PandoraPartyProject

SS詳細

それは憎らしいほど綺麗な

登場人物一覧

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
タイム(p3p007854)
女の子は強いから


 優しい風が吹く森の中で、わたしは彼の隣にいた。

「どしたん? 辛い事でもあった?」
「……え」
「いやさ。タイムちゃんがいきなり泣き出すから」

 言われてようやく気が付く。本当だ。わたし泣いてる。気づいたら余計に止まらなくて、涙腺は緩みっぱなしで。

「どうしよう、わたし、止まらな……」

 こんなんじゃ嫌われちゃう。驚いていた夏子さんの顔も今はもう見えなくて。
 心がぐちゃぐちゃで、何が悲しくて泣いているのかも分からない――
 そんな時に、あたたかな温もりがわたしの身体を包んで、大きな掌がわたしの頭を撫でてくれた。

「大丈夫だから。タイムちゃんのペースでいいから」
「ひっく、ぐす…夏子さん……」

 優しい、声。

 耳元ではトクトクと淡いリズムが伝わってきて、心の中のざわめきを少しずつ落ち着かせてくれる。
 このままずっと縋っていたい。そう思ったはずなのに、たった一滴の違和感が水面に落ちた墨みたいに、胸の内へ広がっていく。

「……聞きたい事があってね」
「はいはい。笑顔になってもらえるんなら、何でも仰せつかまつり」
「その、えっと、もし出来たら……どうする?」
「出来る? 何か作ってたっけ」

 風が止んだ。気づけば周囲が薄暗い。涙で滲んでぼやけたその場所を、わたしはよく知っている。
 出店が並ぶ洞窟の中で、魔法の灯りに照らし出された夏子さんは「ああ」と何か思い当たった様に声をあげた。

「そん時はまぁ、取るでしょ責任」
――違う。
「タイムちゃんがいいならだけど。考えてくれる? 俺と――」

 一番求めてた表情。かけて欲しかった言葉を夏子さんがくれた瞬間、わたしは気付いた。気づいてしまった。
 これは夢だ。だってから、こんなに泣いているんだもの。


 纏わりつく様な熱気の中で目を覚ます。夜も深いのに虫達は命の灯を燃やしてやかましく、タイムは頭を押さえながらよろよろと身を起こした。

「最悪ね、わたし……」

 少し前、タイムは夏子と共にフリアノンの夏祭りへ二人で出かけた時の事。ひょんな縁で迷子の子供の親探しを手伝う事となり、その時にさりげなくタイムは夏子に聞いたのだ。

 もしも二人の間に、子供ができたら――

 しかし彼の反応は、困るでもなくはぐらかすでもなく、本当に素振り。
(こんな夢を見るくらい気にしちゃってるんだな。あの時のこと)
 夢と気付いたあの瞬間、思うままに欲しい言葉をくれる夏子へ、満足するまで甘えてしまった方が楽だったのかもしれない。

――待ってたんだよ。ずっとずっと。

 思いの全てをぶつけて、思いきって抱きしめて。
 偽りでも幻でも、寂しい独りの夜くらい、甘い愛情に浸ってよかったのかもしれない。
 けれども同時に罪悪感が心を縛る。自分に都合のいい妄想を受け入れるなんて、『正しい歴史』と称して歴史修復をうたう遂行者達と変わらない。

「次のお休みは何を着て行こうかな」
 意識して口に出してみる。一緒にいても離れていても、想ってしまうのは夏子の事だ。それなら楽しい事に思考を逃がした方がいい。以前のデートは楽しかった。
『待った?』
『……』
『ちょっと聞いてる? 夏子さん』
『え、あぁ。いやぁ~あんまりにも可愛いからびっくりしちゃって』
 夏の始まりを感じさせる爽やかな黄色のワンピースと麦わら帽子。目を惹く鮮やかな装いを夏子は素直に褒めてくれた。

――今度は夏子さんの服を買いに誘おう。あの人ファッションは無頓着だし、わたしがばっちりコーディネートしてあげなくっちゃ!
――夏子さんに似合う服を優先したいけど、同じ色を取り入れたらカップルっぽく見えるかな。

「あっ、でもわたしの方が照れて耐えられなくなるかも! 夏子さんはそういうの嫌いじゃな、い…よね……」

 いつもならこの時間は、夏子とタイム、二人で過ごしている時間だ。
 つい普段通りに話を振ろうとしてしまい、振り返れば誰もいない。膨らんできた楽しい気持ちが一気にしぼんでいくのを感じ、タイムは乾いた喉を潤そうとベッドから身を起こした。

