PandoraPartyProject

SS詳細

約束のために手を取って

登場人物一覧

ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)
永遠の少女
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

●永遠のアリスの遊び場
 少女の声はせせらぎのよう。甘やかで無邪気で他愛ないもの。
 ヒナギクの花輪を作るのは楽しいけれど、おやすみをやめて、編んでみるだけの価値はあるだろうか?
 小川の流れははきらきらと反射して、輝くのにいそがしい。
 色鮮やかな花々はせわしなくおしゃべりしていて、自分のすがたがどのように艶やかなのかを口々に自慢しあっている。
 おなかがすいたら、バタートーストの蝶を捕まえてみてもいい……。
 ウサギを追って穴に落ちたアリスはどうやって戻るのか考えもしない。少女は永遠の少女であって、ここはネヴァーランドだ。そこには永遠が広がっている。
『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)は、クッションに身を預けながら、思考の海に沈んでいた。
 穏やかで心の優しいルミエールの半身は、今日は傍らを離れているようだ。だからルミエールの心はさざ波立っていて、少しだけ不機嫌だった。ほんとうは怒っているわけではなく、不安だったのだ。
 微笑みをこぼし、すべてを愛し、おとぎ話のような世界でありたかった。すべてが調和した世界で、幸福をふりまいていたかった。
……できるのであれば、心から。

 永遠の少女が過ごす永遠の庭に続く石畳の上を、『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)は歩いていた。コツコツと、軽快な足音を響かせながら。ほんとうは静かに、音を立てないこともできる。けれどもノックをしないのは不作法というものだ、と、もしかしたらクウハは考えたのかもしれない。来訪を少女に告げて、自己を繕う時間を作ってくれたのだと。
 いいえ、違うわ、とルミエールはかぶりをふった。きっと、そんなことを考えているわけではない。単に……単に、遊びに来ただけよ。同じ眷属のよしみとして。
 ルミエールは普段はもっと聡明な少女で、普通の少女よりもいろいろなことがわかる。いつもはその聡明さで、物事をよく見て、深く愛したり、傷ついたりしている。けれどもクウハに対しては、彼女の気持ちは制御できないものになる。
 誰が、何を考えているかだなんて、ちっともわからない。……わからない!
 コツコツ、という響きはだんだんと大きくなっている。クウハが近くまで来ている。
 何度心無い言葉をなげかけても、意地悪をしても、ここへ来てくれるクウハのことは、ルミエールにはわからなかった。
 とげとげしい茨は、軽やかな亡霊の歩みを妨げたりはしない。ポルターガイストたちにとってはなんてこともない。クウハは枝をかき分けて、奥へと至り、ルミエールを見つける。
 ここは、一年と数ヶ月ほど前、ルミエールがクウハを招いた夢の世界によく似ていた。
「よぉ、ルミエール。近くまで来たから顔見に来たぜ」
 美しい少女が陽だまりの下で微笑んでいる。木漏れ日のベールは、ルミエールの美しい髪にかかっている。
 元気そうで何より、会えてとっても嬉しいわ。ルミエールだって、そう言いたかったけれど、そして、それを心から望んでいたはずだけど、さっきまでそうできると思っていたけれど、少女の唇からこぼれた言葉は冷たく響き渡った。
「うそつき、しんじゃえばいいのに」
 少女のことばは、ガラス片のように酷薄だった。クウハは少し赤い目を細める。その目には幾ばくかのさみしさと、愛おしさがにじんでいる。怒りとか、憎しみはちっともない。どうして?
 クウハが少しも悪意を返してはくれないから、余計にルミエールは自分自身の残酷さに傷つくことになる。ルミエールは目を伏せた。
 それ以上、なにも言いはしない。領地に住む小さなネズミが、偶然か、それともルミエールの意志を汲み取ってなのか、クウハの肩をよじ登る。
「っと、こいつは大事なものだ。悪いな。返してやれなくて」
 ルミエールとクウハ、二人が持つ翼は彼と揃いのもの。かつてそれは眷属の中で唯一、ルミエールのみが与えられたものだった。
(嗚呼、嗚呼。この誉れは私のモノ。
私だけのモノだったのに)

