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星を言葉に出来たなら
登場人物一覧
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「いける、いける、もうちょっと!」
「そうだ、もう少しだ、がんばれ」
一度、深呼吸。大丈夫、いける。この日のために特訓してきたのだ。
逸る鼓動を懸命に抑え、適切の息を吸う。口にすべきはたった一言。さあ、今度こそ。
「厄ウサギッッ★」
頭を掻きむしった。だめだ、あんなに練習したのに。悪い癖が出てしまった。☆を★と発音するのが悪い癖だ。はじめこそ違いが分からなかったが、練習し、この世界に詳しくなった今でこそわかる。このイントネーションの違いが、どれほど耳障りであるか。
「くそっ、くそぉッ!! こんな、こんなんじゃ……」
「いや、まだだ」
「だけど、だけどよぉ!」
消沈する自分の肩を相棒が叩いてくれる。それでも、落ち込んだ気持ちは完全には浮上しない。
「大丈夫だ。私はキミの努力を知っている。アレほど練習したんだ。叶わないなどとそんな理不尽のあってたまるものか」
「そうですぴょん。きっと、きっと大丈夫だぴょん!!」
ふたりが励ましてくれる。そうだ、こんなところで負けるわけにはいかないのだ。勇気を振りしぼれ。失敗は何度したっていい。心を闇に囚われるな。もう一度深呼吸。深く深く沈んでいく錯覚。体の真ん中に、線が一本、ストンと、落ちた。
「―――厄ウサギ☆!!」
ぱあっと、視界がひらけたような気がした。なにかが胸の内のつっかえを持ち去ってしまったようだ。ああ、なんてことだ。世界は、世界はこんなにも美しい。
「はは、やった! やったぞ!!」
「おめでとうございますですぴょん!!」
「ああ、やったな。見事な発音だった」
「厄ウサギ☆」
「はいですぴょん」
「厄ウサギ☆」
「はいですぴょん!!」
「やった、呼べた、呼べたぞ!! 俺にだって呼べるんだ!! 厄ウサギ☆ 厄ウサギ☆ 厄ウサギ☆!!!」
「もう、そんなに呼ばれたら照れちゃうぴょん」
両頬に手をあてて腰をくねらせる何かはガン無視で、彼らはその健闘を、成果を、達成を称えあい、感謝を得た。
喜びを分かち合い、抱きしめあって泣いた。三人が三人とも泣いていた。これこそが感動の共有。苦労の分かちあい。努力を知っているからこそ、涙を同じにできるのだ。にんげんっていいな。
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「……なんじゃこれ」
「今回のお仕事のハイライトですぴょん!!」
画面上の録画再生が終了し、純粋な疑問を浮かべたミコトに対し、厄ウサギ☆は真顔で言い切った。
「いっちーが一番頑張った部分がここなんですぴょん!!」
「お、おう、そんな取るに足らんかったんか? ん、あれ??」
「どうしました?」
「いっちーって、誰ぞ?」
「イチカくんだぴょん。今回、イチカくんはちゃんと名前を呼べて偉かったので、お友達レベルアップ! あだ名実績が解除されたぴょん!!」
「さ、さよか……」
「前当主殿」
やや疲れた顔を見せたミコトに、プロレタリアが大真面目な顔で呼びかける。もとより、この男の表情は真面目なもの以外に見たことがないのだが。
「ん、なんじゃ? やはり、気になることでもあったかの」
「はい。やはり、見どころは3分53秒でイチカが再び立ち上がるところからだと思います」
「しとらん。そんな話はしとらん」
大きくため息をつくミコト。わかってはいたことだが、この男は真面目すぎるが故か、どこか感覚がズレているところがある。有り体に言えば、天然であるのだ。
「いや、わかっていません。よく見てください、ここです」
プロレタリアが動画の一箇所を指さしてみせる。なにかおかしなものでも映っているのだろうか。厄ウサギ☆の字面とは裏腹な陽気さを前にしては、怨霊のたぐいも顔を見せはしないと思うが。
その指先、しっかりと示されたそこには、奮闘する孫の顔が映っているだけだ。
「これが、なんじゃ?」
「しっかりみてやってくれ。とても良い表情をしている」
「…………それは、そう!!」
そうだ、状況を鑑みず、これが仕事の報告だという現実を忘れてみれば、ミコトの孫は実にいい顔をしていた。努力に努力を重ね、血と汗と涙を流し、その結果の栄光にたどり着く男の顔であった。
孫の成長。孫の奮闘。そのなんと微笑ましく、なんと、感動的なことか。
「……やっぱうちの孫、いいのう」
「……いいですよねえ」
「ああ、良い」
「…………はっ。ち、違うぞ! 儂、孫には厳しい方のお婆ちゃんなんじゃからな!!」