 ナイトチェストの上に置かれたピッチャーを手に取り、透明なグラスへ水をそそぐ。いつ喉が渇いてもいいように就寝前から用意していた物だ。
 カロン、と涼やかな音がした。傾けられたピッチャーの中では、小さな氷の欠片がくるくると踊っている。
 こんなに暑い夜なのに、氷はまだ溶けきっていない。眠れた時間はとても短かったのだろう。
 その原因は暑さから来る寝苦しさよりも、久しぶりに感じる孤独。ここ最近は当たり前の様にどちらかの家にあがり込んで共にいる事が多かった。
 すぐ隣に大好きな温もりがある日々は、記念日でなくとも宝石の様に特別な輝きを持っていて。
 彼の面影を追う様に、タイムはベッドシーツの上で指を滑らせた。

 身体が熱を帯び、眩暈を起こしそうになる。四肢は震え、目が合えば心臓が早鐘をうった。
 痛いのか心地よいのか、もう解らない。酸素を求めて息を吐くと、夏子の手が優しく頬に触れる。男らしい大きな掌と共に、優しい言葉が降り注ぐ。

「タイムちゃん、好きだよ」

――夏子さんは優しい。でもそれはわたしだけに優しいんじゃなくて、「好き」の言葉だってわたしだけのものじゃない。
――なのにどうして、わたしを抱くの? 夏子さんにとって私はなに?

 こんな事を考える自分が嫌で、悪い考えを振り払おうとグラスをあおる。喉を通る冷たい水が清涼感を与えても、心のもやは晴れないままで逃げ帰る様にベッドへ転がり込む。

(夏子さんは今頃、なにしてるんだろう……)

 今日ひとりなのは、なんとなく声をかけるタイミングを逸してしまったから。それだけだと思いたいのに、タイムの中で疑念が渦巻く。
「まさかわたしに黙って他の人と、なんてことないよね」
 去年の冬に待ちぼうけした時は潔白だった。今だって証拠は何もない。それでも考え出したら止まらない。
 思い出したのは以前の事。夏子がすれ違った女性に鼻の下を伸ばして、依頼の聞き込みだからと声までかけて。

――わたしが隣にいるのに。手を伸ばせばすぐ届く距離にいたのに……あの時、夏子さんがずっと遠くにいる様に感じちゃった。
――わたしを見つめてる目と同じように他の女の人の事を見るの、本当にいや……。

 取り繕おうとしたって、タイムには分かるのだ。何度言っても夏子はへらりと笑うだけ。困っているのか嬉しいのか、判らない顔をする。
(わたしだけを見て、って言っても同じ顔してはぐらかすに決まってるわ。でも、誰にも譲りたくないの。夏子さんの事……)
 寝返りをもうひとつうって、寝苦しさから逃れようと藻掻く。こんなに悩んでしまうなら、今夜の予定を聞いておけばよかった。
 何も答えを見つけられずに、心が取り残されたまま時間だけが過ぎていく。

(やだな、こんなこと考えちゃって。どうすればこの気持ちをなくすことができるのかしら)

――うそ。本当は分かってる。

 今すぐに会いに行けばいい。あっちの都合こっちのためらい、全部ぜんぶかなぐり捨てて、幸せなあの温もりを求めに訪ねてしまえばいい。
……それが出来ないから、空回りしているのだけれど。

 開け放っていた窓から風が吹き込み、レースのカーテンをふわりと広げて揺れた。
 胸が締め付けられて、ただただ苦しくて。そんな時でも見つめた先――夏子すきなひとと同じ夜空の下にいると思うと、憎らしいほど綺麗だった。

  • それは憎らしいほど綺麗な完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2023年12月26日
  • ・コラバポス 夏子(p3p000808
    ・タイム(p3p007854
    ※ おまけSS『拗らせた恋だけど』付き

おまけSS『拗らせた恋だけど』


 ひんやりと肌に染み込む様な寒さだった。
 その日は朝から依頼書を手に、夏子はタイムとパーティを組んで、鉄帝の山道を歩いていた。ローレットで情報屋から受けた説明によると、最近になってこの山の坑道に凶悪な獣種ブルーブラットが住み着いて、道を塞いでしまったらしい。地元の鉱夫達は困り果て、出した依頼が巡り巡って二人の元へ届いたという訳だ。

