PandoraPartyProject

SS詳細

手負い狼の甘噛み

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音

「それで、何を思ってアタシの所に来たのかしら」
 大闘技場ラド・バウ。その控え室に足を踏み入れた弾正はその手に幻想王国で限定販売されるマカロンの詰め合わせを抱えていた。
 眼前には艶やかな髪を纏め上げている最中の美貌のその人――『悪辣』に咲くビッツ・ビネガーが居る。
「ビッツ殿」
「何」
 メイクの途中に押し入るとは、なんて事を表情で語るビッツに弾正は息を吐き出してから向き合った。稽古を付けて欲しい、と。
 今日のビッツは試合を終えた後だと聞いている。シャワーを浴びてしっかりと化粧をしてから外に出るのだろう。外見への気遣いを欠かさぬタイプだと弾正も知っている。
 メイクを行なう控え室にまで押し掛けたことを叱る理由も良く分かる。だが、弾正とて誰かに聞かれたいわけではない。出来るだけ内密に事を進めたかった。
「稽古だなんて、どうして? 他の誰でも良いじゃないの」
「いいや、ビッツ殿に頼みたい」
「……何のワケが有るのかだけ聞いてあげる。そのマカロンに免じてね」
 ぴ、っと指差すビッツに弾正は持ってきていて良かったとマカロンを差し出した。メイクと着替えを終えたビッツは早速話なさいと着席を促した。
 弾正からしても余り人に話して楽しい事ではない。始まりは自身の父親との関係性だ。弾正の父は後戻りできる所には居ない。彼を殺さねばならぬ存在だと認識している。
 だが――相手の涙に覚悟が鈍ったのだ。最後の一撃を投じることは愚か、父親と言う存在に捕われたかのように最後を与える事は出来なかった。
 そうした事情から現実逃避でR.O.Oへと向かった弾正は特異運命座標となって初めて倒した宿敵ハムレスの『NPC』に励まされた。
 父と向き合う覚悟を決めたことまでは良い。だが、それだけで倒せる相手では無いのだ。
「ふうん、父親を倒す為に強くなりたいのね?」
「ああ。俺は何年経っても弱いままだ。強くない。それでも、弱いからこそ、周囲に助けを求める強さを身に着けることが出来た」
「ええ、弱いことを認めるのは闘士にとっても必要な事。良く分かってるわね」
 じゃあね、と外方をむきかけたビッツに「だから!」と慌てた様子で弾正は引き留めた。本当に話を聞くだけのつもりなのか、この人はと叫びかけたがその場面ではない。
「父を確実に倒すならば! 思い出す限りでも一番に強いビッツ殿に! 助けを求めるべきだと思った!」
「スースラでもあたりなさい」
「スースラ殿に頼んだらビッツ殿と言われたんだ!」
「……あの野郎」
 ビッツがぼそりと呟いた。後々、スースラがビッツに一撃お見舞いされている可能性があるが、そこまでは責任はとれまい。
「だからこそ、頼みたい」
「いやね、イケメンに頼まれると断れないのよね。アタシ、案外アンタの顔好きよ?」
「……なら」
「アタシね、無暗に人を殺したくないの。アンタ、言ったでしょ。自分が弱いことが分かってるって。どうして弱いか分かる?
 己の弱点は? 如何すれば補えるか知ってる? 誰かに助けを求めるって事はそれを曝け出してカヴァーしなくちゃならないの」
「ビッツ殿は、知っているのか」
 失礼だっただろうかと付け加えながらも弾正の声が小さく小さくなっていく。マカロンを摘まみ上げてから頬張ったビッツは「まあね」と言った。
「アタシだって全盛期はもっとパッとしてたわよ。でも、アタシにも苦手はある。アタシは暗器を使うから真っ向から誰かを相手にするのは向いていないわ。
 だれか盾が必要なのよ。そう言うときにね、丁度良い奴が居た。ソイツはまあ、バカで鈍感で、ぼんやりしているし、マヨネーズを頂戴って言うとケチャップを持ってくる男だわ」
 誰のことだか分かった気がして弾正の頭に『何か?』と首を傾げる『為せばなる』が口癖の男が思い浮かんだ。
「アイツはアタシを護りながら前に行く。臆することなくね。けれど、一人じゃ万全じゃ無いからアタシが後ろからなんとかするの。
 そうやってタッグを組むには丁度良い相手だったワケ。そういう奴が居るか居ないか、そういうのって、結構重要よ?」
「……俺は……」
「鳥渡、見て上げましょうか」

