーツは染み込んだ甘味が強く、口の中でも味のバランスが甘みに傾く分若干食べやすい。
「鍋が甘いのは缶のシロップごと入れたからだろうな」
「紙ワイパーをかき揚げにする様な余裕があるならフルーツミックスとシロップを選り分けておいてもよかったんじゃねぇかオイ?」
「流石に缶で運ぶ方が楽だったし、それに鍋がどんな味になるかわからない以上甘味で塗り替えた方がいっそ安全かと思って……」
「ご覧の有り様だよ」
●ニ巡目:刺幻
そのままの流れで二巡目の刺幻。しかし食材を口に含んだかと思うとジッと動かなくなってしまった。
「おい刺幻……?」
「なんだ、とうとう我以外の誰かが毒を入れたか?」
訝しむ2人の前で固まっていた刺幻がゆっくりと口を開いた。
「……に」
「「に?」」
「
強烈に口の中を駆け抜ける苦味に刺幻は思わず口元を覆いのたうち回った。食材は煮込まれてやや柔らかくなってはいたものの、ゴツゴツしたイボの感触に独特な苦味があり、刺幻には思い当たる食材がひとつだけある。
「誰だ『ゴーヤ』入れたの!!」
「おっ、俺の食材が当たったか。よかったな刺幻。ちゃんと食い物だぜ」
いつのまにかニヤニヤと笑っていたのはクウハだ。彼とて悪霊、お行儀よく美味しい食材だけを鍋へ放り込む闇鍋の良心……などに甘んじる気はサラサラないのである。
「それでもだいぶ煮込まれて苦味はマシになったと思うぜ? なんせ下処理せずにワタと種を抜いただけだからなぁ!」
「クウハ貴様ーーーっ!!」
「なるほど、ゴーヤの苦味がスープに溶け出してこの青臭さとえぐみが生まれているという訳なのだな……」
なむなむ、と刺幻へ合掌してから幸潮がおたまを手に取る。おたまの手応えから察するに、もう1巡くらいはありそうだと覚悟をして幸潮は具材を引き上げた。
●ニ巡目:幸潮
「なんじゃこら……ちょっと酸っぱい?」
黒塗りの食材を口に含んだ幸潮は奇妙な顔をした。比較的、不味くはない。またもや食材自体の味全体は薄く、そして幸潮はその点では連続で当たりを引いていると言っても過言ではない。しかし、その食材は今までのものとは決定的に違いがある。
「なんかオクラみたいにねばっとしとるんだが」
「サボテンだな」
刺幻が即答した。どうやら彼が持ち込んだ食材だったらしい。
「ほーん、これがサボテン……こんな味しとるんか」
「流石に針は抜いたぞ、感謝して食うがいい」
「ホント、妙に手の込んだ食材を持ってくるよなオマエ……」
「いやでも、ちゃんと当たりっぽくてびっくりしたぞ我は」
「当たりも何も、食える食材じゃなければ駄目だろう鍋なんだから」
「紙ワイパーが食えると思ってるんですか???」
●三巡目:クウハ
クウハが箸で摘んだものは大きく、ずっしりと重く水分を吸っており、それだけでクウハはげんなりとした。
「おいなんだこれ……凄え食いにくいんだが」
おそるおそる口に含むとスープの味がまず口の中に広がり、そこから古い木の様な風味が噛めば噛むほど溢れ出てくる。それでいて肉の様な柔らかく弾力のある食感……その正体はクウハですら看破できないものだった。
「表現しにくいが、薄くて固いグミみたいにぐにょっと噛み切りにくくて何か渋みがあって古い木みたいな味がする」
「ふむふむ」
「……おい、幸潮。テメエ心当たりあるな? 正直に吐け、何を入れた」
「革靴」
「かっ」
何やらメモを取る幸潮にクウハが問いただすと衝撃的な言葉が飛び出した。思わずクウハが幸潮の胸ぐらを引っ掴む。
「レギュレーション違反してんじゃねえかテメエーーーっ!!」
「私のこと1mmも批判できない具材ではないか」
「ぐええ。それは誤解だぞ。素材は牛革で舐めし材はタンニン。商人に確認して買ったから間違いない。タンニンさえしっかり抜けば安全に食えるんだぞ。制限時間いっぱい茹でてたから問題ない」
「レバーの下処理をしねえ癖に何で革靴の食い方は知ってんだよ!」
「軍人が食うに困ったら革靴で飢えを凌ぐと言う話を聞いて、興味があって調べた。ついでにちょうどいい機会だから闇鍋にぶち込んで味とか調査しようと思った」
「自分1人の時にやれや!!!」
ガクガクとクウハが幸潮を揺さぶるのを横目に、刺幻は粛々とおたまの中身を器に移した。
●三巡目:刺幻
「キムチだな」
「我の持ってきた食材だ」
「このクソ不味いスープに酸味と辛味をプラスしてた正体がこれのようだ。だが、そこまでスープを吸う食材ではないから当たりと言ってもいい」
「お、おう……なんか反応が薄いぞ刺幻。大丈夫か?」
「食材が普通すぎて悟りを開きそうになっている」
刺幻は遠い目をしている。クウハはこりゃやべえと幸潮をせっついて鍋の中身を取らせた。もう鍋の中身は残り少ない。そして悲劇は終わらせねばならない。
●三巡目:幸潮
「うっ、げ……!」
幸潮はソレを咀嚼した時に本能的に理解した。「これ」は危険なものである、と。噛んだ瞬間口の中に大量に溢れるスープ、口の中にねちゃねちゃと残る食材の感触。これは──
「餅──!?」
「よっしゃあくたばれ幸潮!」
ガッツポーズをして拳を天に挙げたのはクウハだった。余程先ほどの革靴による恨みが深かったらしい。普段から料理をする彼は心得ていた。この手の『ヤバい』料理の場合、「汁を大量に吸い込む食材」が最も危険であるということを!
「まだだ、噛めば噛むほど汁が飛び出すというなら汁が飛び出す前に飲み込めばノーダメージ──!」
「あ、馬鹿ンなことしたら」
「ぐぎゅ」
暫くのたうち回った後、幸潮が倒れる。直後、世界に差し込まれたエフェクトが外れ、空になった鍋がクウハと刺幻の前に現れた。2人はあーあ……という顔を浮かべた後に幸潮の介抱を始める。
餅を詰まらせ死亡する事故の件数を考えれば、餅は【必殺】を有しても何もおかしくないのである。
●勝利者などいない
「なぁ……」
「ああ……」
「あい……」
全てが終わった後、3人は『普通』の鍋をつつきながら誰はともなく顔を見合わせて頷き合った。
もう、闇鍋はこりごりである。