「今朝は一段と冷えるね。タイムちゃん大丈夫? 寒くない?」
「ありがとう。これくらいなら平気よ。ちょっとだけ耳の先がジンジンするけど……」
「それ、大丈夫って言わないヤツじゃあないの?」

 はー、と夏子が温かい息を耳の先にかけてみると、途端にタイムが頬まで赤くなる。

「なっ、ぇ、何……」
「手をはーってやって温かくする要領で、ちっとは温まんないかなーって」
「〜〜っ! それ、他の女の子にやるの禁止だからね」
「どして?」
「どうしても!」

 間近に感じた吐息を思い出すとゆでダコになってしまいそうで、地図を持っている夏子より先にタイムは早歩きで先へ進んだ。程なくして目的地の坑道に着くと、なるほど確かに空気が重く、単に内部の風通しが悪いだけではなさそうだ。

「敵が出てきたら俺が引きつけるから、タイムちゃんは少し下がってサポートお願いね」
「うん。あんまり無茶しないでね」
「あはは。マジで無茶ならサラッとタイムちゃん連れて逃げるからへーき。三十六計逃げるに如かず、てね」

 実のところ、たった二人という最小パーティが今回の依頼に適当だったかは未だに怪しい。
 噂の獣種は坑道の奥、狭い通路をねぐらにしており、外へなかなか出ようとしないのだとか。
 多人数で戦う事には適さない戦場において、崩落のリスクと戦力を天秤にかけた結果、今の状態に落ち着いた。
 ローレットからは偵察を優先し、不利であれば戻るように言われているがーー

「……でも、わたし達が逃げたらその分、炭鉱の人達は辛い思いをするのよね。それに村長さんも……」

 この坑道で採掘される鉱石は大変高価な代物で、貧しい地元の村の収入源となっているらしい。
 おまけにこの時期、燃やせる石炭も取れないとなれば、いよいよ村はおしまいだと、依頼主である村の村長・キップは困り果てた様子だった。

『お願いです。早く解決しないとヨナが……!』
『何かトラブってるんで?』
『坑道が封鎖される前夜から、私の婚約者のヨナという女性が行方不明になっているんです』

 キップはヨナを大層心配していたが、長の役割を離れる訳にもいかず、事件を解決しなければ捜索に力を入れられないのだという。
 個より集団の危機を優先しなければならないのは当然か。
 必死に頼み込むキップを目にして、タイムの心がチクリと痛む。

(きっとキップさんにとって、ヨナさんは大切な人なんだろうな。
 あぁ、嫌だ。こんな些細な事でも、わたし……夏子さんとの事に置き換えて考えちゃう)

「夏子さんが怪我する前に、なんとかするわ」
「それってタイムちゃんが無茶する、って事じゃあないよね?」

 ふと気になって口をついた問いに、タイムはただ、静かに笑うだけだった。


「誰だアンタら、村の奴らにでも雇われたか?」

 坑道の横道。炭鉱と道を繋ぐ扉は開閉を制御盤に任せている。
 噂の獣人はよりによって、その制御盤がある部屋を陣取っていた。
 こちらに敵意を向けているのは、スマートな印象の狼獣人。着ている服から女性だという事が見てとれる。ランタンの灯りに照らされた毛並みは泥がついて少し汚れているが、男勝りの性格ゆえか気にした様子もなく、引く唸って二人を睨みつける。

(なーるほどね。デリケートな装置があるから迂闊な手段で叩き出せないってのもあったのか)

 そういう大事な事は先に言っとけ、と夏子は苦く笑いつつ、更なる疑問を頭に浮かべる。

(この獣人、襲撃前から坑道内部を熟知してたってぇ事じゃん?
 でなきゃこんな関係者しか知らない"抑えられたらピンポイントに困る"場所、すぐ陣取ったり出来ねぇでしょ)

「夏子さん、あの獣人さん……」
「うん」
「少しやつれてるわ。それに何だか苦しそう」
「はい?」

 どうやらタイムは夏子が出した結論犯人は鉱山の関係者とは別の気づきを得たようで、敵の威嚇に緊張しながらも前へ歩み出た。

「獣人さん。どうして炭鉱の人達の邪魔をするの? 何か理由があるんじゃないかしら」
「うるさい! 余所者のアンタらにアタシの苦しみが分かるもんか!」
「いんや、そーでもないかもよ? こっちはお宅んとこの村長キップさんのお願いで来てんだからさ、