 ずるい。

 ルミエールの心には残酷な部分がある。また長く伸びると信じて、お人形の髪をハサミで切り取ってしまうような少女ならば誰でも持つような残酷さがあった。けれども彼女は、自分の望みをある程度叶えることができてしまう。そうしようと思えば。世界が自分の思い通りになる。特別だと思っていた。でも、たいそうなことを望んだわけでもなかったのに。ただ、ただ、……世界が幸福であればいいと、思っただけだったのに。
 世界はルミエールの思いのまま。けれど、どうしようもない部分だけは、ぽっかりと穴が開いていた。
 瞳からこぼれた透明な涙を、クウハは指先で拭ってやった。ルミエールも、その手を払いのけたりはしなかった。触らないで、と言いながら、そうして欲しいと望んでいた。
「ずっと嫌いだった。だって、――」
「知ってるよ。ごめんな」
 クウハは、やさしい。ルミエールをちっとも咎めたりはしない。
 クウハはルミエールを愛している……大切な妹分として。ルミエールの心がざわめく。制御できない部分が顔を出す。世界を愛しているとうそぶきながら、本当は意地悪なひどい子だったって思いそうになる。
 どうしてルミエールが憤るのか、悲しむのか、クウハはルミエールよりもよく知っていたかもしれない。ルミエールの中に渦巻く様々な感情。主人と交わした誓い。それは、甘く深い執着ののろい
 いとおしく捨てがたいそれを、二人は、絶対に手放す気はなかった。もはや、それは自分の心の中に根を張り、自分自身の一部となってしまったものだった。
「もう二度とこないで」
「わかってる、またな」
 クウハはあくまで軽い調子で、肩をすくめて、ルミエールの場所をあとにしようとする。ほんとうにちょっと顔を見に来ただけ、みたいなふりをしているが、ルミエールだって、立ち寄るような用事がないことくらいは知っている。だって最近、ちょうどこのあたりでのおつかいをいいつかっていて、クウハはそれをこなしていたはずだもの。
「……期待なんかさせないで?」
 やってくるときはあれほど来訪を妨げていた茨は、道を作っている。もう帰ってしまうのか、と尋ねるようでもあり、蕾はさみしそうにしおれている。
「なんだ、また来るよ」
 クウハは振り返らなかった。ルミエールには時間が必要だ。永遠の少女に時間が必要だというのは、奇妙なことだとは思ったが……。
 ルミエールに疎まれたとしても、クウハは妹分にかかわることをやめなかった。
「来てほしくなかった」と言いつつ、本心はそうでないことを知っている。クウハを締め出す手段は彼女であればいくらでもあるのに、彼女はそうはしないのだから。
 コツ、コツ。足音が去る。すっかり聞こえなくなってしまえば、何もかも元の通りに戻る。
 クウハが行ってしまったのを知り、ルミエールは身勝手にも悲しくなった。自分がひどい言葉を投げかけて、追い出したも同然だというのに、もう少し一緒にいてほしかった。
 ルミエールだって、クウハに対する気持ちがなんなのか少しは知っている。嫉妬だ。そしてそれは愛情と表裏一体のものでもあった。ああ。
「皆の願いを叶えてくれる、優しいカミサマ。そのカミサマの願いは、一体誰が叶えてくれるの?」
 顔をあげてみると、ルミエールの髪に一輪の花が挿さっていることに気が付いた。クウハが施したものだろう。なぜか、それに反発は抱かない。少し考えて、大切に本に挟み込んだ。

●なんでもない約束の日
(二年……)
 商人たちと季節の挨拶を交わしていると、時がたつのは早いものだと感じた。しかし振り返ってみてみれば、あっという間、というには濃密な時間だった。
 クウハが武器商人と契約を交わしたのは、クウハがこの世界にやってきてからだった。だから、同じ季節を一緒に過ごしたのは数えるほど、ということになるのだろうか。
 けれども歳月は問題ではなかった。クウハは彼を唯一の主人であると認めていたし、一心に深い執着と愛情を捧げていた。
 季節のよい果物が手に入ったから、ルミエールにも差し入れてやろうとクウハは考えている。八つ当たりされたって、大切な存在なのだ。
(さて、今日はどんなもんだ?)
 今日もまた、クウハは不思議のあふれる森に足を踏み入れた。
「……?」
 今日はなんだか、いつもと様子が違うようだった。
 なにやら、あちこち飾り付けられている。道行く花はささやく。
「何かあったのか?」
UNBIRTHDAYなんでもない日だよ」
「なんでもない日を祝ってんのか」
「そう」
 いつもの小道は花のじゅうたんに彩られている。ああ、これは前に自分がやった花だなとクウハがわかった。ふわりと甘い香りが漂った。ルミエールはうきうきとしていて、はしゃいでいた。
「今日はとっても気分がいいの。良いことを思い出したのよ」
「……」
 こうやって微笑むときのほうが、ルミエールは残酷だ。
「あら、素敵なバスケットね。どうもありがとう! 紅茶はいかが? 私、お菓子を焼いたの」
「もらうよ、ずいぶん上機嫌だな」
「やっぱり、決めたの」
 かすかな興奮で紅潮する頬は、みずみずしい希望にあふれていた。何を、とクウハが聞く前に、ルミエールがにっこりとほほ笑んだ。
「ねえ、連れて行って」
 クウハの手を取り、両手を絡めてルミエールはねだった。少女の声が耳をくすぐる。
「連れて行って連れて行って。私も、連れて行って」