 ――トレーニングエリアで相対したビッツが明らかに手を抜いて居たのは確かだった。側にはスースラが居り一撃頭にお見舞いされていたが気に止めないでおこう。
 弾正は息を弾ませながらビッツを見る。茶を投げて寄越したビッツに有り難うと礼を言ってから「どうだろうか」と静かな声音で問い掛けた。
「無鉄砲」
 ビッツは苛立ったように言う。それに気付いたのは今日という日は弾正の側には恋人であり相棒でもある褐色の肌の青年がいないからだろう。
 弾正の戦い方は前のめりだ。普段は盾役である仲間を信頼しているのだろうし、恋人の声掛けで無茶を振り切ることもない。だが、一度自身一人で戦う場面になればそれが明るみに出る。
「アタシが仕掛けたとき、アンタはどこから飛び込んだ?」
「身体で受け止めれば、暗器を封じられると思ったのだが……」
「ええ、それはそうでしょうよ。それって、何処で学んだの? アタシが毒を塗ってたらアンタは地面に転がってのたうち回っていたでしょうね」
 ビッツが眉を吊り上げた。無数の暗器を使うがそれだけではない。彼は格闘術にも精通している。つまり、武器を封じられたとしても弾正に少しの隙が出来れば肉体を駆使して攻撃が出来るのだ。
 武器を封じれば勝てる相手では無い。弾正は怒るビッツを見てはっと息を呑んだ。どこで戦術を学んだのか――それはR.O.Oでの事である。

 ――ツルギ。

 軽やかに呼ぶ可愛らしい少女の声も随分と褪せてしまった。『名無し』の少女の側に居た己も同じ戦い方だった。
 致命傷になりそうな攻撃にも怯まず、寧ろそれを『デスカウントを稼ぐ』という無鉄砲な戦い方に昇華してしまう。命を犠牲にしても差し違えればなんとかなるというのは、命が無限に『やり直せる』場所ならではの戦法だ。
「……そうだ、命は一つ、だもんな」
「当たり前じゃない」
 R.O.Oを知らないビッツは何を言って居るのだと言いたげな顔をした。弾正は乾いた笑いを滲ませた。言われなくては気付けなかったかも知れない。
 彼は言葉こそキツイが良い師匠なのかもしれない。師匠と呼び掛ければ「辞めなさいよ、気持ち悪い」などと言ってのけるのだ。
「俺はどうすればいい」
「命を大事になさい。でも、それは怖じ気づけって言ってるんじゃないわ。見極めるのよ。
 何処で踏込めば良いのか、何処で仕掛けるべきか。幸いにしてアンタは近距離戦にも良くなれているじゃない。
 後は命の使い方よ。本当に死んで良い場面だけになさい。分かるわね? 例えば――」
 ビッツが僅かに身を後ろに退いた。刹那、ぎんと音を立てて暗器がぶつかった。
 雲の形をした専用武装が展開される。渋い表情をする弾正が引き攣った声を漏してから「ビッツ殿」と呼んだ。
「コレを受け止めて、其の儘差し違えるつもりだったらバカのやること。だから、防御は正しいわ。
 後は気の持ちようよ。アタシは死ぬ場所は選びたい派なの。何故って? 『格好悪い死に様』なんてしたくないじゃない! だからね」
 ビッツが地を蹴った。跳ねるようにして蹴撃が叩き込まれる。腕で受け止めてから弾正が一歩退く。
 押されてばかりではいられまい。剣聖の境地の如く、自らのフィールドに彼を引き込むのだ。武装が音を立てた。蹴りを放ったビッツの身体を受け止め、其の儘、腕を差し入れる。
 暗器にぶつかるが一撃ではない。腕は二本ある。もう一度。その腕を台にビッツがくるんと跳ね上がった。
「良い動きね」
「……そう言ってもらえるなら光栄だ」
「でも、アタシを師匠だと言うのならばもう少し努力をして貰わなくっちゃね。
 顔が良いだけの男じゃ駄目よ。強くて顔が良くなくっちゃアタシは認めないことにしているのだから」
 まだ動けるだろうと言いたげなビッツが膝を付いた弾正を雑な仕草で蹴る。
 ごろりと転がった弾正は「ビッツ殿は底なしのタフネスを有しているようだな……」と呟いた。
「誰がムキムキマッチョよ! こんなに美しいんだから、当然アタシはか弱い方よ! キィッ!」
「……いや、か弱くは……無さそうだが……」
 そんな雑な態度に笑ったスースラは「楽しそうだな」と何処か的外れな反応をしながら頷いた。
「……アンタも混ざる?」
「良いのか?」
「良いんじゃない。この甘ったれた奴を叩き潰してやりましょうよ!」
 何処か楽しげに声を弾ませるビッツに弾正は「お手柔らかに頼む」と返す事しか出来なかった。

  • 手負い狼の甘噛み完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年12月15日
  • ・冬越 弾正(p3p007105

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