 タイムがまんまるく目を見開く。女獣人ーーヨナもまた、夏子がサラリと自分の正体を当てた事に驚いた様子だった。

「貴様、なぜ私の正体を……」
「鉱山の関係者で、事件前日にいなくなった女性がいて、おねーさんは女獣人。
 炭鉱狙いの山賊ならお仲間いるだろうけど、そうでもなさそうだし。
 何なら勢いで占拠しちゃったせいで、交代してこの場を見張れる仲間もなくて、籠城戦もキビシくなってる感じ?」

 推理を語る夏子の視線。その先にはヨナの左手があった。
 暗がりの中で薬指にきらりと光る銀の円環けっこんゆびわ。キップを恨んでいる訳でもなさそうだが、わかる所はそこまでだ。
 自分だけならここから斬り合いの戦闘になってもおかしくない――が、今日は心強いがいる。

「……アタシ、獣人じゃない。旅人ウォーカーなんだ。狼人間の。……でもずっと知らなくて。正体は最近知った。
 両親が"持病の薬だ"って飲ませてくれてた抑制薬がなけりゃ、こんな化物みたいな姿になっちまうんだ」
「それじゃあ、炭鉱を封鎖したのは?」
「村がずっとアテにしてきた鉱石がさ、もう取れないんだとよ。うちの親父がキップと話してるのをコッソリ聞いちまった。
……アタシの親父はこの炭鉱のリーダーなんだ。だからキップとの結婚に反対する人は誰もいなかった」

 けれどもヨナは知ってしまった。家族みんなで狼人間である事を隠して、無害な人間種だと騙し続けて。
 おまけに鉱脈も枯れたとなっては、村人がこちらを見る目が変わってしまうかもしれない。

「でもキップさんはヨナさんの事、とても心配してたよ?」
「キップは誰にでも優しいから。アタシ以外の誰かがいなくなっても、きっと一生懸命探してくれるよ」
「……!」
――っ」

 ヨナの声に悲痛な色が混じると同時、タイムは彼女の方へ近づいた。そしてぎゅっと、汚れる事も厭わずに優しい抱擁で包み込む。
 状況を伺っていた夏子はかけようとした声を飲み込み、いつでも得物を振り抜けるよう身構える。
 心配でも今はただ、彼女のやりたいように。それが夏子なりのタイムへ向けた信頼と優しさだった。

「ヨナちゃん。……辛いよね。寂しいよね」
「あ、アンタに何が分かるって言うんだッ!」
「ここに籠ってる間も、不安だったよね? キップさんは何してるんだろうって。
 心配されたくないけど、忘れて他の女の人と一緒に居たら……って思うと、胸が苦しいよね」
「……っ…どうして…。どうしてアンタが泣いてるんだ」

――あの夏の夜と同じ。ヨナさんもそうなんだ。
――寂しくて辛いのに、忘れちゃえば苦しくないのに、大好きな人を想ってしまうのね。

「あぁもう、調子くるっちまうな」

 目を潤ませたタイムに、ヨナは最初こそ戸惑うも、やがて腕をまわしてぽんぽんと背中を軽く叩く。
 すっかりヨナの戦意を削げ落ちたのを見て、夏子はようやく肩の力を抜いた。


「いやぁ、大歓迎だったねタイムちゃん」
「夏子さんがヨナさんに色々聞いてくれたからだよ」

 あれから、ヨナは抵抗せず素直に地元の村へ引き渡された。
 事情を知った村の者達の目は冷ややかだったが、その中でキップは彼女を庇い、彼自身も鉱脈について隠していた事を謝罪した。
 失った信頼を取り戻す事は難しい。この後も二人は村を立て直す為に大変な日々を送るだろう。
 それでも大丈夫だとタイムが思ったのは、ヨナとキップ、二人がずっと手を繋いでいたからだ。

 報われない乙女心は切なくて、苦しくて。
 でもそれ以上に――共に過ごす時間が、温かくて。

「わたし、やっぱり夏子さんが好きで、よかったな」

 小さな小さなつぶやきは、北風に浚われて誰に届く事もなく空へ溶けた。

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