 それは甘い誘いだった。

――私はもう長くはないから。
 私の魂を食らうことで貴方達の未来に、連れて行って。どうか。

 ルミエールはちっともかまわなかった。素晴らしい思い付きだと思った。
 日々飢えに苛まれる彼の苦しみを僅かでも和らげることができるなら、彼の安寧が愛する父の幸福に繋がるのであれば、何を躊躇うこともない。そうだ、そうすればよかったのだ。こんな簡単なことだった。そう強く思える日がある。それなのにどうして、クウハは悲しそうな顔をしているのだろう?
「ずっと一緒にいてくれるんでしょう? 自由じゃなくなっても、大好きなんでしょう? 愛しているわよね?」
「だから、俺に連れて行ってほしいって?」
「そうよ」
 クウハにはそれができる。
 ……クウハの戸惑いを感じ取って、ルミエールはうろたえた。良いアイデアだと思ったのに、歓迎してはくれないみたい。でも、そのくらいのことはわかっていた。葛藤している。喉で渦巻いている約束の言葉。
(そうね、これは嫌がらせよ……意趣返し)
「これだけは約束して、ねぇ。
他の約束はどれだけ破っても構わないから。
私のカミサマを、ヒトリにしないで」

『幸福な夢こそが、何より一番恐ろしい』。
 それでも『愛したい』と、願ってしまったから。

 愛とは天災の様なもの。望まずとも与えられ、注がれるもの。

 ルミエールの魂はどういう味がするのだろう?
 クウハはその日を、永遠の少女が失われる日を脳裏に思い描いた。ルミエールは大切な存在だ。いなくなってほしくはない。彼女の魂を喰らうことに抵抗はある。しかし、どれだけ手を尽くそうと彼女が死を迎えると決まったその最期には、応えてやるつもりでいた。
「いつかそうするよ」
「ほんとう? 約束してくれるの? それじゃあ、指切りをしましょう。ううん、もっと強力な魔法がいいかしら。手紙にサインをするのはどう? そうね、商人がやるように」
「ずいぶん信用がないみてぇだな」
「ううん、信じてるわ」
 ルミエールはぎゅっとクウハの手を握っている。その手は力強い。そしてかすかにふるえている。恐怖が、期待が、愛することが。叶う事の無い永遠を夢見ている少女は、叶うことがないのを知っている。それでもあきらめきれなくて、愛したいと願っているのだ。
 クウハはいなくなったりはしない。「いつまでも傍にいる」と、愛する主人に誓った。
 ルミエールをひとりにはしたくない。
 だから、きっと、そうするのが正解なのだろう。
……それがルミエールの救いになると、クウハは信じることにした。
 クウハはルミエールを抱き寄せると、子供にするようになだめてやった。いつかが来る日が遠い気がする。けれどもたった2年は濃密で、その前は遠い。この日はいつになるだろうか?
 おめでとう、今日はなんでもない日であって、約束の日。

  • 約束のために手を取って完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2023年12月27日
  • ・ルミエール・ローズブレイド(p3p002902
    ・クウハ(p3p010695
    ※ おまけSS付き

おまけSS

 やむを得ない仕事で、少しだけ長く姿をひそめていたクウハは――偶然にも、ルミエールとしばらく顔を合わせないでいた。だから今日は久しぶりに領地を訪れることになる。もう夜遅くであったから、もし寝ているなら土産だけおいて帰ろう。そう思って、そういえば、足音も立てていなかった。
 今日はなんだか不思議の森の機嫌がよかった。迷わないうえに、道々にご自由にどうぞ、と書かれた菓子がおいてある。
「うん? もしかして機嫌がいいのか?」
 しばらく顔を見せなかったからか?
 いや、そうではない。
 泣き腫らしたような目をした少女はとても心細そうに座っていて、驚いた顔をしたが、ふいと顔をそむけた。
「もう会いには来ないかと思ってたわ」
 ……そういえばちょうど「顔も見たくない」と言われたあとだったかもしれない。

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