慌てて取り繕うミコト、威厳とか、そういうの大事なのである。年長者ゆえの余裕とか、圧倒的な成長の壁として君臨したりとか。そういう、前当主っぽさって必要なのである。あんまり孫馬鹿を人前で見せていいものではないのだ。
それを察してか、厄ウサギ☆、無言でウインクとサムズアップ。プロレタリアはたぶんよくわかっていないけど一緒にサムズアップ。
普段の態度には現れないが、厄ウサギ☆は他社の領域を侵さない。破天荒に見えても、それで仲間を害したことはないのだ。その人間性と高い能力がなければ、ミコトが重宝しているわけもない。
こほん、と。場の空気を改めるために咳払いをひとつ。孫は良い仲間を持った、とはまだ口にはしなかった。
「……のう、この映像じゃが」
「もうミコト様のプライベートアカウントに送信しておきましたぴょん」
「お主は本当に仕事はできるやつじゃの……」
こういうところだ。厄ウサギ☆は本当に、いつの間にか仕事を終え、こちらの要求にも先回りで動いていることが多い。
「にゃー」
「……ん?」
この場にいるはずのない鳴き声。
ミコトが顔をしかめると、プロレタリアが懐から子猫を取り出した。怪我でもしていたのか、右前足に包帯が巻かれている。
「仕事先で猫が怪我していたので、プー君が連れてきちゃったぴょん」
「連れてきちゃいました」
「お主は本当に猫を拾うやつじゃの……」
今回は大規模な戦闘を任せたはずだが、こやつらはどうして発音練習したり猫を保護したりしてるんだろう。だがそれは逆に、プロレタリアの戦闘力の高さを示してもいる。
銃弾が飛びかおうと、刃が振り回されようと、術式が踊り狂おうと、それを問題なしと処断できるだけの実力があるからこそ、こうして適度に弛緩していられるのだろう。
「そういえばお主」
ふと、思いついたことをプロレタリアに問いかける。
「そんなに猫が好きなら、猫力とか変換できんのかの? 筋力だけでは非効率じゃろ」
プロレタリアは自身の筋力を他の『力』に変換することを可能とした術者である。万能にも思えるが、その効率は極めて悪く、この男は自身の筋力を鍛え続けることでその効果をあげているのだが、やはりどうにも無駄が多い。
しかしその提案に、プロレタリアは大きなショックを受けたという風に凍りついた。普段通りの真顔だが、心なしか、驚愕のそれを浮かべているようにも見える。
「わ、私に、猫力を消費しろと……?」
まるで死刑を宣告されたかのような訴えに、ミコトは慌てて自身の言葉を取り消した。
「い、いや、ただの疑問じゃ。やれと言っておるわけではない、断じてない。だから安心せよ、な、な??」
あるんだ、猫力。
そんな感想を得はしたものの、プロレタリアの様相から、追求するつもりにはなれなかった。
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それはそれとして。
「で、報告は?」
「こちらに書面と、念のため、コピーを動画とは別のメッセージでアカウント宛に送信しておきました」
どこからか、さっと印字されたコピー用紙の束を見せる厄ウサギ☆。どこから出したのか、いつの間に用意したのか、そんなことを問いただしても意味はない。厄ウサギ☆とはそういうものだとミコトは折り合いをつけている。プロレタリアは、フリーズという形で二度驚愕のそれを全身で表現していたが。
「概要で言えば、地下にアウラグレイの群生を発見したので、焼却しましたぴょん」
あまり聞きたくはなかった単語に、ミコトは顔をしかめた。
「アウラグレイか……」
「はい」
それは強力な幻覚作用を持つ危険な花だ。植生は菌糸類に近く、花粉が作用し、抵抗力の低い者に巣食い、攻撃性を増長させ、さらには量を増やして次の宿主を探す。抵抗力のあるものも、数が増えれば次第に毒に侵されてしまう。
「じゃが、育つような環境ではないじゃろう」
そう、アウラグレイとは本来、人間の居住区域からは遥か遠く、それこそアネクメネと呼ばれるような特殊な環境でなければ育たない。つまりは、そこに術式と植物学をもって無理やりに育てた誰かがいたということだ。
そして、ミコトはその誰かに心当たりがあった。
「そのことを、ナナセには」
「はい、報告しておきましたぴょん」
本当に、有能だ。時折、怖いくらいに。
ナナセが現在追っている仕事に、その誰かが関わっている可能性は高い。悪意の強い相手だ。情報は大いに越したことはないだろう。
「無茶を、せんとええがの」
年末。もうじき年を越すというのに、邪悪というのは、どうにも仕事を納めてはくれないらしい。
窓の外に目をやる。
晴れているというのに、ぱらぱらと雪が降っていた。
- 星を言葉に出来たなら完了
- GM名yakigote
- 種別SS
- 納品日2023年12月19日
- ・鹿王院 ミコト(p3p009843)
・鹿王院 ミコトの関係者
・鹿王院 ミコトの関係者